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十九

 アロサウルスの下顎を下ろしてから、腰から下がる鬼青江を背中に負い変えて、眞宮さんのいる教室を後にして、西棟の狙撃手を片づけに行く。


 いつもなら、屋上の階段室で赤銅のコハダを投げて、気をそらし、やってきた狙撃手を片づけるのだが、今回はおまけがついていた。


 階段室の上、つまり、屋上でも最も高いところで他校の学ラン姿の柴犬がくかーくかー寝ている。


 足を軽く蹴とばすと、目が覚めて、


「ふあ。もう、授業? ん、きみは誰だい?」


 どうも、ここでは柴犬はサキのことも知らないところから始まるらしい。

 とりあえず、自己紹介とテロリストに学校が占拠されたことを教えた。

 そこまで教えれば、何らかの行動に出るだろうと思ったのだが――。


「くだらない。寝る」


 そう言って、自分の腕をまくらに横になった。


 夏海原なつみばらの『テロル本舗』で販売されている漫画の黄金パターンである、やる気のない転校生。このニヒリズムな感じが若者に受けている。ニヒルに徴兵制度をかわしたい若者は陸軍省が考えているよりもずっと多いのだ。


 黄金パターンによれば、この後、テロリストたちがやってきて、ふたりを取り囲み、やる気のない転校生がちょっと本気を出して、相手を倒すのだが、このとき、柴犬が使ったのは腰の後ろで交差に差していた二振りの短刀だった。


 逆手持ちにした短刀から繰り出される斬撃の数々が急所を的確にとらえ、テロリストたちは、ア、の声を放つまもなく、葬り去られる。


 普通の高校生がいかに悪人とはいえ、後悔や嘔吐もなく、スルスル人を殺せることに関しては元殺し屋か軍が秘密裏に生み出した改造兵士ということで説明をつけている。


 114568回目の挑戦。

 もう、敵の配置は思考装置と意識信号に刻みつけられている。


「じゃあ、各個撃破といきますか!」


 スパッと頸動脈が裂かれて、天井に鮮血が吹きつけられ、サキの射撃が胸に一発、頭に一発で確実に命を奪っていく。


 これが『テロル本舗』で一番の売上を誇るスタイルなのだ。


 ひとり、またひとりと殺害して、ついに最後のひとりを東棟に追いつめた。

 しかも、人質は眞宮さんである。


「武器を捨てろ!」


 テロリストは叫ぶ。


「やれやれ、月並みなセリフだ。もう少しひねれなかったのかい?」


 ここの攻略は分かっている。銃をゆっくり下に置こうとしながら、


「眞宮さん。目を閉じて」


 目を閉じた瞬間、その銃で撃つ。

 不自然な体勢からの銃撃は計算済みで最後のテロリストの額にポツッと赤い穴が開いた。

 そのまま、一気に距離を詰め、テロリストの手から機関短銃を叩き落す。

 これまではこの銃からデタラメに発射された弾が眞宮さんの命を奪ってきたのだ。


「大丈夫ですか? ――もう、目を開けていいですよ」


「は、はい」


 これで全員。

 だが、何かを忘れている気がする。

 大切な何かを。


 そのとき、皮膚がぴりついた。


 眞宮さんの後ろで青く細かいガラスの針のような光が見えた。軽い音が鳴った。


 ポンっ。


 鼓の音。


()()()!」


 咄嗟にサナを背後に隠し、代わりに受けた雷撃が下半身と右半身をバラバラに切り裂く。


 残った左腕は鬼青江を放り、その切っ先はまっすぐ、雷電水晶が突き出た胸に突き刺さり、串刺しにされた結晶心臓が背中から飛び出た。


「サキ!」


 サナが倒れたサキに駆け寄り、安定性維持のための応急修理を行おうとする。


「ダメです、そんな、ああ――」


 そうだ。


 博士のための任務。博士のための機体。

 どうして、僕はこんな大事なことを忘れていたんだろう。


「サキ……」


「は、か……せ……」


 意識レベルが下がっていく。

 涙が落ちてきた。

 熱い。


 サキが最後に感じたのは、唇に重なった温かさだった――。





 ――仮想空間が消えた。


 サキは池のそばで目を覚ました。

 池の真ん中にはメラメラ燃えるパッカードがトランクを上にして刺さっていて、葦の生えたあたりに黒服の殺し屋がふたり、頭を撃ち抜かれて死んでいた。


「ああ、やっと目覚めたか」


 柴犬警視は銃をホルスターにしまいながら、葦のなかから歩いてきた。


 半身を起き上がらせながらたずねる。


「僕が最後ですか?」


 警視が顎で示したので振り返ると、サナがいた。


「博士……」


 サナは目に涙をいっぱいにためている。


「ご迷惑おかけして申し訳ありません」


 ふるふると首を横にふる。


「博士。お怪我はございませんか?」


 うんうん。今度は縦だ。


「まだ、お辛いようでしたら、僕に何かできることがあれば――」


 サナはサキに抱きつき、抱きしめ、涙でしゃくりながら不安を全部吐き出した。


「もし、目が覚めなかったら――サキが逝ってしまったら――わたし、……わたし――」


 ふ、とサキは微笑む。


「大丈夫です。博士。僕は博士を置いて、どこにも行きません。絶対に。絶対にです」


 ぱん、ぱん。柴犬が手を叩く。


「感動の再開のところ、悪いけれど、確認したいことがある」


 そう言って、指を差した先には冬次郎の愛刀〈鬼青江〉の鞘が転がっている。


「これは何ですか?」


「鞘だよ」


「なぜ鞘だけが」


「きみが投げたんじゃないか」


「僕が? でも、僕は――」


「気絶したまま、投げたんだよ。いきなり、こっちはびっくりしたけど、もっとびっくりしたのは――まあ、自分で確認することだ」


 警視に促され、葦の原のなかに踏み入る。


 すぐにそれは見つかった。

 垂れ首水干を着た小男が倒れている。鬼青江に胸を貫かれて死んでいた。

 ひらいた襟から見えるのは、電気を帯びる青い石の生える肌。


 ポンッ。

 静電気がぴりつく。


 柴犬警視が鼓〈舞砂〉をボールみたいに人差し指の先でくるくるまわしていた。


「車はやつらのものを使う。さあ、カンノジに戻るぞ。先輩を助けるんだ。いいですか、先輩。僕が、助けたんですからね?」

「ブブブ」

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