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十四

 五十人用宴会場。


 戦争で負けたときに戦勝国の最高司令官のご機嫌取りをするときに使う場所だ。


 国粋主義者は存在を否定しているが、実際は政府の命令で作られていて、その造営を采田組のようなヤクザに請け負わせたあたり、頭が悪いことになっている。


 一段高い、松とウズラの錦絵を後ろにした上座には采田組組長采田登――丸顔、蒼白、小太り、白い背広。


 その隣、日本効率化協会、副主事、三柿野次晴。


「あー、生きてたんだ」


「ええ。あのときはどうも。ご覧のように緊急手術で、顔の半分と左腕、それに心臓は機械に換装しました」


「なかなか似合ってるよ。こう、冷酷さとあってる。マジで」


「それはどうも」


「え、ってことは、ひとり連れてきたら百五十円の成功報酬も生きてる?」


「ええ。隣の子猫を連れてきてくれれば。もちろん、この子猫も――」


 と、上座の端の絵の松の根元、ウズラが遊ぶあたりに倒れているサナを指差し、


「あなたの協力がなければ、手に入りませんでした。あなたには二人分の報酬を受け取る権利があります。どうします?」


「あの話は忘れてくれ。こっちも経費は請求しない。迷い猫たちには人間の大人のかっこよさを教えることにした」


 おい!と上座に靴のまま上がっている采田が騒ぐ。


「お前は小娘がいれば、深域と兵器が融合できると言っていただろうが! あれはどうなった?」


「落ち着いてください、采田さん。その話はもちろん生きてます」


「お前があのクソガキとつまらん話をするのをきくためにこっちは子分を出したのと違うんだぞ。お前の話にいくら出したと思って――」


 采田登が典型的な異形へと変化しても、冬次郎は驚かなかった。

 むしろ、剣戟芝居のお約束を見ているようでホッとした。

 どう考えても、三柿野のような人間が采田に約束したものを与えるとは思えない。


 ただ、采田は十秒前の采田まで融合に使われた。

 これまでの異形は三秒前までが使われ、ギリギリ人の形を残していたが、今回は違った。


 ひょっとすると、これは、斬ったら二十四時間眠れなくなる歪みの向こうのバケモノに数えられるのではないかと思われるほどの代物になった。


 あまり命名センスのない人間なら『ごちゃまぜ人間!』と名づけるような傑物で、フジツボみたいな目が五つ、胸ポケットが九つに増えて、チョッキからはみ出した三段腹のそれぞれには臼歯だけの口がついていた。皮膚を持ち上げる紫色の血管は巨大な斧を持つ手を震わし、剥き出しになった膝の骨で采田の三つの顔が笑っていた。


「こういうのはロケットに結びつけて、月の裏側にでも捨てたほうがいいんじゃないか?」


「そう言わずに。日本効率化協会謹製の新人類です」


「そのキャタピラ、肉に埋もれて働いてないみたいだけど、それって非効率的じゃない?」


「確かに改良の余地があることは認めます。研究部門にそう伝えましょう。では」


 三柿野が姿を消すと、采田のだぶだぶとしたねじれ肉が冬次郎を叩き潰そうとした。それをかわしながら、


「おい、ツブすなら三柿野を狙うのが筋だろうが」


「この異形に人の言葉を解することもできると思いますか?」


「お前、見た目で判断するのはよくない。こんななりでもボオドレエルについて、気のおけない話を――」


 黄ばんで脹れた肉が跳ね上がって横殴りに来たのを、鬼青江でズンバラとやって、斬り落とす。すると、血管がうずいた。


「あー、うん。こいつ斬りたくない」


 冬次郎は言った。

 攻撃をやめて様子見を始めたバケモノを前に、サキと左右別々にゆっくり歩く。


「馬鹿なこと言わず、戦ってください」


「これ、斬ったら、眠れなくなる」


「死ぬよりはマシでしょう?」


 サキの姿が肉の山に隠れたあたりで、すぐに歪んだ手足が冬次郎を潰そうと振り下ろされた。

 回避に徹するが、ときどき斬らないと間に合わないものがあり、そういうときは冴えた太刀筋でスパッとやったが、そのたびに興奮のエッセンスが血管を走った。


 人格は、寝たい、斬るなと言うのだが、鬼青江と利き腕は、斬ってしまえ、気持ちがいいだろう、とそそのかし、辻斬りの葛藤みたいなことになっている。


 白く濁った肌がぷくぷくに太った指と一緒に畳に落ちるたびにバケモノを斬る喜びが強くなり、睡眠時間のことなど放っておけ、斬って斬って斬りまくれとかなりはっきりとした声で言ってくる。


 ときどきサキが「何か言ったか?」と肉の向こうできいてくるくらいにはっきりとした声だ。


 左に払って、右に巻き打ち、飛び上がって雷みたいに変則的な振り下ろしを見舞う。

 真珠のカフスの先から伸びている一本指の手が斬り落とされると、火焔弾が貫通して、危うく弾の回転効果に引っかけられるところだった。


 もう、向こう一週間の筋肉痛と四十肩は約束されている。

 この上、不眠が来るとなると、自分の前世はよっぽどの悪さをしたに違いない。


 自分は生まれ変わりに恨まれたりしない立派な前世になろうと、バケモノと飛び違って、腕を根元皮一枚で斬りながら誓う。


 肩で息をするほど疲れるころには手足は軒並み斬り落とされるか、撃たれてちぎれるかしていた。


「祠が存在すれば、こんなやつが何体も生まれる」


「戦う大義は分かった。それでカルモチンよりきく薬、知らない?」


 知りません。そう、ひと言、告げると、心臓があると演算で割り出した位置に大型ライフルの銃剣を刺し、弾倉を空にする。


 冬次郎も突きをハバキまで入れて、破邪の霊力、不眠症の叫び、碧い力のバケモノ限定腐蝕光を采田の体内にぶち込んだ。


 勝利はもう約束されたようなもので、兵器も手足も全て落とされた肉団子にはもう手はない、と思ったが、足元が脱線事故のような音を鳴らしながら軋んだとき、サキは【ただの床】【一トンを超える肉団子】から【床が抜ける】を演算した。


 サキが武器を刺したまま、上座のサナをかばいに離れ、かばってくれるものもかばわないといけないものもいない冬次郎は采田肉団子と共に七階から床をぶち抜き、徳松園の吹き抜けの庭園まで巻き添えを食って落ちた。


「獄楽警察だ! 全員、その場を動くな!」


 柴犬警視のガサ入れ宣言をきいたのは、その直後のことだった。

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