ベアトリスの記憶
乙女ゲームものは初めてです。
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「申し訳ありません。もう一度仰っていただけますか」
「うん、突然だから驚くのは仕方がないことだ。来月、聖女の召喚を行うことが決定した。ただ、残念なことに、その日が君の誕生日と重なってしまったんだ。だから、今年の誕生日パーティは参加できない。すまない」
婚約者であるヴィンセント・バルフォア王太子から、お茶会の席でさらっと何気なく言われ、ベアトリス・レミントン公爵令嬢は頭の中で情報を整理した。
最近、国内で魔物が殖えてきて、どうやらあちこちで瘴気溜りが発生しているということは聞いていた。
冒険者ギルドもフル活動しているし、瘴気溜りが発生した領地の騎士達や魔法師達も、頑張って瘴気溜りを元から断とうとしていることも知っている。
しかし、どうにも抑えきれないと見た国王は聖女を召喚すると決め、その召喚に相応しい日を召喚士に見てもらっているところまでは、目の前の婚約者から聞いていた。
まさかそれが自分の誕生日になるとは想像していなかった。
今日は四月二日。
誕生日は五月二十日。
随分と先のことで、まるでわざとぶつけたかのような悪意を感じ、ああ、とベアトリスは思い出した。
"そういえば召喚士の中に、いつも私に意地悪する女子生徒がいるわ"
その女子生徒は魔法が得意で、まだ十六歳なのに召喚士に任命されたと自慢していた。
王太子の側にいくことも許されたと言い、ベアトリスがいなければ婚約者になっていたかもしれないと、大声で学園で話していた。
そもそも、父が子爵位では王太子妃にはなれないが、それは失念しているらしい。
しかし彼女の父も召喚士なので、きっと二人でゴリ押しして召喚の日を決めたのだろう。
"どんな裏があろうと、決まったことは仕方のないこと"
ベアトリスは了解し、王太子とのお茶会を終え帰路についた。
翌日、学園へ登校し、教室へ向かう階段を上っていると、上から声をかけられた。
「あら、ベアトリス様。お誕生日は残念でしたね」
朝の挨拶もなしの高飛車な物言いに、ああ彼女だわ、とベアトリスは嘆息した。
「おはようございます。誕生日ですか?聖女様が召喚されましたら国中が安定します。喜ばしい日になると誇らしく思いますわ」
全く気にしていないと答えると、その女子生徒の瞳は怒気を孕み、すれ違いざまにベアトリスの肩を押した。
ベアトリスが、あっと思ったときには既に体は投げ出されていて、頭部に痛みを感じた直後に意識を失い、目覚めたのはその事件から三日後だった。
「お嬢様っ、お嬢様がお目覚めになりました!旦那様にお伝えしなくては!」
三つ編みをしたメイドが、ベアトリスの顔を覗き込んでから大慌てで走り去った。
"うるさいなあ、教育がなってないな、このメイド喫茶"
そんなことをぼんやり考えて、"メイド喫茶って何?"とベアトリスは考えた。
"そもそも、何で私はメイド喫茶で寝ているの?"
続けて思ったのはそれで、直後に自分は何を考えているんだろう、とベアトリスは困惑した。
深呼吸して落ち着いて考える。先程のメイドは我が公爵家に四年前から勤めている二十歳の娘だ。名前はマーサ。一年前から自分についてくれている。
うん、ちゃんと頭がまわっている、とベアトリスはホッとしたが、直後に部屋へ駆け込んできた父親を見て、どうも自分はおかしいのでは、と混乱し始めた。
「ベアトリス、良かった。手足は動くか?気持ち悪くはないか?」
「えっと、手足は動きます。気持ち悪くはありません」
手を握ってひらいてを少し繰り返して見せて、父を安心させた。
しかし、自分の心中は安心からは程遠い。
"ベアトリス?私の名前はそんなんじゃないわ。しかもこの人、外国人じゃん。うちのお父さんどうしたの。あら?この人は私のお父様よね。私の名前はベアトリス······ん?カエデだった?"
