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ベアトリスとの再会

二人の再会です。

 翌日、ベアトリスは皇城へ行くために、朝食後から大忙しだった。

 と言っても、ベアトリス自体はメイドたちが施すマッサージやら化粧を受けているだけ。

 それでも心の中は忙しなく、突然の招待に困惑もしていた。


 アリソン公爵に連れられ皇城へ向かい、途中でアリソン公爵と別れたベアトリスが連れてこられたのは賓客用の食事の間。

 護衛の手により扉が開かれ、一歩進み入ると思いがけない声に足が止まる。


「ベアトリス!」


 声の方に顔を向けると、やはり居るはずのないヴィンセントで、ベアトリスの困惑など想像もしていないかのような満面の笑みで、立ち上がってベアトリスを見ていた。


 "逃げよう"

 ベアトリスがそう思ったのと同時に、背後で扉が閉まる音が聞こえる。

 ベアトリスにとってその音は、鉄格子が閉まる重い音のように感じた。


「ベアトリス?」


 立ち尽くすベアトリスに、ヴィンセントが優しく声をかける。

 はっと正気に戻ったベアトリスは、まずは皇太子夫妻に挨拶をする。

 すぐに席に案内されたが、そこはヴィンセントの正面だった。


「ヴィンセント殿下は、ベアトリス嬢が留学するからと挨拶に来てくれたんだ。我々は年も近いことだし、この場は友人同士の食事の場と思って気楽に」

「ありがとうございます」


 ベアトリスはリュディアに助けを求めて視線を送るが、リュディアはニコリと笑うだけで考えがわからない。

 正面のヴィンセントからは、優しいながらも逃さないとばかりに視線が刺さる。

 なぜ?聖女はどうしたのか?

 ベアトリスは疑問で頭がいっぱいで、食が進まない。

 

「ベアトリス?体調が悪いの?」

「い、いえ。どこも問題ありません」

「あまり、進んでないね」


 ヴィンセントが心配そうにベアトリスへ尋ねる。

 ベアトリスは頑張って食べようにも、どうにも胸が詰まって手が動かない。

 しかし、この場をなんとか凌がなくてはいけないと、なんとか頭を動かして言葉をさがした。


「ヴィンセント殿下、こちらへはなぜ」

「ベアトリスが帝国へ留学するってことが決まったでしょう?帝国との交流を考えてのことだと聞いてたから、私も身軽なうちに皇家の皆様と交流を持ったほうがいいかと思ったんだ。もちろん、私は留学するわけではないからすぐに帰らなくてはいけない。ベアトリスが実際に住むのはアリソン公爵家でも、皇家の皆様にもお世話になるだろうから、そのご挨拶に伺うことで、交流の第一段階になれたらいいなと思ったんだよ」

「そ、うですか」

「でも、ベアトリスの体調が悪いなら、私と一緒に帰ろうか?こちらで療養というのは迷惑になるかも──」

「わ、私は元気ですっ。大丈夫ですっ」

「そう?」

「そ、それより、聖女様は」

「ああ、そうだった。無事に召喚されて、今は教会のテリー・クロスド副神官長がお世話担当だよ」

「え?クロスド副神官長ですか?殿下がお世話担当じゃないんですか?」

「聖女様は今回から教会預かりにしたんだ。だって、王城から教会へ毎日通って浄化の訓練をしてまた王城へ戻ってなんて、効率が悪いからね。クロスド副神官長も理解して、喜んで受け入れてくれた」


 ベアトリスは、女性信者に人気はあるけど、浮ついた噂など聞いたことがないクロスド副神官長を思い出していた。

 

「ベアトリスはこちらの生活に少しは慣れた?」

「はい。リュディア妃殿下が気にかけてくださって、ありがたく思います」


 ベアトリスはリュディアに顔を向けて礼を言う。

 リュディアもベアトリスを見て、『ベアトリスは私の妹のつもりでいますの』と微笑んだ。そしてヴィンセントに顔を向けて言葉を続ける。

 

「ヴィンセント殿下は愛するベアトリスが留学に来て、寂しくはないですか?」

「寂しいですね。今日まで二週間会えなかっただけですが、苦しくて仕方がありませんでした。これが一年だなんて苦行でしかありません」


 リュディアに対しての返事だったけど、最後はベアトリスを見てきたので、ベアトリスはつい俯いてしまった。

 リュディアは二人を交互に見て、またヴィンセントに話を振る。


「ヴィンセント殿下はベアトリスを大切にしていらっしゃるけど、聖女様を放っておいてよろしいのですか?教養などは副神官長では荷が重いのでは?」

「学習面においては、聖女に足りないものは地理と歴史と貴族間のマナーだけで、他は年齢以上とみなされました。ですので学園への入学もなく、教会で教える程度で構わないという判断を致しました。そもそも、貴族しか通えない学園に聖女が通えることが、今までは特例措置だったので」


 ベアトリスはあまりにも知っている情報と違い、頭の中での処理が追いつかない。

 ゲームでは当たり前のようにヴィンセントが聖女の生活面に気を配り、学園へも同じ馬車で通い、クラスは違えど昼食は一緒。

 『おはよう』から『おやすみ』まで常に一緒にいたのに、現実では召喚後、聖女の適性検査などの後すぐにワイス帝国へとヴィンセントはやってきた。

 聖女の生活拠点は教会で、学園にも通わないということは、ほぼヴィンセントとの接点はない。

 これは、ヴィンセントルートになることは不可能では?もしかすると命が繋がったのだろうか。

 ベアトリスはほんの少し希望を見出した。

 しかし、よく言う『ゲームの強制力』なんてものがあるかもしれない。まだ気を抜けないと、すぐに考えを改めた。

 

