表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

【ミアラス・アルフェカSIDE】

従者から解放された後はそれまでの抑圧が無くなり恋愛脳が弾けています。糖度怖い。そして長い。

メインの方で最後ちょっとヤンデレ風味かもと思いつつもヒロインからの視点ならこうなると書いていた内容に対して、こんな感じだったと補完出来たのでは無いかと思っております。


ガタガタと揺れながら王都に向かう馬車には、父さんと母さんと僕と妹とメイドが乗っている。

小さな田舎町で店をやっていた僕達は、父さんの友達と王都で新しいお店を始めるんだって聞いた。だからもう二週間も馬車に乗っている。

僕は9歳になる今まで旅行をした事が無かったから、昼間は馬車で走って、夜は途中の宿に泊まる毎日が、疲れるけど面白くて堪らない。

今日は朝早くに出発して、昼前には王都に着けると母さんに言われたので、早くお城が見たくて窓を開けた。

出発してからどれ位か分からない、急に馬車ががくんと揺れると外から悲鳴が聞こえた。父さんが慌てて窓から外を伺った次の瞬間、外から突き飛ばされたみたいに反対側にぶつかって倒れた。一瞬見えた顔が真っ赤になっていた。


「私の可愛いミア、ここに隠れなさい!」

「母さん何するの⁉︎」

「良いから早く!何があっても出て来てはダメ!母さんが声を掛けるか、馬車が止まって外から何の音も聞こえなくなってそれから100数えるまで出ないで!」


僕は母さんに馬車の座席の下、物入れの一番奥の空間に押し込まれた。ほんの少しの隙間から光と、叫び声、悲鳴、乱暴な声が続いて、最後に僕の名前を叫ぶ母さんの声が聞こえて静かになった。

その後、また馬車はガタガタと動き出した。僕の手にはここに押し込まれた時母さんに渡された妹の腕輪が握られていて、その後の事は覚えていない。

気がついた時には、ベッドに寝かされていた。


ーーーーーー


僕の馬車は公爵の娘を誘拐する道具として、襲われたと聞かされた。それから、行く所の無くなった僕は公爵の使用人として引き取られた。僕より4歳下の公爵のお嬢様、金髪碧眼のウィステリア・ユーレック・レイテッドを至上の存在として守り、支え、従う事を命じられ、必要な武術や家の仕事、侍従としての仕事を仕込まれた。

本当なら王都の平民の子供が通う、初等学校に通えた筈が覚えなくてはいけない事だらけの使用人の僕にはそんな時間は無かった。それでも、忙しい毎日は両親と妹が亡くなった事で悲しむ時間も無くしてくれていた。

公爵家のお嬢様はみんなに愛されている。可愛く美しく優しい天使の様なお嬢様は、家族を亡くした僕にも優しかったけれど、手作りやお店で買ったお菓子や、日常で使う物をくれる時「私が一緒にいるから大丈夫」と言って来るのが嫌だ。お嬢様は家族の代わりにはならない。お嬢様の為にならないと思われれば罰を受けるし、贔屓されていると嫌がらせも受ける。僕は1人で生きられない。父さんみたいな商人になりたくても、その夢を見る事も出来ない。


皇子達がお嬢様に会う為に公爵家に通い、公爵夫婦と引退した前公爵達は本気でお嬢様の婚約を考えていた。誘拐未遂にあったお嬢様は、誰とも婚約しないと言い続けている。実際、他の令嬢との交流はしていないし、どうしても出なくてはいけない王妃様のお茶会が唯一の貴族令嬢としての交流になっている。僕とお嬢様の従兄でレイテッド家の養子となったハイドレン様には、お嬢様に間違いがない様に守る事を毎日の様に厳命される。

家に篭るお嬢様は、新しいお菓子やパンなどを作り出し、それに必要な魔道具をハイドレン様と僕に作って欲しいと頼んでくる。お嬢様のやりたい事、必要としている物がわかっても、いままで無かった物を作るのは時間も手間もかかる。それでも、お嬢様に好意を持っている様子のハイドレン様はいつも嬉しそうだ。

そんな中、お嬢様の専属従者になった僕にお嬢様は「ピンク色の髪と瞳をした娘を探して欲しい」と頼まれた。ナイザリア皇国でピンクの髪なんて聞いた事も無い。あちこち聞いて回った所、強い魔力を持っている事がわかりどこかに引き取られたところから分からなくなった。


私が18歳になった時、ついに14歳のピンクの髪の娘、リアン嬢を見つける事が出来た。お嬢様に報告すると大喜びで彼女を公爵家に招待したが、彼女の腹違いの姉が来るばかり。不安そうなお嬢様を見て、ハイドレン様はリアン嬢とその家族に対して苛立ちを感じていた様だ。

長い間探していたリアン嬢の居場所は分かっても、実際に見た事は無かったので、私は外での仕事のついでに彼女を見に行った。母親が平民である彼女は娘ではなく使用人として扱われていて、買い物などの外出時に見る事が出来た。ピンクの髪と瞳、目立つだけでなく力強い輝きを持った瞳が印象的なお嬢さんだと思った。


