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スワンプマン

作者: スワンプマン

 知らない言葉を吐くのが好きだ、と言った。

 好奇心が満たされるようならばなお良し。未知のものに触れたい。ネットの言葉の奔流にある真実に意味はなく、ただ自らが経験したものだけがリアルで本物で本当でそれだけが価値がある。百聞は一見にしかずと言うだろう。どうせやるならとことんに、だ。

「だから人を殺してみた」

 なるほど、と思って、鉄筋コンクリートの壁に囲まれた空き家を見る。テナント募集中の張り紙には不動産の電話番号が書かれてある。ここに電話したら、警察からの追手は来なくなるだろうか。

「したことのない経験がしてみたいだけだ。殺してやる、とは言うけど実際にしたことがある人なんてほとんどいない。およそ二十年生きたところで、この視神経を通して見たものはほとんどないんだ」

 ほほう、と頷き、血の池地獄はこんなだろうかと考える。きっと口に入る水はまずいし、衛生的にばっちいけど、それだけならまだましなんじゃないかな。

 どうせなら解体もして、人間の臓器も見てみたいなんて思わなければ、歩くたびピチャピチャなんて音はしなかったはずだ。

「なにか満足した?」

 彼は首を横に振る。

「ものすごく心臓がドキドキしている」

 僕もだ、と言った。

「どうしようか?」

「とりあえず」

 とりあえず?

「まだ経験したことがないものはたくさんある」

 次は爆弾が爆発するところを見てみたい。



 どうせなら。僕達はとても合理的だ。せっかくやるのなら、それに付随するなにかも同時にやっておくべきだ。

 仕事でよく言われるだろう。周りをよく見て配置を記憶しておけ。言われた仕事だけでなく、見て盗め。効率的に動け。

 僕達はそうする。

 どうせなら、爆弾を設置するのはビルがいい。映画みたいな体験をしてみたい。東京の都心のスカイツリーが倒壊する姿、それを見て逃げ惑う民衆。

 この瞬間、カメラは犯人をアップで写しはせず、主人公達をローアングルで写しながら宙に浮き、あられもない大惨事を映し出す。だが主人公は僕達だ。引きで二人を写し、記念写真のようにスカイツリーを図に収めながらおよそ三秒間。

「悪役ならオレたちは失格だ。ただ見たいという好奇心しかないんだから」

「物語性に縛られたくないんだろ」

「凶人とは異常な精神性を持つ人間のことを指しているのかもしれない。だが天才だって異常な精神性を持ち続け実行している」

 東京はいまだ健在だ。報道ヘリが空を飛び回る。消防車は渋滞に絡め取られ動けない。唯一どこにでもいける徒歩では、押し潰されて死ぬだけだ。しかし、東京は健在だ。

 首都が壊れると、国はどうなるのだろうか。


 どうせなら。やはり僕達の思考はそこに落ち着き、次なる準備を勧めている。どうせ東京を壊滅に陥れるのなら、宇宙人と軍隊を戦わせてみたい。ワールドウォーZしかり、宇宙戦争しかり、インデペンデンス・デイしかり。そしてどうせなら、ファンタジー軍団も見てみたい。オーク、コボルト、人魚、クエレブレ、ラドン、アーヴァンク、エインガナ。

 僕達には会社が付いている。破壊とは創造だ。企業は僕達に期待しており、つまり、スカイツリーを爆破したという実績に食いついている。どこそこを破壊してくれ。僕達はそうする。壊れた有耶無耶に入り込んで利益と利権を獲得する。

 僕達は世界にたった一つの破壊屋だ。需要を無理矢理に生み出し、新たな価値を生み出している。

 そして倫理と道徳に阻まれ、したことができない研究者は多い。人間のクローンを作り出したくはないか。ついでに魚の尾ひれを付けてみよう。軍から技術を応用し、喉から音響兵器さながらの破壊力を出してみよう。

 マーメイドの完成だ。いや、セイレーンだったかな?とにかく、僕達はファンタジー生物の生成に成功した。

「これは絶対に許されないことだ。人理に反している」

 スイスのヒト研究所所長マルガリータ・ベルンホルト=シュヴァイツァーはお仲間をトイ・ストーリーのグリーンアーミーメンみたく僕達の周りにずらりと並べ、銃を構えている。こういうときに役立つのは彼だ。

「マルガリータ。いやベルンホルト。いや、シュヴァイツァー。いやいや、マルガリータ・ベルンホルト=シュヴァイツァー。君のその考えはどこから生まれたものだ? まさか、自分の考えというわけでもあるまい。君の選択、思考、行動、その全ては君が人生で経験してきた他者からの情報によって作り上げられている。人間とは全てがスワンプマンだ。一つの泥から生まれたが、その泥には人類史の情報が詰め込まれている泥だ。兆通り、いやそれ以上の組み合わせによって形作られた人間は、一人一人が違うように見えるだろう。だが本質は同じだ。どうせなら」

 どうせなら、と彼は言う。私は続く言葉を知っている。

 それはこうだ。

「どうせなら、したことのない行動をしたオレたちは違うパターンの人間になるのではないか。思考は変容する。他者に影響されて人間が形作られるというのなら、オレたちがしたいと思った行動をし続ければ、もしかすると新たなパターンの思考が生まれるかもしれない。そう、どうせならだ。オレたちはこれを続けることで、誰もが思いもつかない、考えもしなかった思考ができるようになるのでは」

