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十七

【  】【  】【  】

 再抽出。


【ガッ ウ】【ゲ  ュツ 】【イシキ   】

 精度強化。再抽出。


【ガッコウ】【ゲンジュツシ】【イシキテンイ】

 スクリーン。


【学校】【幻術師】【意識転移】

 導き出された結論は――【特殊障壁、一部認識破損あり】


 サキが意識レベルを行動可能級数まで取り戻したとき、燃えるパッカードも柴犬警視も護符塗れの冬次郎もいなかった。


 銃撃してくる日本効率化協会の暗殺者たちもいない。

 そこは〈ヨミビトシラズ〉ではない。


 そこは――

【黒板】【校舎】【おれ、宿題忘れたぁ!】より演算。


 導き出された結論は【高校生】


 サキはゆっくり突っ伏していた机から顔を上げた。ブレザーを着た同級生たちがわいわい騒いでいる。授業のあいまの休み時間だ。


(……ヨミビトシラズの深域か、鼓を盗んだものか、あるいは日本効率化協会の手による攪乱幻覚か。おそらく禁足地の神隠しはこの仮想空間に対象を閉じ込めることで成立しているのかもしれない)


 そんな危険が潜在しているかもしれない、つくりものの世界を用心深く眺めていると、


「おい、佐木サキ


 と、クラスメートの高岡に話しかけられる。


 どうやら情報は必要に応じて教えられ、また不自然な行動を取らなくてもよいように行動記録ログを与えられる。

 だから、サキはこの世界では自分は佐木サキであり、この高岡とは宿題を写し合うくらいのことはする仲だということが分かる。


「お前、次、現文だぞ。資料室に行かなくていいのか?」


「ああ。行ってくる」


 立ち上がり、行こうとすると、


眞宮マミヤさんはもう資料室に行ってるってさ」


 眞宮さん……この世界の女子のクラスメートで、サキと同じ現文係。

 行動記録ログは――それに触れようとすると、サキの意識が白い壁にぶつかった。


 故障記録バグ

 この幻覚を用意した人間はそこまで機工知能学に通暁しているわけではない。

 つまり、詳細の詰めが甘い。そのあたりに突破口があるかもしれないが、しばらくは佐木として行動し、相手の出方を見よう。


 与えられた記録から資料室への道筋を抽出、その地図には任務に関する特記事項があり、サキは佐木として本日の現代文学の授業に必要な資料『静かなドン全集』『種田山頭火と自由律俳句』『グノーシス主義が文学にもたらす影響 ~文学は物質と分離しうるか~』、そしてアロサウルスの下顎の化石。


 またバグかと思ったが、どうやら本当らしい。


 二階西棟の北側の資料室に入ると、眞宮さんが小さな体を必死に使って、アロサウルスの下顎の化石を運び出そうとしていた。ジュラ紀肉食恐竜で最大最強だったアロサウルスの下顎は高校生の少女で持ち出せるものではない。


 台から化石が落ちそうになったので、化石が眞宮さんを潰さないよう、手で支える。


「あ、佐木くん」


 化石の重みで膝までついていた少女がスカートの塵をはたく。


「無理はしないでください」


「ごめん。わたしでも持ち出せるかなって思ったけど――え、佐木くん。それを片手で支えられるの?」


 そこでサキは自分がただの高校生だったことを思い出して、化石の下に肩を入れて、必死に持ち上げようとしている演技をした。


「そんなわけはありませんよ。結構、重いです」


「わたしも手伝います」


「そんなことより、ほら」


 キンコンカンコーンのチャイムが天井近くに取りつけられたコーヒーケーキみたいなスピーカーを通じて流れてくる。


「他の本を先に教室に持っていってください。僕はちょっと遅れると伝えてもらえますか?」


「うん。わかりました」


 眞宮さんは大判の分厚い本を、うんしょ、と持ち上げ、とっとっと、と気持ち急ぎ足でドア口へ向かう。そこで立ち止まって、


「でも、早起きだけは負けませんからね。佐木くん、いつも寝坊なんだから」


 情報修復【幼馴染】【家は隣同士】

 壊れた状態で送られてきた情報が修復された。


 ふむ。そういうことなら、話を合わせるが、自分が寝坊というのは納得がいかない。

 機体に睡眠なんて必要ない。むしろ、寝坊など、あの冬次郎の話だ。


(あのカーチェイスには冬次郎も巻き込まれている。何者かによる意識掌握後の混在が発生しているのかもしれない)


 眞宮さんとの距離感はなんとなくわかってきた。

 いつも丁寧語であり、幼馴染であっても名字で呼ぶあたりを考えると、そこまで親しくしなくてもいい。


 この科学的なのか怪異敵なのか、由来が分からない仮想空間で人付き合いをしたくない。それは面倒だし、何がきっかけてこの幻覚に致命的な作用が起こるか、まだ把握しきれていない。

 なんなら、あの少女のことは無視しても構わない。


「うっ」


 ズキッと胸が痛む。

 パッカードから脱出時に胸に車体がぶつかって、液圧調整ポンプに異常が発生したか。こういうとき――。


「こういうとき、僕はどうしていた? 機体を解体して整備してもらう必要があるとき、僕はどうしていた?」


 思い出そうとする。だが、靄がかかる。


「わからないな。……とにかくこの化石を運ぼう。本当に授業で使うのかは怪しいですが」


 ずるずるとアロサウルスの下顎を教室に持ち込むと、現文教師にイヤミを言われ、飛んできた記録では生徒たちは彼のことをカス野郎と呼んでいるとあったので、そのように心得て、席に戻った。


 ここからロシア文学と自由律俳句とデミウルゴスとアロサウルスの下顎のあいだにどんな文学的な共通点があるのか、明らかに破綻したことを言っていたそのときだった。


 テロリストが乱入してきたのだ。


「全員動くな!」


【機関短銃】【拳銃】【専門の軍事教育】【反応速度】を抽出し、演算。導いたのは【接近戦】


 テロリストはこの教室だけでふたり。ひとりが教壇の近くで教師に銃を向けていて、もうひとりは生徒たちの机のあいだを歩いている。

 生徒たちの怯えた表情を自分も学習し実行。失禁しているものもいるので、それも学習しようとしたが、そもそも機体には排泄がない。


 テロリストがサキのそばを通り過ぎた瞬間、身を低くしたまま、相手の背のホルスターに入っていた九ミリ拳銃を抜き、振り向いたテロリストの顎を真下から二発撃ち抜いた。


 立ち上がりの勢いをそのまま死骸の後ろへまわり込み、これを盾にする。テロリストは防弾チョッキをつけているので、拳銃弾を使う機関短銃なら防御は可能だ。そして、確実な射撃でもうひとりを排除する。


 予想した通り、敵の射撃は防弾チョッキにぶつかり、体を貫通はしなかった。

 死骸の盾の影から九ミリで狙いをつけ、照星と照先とサキの眼が同一直線状に並ぶまで、0.02秒。これで終わりだと思った瞬間、


「ここは――」


 ――彼は異空間にいた。

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