ーーーーーー


お嬢様の王立アカデミー入学前、同じ歳のリアン嬢に会う為に寮生になる彼女と入学前に一度話したいと言うお嬢様に着いて学生寮に向かった。早い時間から寮の入り口で待っていたが、やって来ないので1人で周囲を確認しに行くと裏口の方にチラリとピンクの髪が見えた。一年生の部屋は3階なので、正門前の木陰に移動してお嬢様の作りたい魔道具の為に買った専門書を開きながら寮を見上げると、一つの部屋の窓の向こうにピンクの髪が覗く。正面入り口前にいるお嬢様とハイドレン様は気付いていなかった。


入学式の日、今度こそリアン嬢と仲良くなると意気込むお嬢様は、入学式の会場の前で皇子達に囲まれていた。あまり近くに控えていると皇子達に睨まれるので、警戒を兼ねて周囲をぶらぶらしていると、入り口が見張れる位置の植え込みに目立つピンクの髪をスカーフで包み込んだリアン嬢がしゃがみ込んでいる。お嬢様が探し求めていたリアン嬢はかなり変わった性格の様だ。


「何をしているのですか?」

「戦略的傍観」


気になって声を掛けてみると、可愛らしい声音なのに落ち着いた口調で思いもよらない答えが返って来た。

彼女は私の名前を知っていた。そして、ここにいる事をお嬢様に伝えても良いかという問いに、伝えないと私が困るのでは無いかと返して来る。


「ピンクの髪の令嬢を見かけたら報告する様に言われているのですが、まさかこんな所で目立つ髪を隠されてしゃがまれていらっしゃるのは事情があるかと思い先に声をかけさせていただきました」

「目立ちたくないだけです。私は勉強して将来研究職になりたくて入学するのですし、平民上がりで貴族のマナーを一切習っていません。地位も無く、問題を起こしたら学園を退学になってしまいます。ですのでトラブルにならない様に時間ギリギリに席に着くつもりでここにいます」


彼女は将来の希望を持ち、立場を考え、その為に最良と思える努力をしている。引き取った男爵家では差別を受け、今も苦労している筈なのに、とても楽しそうな表情をしている。お嬢様と関われば、彼女の時間が削られてしまう。妬みも害意も無く、ただ純粋に学ぶ事を求めている彼女をお嬢様に引き合わせるのをやめたというと、可愛らしい笑顔でお礼を言われた。


ーーーーーー


アカデミーにいる間リアン嬢が誰と会ったか、どんな事をしているかを報告する様にとお嬢様に命じられて、彼女を見守っていると、ふんわりした庇護欲を掻き立てる見た目と違って、意志が強く負けず嫌いで、些末な事を気にしない事がわかった。その強い気持ちが表情に現れているせいで、見た目の可愛さや儚さが全く機能していない。

平民上がりとバカにされながらも、学年首席の成績を取り続ける彼女は腹違いの姉を筆頭にかなりの生徒に嫌がらせを受けている。お嬢様が彼女を気に入っていると公言しているせいで、庇われるどころか妬まれて嫌がらせは加速するばかり。

それなのに、浄化魔法や修復魔法の腕をどんどん上げて濡らされた物、汚された物、壊された物を瞬時に修復して自己解決していくし、絡まれる食堂の利用を止め、厨房から直接お弁当を受け取り、木の上や屋上、果ては講堂の屋根の上で読書しながらランチをとっている。隠れて見張るのは難しいので、私も開き直って街で調達した軽食を一緒に食べる事にした。彼女の動きを先読みして、ランチの場所に合流した時の驚く表情が楽しい。

将来古書の修復や解読を中心に書物に関わる仕事につきたいという彼女は、大量の本を読んでいて話していてとても面白く、私が読んでいる商売や経理の本に興味を示して色々聞いて来る。好奇心旺盛な彼女につられて、私も実用書だけでなく出来るだけ多くの色々な本を読む様になった。


学校や王立図書館の書物の修復や解読の仕事をする様になった彼女と、重要な書籍のある部屋で会う機会が増えていき、その際リアン嬢の恩師である、エピトード・ナクレイ卿と知り合った。

ナクレイ卿は王宮魔術師で、王家の分家筋の次男という立場だった。10歳のリアン嬢と会ってから、彼女の能力と気性に惚れ込んでいると言い「目標の為に友達も作らず頑張っている彼女と自然に交流している君にも目を掛けている」と笑顔で言われ驚いた。平民でも貴族でも王でも能力が高ければ良いんだよと飄々と話す姿に偽りは全く感じられない。

実務と護衛の為の勉強しかしていないので、リアン嬢と話す様になって読書に興味を持ちましたと話すと、次から次へとお勧めの本を出して来た。


「魔力を高めたいとは思わないのかな?」

「私には魔力がありません」

「おやおや、それは知らないのか勘違いをしているだけなのかな?君にはかなりの魔力があるよ」

「しかし、蝋燭すら点せませんが」

「それは原理を理解していないからだよ。ナイフの使い方を知らなかったら、綺麗に肉は切れないよね。扇の使い方を知らなかったら、何に使うものかもわからないんじゃ無いかな。魔法だって同じだよ、どうしてそうなるのかの理屈がある。それを知らなかったら大概の人間は使えないよ。自分で考えて想像して組み立てて、人にも書物にも教わらずに出来るのなら天才と呼ばれるかもしれないなあ」

「使い方が分からないから使えないのですね」

「いや、君はちゃんと使いこなしているよ。意識せずルトール君を捕捉出来るのは、彼女の魔力を感じ取れるからだし、普通の人が入るのに苦労する所も容易に侵入出来る。無意識に感知や身体強化をしているからだと気がついてないんだ」


