午後 ①
机に向かい悶々と頭を抱えていた竹田さんは、ひっと小さく声を上げた。
「君に、お客様だよ。うちの上得意のマキタ様。今日はどうしても君に担当してもらいたいってきかないんだ。そもそも君はマキタ様と知り合いだったのか?」
呼吸を荒くしている竹田さんを意に介することもなく、上司は不思議そうに尋ねる。
「マ、マキタ様ですか? 私はマキタ様と直接お話をしたこともありませんけど……本当に私を指名されているのですか?」
「やっぱり妙だよな。でも、まぁ今お待ち頂いてるし……竹田君、私と一緒にすぐ来てくれ」
そう言われてしまっては、ついて行くより他はない。
その途中、サカノ君の横を通る。にこやかにこちらを見ていたサカノ君と、がっちりと目が合ってしまった。
何台かの車が展示してあるロビーに出た。
カップルが一組と、若い男性のお客様がそれぞれ、カタログを片手に熱心に説明を聞き、車を眺めていた。
そんな中、上司はまっすぐと窓際のテーブル席に座る男性のもとへと歩いていく。竹田さんもそそくさとその後ろをついて歩く。
「マキタ様、お待たせして申し訳ありません。竹田を連れてまいりました」
マキタ様は満面の笑みをこちらへ向けた。
六十代前半だろうか。小太りだが、着ている淡い色のジャケットがよく似合う紳士だった。
「いやいや。あぁ、君が竹田さんだね」
マキタ様は立ち上がると、竹田さんに手を差し出す。
「あっ、はい。私が竹田です。よろしくお願い致します……」
動揺しながらもマキタ様の調子に合わせ、そっと手をとり握手した。
上司も場の空気を察してか、それではこれで……と帰ってしまった。
テーブルの上のカップは空になっている。飲み物のおかわりを……と竹田さんが言いかけた時だった。
「さぁさぁ、座って! 私の話を聞いてくれないか。どうしても君に参加してもらわないといけないんだ!」
「は、はぁ。私……ですか?」
マキタ様は先ほどの、ぼんやりと外を眺めている様子とは打って変わって、たいへん興奮しているようだ。
言われるがままに、竹田さんは席に着く。