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ヴィンセントとベアトリス

ちらっと聖女が出てきます。



 予定では、聖女は一ヶ月程教会で浄化の訓練をして、各地へ旅立つことになっている。

 もちろん付き添いとしてクロスド副神官長が同行する。

 他にも腕のたつ騎士達や魔法師達も同行するので、少数精鋭ではあるがそれなりの人数が移動する。

 そのため、予定を早めて浄化へ旅立つことは不可能だろう。

 ならば、自分は聖女が旅立つ直前に帰国すれば良いのではないだろうか。

 ヴィンセントはベアトリスを抱きしめながら、そんなことを考えていた。

 許されるならこのままワイス帝国にとどまりたいが、それは公務が滞るだけなので許されない。

 今回もベアトリスと話をしたら早く帰ってくるように、と父から口酸っぱく言われた。

 学園に入学してから、王太子としての公務が増え始め、書類仕事も勉強中だ。

 書類仕事は慣れるまで、裁可のための判断材料になる書類や資料などに目を通す必要がある。なんでも通せばいいというものではない。

 

 聖女が出発するまであと約三週間。

 出発式には出席しないといけないので、それまでにバルフォアに戻っていれば良いのではないだろうか。

 移動を抜きに考えると長くてもあと十日。しかしあまり長居するのは迷惑になるので、せめてあと五日皇城で世話になりたい。たしかその頃にベアトリスも学園へと通い出す。自分の我儘だとわかっているが、後で皇太子経由で皇帝陛下へ滞在期間の延長をお願いしてみよう。そうヴィンセントは決めた。


 

 アンドレアスとリュディアは、ヴィンセントとベアトリスのイチャイチャを最後まで見た。

 アリソン公爵は途中で応接室へと移動し、さもずっとここで待っていました、と言う雰囲気で待機した。

 リュディアが見ても、ヴィンセントに嘘はなかった。

 何かメモのような物を渡す素振りもなく、二人の会話は甘い恋人達の囁きだった。

 しかも、ベアトリスから出発を早めた理由を聞いてからは、このままここで始めてしまうのではと思うほど、ヴィンセントが耐えているのが見ていてわかった。

 何もない。

 そう判断したあたりでリュディアはその場から移動し、アリソン公爵が待っている、と二人を迎えに行った。

 アンドレアスは皇帝陛下の執務室へと向かい、あれがすべてのようだと結論を伝えた。

 

「一人の令嬢の思い込みで、随分と振り回されてしまったな」


 皇帝陛下は自嘲気味に言ったが、大国を纏めるというのはそういう少しの違和感を見逃さないことなんだろう、とアンドレアスは思う。

 結局、ヴィンセントとベアトリスについては監視を止め、ヴィンセントは国の賓客、ベアトリスはアリソン公爵の姪としての扱いとすることで、この話は終了した。

 ヴィンセントからアンドレアスに、『ベアトリスが学園に通うようになるまでの五日間、皇城に居させてほしい』という願いにも、あっさりと許可を出したが、帝国からも護衛だけはつけさせて欲しいと条件はつけた。

 


 ヴィンセントはワイス帝国滞在中、アリソン公爵邸へ日参し、ベアトリスと交流をもった。

 お忍びの形で帝都でデートをしたし、雨の日には、公爵邸で本を読んだりおしゃべりを楽しんだ。

 二人はのんびりとした時間を共有した。

 

 ヴィンセントから、聖女が浄化に向かう出発式には自分も出席しなくてはいけないから、それまでには帰国する。それまではワイス帝国でベアトリスと一緒にいたい、と言われた時、これはヴィンセントルートは無いのでは?とベアトリスは考えた。

 教会預かりの聖女は、王城へは用事はないだろう。

 もしかすると、出発式が初めてになるかもしれない。

 ヴィンセントから聞いている予定では、そんな感じだった。

 ヴィンセントの他は攻略対象者って誰だっけ、とベアトリスは一人になった時に考えた。

 しかし、なぜかワイス帝国へ来た頃から、前世の記憶というものがどんどん薄れてきて、なんとか思い出そうと集中しても、本当にぼんやりとしたことしか思い出せない。

 攻略対象者は王太子は確実。だから逃げてきたのだから。

 他は騎士団長だったか騎士だったか。

 魔法師だったか魔法の教師だったか。

 そんな感じで全く不確かなものとなっていた。

 今ここでそんな不確かなことを思い出しても、全く意味がないと早々に諦めたベアトリスは、実際に感じている幸せだけに集中することにした。

 


 ベアトリスの初登校日。

 ヴィンセントは早朝からアリソン公爵邸へ向かい、ベアトリスを玄関で見送った。

 この後、ヴィンセントは皇城で挨拶をし、帰国する予定になっている。

 次の長期休暇での再会を約束し、ベアトリスは馬車に乗った。

 その馬車が見えなくなるまで見送ったヴィンセントは、小さくため息をついたあと、皇城へ向かった。

 

 皇城で皇帝陛下とアンドレアスにお礼を述べ、帰国の途につくヴィンセントは、帰ってからのことを考えていた。

 自分と聖女との接点をなくさないと、ベアトリスは心配なのだろう。

 ベアトリスの口ぶりでは、自分が聖女と会ったら恋に落ちると不安がっていた。

 "心配することないだろうに。聖女のお世話係はあのクロスド副神官長だ。今頃聖女はクロスド副神官長を頼り切っているはず"

 ヴィンセントはその姿を想像して薄く笑った。

  