ナクレイ卿は魔力のある者を育てるのが趣味だと言って、実生活に役に立つ魔法を空き時間を活用して教えてくれた。初級の魔法教本も譲ってくれたが、レイテッド家の者に見つからない様にするのに苦労した。レイテッド家では、前公爵が絶対で従者は主人の為のみ存在するという考え方をする。皆に優しく思いやりがあると言われているウィステリアお嬢様も、支配する側の視点で自分が与えたい物を与えて満足しているので貴族や王都の者からすれば当然だが、領主様はいても直接付き合いは無かった商人の子供の私には好ましくは無かった。


ーーーーーー


リアン嬢の見張りという役目についてから自由時間が増えた。お嬢様がリアン嬢の事を知りたがり仲良くなりたいと思う限り、私が側で見守り話す時間が必要になるからだ。実際の所は、お義理程度にお嬢様からの好意を伝えた後は、情報交換や取り止めの無い話をしている。学園の授業時間はナクレイ卿から直接色々な知識を得た。


「今日はね、お願いがあるんだ。私は正式では無いけれど君の教師みたいな立場だよね。つまり君とルトール君は生徒仲間だと思うんだ。そんな仲間のルトール君の知識や成果を商業ベースにのせて商品として流通出来る様にして欲しいんだよ。私は商売の事は全くわからないし興味も無いけれど、君がそういう本をたくさん読んでいるのは知っているよ」


そんな中、ナクレイ卿から思ってもいないお願いをされた。リアン嬢は自分の技術を出し惜しみせず損得を一切考えずに図書館やアカデミーで披露している。本人は奇書を扱えるだけで毎日幸せと喜んでいるけれど、彼女の立ち位置はかなり危うい。上級生を抑えて学園首席の成績を取り、公爵令嬢に誘われても動じず、接触しようとすると逃亡する。

国が安定した目安の一つとして過去から今までの歴史や文化が整理される事が重要になる。つまり、国内で一番の古書の修復や解読能力を持ち成果を上げ続ける彼女は、陛下と妃殿下のお気に入りで卒業後に文官として召抱えられるのは余程の事がない限り決定事項と思われる。職員の全員を貴族が占める勤務先からすると与えられる役職の地位は低いだろうけれど、陛下に直接謁見申し込みの出来る寵臣の地位を得られる。


そういう状況から彼女を取り込もうとする貴族は数多いるのだが、ナクレイ卿がガードしている上、本人に接触しようとしても逃げてしまうので、方々に危険視されているのだという。幾ら陛下のお気に入りでも、政治は貴族達のパワーバランスで左右される。気に入った者ものを臣下達の意見を聞かずに取り立てれば横暴だと評されてしまう。

他にも敵対勢力や平民の抜擢を嫌う者から冤罪を被せられる可能性や、暴力を受ける可能性がある。もし、学園に居られなくなったら、いっそ国外逃亡も視野に入れるべきで、その時必要なものといえばお金だ。


「君の所のお嬢様も問題があるよね。皇子殿下や重臣の令息達と仲が良いけれど殿下達もお嬢様も婚約者が決まって居なくて、婚約者がいる異性に必要以上に距離をつめてはいけないというマナーが通じないから、他の令嬢達もその親達も宙ぶらりんだ。せめて皇妃教育だけでもと王家から打診しても、お嬢様が婚約しない皇妃にならないと言い続けて、娘に甘いレイテッド家がやんわりと断ってしまう。皇太子妃候補としての資格がある複数の令嬢が、なれるか分からないにも関わらず厳しい皇妃教育を受けているし、宰相家や騎士団長家と親しい家の令嬢達も親達に頼まれて不要になる可能性をわかっていながらも、側近の妻としての教育を受けている。不満もたまるよね。そして不満は弱い方に向かいやすい。入学当初からルトール君は嫌がらせを受け続けているよね。それは君の所のお嬢様がルトール君と仲良くなりたいと公言している事に対する嫉妬も含まれている。だからね、君にも責任があるとも言えるけど、君自身はお嬢様よりルトール君の力になりたいと強く思っている様に見えるんだけどどうかな?」


私は即答して、その日のうちに父と母が王都で訪ねる予定だった商会を調べ始めた。あの事件の時9歳だったので既に家の仕事を手伝い始めていた為、商会の名前はわかるものの何を主に扱っているかわからない。リアン嬢の技術を商品として取り扱えない様なら他の信用出来る商会の名前だけでも教えて貰わないといけない。。翌日客として商会に向かい店頭で書籍や印刷も扱っている事を確認してからナクレイ卿に紹介状を書いてもらい、改めてアポイントを取りリアン嬢の成果物を持って訪問した。

商会長は大歓迎してくれて、私と歳の近い次男を紹介してくれた。商売の修行も兼ねて、資金も貸すから2人でやってみろと豪快な笑いを残して息子と私を応接室に残して去ったので「親父を絶対驚かす!」という次男と「このチャンスを生かす!」という私は意気投合して事業計画を立てた。

そうだった、私は父の様な商売人に、売りたい人と買いたい人を繋ぎ、笑顔が溢れる店を作りたいという夢を子供の頃に持っていたんだと思い出して、自分が笑顔で出来たばかりの仕事仲間と話している事に気がついた。


国外逃亡は最悪の場合の手段だが、ナクレイ卿曰く「トラブルになったら留学になるかもね」という事なので、友好国の中から商会を開く国を選ぶ。リアン嬢の能力なら、歴史があり、図書館が多く、古書がたくさんあり、彼女の技術を喜んで受け入れる国を選べばいい。


