朝 ②
竹田さんは腰を抜かしたようになって後ろに座り込んでいた。
「な、なんだったんだ……今の、今の……」
思わず、一人でつぶやいていた。
何だったんだ……夢か、夢を見ていたのか。
はぁ、はぁ……と大きく、体の全部を使って息をしていると、やがて、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
怖かったが、思い切ってもう一度窓の下を見てみる。
そこにはたくさんの人が集まっていた。
ちょうど自販機のあたりに人が集まっていて、女が倒れていると思われるところは見えなかった。
竹田さんは慌てて窓を閉め、カーテンも閉めた。
自分は何もしていないが、女を殺した犯人にされそうな気がして……いや、自分が見ていたから女は死んでしまったのかもしれない。
そんなわけない、そんなわけないのに……
床に膝を抱えて座り込んでいたが、無意識にふっと壁にかけてある時計を見た。
目覚めたのは六時三十分、そしてすぐにカーテンと窓を開けた。
今は六時三十五分……
もう何十分、何時間と過ぎていたように感じたのに、たった五分間の出来事だったらしい。
それでも信じられなくて、電波時計の目覚まし、ケータイ、腕時計など、家の中にあるあらゆる時計で時間を確認した。
しかし、どれも間違いはないらしかった。
あっ、と思った。
そうだ、会社に行かないと遅刻してしまう……
今起こったことはもしかしたら本当で、現実のことかもしれない。
だが、自分で何かしたわけではない。
そんなことよりも会社に行かなければ、その後の方がよっぽど困るのではないか。
竹田さんは自分に言い聞かせるように何度も心の中で思った。
すると次第に落ち着いてきて、ここからいつもの習慣に戻る。
トイレに行って用を足し、洗面所で顔を洗ったり、身支度を始めた。
ネクタイを締め、スーツも着てカバンを持ち、家を出ようとしたとき、のどが渇いているのに気付いた。
そういえば今日は起きてから何も飲んでいなかった。冷蔵庫のお茶でも飲もうか、と目をやった。
すると、あれっと思うと同時に、ぞわぞわと全身に気持ち悪さが走る。
冷蔵庫の中にあったはずのお茶やそのほかの飲料、調味料、食材などおそらく全てのものがコンロ横のスペースにきれいに並べられていた。
いつからそうなのだろうか、並べた記憶など全くない。
お茶には水滴がびっちゃりとなって、したたり落ちている。