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千載一遇  作者: ヘリオス
6/6

音速の貴公子

私の住んでいる地域は以前

粗大ゴミは無料で捨てる事が出来ました。


最近では捨てる前にリサイクルショップに

行くのが当たり前ですよね?


ゴミにしかならない物は

お金を払って引き取って貰っていますが

そんな捨て代が無料だったのです。


だからと言う訳ではないでしょうが

これはまだ使えるだろう?


そんな物もゴロゴロと

捨ててあったのでした。


オモチャや家電、レジャーグッズと


今流行りのフリマアプリの出品物が

全品無料だったら?


皆さん目の色を変えて

選ぶのではないでしょうか?


そんな宝の山だと言う事を知っていた

小学生の私達が大人しくしている訳もなく


ラジオ体操でもないのに

集団登校の集合時間より早く集まりました。


『今回はあるかな?』

そう聞いてきたアキラ君


『あるに決まっているだろ!』

そう答えたシゲル君の目は燃えています。


我々が欲しかった物

それは“ベビーカ-”だったのです。


ダンボールを尻の下に敷いて

土手を滑り落ちる遊び


そのスピード感に興奮を覚えた我々は


ある日、ユウスケ君が拾ってきた

ベビーカ-に乗ってからは

更なるスリルを求めていったのです。


それまではチャリンコで

疾走していましたが


所詮それは2輪車でしたので

4輪の安定感とは比べ物になりません。


自分が荷台に座り、バーを友人が

押して走り回る。


今思うと滑稽でしたが当時は

そのスピード感にやられて

楽しくて、しょうがなかったのです。


『ガーーー』と音を立てて

友人に押してもらっていた時に

気分はF1レーサーになっていました。


そして今朝、粗大ゴミの集積場に

到着すると


かなり程度の良いベビーカ-が

捨ててあるではないですか。


それを見つけた私達は

小躍りをしたのを覚えています。


捨てられているベビーカ-なんで

いつもは車輪が錆びていたり、

シャーシーが歪んでいたりと


押して走ると

『ギシ、ギシ』と車輪が軋んでいて


スピードが付くと

『ガーーー』と


けたましい音を出していたのですが

今回の逸品は全く違います。


アキラ君が赤ちゃんが座る荷台に乗って

私が後ろから押してもイヤな音がしません。


『やったー新品だ』

そう言って喜んでいた私達は嬉しくなって


秘密基地までアキラ君を荷台に乗せて

そのまま走って行きました。


朝の通勤・通学タイム


ベビーカ-に乗った小学生を

ランドセルを持った子供が押す光景


行き交う通勤途中のサラリーマンや

高校生が全員2度見してきます。


そんな事はお構い無しの我々は

秘密基地にベビーカ-を隠して、

集団登校の集合場所へ急ぎました。


そしてソワソワした私が授業が

終わるのを待って急いで自宅に帰ると


オフクロが

『ヘリオス宿題は?』と

そんな足止め攻撃を仕掛けて来ますが


ランドセルを玄関に投げ込んで

『後でやるよ』

『いってきます~』と

同時に言って


二人が待つ秘密基地へと走って行きます。


基地に着くと二人が既にベビーカ-を

押して遊んでいる光景が目に入り


『汚ねぇぞ、俺にも乗せろよ?』

そう言って荷台のアキラ君を

引きずり下ろした私が

特等席に座りました。


後ろにいるシゲル君が

ベビーカ-のバーを持ち


ゆっくりと歩きだし、

やがて走り出すと


景色が変わっていくスピード感が

私を包んだのです。


『シャーー』


シゲル君が私の乗ったベビーカ-を

押しながら走ると

やはりスピード感が全く違います。


それまでは遊園地にある100円を

入れて動く電気自動車の遅い物に

満足していましたが


今回の物はレベルが違い

スピード感は比べものになりません。


『シゲル~、もっと早く走れー』

そう私が叫ぶと


押していたシゲル君は更に

スピードを上げて

私を押す為にバタバタと走ります。


近所を2周ほどして疲れたら

誰かと交代を繰り返していた時に

私の頭ので、ある事が閃きました。


『地獄坂を走ったら、スゲーだろうな?』


私が漏らした言葉にシゲル君と

アキラ君が反応して

満面の笑みで私を見つめます。


地獄坂


勝手に私たちが名付けていただけですが

福山雅治の桜坂とは似ても似つかぬ、

その坂は雪の日になると、

車も昇れなくなる傾斜で


自転車に乗っている人は、

みんな降りて


歩きながら坂を登って行った