「この内容ならサザンアルトだな。ミアラスはそのお嬢さんから離れられないんだろ。俺が先に店を開くから、売り込みやすい技術を絞ろうぜ」


共同経営者となったノックス・エクドルは24歳で、父親と兄についてずっと商売を学んでいただけあって学ぶ所が多い。リアン嬢の技術は理解出来ないけど売り込むのは任せておけと、自分の能力をよく理解している様だ。ノックスの読みは見事に当たっていた。


ーーーーーー


「あいきゃんふらい!」


可愛らしい声と共に、リアン嬢が校舎の窓から飛び降りて来た。教室でお嬢様達に包囲された結果がこれだ。逃してあげたいが、立場上それは出来ない。今日は監視ではなく、お茶の席に連れて行く事を命じられている。


「窓は出入り口ではありませんよ」

「ふぎゃあ!」


変わった声を出しながらも、お嬢様の待つ部屋に案内すればついて来てくれる。私の顔を立ててくれているのか、一度話し合ってもう誘われない様にするつもりか。何れにしても、お嬢様の様子なら今後も誘うのを止めないだろう。


「お嬢様の所へご案内します。こちらへどうぞ」

「お手数おかけします」


生徒会役員のラウンジに案内すると、リューカ殿下、トリカ殿下、宰相息子のジェダル卿、騎士団長息子のウェザン卿、ハイドレン様とお嬢様がテーブルを囲んでいた。直ぐに給仕の仕事につく。


「ナイザリア学園一年、リアン・ルトールが皆様にご挨拶申し上げます」

「一年生の首席、ルトール嬢だね。学園では皆平等だから硬くならず顔を上げてくれないかな」

「座ってお茶を飲んでいかないか?僕らは君に危害を加えるつもりはないよ、安心して」


リアン嬢に椅子を引いて紅茶出す。

お嬢様に紅茶を勧められてもリラックスする様子は一切見せず、背筋を伸ばしたまま直ぐにでも立てるような姿勢は崩さない。自分に話し掛けてくる相手に聞いているという態度を示すべく顔を向けながらも、目は合わないように視線を下げている。

お嬢様から成績を褒められ困っている事は無いかと聞かれても特に無いと答えて、お嬢様は納得がいっていない様だけれど、これは事実だ。彼女はいつも現状を受け入れて努力出来るので、嫌がらせをされて面倒だとは思っても困ってはいないし、ましてや助けて貰おうとは一切思っていないと、私は聞いているしお嬢様にも報告しているのだけれど、価値観が違いすぎてこうなってしまったのは酷い。


お嬢様からリアン嬢に楽な仕事を紹介したいと頼まれている全員が、楽で時間が掛からず一定以上名誉のある仕事を次々と紹介するが、すべて断った後、自分から紹介を頼んだ筈のお嬢様が、首を縦に振らないリアン嬢に「仲良くしたいだけ」とフォローを入れる。そっとリアン嬢の表情を伺えば、微笑んだまま固まっていた。全員がやりたい事を邪魔する敵だと思っているらしい。これではお嬢様がいくら仲良くなりたいと言っても無理だ。


「ね?リアン嬢」


仲良くなりたいという誘いも断られたお嬢様は、仕事は要らないと言っているリアン嬢に公爵家で雇う、働いていれば養女になれるだろうと言い出してしまった。確実に悪手だ。男爵令嬢という逆らえない立場であるリアン嬢の大切にしている仕事を取り上げて興味の無い仕事をさせ、常に気を使わないといけない公爵家に閉じ込めると言ってしまっているのだから。

全ての提案を断るリアン嬢に激昂したトリカ殿下に怒鳴られても、最近私がお嬢様からリアン嬢も知っている筈だと聞かされた「テンセイシャ」という言葉を聞いても、やり過ごした彼女を寮まで送る為に一緒に部屋を出た。


「これですか?」


寮へ向かいながらお嬢様がずっと気にしているピンク色のテンセイシャの事を聞くと、リアン嬢は自分の髪を摘んだ。彼女はテンセイシャを知らないし、勉強と好きな研究をしたいので上位の立場の方から色々言われても困ると答えながら、そのピンク色の瞳に涙を浮かべた。

足を止めてしまった彼女を目立たない通路脇のベンチに誘導して並んで座り、そっとハンカチで涙を拭くと驚いたように目を瞬いた。


彼女は途切れ途切れに、私に訴えるのは違うけれど我慢出来ないと前置きして、お嬢様には哀れに見えるかも知れない生活でも自分の目標の為にしている今の全てが幸せで、それを阻むお嬢様とは仲良くなれないと小さな声で、それでもしっかりと話す。

何があっても彼女の気持ちは入学の時に茂みで聞いた時と変わっていない。きちんと卒業して研究者になりたい、彼女の決してブレないその強い気持ちは、私に力を与えてくれる。

家族も家も無くなって、レイテッド家のお嬢様の従者になるしかなかった私は、父の様な商人になりたいという気持ちを忘れていたけれど、リアン嬢を心配したナクレイ卿からチャンスを与えられてその事を思い出した。リアン嬢は強い思いと努力で、ナクレイ卿の大切な弟子となり、その繋がりは私の未来に繋がった。


