朝 ⑤
竹田さんの口から声ともいえない、詰まった空気のような息がもれた。
ベッドの前のそこには、若そうな全裸の男が血だまりの上に胡坐をかいて座っていた。
あぁー、うぅーとかうめきながら、こんがらがった体を苦しそうにドタッ、ドタッ、と動かす女の足を、無表情で、むさぼる様に食べている。
こちらのことは気づいているのかいないのか、完全に男の眼中にはないようだ。
竹田さんは固まってしまった。じっと立ったまま、静かに、全裸の若い男とこんがらがった女を見下ろしていた。
それを眺めているうちに、この若い男が職場の後輩のサカノ君だということがわかってしまった。
サカノ君は仕事の成績が非常によく、明るく爽やかな好青年だった。
今年厄年になり、成績の振るわない竹田さんに対しても、先輩として立ててくれ、嫌みもなく、誰にでも優しく、誰からも愛される存在……それが竹田さんの知っているサカノ君だった。
そんなサカノ君がなぜ、自分の寝室で、全裸で、こんがらがった半妖怪のような女の足を食べているのだろうか……
女がこちらに気付いた。
ピタッとうめくのをやめ、竹田さんの顔を、目を大きく見開いて見ている。
「おかえり……」
女は低い声で言うと、また白目をむいてゲラゲラと笑いだした。
女が笑い出すと、無表情で足を食べていたサカノ君は、強く女の頭を殴った。
ゴンッと鈍い音がした。
「うるせえんだよ!!!」
サカノ君は鬼の形相になり、怒鳴った。
女は痙攣したようになり、白目をむいたまま笑うのをやめ、泡を吹きビクッ、ビクッとだけ動いている。
サカノ君は何もなかったように、再び無表情で足を食べだした。
静かになった。
驚きすぎて声も出ない。ただ立っている。
竹田さんは怖かった。
サカノ君は普段、いつもニコニコしていて、この人は不機嫌になることはないのかね、なんてみんなで話したこともあるくらい、サカノ君は温厚で優しい人だった。感動の涙を流しているところは何度か見たことあるが……
そんなサカノ君が、こんな鬼の形相で怒鳴り、半妖怪とはいえあんなに強く殴るなんて……
ついでに、無表情なのもあまり見た覚えがない。サカノ君はいつも、いつも笑顔だ。
サカノ君は床の一点を見つめながら、変わらず無表情で足を食べ進めている。