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城下町でお買い物

 魔国トイフェルの城下には港町が広がっており、立ち並ぶ露店が賑わい、いつも活気に満ち溢れている。


 山岳に囲まれたトイフェルの地で唯一の港町が城下町であるわけだが、ロルベーアからの商船については条約により出入りが禁止されている。それはトイフェルにとってもロルベーアにとってもあまり有益とは言えない条約であったが、国境という高い壁は海にまで続いている為、両国共に納得せざるを得ない。


 とはいえ、港にはロルベーア以外の他国から訪れた巨大な商船がいくつも停泊しており、見た事も無い様な異国の品が大量に出回る。それはトイフェルという国が魔国故に価値のある魔導具を生産し、山岳地故に希少価値の高い宝石を多く保有している為、交易先として重宝するからだ。

 寿命の長い魔族達は、人間よりも物欲が低い。むやみに高値で売りさばく様な真似もせず、常に公正である為、信用度も頗る高いのだ。


「見て見て! メルチェ!! 美味しそうなお魚が沢山あるよ!」


 ハウレスは行き交う人々の間を素早く通り抜けながら、あっちの店へこっちの店へと忙しなく動き回っていた。アガティオンは呆れた様にため息をつき、「使用人ともあろう者が主を差し置いて何です!?」と、眉を寄せた。


「アガティオンはお魚より、お肉の方が興味津々なのかしら?」


メルチェの言葉にアガティオンは困った様に唇をへの字に曲げた。


「メルチェリエ様、僕を犬扱いしないでいただけますでしょうか」

「それじゃあ、何が好きなの?」

「僕の好みを聞いたところで、メルチェリエ様に何の得もございません。それより、あちらの露店は如何でしょうか。店主が目新しい物を扱う趣味がございまして……」


 アガティオンが得意げに露店の説明をし、メルチェは話を聞きながらも少し寂しく思った。ハウレスとは少しずつ良い関係を築けているが、アガティオンはあくまでも使用人という立場に徹しているからだ。

 階級に厳しい魔族ならば、それが通常なのだろう。恐らくセイルも孤独を感じているのではないだろうか。それともそういうものだと割り切って、慣れてしまっているのだろうか。少なくともメルチェには慣れそうにない関係性であることは確かだ。

 ロルベーアに居た頃も、使用人相手に友人のように接して何度か痛い目をみている。彼等が仕えるのはあくまでも王であり、第二王女という立場であったメルチェにとっては、監視役でしかなかったのだから。


「メルチェ! 喉が渇いたでしょ?」


 ハウレスが素早く駆けて来ると、メルチェとアガティオンの二人に瓶を手渡した。


「果物のジュース。美味しいよ!」

「ハウレス! そのような衛生状態の不明な品をメルチェリエ様にお飲み頂くわけには……」


メルチェは瓶に口を付けるとゴクゴクと飲み干した。


「とっても美味しいわ。有難う、ハウレス」

「でしょでしょ!? ほら、アガティオンも口うるさい事言ってないで飲んだらいいのに」


 アガティオンは僅かに眉を寄せたものの、メルチェが飲んだというのに自分が飲まないわけにはいかないと、仕方なく口にした。


「……」


 どうやら口に合わなかった様で、思いきり顔を顰めて耳を伏せている。恐らく甘い物が苦手なのだろう。


「ねぇ! 見てみてっ!」


 ハウレスが瞳を輝かせながら露店の一角を指さし、アガティオンはうんざりした様に「今度は何です?」と、溜息をついた。


「全く、これではハウレスが楽しむ為に来たようなものではございませんか」


 愚痴をこぼしながらもハウレスの元へと向かうアガティオンは面倒見の良い兄の様だ。


 メルチェにはそんな二人の様子が微笑ましく見えた。メルチェ自身、姉妹関係が良くは無かったし、フリューゲルの時は奴隷同然で売られてきた身の上であった為、そもそも兄妹が居たのかすら記憶にない。

 尤も、そんな事をアガティオンとハウレスの二人に話したのなら、互いに『こんな猫(犬)と兄妹なんか認めない』と憤慨することだろう。


 アガティオンとハウレスの二人がメルチェを呼んだ。何か良い物でも見つけたのだろうかと向かってみると、その露店は宝石商の様だった。

 大小色とりどりの宝石達が並べられており、選んだ石は加工業者に依頼をして加工して貰う様だ。既に加工済みの既製品もいくつか並べられており、メルチェはその中にある一品に目を留めた。


