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ヴィンセントの謀

続いてお読みいただきありがとうございます。



 その日、一時間目をサボった二人は、空き教室で甘いひとときを過ごした。

 甘いと言ってもせいぜいキスをする程度だが、ベアトリスにとってはそれだけで十分幸せだった。

 もちろんヴィンセントも幸せだったが、頭の中では不穏なことを考えていた。

 

 "ベアトリスが孕んだら、留学をやめるかな"


 しかし、今からことを成しても、妊娠がわかる頃には留学先だ。それは大変だろうと諦め、自制心をフルに働かせてキスで我慢した。

 

 "あの階段転落事件以降、ベアトリスは私を避けている"


 ヴィンセントはそう感じていた。

 ベアトリスを突き落とした子爵令嬢は既に地下牢へ入っている。先日、北の修道院で一生神へ奉仕すると決まり、出発は明後日。

 ヴィンセントは断首を願ったが、それは叶わなかった。

 死者が出なかったことと、ベアトリスがあまり厳しい処罰を望まなかったことが大きい。

 

 "ベアトリスは優しいな"

 

 ベアトリスの優しさに感動しつつ、その分自分が厳しくしないとダメだなと思った。


 それにしても、ベアトリスがワイス帝国で男に言い寄られたらどうしてくれよう。

 相手国は良好な関係の帝国。その国の貴族に喧嘩を売るわけにはいかない。

 しかし、ベアトリスを盗られることも我慢ならない。



 思い返せば、あれは一目惚れというものだった。

 八歳になったばかりのある日、王妃である母がわざわざ公務の合間にヴィンセントの部屋へ来た。

 

「明日、ヴィンセントと歳の近い貴族の子供たちが遊びに来るわ。仲の良いお友達ができれば良いわね」


 そう言ってヴィンセントの頬にキスをして戻って行った。

 ヴィンセントの周りには、それまで大人しかいなかった。友達と言われても、それがどんなものなのかもわからない。

 側に控えていた侍従に聞くと、『この人といると楽しいなとか、好ましいなと感じる相手、ですかね』とぽつぽつと教えてくれた。


「好ましいと言うならば、お前もそうか」

「殿下と私は主従関係ですので、友人にはなり得ません」

「そうか」


 ヴィンセントはわからないながらも、侍従に対しての感情とは別物なのだなと思った。


 翌日は良く晴れ渡り、城の庭園は眩しさを感じるほどだった。

 ヴィンセントが庭園へ着くと既に貴族の子供たちが集まっていて、其処此処で好きに遊んでいた。

 椅子に座って話をしている、何人かで走り回っている、植物を見ている。

 さて、自分はどうしたら良いのか。

 ヴィンセントは歩きながら考えた。

 ふと、噴水を見ると、一人の令嬢が降り注ぐ水を見ながら位置を少しずつ少しずつ移動している。

 左に行ったり、右に戻ったり。

 何をしているのか気になり、ヴィンセントは側に行って声をかけた。


「何かあるのか?」

「あ、見て、この位置からだと虹が見えるの」


 その令嬢は、ヴィンセントを見ることもなく、細かい水が降り注ぐ一点を見ながら答えた。

 ヴィンセントがさらに近寄ると、その令嬢はヴィンセントに位置を譲り、『ここよ、あの辺りを見ると、ね』と指を指して教えてくる。

 ヴィンセントが教えられたところを見ると、確かに虹が見えた。


「ああ、虹だ」

「ね、綺麗よね」


 そう言って初めてヴィンセントに顔を向けた令嬢は、にっこりと微笑んだ。

 その時ヴィンセントは、良いな、と思った。

 続けて話をしたくても、名前を聞いていなかったと気がつき、二人は自己紹介をした。

 ヴィンセント・バルフォアと名乗ったとき、ベアトリスと名乗った公爵令嬢は、一瞬目を大きく見開いて、『かっこいいと思ったら、王子様だったのね』と笑った。

 その瞬間ヴィンセントは、"ベアトリスが欲しい"と思った。

 侍従に促され、他の子供たちとも話をしたが、ベアトリスに対して抱いた感情は他の子供には感じなかった。

 その日の交流会が解散となった後、珍しく国王陛下である父がヴィンセントの部屋へとやってきて、今日はどうだったかと聞いてきた。

 

「ベアトリス・レミントン公爵令嬢が欲しいと思いました」

「欲しいのか。他にも欲しいものはいたか?」

「いえ、ベアトリス嬢だけです」

「そうか」


 父はそれだけ聞いて、公務へ戻った。

 その後同じような交流会が三回あったが、ヴィンセントは変わらずベアトリスの側にいて、交流会終了後に毎回話を聞きに来る父へ、ベアトリスが欲しいと言い続けた。

 

