5.理想と現実
近くのたき火から、火のはじける音が聞こえてくる。
スタンは燃え上がる火をみつめて体を休めていた。
たき火を挟んで反対側にはスタンを助けてくれた人物であるラネアが本を読みふけっている。
「……スタンは、なんで冒険者になったの?」
どのぐらい時間がたったときだろうか。
長い沈黙が流れていた時間を切り裂いたのはラネアの一言だった。
「……そんなに面白い話じゃないぞ?」
「いいよ別に。そういうものだから」
ラネアはたき火の上から水の入った器をつるし、水を沸かしている。
スタンは少しためらった後、語り始めた。
「……俺は普通に農民の子供だったんだ。母親と一緒に小さい畑を切り盛りしてたんだ」
「父親は?」
「……俺の父親は……クズだった。毎日酒ばっか飲んでて、少ない収入をむしりとってた。母さんもあんな奴捨てればよかったのに、非情になれなかったんだ」
スタンの表情に怒りが浮かんでくる。
よほど父を恨んでいるのだろう。こぶしを強く握りしめて震わせる。
「俺が13のときに母さんが病気になった。なのにあいつは何もしなかった。飲んだくれてばっかで、何もしなかった。それどころか……いつも怒鳴り散らしてた。はやく金をもってこいって……」
「……」
「……結局、母さんは死んだ。金がなくて医者も呼べなかったし、ポーションとかも買えなかった。
そしたら……あいつは……あいつは、逃げやがった。なけなしの金を全部奪って」
スタンの心にはあの時の怒りと恨みが息を吹き返していた。
この時の出来事が彼が冒険者になる直接のきっかけだった。
「その後、どうしたの」
ラネアが小さくつぶやく。予想に反した壮絶な過去に彼女も驚いていた。
「俺一人じゃ、畑を維持するのは無理だったから冒険者として生きることにしたんだ。……負けたくなか
ったから」
「負けたく、なかった?」
「ああ。母さんと俺を見捨てたあいつみたいな、理不尽に俺は負けたくなかった。俺は自由に、自分の力
で人生を生きようと思って冒険者になったんだ。昔見た竜みたいに力強く生きたかった」
「……ドラゴンをみたことがあるんだ」
「……誰も信じてくれないけどね。俺が5歳の時に確かに見たんだ。家から離れて遊んでるときに空を飛
んでた。それを見たとき、俺は思ったんだ。ああなりたいって。あんな風に力強くて自由に生きていた
いってさ」
まだ幼い少年は見ほれた。
青く、どこまでも広がる雄大な空を、何者にも縛られず、黒い翼を広げて飛翔する竜を。
本や吟遊詩人の語りでしか現れない伝説を。
恐らく数十秒ほどの短い時間。
それでも今でも鮮明に思い返せるほどに脳裏に、心の奥に焼き付いている。
「だけど、俺はいつの間にか……臆病になってた。俺は気づいたんだ。この世界は、簡単に生きていける
物じゃない。生きていくためには、いろんなことを我慢しなくちゃいけなくて。自由であり続けるに
は……それ相応の強さが必要だった。そんな強さ、俺は持てなかった。死ぬのが怖くて生きていくのに
精いっぱいで……何かに頼らないといけなかった」
スタンがアルモアに反感を抱いていたのにパーティーから抜けることをしなかったのはそれが原因だった。
強いものについていけば、平穏に生きることができる。
だからついて回った。小言を言われようと我慢し続けた。
やがて心の中の竜は、夢見る自分は、遠い日の思い出になった。
「そして、何にもなせないまま今に至るってわけさ」
自嘲気味にスタンは笑った。
ラネアは押し黙ったままスタンの話を聞いていた。
「ラネアはなんでここで暮らしてるんだ?」
スタンはラネアに問いかける。
「……私こそ面白みはないよ。ただ先祖代々この山で暮らしてるってだけ」
「普段なにしてんだ?」
「狩りをしたり、小説を読んだり、空を見たり……そんな感じ」
ラネアは穏やかな笑みを浮かべて語っている。
スタンはそんなラネアを見てうらやましく感じた。
自由で、何より自分の力を尽くして全力で生きている。
「そうなんだな……なんか、うらやましいな。自分の人生をちゃんと自由に生きてるって感じで」
気が付けば思ったことをそのまま口に出していた。
しかし、ラネアはスタンの羨望の眼差しを受け流した。
「いや、そんなことないよスタン。自由に生きられてるわけでもない。獣は私よりも狡猾に気高く生きてるし、魔物も私よりも強大な存在。……私はこの山において決して強い存在じゃない。
結局私は弱いなりの戦い方をしないとここで生きてはいけない」
「でも、自分の力でちゃんと生きてるじゃないか」
「……たまにこの生活が嫌になることもある。何かしくじって死にかけても全部自分の責任になるわけだ
からね。なにかにすがって生活するのが……うらやましくもある」
ラネアはそういうと、スタンをまっすぐに見据える。
「ねえ、スタン」
「……なんだ?」
「そんなに自分を責めなくてもいいよ。君のしたことは命あるものとって必要な行動だから。
私たちは竜のように強くない。強くはなれない。生きるのに誰かが必要で、過ちを犯して後悔し続ける
生命体なんだ。だから……。だから責めることはない」
ラネアは力強くそう言い切る。
その言葉は鋭い刃となって心に突き刺さる。
今まで自分が嫌いだった。
自分の理想を見つけながら、自分から、憧れから目をそらし続ける自分に。
生き方を徹底できない己自身に。
「じゃあ……俺は、どう生きればいいんだ……」
「そこまでは、言えない。結局自分の生き方は自分で決めないといけない。
じゃなきゃ……きっと後悔すると思う」
「……」
スタンはラネアの言葉を受けて考える。
これまでの自分の事、そしてこれからの自分の事。
一体どのように生きるべきなのか。
考えても答えはでないが、やめることはできなかった。
しばらく押し黙ったまま考えていると、目の前に木製のコップが現れる。
顔を上げるとラネアがコップを差し出している。
コップの中は気持ちが安らぐ落ち着いた香りを放つお茶が注がれており、熱い湯気を放っている。
「これは?」
「デネテル。私の故郷に伝わるお茶の一種。これを飲めば、良く眠れるよ……今日はもう休もう」
スタンはコップを受け取ると一口飲んだ。柔らかい甘みが広がり、リラックスできる。
耳を澄ますと外からは雨の音が聞こえる。
確かに今日はもう寝たほうがよさそうだ。スタンはデネテルを味わいながら飲み干した。