私の忘れていた夢を思い出させてくれ、その道を開いてくれたリアン嬢の手を両手でそっと包む。敬意を伝えたくてその手を自分の額にあてて彼女の瞳を覗き込んだ時、自分がとても高揚した気持ちになっている事に気がついた。私はそっと彼女の手を引いて、彼女の幸せが詰まっている図書館へエスコートした。先程まで辛い気持ちと涙を流していた彼女の頬は上気して、瞳はしっかりと前を見据えていた。


ーーーーーー


お嬢様の授業時間を利用して、サザンアルトに小さな商会を開いた。ナクレイ卿の全面協力によりサザンアルトにいるノックスにリアン嬢の開発した品物や研究結果を送る。今までナイザリアの国立図書館と魔術研究所等で一部の人間にしか使われていなかったその知識と技術をノックスが専売条例の書類を作成して役所に届け出てから商品化していく。

写本の代わりに文字や図形を印刷したり、個人用の文章を作成する機械は、複雑な作りをしていたが魔道具を作る技術者にも協力して貰って高評価を得た。


授業の合間にはお嬢様の言いつけ通り、リアン嬢の見張りを続ける。普通に会話をするので見張りというより友人付き合いになっているけれど、リアン嬢は未婚の男女の距離を気にしないので私も楽しい時間を過ごす事が出来る。

1人で行動するリアン嬢は義姉とその友人達に嫌がらせをされ続けているが、傷付く事を心配した私に向かって「嫌われても好きだと言ってくれる人がいれば大丈夫だ」と言う彼女に、私の気持ちを理解してくれる彼女が好きだと告げると、驚いた様な顔をして何やらカタカタと不思議な動きをした後に、制服のポケットから油紙に包まれた掌サイズの細長い物を私に押し付けた後、高速で去っていった。

開けてみると黒い塊、リアン嬢ご自慢の長期保存でも劣化しないインク、墨だった。

思わず膝から崩れ落ちつつ、家族と別れてから一度も出なかった明るい笑い声を自分が出している事に驚いて、そして嬉しくてたまらなくなって笑いは暫く止まらなくなった。

彼女が墨専用に使っている筆記用具、筆を譲って貰うにはどうしたらいいんだろうか。


ーーーーーー


リアン嬢はナイザリア学園の行事、武闘大会で周囲の予想を裏切って勝ち進んだ。

魔力の高さが取り上げられやすい学園で、武術系を得意とする騎士や腕に自信のある令息が実力を披露出来る場で、魔力の高さで入学資格を得た彼女が身体強化魔法を駆使して、修練していない武器は持たず素手で勝利する姿に歓声が上がる。

準々決勝でハイドレン様まで下した彼女は、準決勝のアルフェカ卿の前であっさりとリタイアを申請した。

試合後、これで武術の成績が上がったと喜びながら、賞金で新しいワンピースを買いながら「みんなが止めたけど参加して正解だったでしょ」とご機嫌だった。

ハイドレン様とアルフェカ卿の不興を買った事については「成績の方が重要だから」割り切っている。


レイテッド家のお茶会でリアン嬢の活躍を嬉しそうに話すお嬢様に対して、リューカ殿下とカレリス卿は笑顔を浮かべて聞いていたけれど、トリカ殿下とアルフェカ卿は最後まで戦わないのなら出るべきではないと非難した。

ハイドレン様は難しい表情を浮かべていて、最終的にリューカ殿下が笑顔で「それでもリタイアはきちんと認められたルールだからね、出来れば最後まで戦って欲しかったと見学者みんなが思ったとしても、怪我や事故を防ぐ為にも必要な事だよ」と纏られたが、恐らくお嬢様以外は納得していない。

更にリアン嬢に対する風当たりは更に強くなるだろう。


ーーーーーー


「おめでとう、アルフェカ君。サザンアルトで准男爵に叙勲されたと聞いたよ」

「ナクレイ先生のお陰です」

「いやいや、私は自分の可愛い生徒達を守っただけだよ。これで最悪の事態になっても対応出来る。その時はちゃんと私の事を忘れないで、私も彼女の能力を評価しているんだから。行ったままにしないでね、ちゃんと連絡を寄越すんだよ」

「出来れば何事も無く卒業出来るのが一番良いのですが」

「そうだねえ」


サザンアルトにいるノックスからは、商会の運営が順調に行われていると報告が入って来ているし、リアン嬢の受け入れも可能になったけれど、彼女が作り上げた人脈や積み上げた研究があるのだから、国外のセーフティネットは使わないで済む方が良いに決まっている。

それでも、もしそうなったら、自分が責任を持って彼女を守りたいと思う。


ーーーーーー


年末年始のアカデミーの休暇中に、ハイドレン様からアカデミーの生徒会で卒業式のイベント打ち合わせがあると伝えられたお嬢様は、お菓子を差し入れする為に朝から公爵家のシェフとキッチンメイド達と厨房に篭っていた。

お嬢様の侍従という立場だけれど厨房では邪魔になってしまうので、公爵夫人から頂いた茶葉の中から本日持っていく分を選び、キャニスターに移していると、スカラリーメイドがやって来てお嬢様からの伝言で夕食アイスケーキを出したいので材料を買って来る様にとメモを渡された。必要な物を揃えるついでに自分の昼食用のサンドイッチを抱えてタウンハウスに戻ると、お嬢様はもう学園に向かわれたというので後を追った。