「ヴィンセント、それは結婚したいということだろうか」

「はい。結婚できたら幸せだと思います」

「わかった。ではそのように取り図ろう」

「ありがとうございます」


 ヴィンセントは父の言葉に、これでベアトリスは自分のものだと歓喜した。

 しばらくするとベアトリスだけが城へとやって来るようになり、二人の婚約が発表された。

 会うたびにベアトリスは美しくなっていく。

 そしてヴィンセントはベアトリスへの愛を自覚していく。

 ヴィンセントが控えめに見積もっても、ベアトリスもヴィンセントに対してはそれなりに愛情を持っていると実感している。

 それなのに最近は避けられている。

 留学までして離れようとしている。

 いったいなぜなんだ。

 ヴィンセントは理由がわからず、ただ困惑していた。



 さすがにサボり続けるわけにはいかない。

 二人共二時間目以降はきちんと授業を受けた。

 しかし、ヴィンセントは授業どころではない。

 もう少しでベアトリスが留学してしまう。

 何とか諦めさせたい。この時期に留学を決めた理由も知りたい。

 何かきっかけがあったはずだ、とベアトリスが自分を避け始めた階段転落事件について考えた。

 犯人は常に些細な嫌がらせをしていた女子生徒。子爵令嬢で最年少で召喚士になった女だ。

 顔は知っている。召喚士になった時に父親である子爵と挨拶に来たし、聖女を召喚する日を決める星読みは、その女がやっていたから。

 その時、何かが引っかかった。

 聖女を召喚する日は、ベアトリスの誕生日に決まった。あれを決めたのはあの女だった。

 召喚すらも嫌がらせにしてしまうのか、根っからの性悪だな。

 ベアトリスの誕生日に聖女を召喚すると告げた時、ベアトリスが気落ちしたのを思い出した。

 ベアトリスは、国の現状を見ると聖女の召喚は必要なことだと言っていたが、自分の誕生日という特別な日になるとは思っていなかった筈だ。

 その日にヴィンセントがお祝いパーティに欠席。しかも、言い方は下品だが他の女をもてなす為に。

 聖女が召喚された後は、その身を守るために城で保護するならわしだ。

 この国の生活に慣れるまで、王家が聖女の傍で不自由の無いように世話を焼く。

 両陛下は公務があるため、その世話役はヴィンセントが担うことになっていた。

 ヴィンセントは、極力自分の都合のいいように考えないようにしようとしてきたが、これはもしかするとベアトリスが聖女に対して嫉妬したのだろうか、との答えに至った。

 召喚後は、自分とベアトリスが二人きりで会うということは不可能だろう。きっと聖女がついてくる。

 ベアトリスはそれが嫌で、浄化が終了するまで留学しようとしたのかもしれない。

 一度そう考えると、もうそうとしか思えない。

 こんなに愛してくれるベアトリスを、一時でも手放すなんて我慢できない。

 こうなったら聖女にはさっさと浄化してもらって、早くベアトリスに帰ってきてもらおう。

 そうだ、今までは王家が保護していたが、いっそのこと教会で保護すれば良いのではないか。聖女だって城から教会へ通うのは苦痛だろう。

 目的を達成するために、ヴィンセントはあれこれ考え作戦をたてた。



 ヴィンセントはある日、教会へと立ち寄った。

 教会の協力は必須なので、早く話を通さないといけない。

 幸運にも聖女召喚に関することは、全てヴィンセントが取り仕切ることになっている。

 独断で動いても問題はなかった。

 

 教会へ到着すると、現在病床についている神官長のかわりをしているテリー・クロスド副神官長と面会できた。

 クロスド副神官長に、聖女は教会で保護をするべきとの話を始めたが、クロスド副神官長は慣例と違うと難色を示した。

 それは当然だろう。

 今までは王家が保護をして、全ての浄化が終了すると聖女は教会へと赴き、礼拝時に聖女が人々の前に現れて慈愛の光を見せる。そうすると人々は聖女を信仰し、その信仰はそのまま教会へと繋がっていた。

 美味しいところだけをもらっていたのだから、今更変えるのは嫌なのだろう。

 しかし、城で保護するつもりはない。

 ヴィンセントは、ベアトリス以外の女性を側に置かないと示さなくてはいけないからだ。

 たとえ留学中であれ、ベアトリスへの愛を見える形で示さないと、あらぬ誤解を招くのだけは避けたいと思っている。

 しかし、クロスド副神官長は、答えを渋っていた。

 ヴィンセントは次の一手を出すことにした。

 このクロスド副神官長、三十歳にして独身だ。

 銀髪碧眼で見目麗しく、女性信者にはとても人気がある。

 この国では聖職者も結婚できるが、未だに独身を貫いているのには理由があった。


 クロスド副神官長について調べていると、信憑性の高い噂が聞こえてきた。

 曰く、『クロスド副神官長は聖女様に傾倒し、身も心も捧げている』と。

 もちろん、現在聖女はいない。

 クロスド副神官長は過去の聖女の話に触れ、『聖女』という存在にかなりの憧れを持っていると調べがついている。

 それならば話は早いだろう。

 過去の慣例にとらわれず、召喚直後からクロスド副神官長が聖女の世話役をすれば良いのではないか。

 そうヴィンセントが囁くと、クロスド副神官長は顔を紅潮させたが、暫く考えたふりをして、『殿下がそこまで仰るのなら』と了解してくれた。

 

 ヴィンセントは帰りの馬車の中で、『クロスド副神官長は顔もいい。あれが側にいたら聖女も喜ぶだろう。いい仕事をした』とほくそ笑んでいた。





今回もお読みいただきありがとうございました。

次話は二十二時投稿予定です。

そちらも読んでいただけると嬉しいです。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 侍従にさらっとデレててこれは侍従胸きゅん待ったナシ
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