 帰国後のヴィンセントは、たまりにたまった書類を片付けるため、ほぼ執務室から出ることがなかった。聖女も王城にはこれといって用事はなく、登城もしない。

 そしてヴィンセントの狙い通り、聖女は常にクロスド副神官長と行動を共にしていて、出発式の時に見た感じでは、二人の間には信頼関係以上のものがあった。

 聖女に処女である必要性はなく、過去の聖女は結婚後も必要とあらば浄化へ赴いたし、能力を使っていた。

 だから、二人がどのような関係であろうと、ヴィンセントにしてみれば、浄化をきっちりしてもらえればそれでいい。むしろ、二人が早々に婚約でもしてもらったほうが、ベアトリスの不安が取り除けていいとさえ思う。

 

 少数精鋭で浄化への旅に出た一行を見送ると、ヴィンセントは執務室でベアトリス宛に手紙を書いた。

 聖女は出発して行った。

 自分は聖女を見ても恋には落ちなかった。

 そういった内容を丁寧に書き、最後には、早くベアトリスに会いたい、と気持ちを込めて書いた。

 


 学園生活は思った以上に楽しくて、ベアトリスは平日の日中は勉強や友人との交流を楽しんだ。

 休みにはリュディアが皇城へと誘ってくれて、昼食やお茶を楽しみながらたくさん話をした。

 リュディアは本当の姉妹のように優しく接してくれて、ベアトリスはきっかけは何であれ、ワイス帝国へ留学に来てよかったと思う。

 週に一度届くヴィンセントからの手紙も、ベアトリスにとっては楽しみの一つ。

 もちろんベアトリスもすぐに返事を書くので、あちらへも週に一度届いている。


 長期休暇は夏と冬にある。

 そのどちらもベアトリスは一度帰国し、ヴィンセントに会いに行くと約束していた。

 直近の長期休暇は夏。その長期休暇の一ヶ月前には、ベアトリスはヴィンセントに帰国の予定日を手紙で知らせた。

 ヴィンセントからは、ベアトリスとの再会後、二人の時間がたくさんとれるように仕事を頑張る、と返事が来て、ベアトリスは想像して胸がはずむ。

 聖女はまだ浄化の旅に出ている。

 王都へ戻るのは、早くても三ヶ月後の予定だと聞いた。

 王都へ戻ると、やはり教会暮らしで人々の為に祝福を与えたりするそうで、登城するのは帰還式のときくらいだろう、とヴィンセントが教えてくれた。

 ヴィンセントが聖女との接点を最小限にしようとしてくれて、ベアトリスは余計な仕事を増やして申し訳ないと思いながらも、やはり嬉しく思う。

 

 週に一度の手紙のやり取りも楽しかったが、やはり実際に会えると気持ちが違う。

 長期休暇で帰国したベアトリスはまず登城し、ワイス帝国の皇帝からの親書を国王へ渡した。

 皇帝からの贈り物も渡し、ベアトリスはワイス帝国での暮らしぶりも伝える。

 国王はワイス帝国と友好がさらに深まったと喜び、ベアトリスへ謝意を伝えた。

 勿体なきお言葉です、と頭を下げるベアトリスを、国王の横に控えていたヴィンセントが優しく見つめる。

 報告を終えたベアトリスは、それ以降毎日ヴィンセントと会っていた。

 元々仲睦まじい二人だったが、帰国後の二人の様子はさらに甘く微笑ましかった。

 それなので当然といえば当然なのだが、長期休暇が終わるので留学へ戻るベアトリスを見送るヴィンセントは、まるで今生の別れのように嘆いた。

 

「次の長期休暇は四ヶ月後です。それまで、私以外に目を向けないでくださいね」


 ベアトリスは寂しげに、しかししっかりと釘をさしてワイス帝国へと戻った。

 それからはまた週に一度の手紙のやり取りが始まる。

 その手紙の中には聖女についての記述もある。

 帰還式を執り行った。教会の隣に建てた聖女が住む家が完成し、教会からそこへ移った。など淡々としたもので、それを読んでベアトリスはホッとしていた。


 留学生活も順調だし、リュディアも相変わらず可愛がってくれる。有意義な生活を送っていると冬の長期休暇もあっと言う間にきて、ベアトリスはヴィンセントに会うのを楽しみに帰国した。

 国王への報告を終えると、『これから聖女が来るから』と言われ、なぜかベアトリスもその場に立ち会うことになった。

 しかもヴィンセントの隣に立って。

 まだ婚約者というだけなのに、この位置でいいのかしら、とベアトリスは不思議に思いながらも、言われたとおりにヴィンセントの隣に並ぶ。

 国王の侍従に連れられて謁見の間に入ってきたのは、テリー・クロスド副神官長。そしてその隣に焦茶色の髪に同色の瞳の聖女だった。


「貴重なお時間をありがとうございます。また、私の生活においても気配りをいただき、ありがとうございます。この度、私アイ・マツダは隣にいるテリー・クロスド副神官長と結婚することを決めましたので、ご報告に参りました」

「え?」


 驚いたのはベアトリスだけだったので、国王とヴィンセントは事前に知らせが来ていたのだろう。

 国王から言祝ぎの言葉をかけられた聖女は、頭を深々と下げ、クロスド副神官長と謁見の間を去って行った。


 呆気にとられているベアトリスに、『ね?私は聖女と恋に落ちなかったでしょ?』とヴィンセントが楽しげに囁いた。

 ヴィンセントと聖女が恋に落ちなかったのは、単純に嬉しい。今は朧気にしか記憶にない『ヴィンセントルート』という言葉。聖女はそこにあてはまらなかったということだとベアトリスは理解した。


 "私、ヴィンセントと幸せになれるのね"


 ベアトリスが留学を終え帰国してからも、ヴィンセントとベアトリスは以前にも増して仲睦まじく、学園卒業して半年後には、国民に祝福され幸せな結婚をした。




みんな幸せ。


次は明日の二十二時投稿予定です。

どうぞそちらもお読みください。





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