私が学園に着いた時には殿下達によりリアン嬢が糾弾された後だった。

階段から突き落とされたというお嬢様は保健室で治療を受けていて、ハイドレン様達が犯人のピンク色の髪を見たので、寮の裏庭にいたリアン嬢を拘束して尋問したのだけれど、学園の職員等からアリバイ証明をされたので容疑は残るものの解放されたとの話を聞かされた。

軽症ではあるが、大事をとって帰宅するというお嬢様にリアン嬢の無事を確認する様にと命じられたので、保健室の救急キットを借りて寮に向かった。


リアン嬢は確保されたという寮の裏庭で、真っ黒い何かを持って眉間にシワを寄せていた。近付く物音に気が付いたのかビクッと体を震わせた後、こちらを見てほっとした様な薄い笑顔を浮かべる。

腕を捻り上げられたり、引き摺られたり、髪を掴まれたりしたというリアン嬢は、擦り傷や鬱血などが数カ所あり、片足も軽い捻挫になっていた。応急処置をしながら、お嬢様との友達付き合いを今からするかと聞けば断られる。彼女の性格からすれば先ずあり得ないけれど、お嬢様がずっと執心しているので、従者としては取り敢えず聞かなくてはならない事だ。

疑われた彼女にこれから公爵家から行われるであろう監視の話をする。


「今後は公爵家から一日中可能な範囲で監視がつく可能性もあります」

「そうなの。でも、そこまでしてもらったら、濡れ衣は着せられなくて済むから良いかな。見られて自分が困るような事してないと思うし」

「出来るだけ私が遠くから見る形になる様にします」

「出来れば女性の方でお願いします」


真面目な顔で断られてしまった私に向かって、リアン嬢は驚いた様な顔を向けて来た。


「ミアラス様も、はっきりした笑顔になる時があるんですね」

「そうでしたか?笑っていましたか?」

「無意識なんですか?」


私は彼女の側にいる事で自然な笑顔を取り戻していっているのだろう。つい面白くなってしまい声を出して笑うと、リアン嬢も声を上げて笑い出した。

手当てが済んだので私のサンドイッチを渡すと「良いのですか?」と一度確認してから、お腹を空かせた小動物の様にもぐもぐと食べ始めた。先程手にしていたのは、昼食代を節約する為に焼いていた焼き芋だったとの事。焼き芋を食べる彼女も可愛らしいのだろうな、と思ったら口元の緩みが抑えられなくなって、それを見たリアン嬢が「焼き芋美味しいのよ?」と首を傾げて言ったのでいつか一緒に食べられたら良いと思った。


ーーーーーー


学園の年度末、卒業式の前日、私はナクレイ先生に呼び出しを受けた。


「いやあ、困ったよ。明日の卒業式にリューカ殿下がリアン嬢を退学させるらしいよ」

「何故ですか?」

「レイテッド令嬢に対する態度や階段の事件の疑いがあるから、生徒会として退学処分を決めたと皇王陛下に報告があったそうだよ。リアン嬢の能力を認めている皇王陛下も、後継である殿下と側近達がリアン嬢を良く思っていない事や、レイテッド令嬢がリアン嬢に執着している上に誰とも婚約しないから、殿下達も令嬢を諦めきれない状況を心配されてね、留学の手続きをされるそうだ」

「早くに商会を立ち上げて大正解でした。既に売り上げも軌道に乗っており、共同経営者も彼女の受け入れを楽しみにしています」

「そうだね。陛下達はオスワルド、シャグディラ、サザンアルトを留学先として用意しているそうだけれど、サザンアルトに確定して貰った方がいいと思うんだ」

「お待ち下さい」

「ん?何故かな。アルフェカ君の商会はサザンアルトにしか無いのだろう?」

「私は彼女の選択を尊重したいと思っています。もしサザンアルトを選ばなければ共同経営者のノックスに商会を任せて、国外に新たに店舗を作るという名目で彼女の側に居られる様にします」


ナクレイ先生は柔らかな笑顔を浮かべた。それは幼い頃に亡くなった父の微笑みに似ている様な気がする。


「では私はレイテッド公爵に辞職を伝えに参ります」

「大丈夫かい?君はレイテッド嬢のお気に入りだし、これまで君に掛かった費用が借金として残っていると言い出すかも知れないよ」

「そうですね、でも私はレイテッド家の仕事を多くしておりました。ですので、レイテッド家が行っている取引の問題点や不正を知っております。私に掛かった費用についても、ほぼ無給で働いておりますので相殺出来ます。更に、私の両親の財産がレイテッド家の物として運用されており、運用利益が全てレイテッド家の物になっている証拠もあります」

「成る程、その上サザンアルトで叙勲されているとなると、レイテッド公爵は君を手放すしかないねえ。だけど、乱暴される心配もあるから私の護衛を連れて行くと良いよ。これでも君達の先生だからね」

「そこまで迷惑は」

「迷惑じゃないよ。生徒を守るのだからね。それにね、君達に恩を売って、今後もリアン嬢と仲良くして古書の解読もしたいし、他国の禁書にも関わりたいしねえ。私は君達が大好きなんだよ」


ナクレイ先生の厚意で護衛に付き添って貰ったおかげで、トラブルも無くレイテッド家を出る事が出来た。親の遺産は金額も多く運用中という事で、直ぐに全部返却不可能という状況を利用して、サザンアルトの商会から貸し付けの形での契約書を作成した。これをナイザリアとサザンクロスの役所に届ければ公的な物として保管される為、レイテッド家に対する抑止力なる筈だ。


