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十六

 柴犬警視は今夜でカタをつけると言って、使える警官は全員使い、情報屋を布団から引きずり出し、鼓に関することなら何でも報告しろと言ったものだから、電信機と無線電話からひっきりなしに鼓に関する情報が警察署に流れ込んだ。


 今回はサキの出番だった。

 警察用演算機械のかなわない驚異の計算能力が全ての情報を受け取り、精査し、抽出した。

【鼓で殴る通り魔】や【鼓次郎なる人物が昨晩還暦を迎えた】ことを取り除き、【鼓の音:中央禁足地〈ヨミビトシラズ〉】を抽出した。


「よし。行こう」


「待ってください」と、サキ。「中央禁足地に関する情報は接触アクセス制限がかかっていて、全てが見られる状態ではありません。作戦立案に大きな障害があります」


「何か出たら、轢けばいい。パッカードのバンパーがちょっと凹む程度で先輩がもとに戻るなら安いものだ――あ、もちろん、パッカード全部オシャカにして先輩がもとに戻るなら、それも安いものですからね。というか、ロールスロイスでも――」


「中央禁足地のことですが――」


 柴犬警視がなにか循環思考にハマりそうなのを見て、サナが遮る。


「わたしたちは入ることができるのですか?」


「できない。だから、パッカードのバンパーは丈夫でなければいけない。何か出たら轢けばいい、の『何か』には禁足門ガードゲートやそれに付随する内務省直属執行局チョクシツのクズどもも含まれる。羅像事件で出しゃばったやつらがいの一番に逃げたせいで僕が殺されそうになったとき、先輩が一週間の筋肉痛と引き換えに一撃必殺の居合切りで羅像を斬り伏せたときの男らしさと言ったら――」


 冬次郎の愛車ベイビー一〇〇式ニュー・クロガネ十台分の値段がするパッカード・デラックス・エイトの一九四八年モデル――つまり、今年出たニユーモデルだが、その車で〈ヨミビトシラズ〉の禁足門ガードゲートをぶち破るとき、柴犬警視の運転には怯みも迷いもなかった。


 バンパーだけでなく、フロントグリルとボンネットカバーまで歪んでしまったから、カーキチ冬次郎が見ていたら発狂していただろう。


 柴犬がクズどもと呼んだ執行局の面々――特別な制服に最新の小型通信機、エナメル仕上げの庇がある帽子に機関短銃を支給されている精鋭エリート秘密部隊はすぐ自分たちの車で追おうとして、ひるんだ。


〈ヨミビトシラズ〉は都会の中央に鎮座する樹海。

 まだ二秒と経過していないのにパッカードのリア(後部)ランプがもう闇に飲まれ、それだけでなく、エンジンの音まで飲まれて、静寂が手に触れられる近くまで迫っている。


「どうする?」

「知るか。生きて出られない」

「報告は?」

「馬鹿がひとり自殺した。そうかけばいい。うまくいけば、内勤だ。くそっ」


 サキはパッカードが整えられた広い石庭のようなものを荒らしながら走っているような音をきいていた。

 実際、柴犬警視はハンドルを切りながら、庭に飾ればひと財産の奇峰古樹を右に左に避けまくっている。そのたびにタイヤがジャラジャラバチバチと玉砂利を派手に弾き飛ばし、そのやかましさには感覚装置の限界を超えて、聴覚機能がマヒしそうになった。


「ここに何があるのか、知っているんですか?」


「鼓がある。盗人がいる。先輩が助かる唯一の方法がある」


「それ以外は?」


「僕の知ったことではないね。それより耳を澄ませたまえ。鼓の音を聞き逃さないように」


 前述の通り、聴覚は柴犬警視の運転がもたらす様々な音のせいで感度限界を超えている。


【怪談】【音】で演算すると【ご都合主義】が導き出され、この騒音をものともせず、耳元で鼓が打たれるようにきこえるに違いないと思ったが、結局、サキにはきこえなかった。


 サナと柴犬にはきこえていた。深域に対する感受性があるからだろう。


「きこえた! どこにいる!」


 見つけたら、もちろん彼は轢くつもりだ。


「右です!」


 柴犬が咄嗟にハンドルをまわし、ブレーキを踏むと、目下十メートルの崖をギリギリでかわし、また、アクセルを踏み込んで、ギアをガタガタ鳴らしながら、別の加速し、鼓を追う。


 サキにはきこえないが、サナと柴犬には鼓の音が四方からきこえてくるらしい。


「というより、四面楚歌だ。明らかに敵意を感じる」


 パァン!


 これはサキにもきこえた。三十二口径のライフル弾。フロントガラスに穴が開いてヒビが蜘蛛の巣のように伸びた。


「くそっ!」


 柴犬はブローニング拳銃を取り出して、窓から突き出し、真っ暗な森へ何発か撃つ。


 パァン! パァン! ボディが不自然に揺れた。


 パァン! 後部ガラスが割れ、サキはサナをガラス片からかばった。


「見えたか!」


「次で左に曲がってください!」


 車が言われた通りの挙動を取ると、前もって計算しておいた【怪しい場所】へ二度銃撃した。木の枝から落ちてきた男を記録する――【山高帽】【黒いコート】【白い手袋】【弐式連発小銃】――追加処理【内ポケットから落ちてきたもの】――【緑の手帳】――拡大【日本効率化協会】。


 三柿野たちだ。警察無線が盗聴された。とことん邪魔をするのだろう。

 窓の外の銃火を銃撃しながら、そのことを柴犬に教える。


「つまり、先輩を罠にかけたのは、こいつらか?」


「ええ、そうです」


 すると、パッカードは急ブレーキを踏み、バックしてサキが撃ち落とした暗殺者をタイヤで踏んだ。その状態でブレーキとアクセルを一緒に踏み、哀れな男をズタズタに切り裂いてから、また発進した。


「いまの行動の意味は?」


「先輩をこんな目にあわせた罰だ」


 パァン!

 ドアミラーがもがれる。


「鼓、鼓はどこだ! ――あっ!」


 ズガガガバアアアアン!


 至近距離の雷が大気を震わして、ボンネットが爆発する。


 機械体用の雷撃銃か? だが、威力は本物の雷並みで――


 ズガガガバアアアアン!


 ハンドルが外れ、柴犬警視の視界は黒と白の煙で完全にふさがれた。


「車から飛び降りろ! もう、限界だ!」


 警視は冬次郎を、サキはサナを抱きかかえて、外に身を投げ出した。

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