アイ・マツダは聖女
今回で最終話です。
聖女の視点になります。
高校二年の私は塾の帰り道。
前回受けた模試の結果を思い出して、深くため息をついた。
"あれじゃ絶対に受からない"
頑張って手応えも感じていた模試だったのに、結果はC判定。
満月の夜道をトボトボと歩いていた。
志望大学を変えるか、まだ二年だからともう少し踏ん張ってみるか。
ふと足元を見るとあと一歩という距離に、満月に照らされたのかマンホールがピカピカと光って見える。
マンホールは避けて歩きなさい、と言う母の教えを無視して、私は落ち込んだ気持ちのままそのマンホールにピョンッとジャンプした。
足の裏に地面の感覚がくるはずが、いつまでたっても感じられない。それどころか浮遊感がある。
落下ではない。浮遊感。
はっと目を凝らすと、目の前には帰宅ルート上にそびえ立つ、見慣れた高層ビル。
まるで高速のエレベーターに乗っているようにぐーんと上り、あっと言う間に、その高層ビルの屋上が眼下に見える。
おかしい、変だ。
思わずギュッと目を閉じると、今度こそ足の裏に着地の感覚があった。
夢だったのか、と目を開けると、目の前には金髪や銀髪の人、美容師の腕が良かったのか綺麗な緑色や赤色にカラーリングされた人達が私を囲んで立っていた。
「おお、聖女様が無事に召喚されました。おめでとうございます」
目の細い神経質そうなおじさんがそう言うと、周りの人達が口々に『おめでとうございます』と言い合う。
なんだかわからずぐるっと周りを見渡して、並んで立っている二人に目を奪われた。
思い過ごしでなければ、あの金髪碧眼はヴィンセント王太子で、隣にいる人はテリー・クロスド副神官長。
私は慌てて自分の服装をチェックした。
ちゃんと学校の制服で、良くわからないけどホッとした。しかし、聖女の召喚という言葉が気にかかる。
まさか。ラノベでお馴染みの『転移』というやつだろうか。
赤い髪の毛や緑の髪の毛なんて、ラノベや乙女ゲームでしかお目にかかれない。しかもあの見知った顔の一人、テリー・クロスド副神官長は私がスチルをスクショしたほど焦がれたお方だ。
見間違うはずがない。
『私は愛の守り人』
ネーミングセンスがない人がつけたのか、何かを狙ってつけたのか。結果としてその名前に反して面白いと話題になり、累計登録者数はそれまでのスマホゲームの一位となった。
二次創作もバンバン出るほどで、その結果さらに登録者も増えたらしい。
私はわりと初期から始めていて、もう何度もクリアしていた。
最初どんなに頑張っても王太子ルートにしかならなくて、遊ぶ時間を変えたり、選択肢が出てきたら全て一番上を選ぶとか、色々あがいた。
何が功を奏したのかわからないけど、すべての攻略対象者のルートに入ることができて、これから裏ルートに入るところだった。
もしかするとあの恋い焦がれているテリー・クロスド副神官長が攻略対象者ってことかも。
そう。あのかっこいいテリー・クロスド副神官長は攻略対象者ではなかった。
ずっと名前も公表されず、ただ聖女の召喚と聖女の結婚式のスチル、その二枚に映り込んだモブだった。
あの素敵な人は誰?裏ルートなの?とネットで騒がれ、やっと公式が『テリー・クロスド副神官長。三十歳。床に伏している神官長の代わりを務めている』と公表した。
それからはテリー・クロスド副神官長を主役とした二次創作が出てきて、それら小説を私も読んだ。
テリー・クロスド副神官長と聖女がくっつく話が多いけど、中には王太子の婚約者であるベアトリス・レミントン公爵令嬢とくっつく話もあった。
ヴィンセント王太子がベアトリスと婚約を解消し、傷心のベアトリスをテリーが大人の魅力で包み込む的な話で、十四歳差という背徳感が半端ないとこれまた騒がれた。
ベアトリスは悪役令嬢らしからぬ可愛らしい見た目で、私は好きなキャラクターだった。
他のゲームでありがちな、悪役令嬢がヒロインをいじめるなんてことはなく、ただヴィンセントが聖女に惹かれてしまったために婚約解消となる。
聖女が召喚されるまではお互い思い合っていたのだから、それはショックだろう。しかも、ヴィンセントは自分の心変わりという罪悪感から逃れるために、国外追放という訳のわからない命をくだし、ベアトリスは死んでしまう。
かわいそうだ、なぜ殺した、との抗議もネットでおこり、だからこそ二次創作でベアトリスを救済する話も出てきたのだろう。
テリー・クロスド副神官長とベアトリス・レミントン公爵令嬢の話は、皆が幸せになる。いや、ヴィンセント王太子はかなり評価を落としていたけど。それは自業自得だ。
二次創作の話は、私が読んだ以上にまだまだあった。
読みたかったな、と考えたところでふと思った。
"ああ、そりゃあ模試の結果が悪いはずだ"
現実に意識が戻ったところで、王太子がこちらに手を差し出す。
「バルフォア国王太子、ヴィンセント・バルフォアだ。よくぞ召喚に応じてくれた、聖女殿。名を教えてもらえるだろうか」
「あ、はい。アイ・マツダです」
「聖女マツダ、これからあなたの役割をこのテリー・クロスド副神官長が説明する。どうか彼について教会へと向かって欲しい。もし生活する上において不自由なことがあれば、彼を通して教えて欲しい」
「はい。わかりました」
私がヴィンセントの手をとったのはほんの一瞬。