 ファンタジー生物を見てみろ。ドラゴンはトカゲだし、人魚なんて人と魚をくっつけただけ。まるで人間だ。個性はある。何億通りも。しかしそれらはおよそ千通りしかないようなものだ。あらたな一通りを、僕達はこの行いによって作り出せるかもしれない。どうせなら。僕達は未知の考えに出会いたい。

「非常に残念だ。君たちはよいパトロンだった。しかしその考えははっきりいって異常だ。私は世界を守る」

 結局それすらも誰かからの借り物の言葉だ。マルガリータ・ベルンホルト=シュヴァイツァー。それは君の思考ではない。

 やれ、と一言命令すると、僕達を取り囲んだグリーンアーミーメンが手に持った銃で僕達をあなぼこにしながら撃ち抜く。さながら子供が操るマリオネットのように、僕達はブサイクなダンスをいつまでも踊り続ける。そうして、周りのグリーンアーミーメンが同士討ちをし終わると、生きているのはシュバイツァーだけになった。

「結局」

 と天井から音声が流れてくる。ただ一人生き残ったシュバイツァーは強化外骨格机に強化カーボン盾を重ねた場所から驚愕の表情で仰ぎ見る。

 そこから流れてくるのは彼の言葉だ。

「結局、君が使い潰したそれらはクローン技術で作られたものだ。そして私達もまたそうだ。こちらこそありがとう。君の協力無くしては、この軍団を作ることは出来なかった」

 同時に、扉が開け放たれ、オークが入ってくる。およそ2.5mで直径1mもありそうなそれは、猪の体毛に豚鼻を付けており、筋骨隆々の肉体をしていた。手には剣を持っている。美しいとは言えない。しかし、それがいいのだ。

「おい、まさか、やめろ! 助けてくれ! 悪かったから……」

 そして僕達は人間がオークに虐殺される場面を見た。これは見なければ理解できない感動だろう。物語の中で、空想でしか描けなかった場面が現実として起こっている。大雑把に振り下ろされた剣が体を半分に割るところなど、殴られただけで胴体が千切れるところなど、ましてやオークが! オークがそのようにするところなど、誰が今まで見たことがあったろう? 

「さぁ、あとは大量生産するだけだ」  

 僕達は破壊屋だ。破壊をもたらし、それは戦争へと繋がっていく。今、世界では国を巻き込んだ大きな戦争が起こっている。ロシアが降伏をする、もう負けるという噂が流れ、国としての信頼が一気に落ちた。国債は暴落だ。僕達は全財産を出して国債を買った。

 戦争の結果はアメリカが降伏した。国の信頼は回復し、株価が暴騰した。僕達は慈しみ深く持っていた国債や証券全てを売却した。今、長者番付が発表されるとしたら、その一位は僕達だ。しかし、そのランキングに載ることはない。

 地図にない場所で、あるいは誰にも秘密の地下工房で。僕達とただ探究心だけでしたいことをした研究者たちは、とうとう宇宙人とファンタジーの軍団を作り出す。


 僕達の軍団は中国を侵攻している。こちら側は戦車や重機関銃などは持っていない。あるのは剣と、弓。そして特殊能力だけだ。

 戦闘機に対してドラゴンが突っ込んでいく。いや、鈍重なドラゴン如きでは、なにもかも敵わないだろう。だが炎を吐く。ブレスを吐く。一体の制作に何百億という金がかかっている。ロケットでも持ってこなければ、ドラゴンを撃ち落とすなどできない。体当たりでもすれば、それで勝ちなのだ。

 オークの軍団が戦車の群れに駆逐されていく。行軍スピードは遅い。しかし、彼らには力があるだろう。投石機こそが戦車の前身だ。コボルトやゴブリンの群れは、恐れを知らず立ち向かって行く。体には爆弾を巻いている。死ねばドカン。彼らの制作費用は一体あたり六千円でできるようになった。

 空からはヒドラでも落とそう。彼らは毒ブレスを周りに撒き散らす。死ねば辺り一帯は死の土地だ。感染力を持った毒だ。怪物達に、人道的という言葉はない。

 だがそれでも、近代兵器に勝つことは敵わなかった。僕は前線基地に立ち、彼らの勇姿を涙を流しながら見つめていた。言葉を無くし立ち尽くした。ただ、あまりにも美しかった。心躍り、ワクワクとさせられた。僕が経験したかったことは? およそやり尽くした。彼はドラゴンに食われて死んだ。では僕は?

 そして、僕は本を手に取った。次へのヒントを得るためだ。しかし、笑みが張り付いた顔で僕は考えた。結局、結局のところ、自分で考えたものは一つもないのではないか? 自分のアイデアで、誰も思いつかない独創的かつ創造的なアイデアは、結局今になっても思い付かない。

 ペットのカーバンクルが膝の上で眠り、雰囲気の変わった飼い主を心配そうに見つめ、アーオと鳴いた。僕はやさしく頭を撫でた。額の宝石をくりくりと触った。

 そこで、僕は思い付いた。この世界を人間ではなく、彼らの世界にしよう。彼らには生殖機能が付いている。研究所は無人でも常に稼働し続け、生物を吐き出し続けている。我々は劣勢だがしかし、このタネに気付かなければ本当の勝利というものは得られないだろう。

 人間文明ではなく、宇宙人、そしてファンタジー生物の文明。それはとてもそそられる言葉だった。僕達は想像の世界でしか夢を見ない。しかしそれが叶う。どうせなら、彼らの文明を見てみたい。

 僕は立ち上がり、吠えた。

 ガラス窓から、ドラゴンが撃ち落とされたのを見た。ドラゴンはこちらに落ちてくる。落ちてくる。落ちてくる。落ちて。




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