表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/28

 装甲列車の穏やかならぬ様子は音股から脱出しようとするサナとサキからも見えた。


「まさか、音股を撃つつもりですか? そんなことをしたら」


 サキは水濠をまたぐ橋――音股からの唯一の出口を見る。


「博士。一刻もはやい脱出が推奨されます」


「――そんなことをしたら、大勢の住民が――」


 少女はまぶたを閉じ、開く。

 その瞬きの合間に宿った光は一等星よりも激しく、正義を求める。


「サキ」


「はい」


「彼らの思い通りにはさせません。手伝ってください」


「了解しました。博士。任務を更新します」


 音股に対する皇国最後の防衛線であるオートバイ兵が「おいおい、まさかおれがいるのに撃つつもりじゃないだろうな?」と不安がっていたので、ポンポンと肩を叩いて振り向いた顔に拳を一発打ち込んだ。


「博士。後ろに乗ってください」


 キック・スターター一発でかかったエンジンにさっき殴り倒した兵士のオートバイへの愛情を感じつつ、音股橋を一直線に走る。


 車列最左方の車両から側面の副砲が発射され、橋が吹き飛ぶ。音股の人間が略奪衝動に駆られた際に使える唯一の道が歪んだ鉄骨と裂けたコンクリート(ベトン)を残して消えてしまった。


 ギリギリ三センチのところでオートバイが止まる。


 サキの処理機能が【副砲】【破壊された橋】【後ろに博士】【一斉砲撃】を抽出演算し、こたえを導き出す――【家船】。


「僕の腰回りに腕をまわして、しっかりつかんでください。少し、荒い運転をします」


「え? は? わ、わあ!」


 橋のたもと、オートバイ兵がまだ気絶しているそばの桟橋階段を走り降り、皇国陸軍軍需改良計画乙号の対象として改造され取りつけられたボタンを押し込むと、明らかにガソリンではない何かがエンジンのなかで吠えた。


 陸王は飛び上がり、家船の、お世辞にも丈夫とは言えない屋根に着地すると、瓦屋根ならば瓦を割り、板葺き屋根なら板を割り、スレート屋根ならばスレートを割り、まあ、ないとは思うが檜皮ひわだ葺き屋根なら檜皮を割っては飛び継ぎ、割っては飛び継ぎ、副砲の着弾前に進路九十度方向を変えて、ジグザグに走る。


「うわあ、なにしやがる!」

「屋根を引っぺがしやがった!」


 油紙の障子窓が次々と開いて、彼らの屋根に対する狼藉への文句が飛び交う。干物がすっ飛んだ、茶碗が割れた、かもじがドブ水に落ちた、軒下の風鈴が割れた、1899年ものグランド・シャンパーニュがダメになった――エトセトラ、エトセトラ。


 サキの処理機能はそうした雑音を取り除き、【博士の住人に対する感情】【副砲再装填速度】で演算する。

 だから、副砲の弾は誰も住んでいない、崩れかけた小舟で命中するよう走っている。

 そこに人が住んでいないかどうかももちろん計算で――【洗濯物の有無】【整った神棚】――割り出す。言い換えれば、無精で洗濯もろくにせず、神棚を整えないとサキから無人船と見なされ、吹き飛ばされるということだ。


 対岸に着く。

 もう、副砲の俯角十二度から逃れ、下へ弾が飛ぶことはない。


 オートバイは石垣を駆け上がり、装甲列車〈アムール号〉の側面に下士官腕章に似た形のタイヤ痕をつけ、上部ハッチに着いたところでエンジンが止まった。


 ハッチを開けて、なかに入ると、恐らく鉄道将校がいて、ブローニング拳銃でも撃ってくるかと思ったが、誰もいなかった。砲塔内にもだ。


 砲栓の出っ張りと砲弾ラックのあいだには機械の作業用アームがあるだけで三角比の一覧表も勤務日誌もない。


 そのかわりにロマノフ家の冬宮で見られる陶器ストーブくらいの大きさの計算装置がキチキチと細かい音を出している。


「やりました。この砲列は人間ではなく、制御装置を使っています」


「わたしが防御機構にバイパスをつなげます。そのあいだに射撃管制装置を支配下においてください」


「了解しました。博士」


 サナは計算装置に付随しているイロハニホヘト・キーをタイプし、ついさっき取りつけた携行制圧装置からの接続を維持させる。


 そのあいだにサキは装置の被膜板を引っぺがして、物理的に機構の制圧を目指す。


「どうですか?」


「駄目です。博士。発射の命令は既に通達済み。これは別の場所の司令部からのもので、ここで変えることはできません」


「他の命令は? 弾薬の取り出しは?」


「できません。発射を遅らせることも無理です。干渉できるのは照準だけです。この車両は旗車両フラグですから、ここで命じたこと全てを他の車両に同調させることはできます」


「残り時間は?」


「一分十七秒」


 サナはそれだけきくと、この車両を通じて、全ての車両の砲塔にそれぞれの狙いを対する砲塔に変更させた。


 一両につきふたつの砲塔がそれぞれ動き、お互いを狙い合う。


「これなら、それぞれが破壊しあうだけで市街地に着弾しないはず――」


 がくん、と震える。ふたつの砲塔のうち南側の砲塔は旋回を続けているが、北側の砲塔が動きを止めた。


「残り二十七秒。僕がこちらの砲塔を動かします。博士は退避を!」


「もう一度、制御装置から接続します」


「博士!」


【博士】【閉鎖装置】から導いた結論は――【力ずく!】


 旋回用ハンドルがロックされているのは間違いないので、時間を無駄にしない。

 砲塔を支える六本の支柱のひとつをつかみ、引っぱった。

 【過重状態!】【過重状態!】と繰り返し、計算に割り込もうとする警告を無視し、博士の梅雨みたいなキー操作の音で上塗りした。

 本来なら雑音として除去するべきだが、その音こそが自分がここに存在する理由であり、自分の唯一の戦友なのだと――。


【戦友】という表現が演算に加算され、【過熱】とこたえが出た。


 首をふって集中する。

 ここまでの演算は瞬きよりも短い時間だったが、顔が真っ赤になっている。

 そのとき、【過重状態!】が何もせずに解けた。かたくなに動こうとしなかった砲塔が確実に動いている。


 サナが閉鎖機構を迂回して非常用電力につなげた。

 非力なモーターの回転補助が加わり、砲塔は前部砲塔と向き合った。


 それと同時にサキのトランクが最大兵器として、小型砲ライフルに姿を変え、

 残り十二秒、発射して装甲板に穴を開けながら、サナを抱え込み、

 残り八秒、兵器を収納したトランクと一緒に外に飛び出し、

 残り三秒、サナを抱えて走り、

 残り一秒、サナをかばって伏せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