すぐに私の手はクロスド副神官長の手に委ねられた。
これは、ゲームの流れではなさそうだ。
ゲームでは、私が教会へと向かうのは翌日のこと。浄化の訓練に行くためだった。
それまでは王城に用意された部屋で過ごすはず。
ということは二次創作のどれかの話かな。
私は頭の中で一生懸命サーチをかけて、聖女が召喚後すぐに教会へ行く話を思い出していた。
サーチには一つかかった。
他にもあるのかと、もう少し考えた。
しかし、どんなに考えても私の知っている話は一つだけ。
それは、聖女とクロスド副神官長がくっつく話だ。
しかも、ベアトリスも幸せになる、私が一番好きな話。
それなのかな。それとも、私が知らない話なのかな。
あまり期待しないように気持ちを封じ込めながら、クロスド副神官長と召喚の部屋を後にした。
クロスド副神官長は馬車の中で、これから私がすることを教えてくれた。
まず、教会内で知識量検査。学力検査的なものらしい。その後は健康診断。魔法師が見てくれるそうだけど、良くわからない。
「聖女様は立っているだけでいいですよ」
クスリと笑ったクロスド副神官長は、それはそれは素敵だった。
美しい見た目に反して男らしいバリトンボイスは、耳のご馳走だ。
教会預かりとなり、王城へ行く予定はないと教えてくれたクロスド副神官長は、『どうぞ私のことはテリーとお呼びください。聖女様』と優しく微笑みながら言うので、『では私のことはアイと呼んでください』とおずおずとお願いしてみた。
クロスド副神官長は少しだけ考え込んだけど、
「人の目がある時はそういうわけにもまいりませんが、そうですね、二人きりの時はそうお呼びいたします。ね、アイ」
と首をコテンと傾けてニコリと笑った。
危うく喜びの悲鳴をあげそうになるのを全力で我慢した私は、かなり理性的だと褒めて欲しい。
その後、ベアトリスはワイス帝国へ留学していること、明日にもヴィンセントがベアトリスに会うために、ワイス帝国へ向かうことを教えてもらった。
うん、私が知っているあの話だ。
ということは、私はこの素敵なテリーと結婚するってことなのか。このまま、他の攻略対象者と遭遇しなければ、交流しなければテリーと結婚できるかもしれない。
そうなると、一番厄介なのはヴィンセントだ。
たとえ二次創作では聖女とテリーがくっつく話でも、何がきっかけでズレが生じるかわからない。
ぼーっとしてるとヴィンセントルートに入ってしまうゲームだから、浄化の旅に出発するまでは気が抜けない。
よし。王城には近づかない。ヴィンセントにも不用意に近づかない。
できるだけテリーと一緒に行動しようと決めた私は、常にテリーの隣にいることにした。
テリーもまんざらではない様子で、それはそれで嬉しい。
本来ならば学園に通って勉強することになっていたけど、歴史とマナーが不足しているだけで他の教科は年齢以上だとの試験結果から、私は全てをテリーから教えてもらうことになった。
中学受験して、中高一貫に合格しておいてよかった、とこのときほど思ったことはなかった。
テリーと一緒に居るために一生懸命勉強して、浄化訓練も頑張った。
そして召喚されて早一ヶ月。
出発式当日になり、久しぶりにヴィンセントを見た。
「道中気をつけて、安全にしかし完全な浄化を願う」
なんてことを言われた気がする。
頑張ります。テリーとの未来のためにも。
そんなことは心の中でだけ言って、頑張ってきますと返すにとどめて出発式は終わった。
私も一生懸命浄化したし、仲間の騎士や魔法師達もかなりの腕前だったので、予定より少し早く全ての浄化が終わった。
領地を管理している貴族が責任持って確認をして回っているけど、旅から帰ってきても追加の依頼は来ない。きっちり仕事をし終えた手応えはあるから、当然だと思う。
ある冬の日の朝、テリーが雪が降っていますと家に来た。
教会の横に王家からご褒美としてもらった家は、今ではテリーも自由に出入りしている。
さすがに私の部屋までは来ないし、朝からというのは初めてで、何事かと急いで支度をしてテリーの元へ向かった。
こっちです、とテリーに連れられて行った庭は、芝生の上にうっすら雪が積もっていて、前世で北陸生まれの私は、全く様式は違うのにそこに雪吊りで有名なあの庭園を思い出した。
"帰りたいな"
ふと思ったそれを、テリーは感じとったようだった。
「アイ、私はあなたを守って生きていきたい。どうかその役目をこの先もずっと私一人に」
そう言って私の指に指輪をはめてきた。
「いつ用意したんですか?」
「浄化が終わってすぐに」
「断られるとは思わなかったんですか?」
「私の気持ちに気がついているのに、嫌がる素振りがなかったので」
「ふふっ、そこまでバレてるなら喜んでお受けします」
私の返事に、今まで見たことのない笑顔を見せたテリーは、
「よかった。これからは私一人がアイの守り人です」
と言った。
なんだ。
あのダサい題名は、これから来ていたのか。伏線回収もダサいな。と思いながらも、なんだか胸が温かいものでいっぱいになって、暫く泣き笑いがとまらなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
いいね、★、ブクマなど、目に見える数値は本当に励みになりました。
ありがとうございました。