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運命の宣告

「ご懐妊です」


 アガティオンに呼ばれて赴いた先は、王城の中でもひと際質素で暗い室内で、中で待ち受けていた灰色の髪の男が面倒そうにしながらもきっぱりとそう告げた。


 随分と怪しげな場所での告知だが、魔族の習わしか何かなのだろう。

 メルチェは妊娠を嬉しく思ったものの、役目を終えたとしてセイルはもう寝室に訪れないかもしれないという寂しさとが複雑に入り混じり、言葉を失った。


「その情報は真実なのですよね?」


 灰色の髪の男にそう問いただしたのはアガティオンだった。灰色の髪の男は不機嫌そうに整った顔を歪めた。


「使い魔如きが、わざわざ我を呼び出しておきながら、真実かどうかを問うのか?」


アガティオンは警戒している様に黒曜石の様な真っ黒な瞳を男に向け、僅かなりとも視線を外そうとはしなかった。


「エルディ・アロ・アフリマン、貴方は『嘘の王』と名高いではありませんか。魔王様への報告に偽りがあってはことですよ」

「……その名は捨てた。今は『メフィストフェレス』だ。魔族の王たるセイル様を相手に嘘をついて、我に何の得がある?」


灰色の髪の男は自嘲気味にそう言った後、深いため息を吐いてメルチェに視線を向けた。


「人間の命は儚い。だからこそ尊く強い光を発する。それはあまりに眩く我らを滅する程の光さ。我もかつて人間を愛したから分かるのだ。セイルはお前のその光に魅了されているのだと」


 灰色の髪の男は銀色の瞳を悲し気に細めた。あまりにも悲し気なその様子に、メルチェは不安になって恐る恐る問いかけた。


「……貴方の愛したその人は、どうなったの?」


灰色の髪の男はゆっくりと首を左右に振った。

 メルチェはその様子を見つめてズキリと胸が痛んだ。寂しげな彼の様子から、その女性とは二度と会う事が叶わないのだと分かったからだ。


「遠い昔の事さ。我はもう、光を愛さぬ」


灰色の髪の男はそう言い残すと、ふっと姿を消した。


 メルチェの頭の中に、以前セイルが言った言葉が思い浮かんだ。


『私はもう二度と人間を信じぬと決めたのだ』


 灰色の髪の男とセイルが重なる。彼等は共に同じ理由で心に深い傷を負ったのだろうか。


 『愛する者を失う』という、深い深い傷に……。


「メルチェリエ様、おめでとうございます! 今日は祝杯を挙げると致しましょう!」


 アガティオンが尻尾をふっさふっさと嬉しそうに振りながら言い、「こんな辛気臭い部屋からはさっさと出ましょうね、お身体に障ります」と扉を開けた。室内が暗かったせいで太陽の日差しが一層眩しく感じ、メルチェはぎゅっと眉間に皺を寄せた。


「どうしてあんな小部屋に連れて行ったのかしら?」

「先ほどの男は辛気臭い奴でして、『光を嫌う者』という異名を持っているのです。ほんの少し先の未来を予見する能力を持っております故、利用させて頂いた次第です」


 ご機嫌そうなアガティオンの後ろを、メルチェは沈んだ顔でついて歩いた。ふと振り返ってメルチェの様子に気づくと、アガティオンは不思議そうに小首を傾げた。


「如何いたしましたか?」

「なんでも無いわ。それより、貴方はどうしてそんなに嬉しそうなのかしら」

「僕は魔王様の使い魔ですから、主の喜びは僕の喜びにございます」

「……セイルは喜ぶかしら?」


 不安気なメルチェに「勿論です!」と、アガティオンは自信満々に答えた。


「僕は大喜びされる魔王様のお姿を早く拝見したくてうずうずしているのですから! 今まで一度もそのようなご様子を見せた事が無いので、城中の者も一丸となって楽しみにしているのですよ!」


 アガティオンの尻尾が興奮し過ぎてバッサバッサと揺れた。今にも廊下を駆けだしそうな勢いである。


「メルチェリエ様はあまりお喜びではないご様子ですが、何か心配事でもございますか? 魔国トイフェルの医療はロルベーア王国にも引けは取らないはず。産婆も長寿であるが故に腕利き揃いです」

「そういうことじゃないの!」


メルチェは慌てて両手を振って否定すると、小さく咳払いをした。


「セイルは喜ばないんじゃないかと思うのよ。私、彼に愛されている訳ではないもの……」


不安気にそう答えたメルチェに、アガティオンは大きな三角耳を伏せた。


「『愛』とは何でございましょう?」

「……え?」


キョトンとしたメルチェに、アガティオンが更に言葉を続けた。


「僕の様な使い魔如きには、崇高で複雑難解な感情が理解できません。勿論、魔王様に対する忠誠心は格別にございますが、それを『愛』であると言うのはいささか違和感を覚えます」

「アガティオンのご両親は何処にいるの?」


両親の愛の結晶として生まれ育てられたのであれば、両親の様子を見ていれば『愛』がどういうものであるか自ずと解るはずだとメルチェは考え、そう問いかけたのだ。

 アガティオンは黒曜石の様な瞳を瞬いて、小首を捻った。


「僕は魔王様の魔力により創生された使い魔です。強いて言うならば魔王様が父であるとも言えるでしょうが、それは大変恐れ多い事です。僕はただの使い魔に過ぎませんので、不要となれば消えゆく身です。この命に大した存在価値などございません」

「価値が無いだなんて……」


 アガティオンの言った言葉を聞いてメルチェは悲しくなった。階級に厳しい魔族だからこそそういう言い方をしたのかもしれないが、少なくともセイルはアガティオンの事を大切にしている様に見える。それは使い慣れた道具に向ける『愛着』ではなく、アガティオンという命に向けた『愛情』であるとメルチェには思えたのだ。

 メルチェは優しくアガティオンの頭を撫でた。艶やかな黒髪を手のひらで撫で、柔らかな三角耳を包み込むようにし、何度か繰り返した。


「私は貴方を良い友人として愛しているわ、アガティオン。だから、そんな寂しい事を言わないで。きっとセイルも貴方を大切に想っているはずだもの」

「……キュオン!?」


 アガティオンは鼻を鳴らして顔を真っ赤にすると、立派な黒い尻尾をぐるんぐるんと振り回した。メルチェの微笑む美しい顔から目を離す事ができず、金縛りにでもかかったかのように硬直しているものの、尻尾だけは元気に振り回している。


「ぼ、僕は、魔王様には勿論忠誠を誓っていますが! メルチェリエ様には『愛』を感じている様な気が致します!」


 素直な犬である。


 メルチェはクスクスと笑うと、「有難う、とっても嬉しいわ。アガティオン」と微笑んだ。

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