 アンドレアスとリュディアは、二人を交互に見て観察する。

 会話の中に隠語が含まれているとは思えない。

 明らかにうろたえているベアトリスについても、先日の話から理解はできる。

 ヴィンセントについて見た限りでは、単純に好きな女を追ってきた、と受け取れる。

 二人きりになったら、何か変わるのだろうか。

 アンドレアスは、食後のお茶を庭園の四阿に用意すると伝え、案内をした。

 

 四人が四阿に到着すると、メイドたちの手により準備が整っていた。

 

「お二人で積もるお話もあるでしょう?ゆっくりとなさってね」


 リュディアの言葉で、ヴィンセントとベアトリスを残してメイド達も離れていった。

 ベアトリスは離れていく皇太子夫妻を目で追いながら、どうやって逃げようかと思案する。

 少しだけ話をしたら、用事があると言って帰ろうか。皇城までアリソン公爵に送ってもらったけど、アリソン公爵はまだ城に居るのだろうか。

 そんなことを考えていたせいだろう。フワッと視界が高くなったこと、膝裏と背中にあるヴィンセントの腕、それらが同時に感じられて、横抱きにされたと気がついた。

 ハッとしてヴィンセントを見上げると、近いところにある顔にまたハッとする。

 

「ベアトリス。やっと会えた。寂しかったよ」


 そう言いながら、ヴィンセントは椅子に座る。

 ベアトリスは横向きでヴィンセントの膝の上だ。

 ヴィンセントはベアトリスをぎゅうぎゅうと抱きしめて、『どうして出発を早めたの』と聞いてきた。

 やっぱりそこは聞いてくるのよね、とベアトリスは思い、油断は禁物だと考えながらもざっくりと理由を話すことにした。

 

「聖女様を召喚をしたあと、殿下がずっと聖女様のお世話をすることになるでしょう?きっと聖女様は殿下を好きになるし、殿下も聖女様を好きになる。私はそんな姿を見たくなくて」

「私はベアトリスが好きなのに」

「今はそうでも、きっと変わります。聖女様はそういう魅力的な方です。だから過去の聖女様は、その時の王太子とのご結婚が多いんです」

「ベアトリス、ベティ?私がこんなにもベティを好きなのに、ベティは私を信用してくれないの?」

「し、信じたいけどっ、怖いんですぅ」


 ああ、やっぱり我慢できずに涙が出てきてしまった。どうしてもこのことで涙腺が緩んでしまう、とベアトリスは気を引き締めようと心のなかで格闘した。

 しかし、ヴィンセントの腕の中である。

 意識がどうしてもヴィンセントに向いてしまい、この人と離れたくないと強く思ってしまう。

  

 ああ、そうだわ。死にたくないということもあるけど、私はこの人を好きだから盗られたくないのだわ。

 ベアトリスは、今更ではあるけど自分の一番の気持ちに気がついて、思わずヴィンセントにギュッとしがみつく。


「ヴィニー。わ、私、うっ、ヴィニーを盗られたくないっ」

「泣かないでベティ。私はベティだけのものだよ」


 ヴィンセントはベアトリスを抱きしめながら、優しく諭すように言葉をかける。

 

「ベティの気持ちが聞けて嬉しい。私と同じだったんだな」

「ひっく、ううっ」


 ヴィンセントはベアトリスの顔を覗き込みながら、ハンカチで優しく涙を押さえる。

 その様子は、離れたところから皇帝夫妻、皇太子夫妻、アリソン公爵に見られていた。

 四阿の声は設置された魔導具により、皆が監視している場所でも聞こえるように細工してあるため、まるで隣にいるかのようにはっきり聞こえた。

 ベアトリスの話を聞いていた皇太子夫妻とアリソン公爵は、ヴィンセントに集中して注視していたが、皇帝夫妻は単なる恋人たちのイチャつきに困惑していた。

 どこをどう見ても、ベアトリスの思い込みでヴィンセントから逃げてきて、それを追ってきたヴィンセントとの甘い時間。それしかない。

 単なる覗き見にしか思えなくなった皇帝夫妻は、後を皇太子夫妻とアリソン公爵に任せ早々にその場を離れた。


 ヴィンセントとベアトリスは、見られているとは知らず甘い時間を過ごしていた。

 やっと泣き止んだベアトリスに、ヴィンセントは笑みを絶やさない。

 盗られたくないと言われ、ヴィンセントはずっと不安だった気持ちが救われた気がする。

 もっと早く聖女に関する決定事項を話していたら、もしかするとベアトリスは留学なんてしなかったかもしれない。

 自分の油断からベアトリスと一年も離れてしまうことに、ヴィンセントは心底反省した。

 自分がワイス帝国に居るのは長くてもあと三日程度。

 せめてその間に、自分の愛はベアトリス唯一人にあると、ベアトリスにわかってもらいたい。

 

 ヴィンセントは、ベアトリスが一番気にかけている聖女について、徹底的に自分との接点を無くそうと考えを巡らせた。





気持ちを言葉にするのって大切。


次は明日の二十二時投稿予定です。

よろしくお願いします。




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