元気過ぎる聖女様
——どうしよう! めちゃくちゃ好きっ!!
メルチェは隣で眠るセイルの顔を、夜が明けるまでじっと見つめていた。申し訳ないが、疲れて眠ってしまうという淑女たる体力の枠を、彼女はとっくに超えていたのである。
流石は伝説の聖女フリューゲルの生まれ変わりと言えるだろう。
フリューゲルは奴隷の様な扱いを物心ついた頃から受けており、千年に一人の逸材と言われる程に、人並み外れた潜在能力をここぞとばかりに発揮していた。メルチェもまたその記憶を頼りに、魂が覚えていると言わんばかりに体力が有り余っていた。
明け方、寝返りを打って瞳を開けたセイルに驚き、メルチェは慌てて瞳を閉じて狸寝入りを決め込んだ。
まさか狸寝入りをされているとは夢にも思っていないセイルは、優しくメルチェの肩を撫で、頭にキスをし、「すまぬ」と小さく謝った。
「お前を傷つけるつもりはないが、結果としてそうなるならば私は後悔してもしきれぬ。全力で護ると誓おう」
正に耳元で囁かれる甘い声である。
——優しいっ! めっちゃ好きっ!!
メルチェは狸寝入りをしながら喜んだ。
セイルはベッドから起き上がり着替えを済ませた後、メルチェを起こさない様にと気遣う様に静かに部屋から出て行った。
扉を封印していた魔法はいつの間にか解かれている様だ。
遠ざかるセイルの足音に聞き耳を立てた後、メルチェはガバリと起き上がった。
「イケメンが、過ぎるわ……!!」
セイルが使っていた枕をぎゅっと抱きしめてメルチェは悶えた。変態である。
とはいえ、ただ身体を重ねただけで、『恋が成就した』というわけではない。セイルはメルチェがフリューゲルの生まれ変わりである事実を知らない上に、互いに想い合っていたということを知らないのだから。
扉がノックされそっと開き、くりくりとした大きな瞳が片方だけ室内を伺う様に覗き込んだ。
ハウレスである。彼女の黒く丸みを帯びた耳が水平に伏せられているあたり、ご機嫌は斜めの様だ。
「……子作り終わったの?」
「生々しい言い方しないでくれるかしら!」
ハウレスは唇を尖らせながら室内へと入って来ると、メルチェにガウンを手渡した。
「アガティオンの奴はあんたを認めてるみたいだけれど、あたしは人間が王妃様になるなんて嫌」
不貞腐れた様に言うハウレスに、メルチェは「ならないわよ?」と、さらりと答えた。
「えっ!? どうして!?」
ハウレスは尻尾の毛を逆立たせて言い、ぴょんとベッドの上に飛び乗った。ギシギシとベッドが揺れ、メルチェは落っこちそうになって縁に捕まった。
「私、ここには『生贄』として送り込まれたのだもの。王妃になるはずが無いわ」
メルチェはガウンを羽織ると、小さくため息を吐いた。
——それに、セイルには愛している人がいるんですもの……。
昨夜もセイルはその人物を私と重ねて見ていたに違いないもの。時折酷く狂おしい程に愛しそうに見つめる眼差しが、どこか遠い昔へと向けられている様に感じたわ。きっと彼は後悔していると思う。同情を誘って酷い事をしてしまったかしら。
寂しげに俯きながら、メルチェはハウレスの首の下を撫でた。ハウレスは喉を鳴らしながらメルチェの肩に頬を擦りつけ、「猫扱いしないで欲しいのよね。あたしは豹タイプの魔獣なんだから」と言いながらもご機嫌そうに瞳を細めた。
「魔王様はお優しい方だよ? あんたみたいな人間相手でも、無碍になさるような方じゃないよ」
「セイルの優しさを解っているからよ。これ以上求めたらいけないわ」
——これ以上甘えてしまったら、彼の心の奥の愛する人に、嫉妬してしまいそうだもの。
「それに、愛してもいない人を妃として迎える事は、優しさじゃないでしょう?」
メルチェはベッドから降りると、グッと伸びをした。窓から射し込む朝日が彼女の金髪を照らし、透き通る様な白い肌に光を与える。
ハウレスはメルチェの美しさに大きな瞳を瞬いた。
「魔王様は、好きでもない人と夜を共にしたりなんかしないと思うけれどね。面白くないけど昨夜のドレスも良く似合っていたし、それなのに、あんたはどうしてそんなに自己評価が低いの?」
ハウレスの言葉にメルチェは苦笑いを浮かべた。
——『私に居場所を与えて頂戴』ってセイルの同情を誘ったなんて言えないわ。それこそ彼の優しさに付け込んだも同然ですもの。
「さてと、タダで居候する訳にもいかないし、何かお手伝いするわ!」
誤魔化す様に言ったメルチェに、ハウレスは耳をピンと立てて小首を傾げた。
「お手伝い? なんで?」
「じっとしているのは性に合わないのよ」
「ふーん? ロルベーア王国の王女様だったのに、変なの」
メルチェは微笑むと、「王女は過去の事よ。今はただの居候よ」と言った。その笑顔ときたら、ハウレスの心を矢が射抜いたかの様に魅了してしまったのだから、質が悪い。




