朝 ⑥
もうすぐ、足の部位は食べ終わり、おそらく次の部位に移るのだろうが、それがどこなのかは見当もつかなかった。
竹田さんはそっと、部屋の戸を閉めた。
音をたてないように、ゆっくり玄関の外へ出る。
ドアの外側のすぐそばには、さっき自分で出したカバンが落ちていた。
だが……べったりとついていたはずの血が、何故か少しもついていない。
革靴の裏も確認する。血はついていないようで、足跡なども全然つかない。
生臭いにおいもあんなに鼻についていたのに、そういえばしない。
鼻が慣れてしまったのだろうか、でも……
やっぱり夢だったのか。
だが、おそらく夢ではなく、血だまりも、生臭いにおいも、こんがらがった女も、そのうえサカノ君までいた……と、思う。
もし、また部屋を確認しに入っても、やはり女もサカノ君もいるのではないか……下手したら新たな何者かが増えていることもあるかもしれない。
こんなことをもう何度も繰り返すのは嫌だ。夢だったんだ、夢だったことにして会社へ行こう……
竹田さんは玄関のドアを見つめながら逡巡すると、決心するのだった。
エレベーターなど待ってはいられない。その横の階段を一気に駆け下りる。
今は何時なのだろうか、と思いつつ各家の銀のポストの前を通り過ぎたところで、あっと足が止まった。
このマンションを出てすぐ右側に、あの赤い自販機があるのだった。
竹田さんは忘れかけていたが鮮明に思い出す。変に揺れていた女の姿、そして落ちる首。人だかりが出来、パトカーが鳴らすサイレンの音……
自販機の前を通れば、再び嫌なことが起きるのかもしれない。
だが、その前を通り駐車場へ向かわなければ、出勤することはできない。
もういい、もう何もわからないし、どうにでもなればいい。俺は会社に行く!
竹田さんはふぅー、ふっと大きく深呼吸すると思い切ってマンションを飛び出す。
一心不乱に走り、気付けば車に乗り込んでいた。
なんてことはなかった。
ほっとすると同時にシートベルトを締め、大丈夫、と一言つぶやくと会社へ向かうためハンドルを握った。