表向きお嬢様の魔道具を扱っている商会で泊まりの仕事をしているという事にして、レイテッド家を出た。リューカ殿下やハイドレン様の卒業式を控え、私がいなくなった事をウィステリア様が知ればそれどころでは無くなるという理由らしい。私に取ってはもうどうでも良い事だけれど、騒ぎになってリアン嬢の行動の邪魔になっては困る。

護衛と一緒にナクレイ先生の居室に戻ると、そのままナクレイ先生の宿直室で一夜を明かす事になった。


明日の卒業式でリアン嬢の退学が通知されたら、彼女の行きたい所に連れて行く。そして、愛しているという気持ちを伝える。彼女と過ごして来た1年間で、少しは好意を持って貰えていると思う。あの時々見られる笑顔を私に向けてくれるのであれば、何だって出来る。もし、異性として愛して貰えなくても、彼女の笑顔を幸せの為になら利用される形でも良いから、彼女の希望と夢を叶える手伝いをしていきたい。


何度も思い出すあの日の記憶を、起こった出来事を、過去を消す事は出来ないけれど、未来に希望を持つ事は出来る。レイテッドに引き取られて、忘れていた自分の夢は叶った。命令してくる者はもういない、信頼出来る共同経営者がいる。これからはきっともっと……。


ーーーーーー


卒業式当日、私はナクレイ先生にリアン嬢のお母様の事をお願いして学園に向かった。

リアン嬢のお母様はナクレイ先生に紹介された仕事、郊外にある魔法研究所の住み込み研究員の為の寮の職員をなさっている。研究所は決まった者しか出入り出来ず、信用のおける業者が生活に必要な物を納品したり、個人相手に販売もしているらしい。ナイザリアの公的な魔法研究所として機密事項が多い為、安全ではあるけれど外部との接触に制限が掛かる。リアン嬢もナクレイ先生経由で月に1、2通の手紙をやり取りする位になっている。

本来なら、リアン嬢とお母様を一緒に留学先に送りたいのだけれど、はっきりした行き先もわからないまま出ていただくのは危険だ。お嬢様のリアン嬢への執着を考えると、お母様を連れ去る可能性もありうる。残念だけれど落ち着くまではナクレイ先生に任せるのが一番良いと思う。


「リアン嬢がリューカ殿下に退学を通達されたら、王宮まで連れて来てね。私の方で陛下と妃殿下に話しておいたからね。本来なら、退学を通達後、学園を出た所で近衛騎士が彼女を案内するのだれど、怖がっちゃいそうだからね。退学になったからと言って、そのまま連れて行っちゃダメだよ。陛下のお気に入りの古書研究家を誘拐した事になってしまうし、ちゃんと留学先を紹介して貰わないといけないよ」


ナクレイ先生と別れた時に言われた通り、卒業式後リアン嬢が退学通告を受けている間も離れた所から見守っていた。ウィステリア様を守る様に囲んだリューカ殿下達に、たった1人で糾弾されてもリアン嬢は冷静なままその場を離れ学園の寮に向かった。到着した所で声を掛ける。


「ルトール嬢、少々お付き合いよろしいでしょうか。悪い様には致しませんし、今日はレイテッド家の者としてこちらに参った訳ではありません。その辺りは私を信じて付いて来て欲しいと言うお願いを聞いていただければ光栄です」

「ふぉっ!いつの間に?」

「今さっきです。貴重品や荷物をまとめて下さい。ここでお待ちしていますが、窓から逃げても無駄ですよ」


驚いた顔が可愛らしい。以前ウィステリア様達に囲まれた時、窓から逃げたので念の為部屋の窓の下から見上げると、顔を出したので手を振った。このまま飛び出して来たら受け止めるつもりだったけれど、引っ込んでしまって少々残念だ。

自分が解放されたという事実、彼女に私そのものを見て貰えるという喜びに気持ちがはやって仕方が無い。


王宮の謁見の間手前まで案内して、その場で伺っていると留学先にサザンアルトを選んでくれた。彼女が出て来る前に、急いで高速馬車乗り場に向かう。サザンアルトに向かう馬車を一台借り切りで手続きし、王宮の方へ向かうと晴れ晴れとした笑顔のリアン嬢を発見した。ピンク色の髪がとても目立つ。彼女の入った食料品店の窓からそっと中を覗けば、店主と笑顔で話している横顔が開放感に溢れていて見ている私まで嬉しくなって口元が緩みかけている事に気がついて、慌てて手で押さえた。


「リアン嬢、私もサザンアルトに参りますので、ご一緒しましょう」


店から出て来たリアン嬢のトランクを奪い取り、高速馬車乗り場に誘導。並んで座り2人きりになった所で、ふるふると薄紅色の目を泳がせ、ふんわりと烟る桜色の髪を揺らす彼女に、私の思いを打ち明けようとした瞬間、


「まさか、サザンアルトにまで、レイテッド家の監視が?」


リアン嬢にとってウィステリア様から押し付けられて続けていた好意は、他国に行っても逃れられないと心配になった様子。しかも、彼女にとって私は『監視者』となっている。これは拙い。一瞬でそう判断した私は、今の私の立場と状況、勝手ではあったがリアン嬢の技術を使って商会を開いた事を説明した。

驚いた表情をする彼女の両手をとって正面から視線を合わせれば、困った様に眉根を寄せた彼女の目線は馬車の窓に向かう。


「ちゃんと邪魔が入らない様に貸し切りにしました」


多くの物を生み出す彼女の小さくて柔らかな手に何度も口付ける。もし手を払われたらここは引いてサザンアルトについてからゆっくりと距離を縮めるつもりでいたけれど、真っ赤になった顔を逸らされただけだったのでそっと腰に手をまわし、そっと頬に手を添えて顔を覗き込んだ。

ダメだ、もう気持ちを抑えられない。赤面した彼女が愛らしすぎる!


