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もう一回

 聖女の笑顔を見たハウレスは、動揺したように大きな瞳をキョトキョトと動かし、ハッとして顔を上げた。


「あ、そうだ。アガティオンに入浴の用意を言いつけられてたんだった!」


 ハウレスはそう言ってぴょいと身軽に飛んでベッドから降りると、耳をしぱしぱと動かした。


「あんた、お腹、空いてる? ご飯の用意しとこうか?」

「え? でも、お手伝い……」

「いいから待ってて! あ、そうだ。その恰好だと寒いよね? 着換えの準備もしとくから。それと、そう! お茶でも飲んで一息つきたいよね? 朝ごはんも用意しなくっちゃ!」


 ハウレスは早口でそう言うと、ヒールを履いているにも関わらず音も立てずに素早く部屋から出て行った。

 きょとんとしたままハウレスが出て行った扉を見つめ、メルチェは不思議に思って小首を傾げた。


——私の事、嫌っていた様に思えたけれど、違うのかしら?


「ねえ、あんたさ……」


ハウレスが戻って来て、扉の隙間から大きな瞳を甘える様にメルチェに向けた。


「後でもう一回、首の下撫でてくれる?」


 メルチェはくすりと笑って「いいわよ」と答え、ハウレスはパッと顔を明るくしてご機嫌そうにスキップして去って行った。


「よっぽど気に入ったのね。可愛い」


 メルチェはフリューゲルであった頃から動物に良く好かれる体質だった。恐らく聖女の特質なのだろう。


 手持無沙汰になり、とりあえず寝室の掃除を開始する事にした。まずは先ほど力いっぱい抱きしめて妙な形にしてしまった枕を元に戻そうとして手に取った。

 ほんのりとセイルが使用している香油の香りが鼻をくすぐり、脳裏に再び昨夜の事が浮かび上がって顔を真っ赤にした。


 重症である。


——セイルったら全てに於いて完璧過ぎるんですもの! 顔だけじゃなく身体も美し過ぎて驚いたわっ! 裸体像でも作って飾ったらいいのに!


 やはり変態である。


 扉がノックされ、メルチェは元気よく返事をした。


「早かったわね。それじゃあ、もう一回する?」


 ハウレスが早く首の下を撫でて欲しくなって戻って来たのだろうと思い、メルチェはそう言って振り返った。


「!!!!!」


 そこには真紅の瞳を見開いて硬直しているセイルの姿が在った。


 暫くの間二人はそのまま沈黙していた。勿論、脳内は大騒ぎである。


——そんな、まさかセイルだったなんてっ! 絶対誤解されたわっ! もう一回って、何をもう一回なのかお願いだから聞いて頂戴っ!!


——もう一回とは、つまりはもう一回ということか!? まさか物足りなかったのか!?人間は魔族よりも体力が劣るはずだというのに、この娘は一体どうなっているのだ!? いや、もしや私が下手だったのか!? そうなのか!?


 二人が硬直している間に、蝶がふわりふわりと羽ばたいてきて窓辺に留まり、再びふわりふわりといずこかへと飛んで行った。


「……喉が、乾かぬか? 茶を持ってきたのだが、冷めてしまった」


 やっとのことでポツリとセイルが言い、メルチェは慌てて「冷めたお茶好きよ!? ぐびぐび飲み干すのに丁度いいし!?」と言いながらぎこちない動きでテーブルの前の椅子へと向かった。が、ベッドの角に足の小指を強打し、悶絶して蹲る羽目となった。


「大丈夫か?」

「へ、平気よ!」


 テーブルの上にティーセットを置き、すまなそうに差し伸べられたセイルの手を借りて、メルチェは顔を真っ赤にしながら立ち上がった。

 ふわりとセイルの髪から香油の香りが漂い、鼻を擽る。心配そうな真紅の瞳を向けるその美しい顔立ちに暫し見惚れていると、セイルは長い指で困った様に頬を掻いた。


「私の顔に何かついているか?」


——見惚れてたなんて言えないわ!!


「あ、ごめんなさい! ちょっとその……!」

「やはり後悔しているのか? ロルベーア王国の者にとって、私の姿は嘸かし気味が悪い事だろう。二度と触れるなと言えばそうするが……」

「だめよ!」


メルチェは慌ててセイルの手を両手で握りしめた。


「何度でも触れて頂戴っ!!」

「……それほどに子が欲しいのか?」

「ええと、ええ! そうよっ!! セイル、絶対に貴方の子が欲しいのっ!!」


——こんなチャンス、もう二度と来ないものっ!


 恐らくメルチェの目はギンギンに血走っていた事だろう。セイルは苦笑いを浮かべ、「変わった娘だ」と言って椅子に座る様に促した。


「メルチェリエよ、案ずることはない。お前の居場所はここなのだから」


すっかり冷めてしまったお茶をカップに注ぎ入れると、セイルはメルチェへと手渡した。


「心配せず、もう少し自分を労わってやるといい」


そう言って優しくメルチェの肩を撫でると、セイルは部屋から出て行った。


 立ち去る彼の後ろ姿を見送りながら、余りにもガツガツし過ぎて嫌われてしまっただろうかと不安に思い、メルチェは項垂れた。


——千年越しの恋なのだもの、退くに決まっているわ。絶対変な女だって思われたわよね。


 悲しくなってじんわりと瞳に涙が浮かんでくる。喜んだり慌てたり泣いたりと、情緒不安定この上ない。


 一方、廊下へと出たセイルは、ボンッ!! と、頭から湯気を上げ、茹でタコの様に真っ赤になった顔を片手で覆った。


——あの娘はフリューゲルに似すぎている。顔だけではなく行動や話し方さえもだ。まるでフリューゲルに言われているような錯覚を覚えてしまうではないか……!


 ふらふらとよろめきながら、政務を行うべく執務室へとセイルは向かって行った。

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