キツい坂でした。


寺の前のなだらかな場所から始まり

住宅街へと続く、その道では

車輪が軋んだベビーカ-で

過去に挑戦済みで


平地では押すのに抵抗が

キツかったベビーカ-も

『ガシャ、ガシャ、ガシャ』と、

けたましい音を出しながら


坂を順調に下って行き、

寺の前で止まった経験があったので

安全は実証済みでした。


しかし、それは平地でも

走りづらかったベビーカ-での事で

滑らかに走る、今回のマシンの事は


当時、チンパンジー以下の

脳ミソだった我々には

思いつかなった事でした。


タイムマシンが有ったら、

その頃に戻って


『止しな、そんな危ない事は』と

私が言いたくなるような大惨事が

待ち受けているともしれず


私たち3人は、誰がコックピットに

乗るかで、もめていたのです。


やがてシゲル君がコックピットへ

アキラ君が押す係と決まって

坂の上へと上がって行きました。


チンパンジー程度の脳ミソの

我々にも危機意識はあり


ベビーカ-のスピードが

早くなり過ぎたら

アキラ君がバーを引っ張りながら

足を踏ん張って止める。


もし、それでも止まらない場合は

寺の前で待ち受けていた私が


アニメで、よくある機関車に

体を張って止めるやつ


あれをして止めるという

二段構えでの安全対策で

成功するイメージしかない

シゲル君がワクワクして

ベビーカ-乗り込んだのです。


この事件の後、私は気付きました。


飛行機が飛ぶのに成功するまでに

人間って、

いっぱい死んでるんだろうな?って


『行くぞー?』


坂の上のアキラ君が私を呼びます。


『おー、いいぞ』

私が手を上げて応えました。


そして小さく見えたアキラ君が

ゆっくりと動き出しました。


イメージして下さい


オリンピックとかのスキーのジャンプ台


あそこをベビーカ-が下って行く姿を



すぐにアキラ君が引き摺られるようになって

ベビーカ-のバーから手を離しました。


そして、ブレーキ役の居なくなった

ベビーカ-は


ジェットコースターのような

スピードで坂を落ちて来てます。


その行動の一部始終を見ていた私は

心の中で呟きました。


『ゴメン…』と


シゲル君にさよならを言ったのです。


『シャァーー』


おそらく時速40Kmは出てるベビーカ-


スピードに怖くなったのか?

ブレーキ役が居なくなった事に

気付いたのか?


コックピットのシゲル君は

『止めてー』と、絶叫しています。


人間は月に着くまでに何人も

犠牲を出しているのでしょう?


暴走列車となったベビーカ-が

私の方に凄い勢いで向かって来ました。


『ゴメンね』


シゲル君に最後のお別れを言った私が

ベビーカ-に道を譲りました。


『うあぁーー』


私の横を物凄いスピードで

風が抜けて行きました。


それと同時に『ガッシャン』と

アキラ君の乗ったベビーカ-が

お寺の墓場に突っ込み

墓石をいくつも倒したのです。


その瞬間を見た私は、

申し訳ないけど死んだと思いました。


それは墓石を5個ほど倒した

大事故でしたが


人間って思ったより強いんですね?


墓場の奥から血だらけで

這い上がってきたシゲル君は


『もうダメかと思ったよ』と

私たちに生還宣言を伝えて来たのです。


しかし、私たちを後始末と言う

現実が待ち受けていました。


『どうしたんだ?』

墓場に突っ込んだ音で

寺の住職が飛び出して来たのです。


そして頭から血を流している

シゲル君を見て


『どうしたんじゃ?』と

聞いてきたのでした。


すると言い訳をすれば良いのに

シゲル君は


『実は…』と言いながら坂道を

指差し始めたのです。


“バカ、何バラシテるんだよ”


そうシゲル君を心の中で

罵っていた私でしたが


『みなまで言うな』

と言う住職の言葉で展開が

変わってきたのです。


『あの坂道から落ちて

来てしまったんじゃろ?』


自ら滝壺に飛び込んだ自殺志願者を

運悪く川に落ちたのと間違う位の

勘違いをする住職に


『そうなんです』と答えたシゲル君。


そして住職が救急車を呼んだりしましたが

クチ裏を合わせた私たちの話の流れで


“偶発的な事故”で片付けられて

墓石の弁償やおとがめも

一切受けなかった私たち3人の中では

その事はいまだに秘密となっています。


あの日のシゲル君の勇気に比べたら

みやぞんなんて、まだまだです。



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