まるで知らない単語が思い出され、ベアトリスは自分がおかしくなったと顔面蒼白だ。
その姿を見た母が、『あなた、ベアトリスはまだ安静にしていないといけませんわ。ごめんなさいね、ベアトリス、ゆっくり休んでね』と言って父を連れて部屋から出ていった。
少し離れた所にマーサが不安げに立っている。
「もう大丈夫よ、心配かけたわねマーサ」
マーサは泣きそうになるのを堪えながら、良かったですと言い、ベアトリスの側に近寄り説明してくれた。
ベアトリスが肩を押され、階段から落とされたのを目撃した人は多く、すぐに女子学生は捕らえられ、現在は地下牢にいるという。罪名は准王族殺害未遂。
それまでに何度も、『ベアトリスがいなかったら自分が婚約者だ』と声高に言っているのを生徒達は聞いていて、実力行使に出たと判断されたそうだ。
ベアトリスは三日意識を失ったままだった。
階段から落ちた時に頭を強打し、出血も酷かったとのことで、急遽学校医の魔法師に治癒をかけてもらったが、今まで目が覚めなかったので皆心配していた、とマーサは涙を流しながら説明してくれた。
確かに右側頭部が痛いし、落ちた時に打ったのだろう右肩も痛い。
わりと高い階段から落ちたので、"池田屋の階段落ちか?"と思い、池田屋?階段落ち?とまた混乱した。
わからない単語がどんどん浮かぶ。
聞いたことはないと思うし、本で読んだ記憶もない。
これは一体なんだろうと不安に思っていると、『王太子様がお見舞いにいらっしゃるとのことです』と伝令が来た。
少しだけ失礼しますね、とマーサはベアトリスの髪を整え薄く化粧を施した。
「いかがでしょう」
マーサが手渡してきた手鏡を覗き込んで、ベアトリスは暫し考えた。
そして先程までの混乱に答えが出た。
"ベアトリスだ。この顔は"私は愛の守り人"の悪役令嬢じゃん!"
呆然と鏡を見ていたベアトリスに、『あの、どうでしょうか』とマーサがおずおずと声をかけた。
「ありがとう、綺麗になったわ。悪いけど、まだ頭が痛いから暫く一人にしてもらえるかしら」
ベアトリスはマーサに言うと、『あ、そうですね。失礼します』とマーサはにこやかに退室した。
一人になったベアトリスは、思い出した記憶を頭の中で整理する。
"私は愛の守り人"は、"大和田楓"が遊んでいたスマホゲーム。
召喚された聖女が、攻略対象者とのイベントをクリアすることでポイントが貯まり、そのポイントを使って瘴気を浄化する。
最終的に誰と結ばれるかは、イベントをクリアしたときにゲットした各対象者毎の累積ポイントで決まる。
攻略対象者は、
王太子、騎士団長、宰相令息、魔術の教師、大商会の嫡男。
この五人にそれぞれ三回ずつイベントが用意されていて、全てのイベントでポイントを落とすことなくゲットすると、裏ルートで遊べるらしい。
なお、ポイントがあまりゲットできず、瘴気溜りを浄化しきれなければ聖女が断首されるらしい。
らしいというのは、『ダサい題名なのになぜかハマる』というネットの書き込みを見た楓が遊び始めたばかりで、最後の記憶は、王太子が婚約者に婚約破棄を告げ、隣国への国外追放を言い放ったところで記憶が終わっているから。
そこでベアトリスは冷静に分析した。
これはラノベの世界でよくある『転生物』で、大和田楓は事故か何かで死んでしまったのだろう。
自分はその大和田楓で、王太子の婚約者で悪役令嬢のベアトリス・レミントン公爵令嬢に転生した。
頭を打ったことでそれらを思い出し、現在に至ったということ。
そう考えると、ベアトリスは納得できた。しかし、新たに頭痛の種が増えた。
楓はそのゲームを始めたばかり。まだ一回目の途中。他の類似ゲームはいくつかクリアしているのに、よりによって途中のゲームに転生とは。
しかも、たしか国外追放で隣国へ行く途中、凶暴化した魔物によって命を落とすとネタバレしているベアトリスになんて。
その書き込みを読んだときは、"ちゃんと浄化しておかないとダメじゃん"と思ったけど、まあ、ご都合主義の為せる技なのだろう。
しかし、どうしたものか。
国外追放にならないことは、もちろんある。
それは聖女が王太子と結ばれなければ良いのだが、何せ誰が高ポイント保持者か他者からはもちろん、ヒロインの聖女にもわからない。学園卒業パーティのパートナーを申し込まれた時に相手がわかるのだ。
その時、申し込んだ相手が王太子だと、国外追放決定。
他の対象者ならベアトリスは王太子と卒業後に結婚となる。
自分の生死は、来月召喚される聖女によって決まるのだろう。
単純に確率で見れば五分の一だが、実はこのゲーム、高確率で王太子になるとの噂もある。
楓が遊んでいたときも、着実に全ての攻略対象者とのイベントでポイントを稼いでいたはずなのに、王太子はベアトリスに国外追放を言っていた。
イチかバチか。
自分の立ち位置に気がついたベアトリスは、そんな賭けに出るほど夢見がちな令嬢ではなかった。
どうにかして生き延びたい。
う〜んう〜んと考えて、一つの答えに行き着いた。
聖女が召喚されるタイミングで"留学"しよう。確か隣国との間に、高位貴族の交換留学の話が来ていた。申込期限はまだもう少し先。まだ間に合うから、後でお父様に相談しよう。
ベアトリスの答えが決まったと同時に、王太子が到着したとマーサが伝えに来た。
次話はすぐに投稿します。
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