 深く濃い赤……真紅と言える程の発色を示したルビーのピアスだ。カットされた一粒石を爪で止めたシンプルなデザインで、二組が陳列されている。


「お客さん、お目が高いね。それはピジョンブラッドといってとても良い品だよ」


 店主が声を掛け、メルチェは「綺麗ね」と言いながら値段を見て、サッと青ざめた。とてもではないがロルベーアから持ち込んだ自分の資金内で買える様な金額ではない。


「それが欲しいのか?」


背後から掛けられた声に、メルチェは苦笑いを浮かべながら答えた。


「セイルの瞳の色に似ていて素敵だと思ったの。でも、高すぎるわ」

「む? 私の……?」


『私の』とはどういう意味だろうかとメルチェが振り向くと、照れた様に頬を染めて顔を背けるセイルの姿があった。

 サラリとした真紅の髪が太陽の光に照らされて透過し、見目麗しさを引き立てている。


「どうしてここに居るの!?」


思わず素っ頓狂な声を上げたメルチェに、セイルは小さい声で「いや、少々時間が空いたのでな……」と言ってコホンと咳払いをした。


 買い物に出たメルチェの様子がどうにも気になって政務に手が付かなくなり、つい来てしまったとは流石に言えない。


 アガティオンはセイルの姿を認めるや否や、気を利かせてハウレスと共に身を隠した。使い魔の鑑である。


「店主、このピアスをくれ」

「それはどうも! 代金は王城につけておきますね」


メルチェは驚いてセイルを見つめた。


——私に買ってくれたのかしら? でも、もし違ったら恥ずかしいから、何と言ったらいいのかとても困るわっ!


 戸惑いつつも口を閉ざしていると、店主から品物を受け取ったセイルがそのままメルチェへと差し出した。


「欲しかったのだろう?」


 とびきりの美しい笑顔を浮かべているセイルは、最早宝石よりも輝いているとメルチェはごくりと息を呑んだ。


 重症である。


「ま、待ってセイル。そんな高価な品、受け取れないわ!」

「何故だ?」

「だって、私は『生贄』で、ただの居候なのですもの!」


 慌てて遠慮したメルチェを見て、セイルは何を思ったのか露天商の店主に「同じ物をもう一組くれ」と言い、「アガティオン、ハウレス」と、二人の名を呼んだ。一体どこに身を潜めていたのか、瞬時に姿を現すと、セイルの前に跪く。


「お前達にこれを授けよう」


 セイルは一組のピアスを一つずつアガティオンとハウレスに渡した。二人は感動した様に瞳をキラキラとさせてセイルにお礼を言うと、早速自分の耳につけた。黒い耳に真紅の宝石が良く映えて似合っている。


「使い魔冥利に尽きます! ハウレスとお揃いというのはいただけませんが」

「わーい、とっても綺麗っ! アガティオンとお揃いは嫌だけど」


二人の嬉しそうな様子にメルチェはくすくすと笑った。


「とても素敵よ。二人共良く似合っているわ」


そしてセイルはもう一組のピアスから一つを取って自らの耳につけ、残りの一つをメルチェへと差し出した。


「お前だけにではなく、皆と揃いのものであれば良いだろう? 価格も一人前ならば半額だ」


——皆と、お揃いの……?


 アガティオンとハウレスがメルチェに笑顔を向けている。チラリとセイルを見上げると、彼もまた優しく微笑んで「私達と揃いでは嫌か?」と、問いかけた。


「嫌なはずが無いわ。とっても嬉しい。有難う、セイル!」


 瞳を潤ませながらメルチェが言い、「ああ、魔王様メルチェを泣かせたぁ!」と、ハウレスが冷やかした。


——こんな素敵なプレゼントは他に無いわ。まるで私の存在を認めて、受け入れてくれたみたいなのですもの。


 メルチェは早速ピアスを身に付けると、その日から鏡を見る度に微笑み、耳に触れては微笑む様になった。政務に忙しいセイルと離れていても、彼の存在がいつも側に居る様な、そんな安心感を与えてくれたのだ。

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