冒頭~1話
ほんのり暑さが和らぐ夏の夜
よく使っている川沿いのベンチで、彼女の隣に座っていると、
彼女は、ふいに空を見上げ左手を目一杯伸ばし、満月に左手の薬指を重ね、
「この距離だから、愛おしい…けど憎くない訳じゃない。」
そう呟いた。
その時、月の光に照らされた一滴が彼女の頬を伝ったのを、見逃さなかった。
星のようなその一滴が汗なのか…涙なのか…
ただその横顔は、可愛い以外の感情を自分には与えてくれなかった。
彼女の言葉の真意がわかるまで、何年もかかるとは、
この時は微塵も思っていなかった―
*
高校2年生の春を迎えた。
今日に限っては、目覚ましよりも早く目が覚め、
寝起きもとてもいい気持ちだ。
鼻歌を歌いながら、着慣れた制服に着替え、
1階の洗面所に移動し、髪をワックスで整えた後、
歯磨きをしながら、スマホでTwitterのタイムラインを確認していた。
相互フォロワーである部活のメンバーも、
ハイテンションなのが、ツイートから窺える。
自分も日課のおはようツイートをしようと思い、
『おはよ。今日は気合入れてく。』
とツイートし、口をゆすいで
もう一回鏡で全体を確認し、決め顔をしてからリビングに入った。
バタバタと仕事に行く準備をする母、
のんびりとご飯を食べている大学2年生の姉が、
「おはよ。」と声をかけてくれる。
「おはよ。母さん今日早いの?」
と姉に話しかけると、
「みたいだね。4月って感じするわー…はぁ~あ。」
と大あくびをしながら答えてくれた。
「ふぅーん。」
と言いながら横目で母を見ると、
「あああっ!もう出なきゃ!!行ってくるね!」
とバタバタと足音を鳴らし、扉の前に立っていた俺を押し退けてリビングを出た。
「母さん、気を付けてね。」
「ママ、いってらっしゃい~。」と姉弟でリビングから声をかけると、
「はーいっ!芽生も新学期ファイト!!
芹香ちゃんは、朝ごはんの片づけ宜しくーっ!」
と元気な声で言い放ち、出勤していった。
台風が去ったかのような雰囲気で、
ダイニングテーブルに用意されている朝ごはんを食べようと、椅子に座った瞬間、
「芽生、急に背伸びてね??」
と対面に座っている姉が話しかけてきた。
「そうか?あんまり実感ないけど、そういわれるとそうかも。」
朝ごはんの卵サンドを頬張りながら答えた。
「なかなか大人っぽくなってきてるんじゃない?せりもさ、ほら、どうよ?」
と満面の笑みで問いかけられたので、
「うん。大学2年生って感じするよ。」と適当に欲しそうな言葉をあげた。
いつもならそんなことは言わないが、
今日は、新学期という一大イベントに気合が入っている為、
いつもより優しい対応になった。
朝ごはんを食べ終え、姉に片づけをお願いし、
かなり早い時間に家を出た。
(学校に着いたら、新しいクラスメイトチェックか…
結構ドキドキするな…。
部活のメンバーなら誰でもいいから、せめて1人は同じクラスがいいな…。)
電車に揺られながらそんなことを考えていると、
ふと朝のツイートを思い出した。
(誰か反応してくれてるかな。)
携帯を確認すると、案の定Twitterの通知が来ていた。
チクタクマ『俺らまた同じクラス!!最高!』
JUN『はよ。俺も一緒だったぞ!』
こーへー『離れた…泣泣泣』
と来ていた。
(ネタバレされた…。ていうかアイツら何時に学校着いてんだよ。笑
でも、拓真も純も同じクラスでよかった。)
同じバスケ部のメンバーで、一番仲良くしている2人と
クラスが一緒だったことが嬉しく、ポケットの中で軽くガッツポーズをした。
出会いまでは、もう少し先です。
少々お待ちを。