「で、す、の、で、リアン嬢、私、ミアラス・アルスハイムと結婚して下さいませんか?」


本来の計画は、リアン嬢にきちんと利点を説明していつでも破棄出来ると書類を用意した上で、私と婚約、あわよくば婚姻をしていただき、彼女を守り安心してサザンアルトで生活して貰える様になったら、徐々に距離を詰めていってプロポーズをするつもりだった。だったけれど、監視という名目を失って、1人の私になった状態で彼女を見ていたら全く余裕が無くなった。早くしないと、この愛らしくも凛とした気高い女神の素晴らしさを知った他の誰かに邪魔をされるかも知れない。サザンアルトで迎える新学期には、私の入れない王国学園内で彼女の魅力に有象無象が引き寄せられてしまうだろう。


「リアン嬢、お伝えしましたよね。目標に向かって努力する貴女は私の希望です。貴女の一途な姿を見て、自分の夢であった自分が主人になる店を持つ事が実現出来ました。私の希望、いつまでも私の側で貴女の光を輝かせて下さいませんか?」

「ええと、ちょっと落ち着いていただきたいのですが?」


慌てるリアン嬢も可愛い。何をしても可愛い。慌てているけれど押し返されたり振り払われるといった拒否行動はされていない。私の腕の中に収まっている彼女は瞬きを繰り返し、両手を頬にあててふるふると首を軽く振っている。全部可愛い。


「これ以上は無いくらい落ち着いています。侍従であった時は、見守っていた貴女に惹かれていくのに気づきながら、はっきり言葉にする事が出来ませんでした。しかし今は、もう何も遠慮する事はありません。結婚して下さいませんか?」


口では落ち着いていると言ったけれど私の胸は2人きりになってからどんどん速度を上げている。全く落ち着いていない。用意しておいた婚約届と婚姻届のうち、婚姻届とこの為に用意したリアン嬢考案の劣化しにくいインクの入った美しいペンを出した。後で婚約届は捨てよう!何としても婚姻届にサインをいただく!


「落ち着いてませんよね?何でペンを押し付けて来るんですか?その書類は何ですか?」

「大丈夫です、ちょっとここにサインするだけです。私の希望であるリアン嬢の名前を書くだけで、私の希望が叶うのです」


この後、自分がここまで必死になれる人間だと初めて知った。本当になりふり構わず必死にリアン嬢を口説き落とした。

初めて会った時の事、未来への希望という素敵な話を聞いて思った事、彼女のアイデアに心躍った事、自分の夢を思い出した事、側でずっと守っていたいと思った事……。

馬車の中で婚姻届にサインを貰った後も想いを口にする事を止められず、リアン嬢の名前を冠したルトール商会に到着。彼女の為に用意しておいた部屋で休んで貰うつもりが、馬車の移動で疲れた様子の彼女を抱き抱えて運んだ所、私に体を預けてくれた彼女の体温と紅潮した頬と微笑みで、また彼女への思いを全て伝えたいという気持ちが止まらなくなってしまった。

彼女の眠そうな様子に気付き部屋を出ると、ニヤニヤとしたノックスと従業員のみんなに囲まれた。


「チラッとしか見えなかったけど可愛い子じゃないか」

「見ないで下さい、可愛さが減ります」

「見ただけで減るか。才媛だって聞いたからもっとキリッとした感じだと思ってたよ」

「キリッともしていますよ」

「そうか?」

「まさか、今の一瞬で彼女の素晴らしさに惚れましたか?しかし残念ながらここに着くまでに婚姻届にサインも貰いました」

「……。ミアラス、お前ちょっと怖いよ」

「どうしましょう⁉︎これを今すぐ出しに行きたい!」

「行ってくれば良いじゃないか」

「行きたいのですが、店を出たら彼女と離れてしまう!」

「じゃあ、彼女が落ち着いたら一緒に行けば良いじゃないか」

「でもこうやっているうちに誰かが先に婚姻届を出してしまう可能性がありますよね⁈」

「無いよ」

「彼女の可愛らしさに、婚姻届を偽造して出されたらどうしましょう⁉︎」

「無いだろ、普通は。わかったよ、俺が出して来るよ」

「ノックスの事は信用していますが、出しに行く途中で襲われたら?婚姻届を奪われて、夫の欄を書き換えられたら⁉︎」

「……。ミアラス、色々大丈夫か?それと、うちのインクが書き換えられるなんて事は無いからな」

「ああああああ」

「……。みんな、仕事に戻ろう。この面白いミアラスは珍しい物だが面倒だ。放っておこう」

「彼女と一緒に出しに行って、役所で照れる彼女も見たい!でも寝ている彼女を無理に起こす奴は死ぬべきだ!今のうちに出してその事を聞いた彼女の反応も見たい!」


どうやら自分がかなり抑圧された状況で色々と我慢していたのだとはっきりわかったのは、仮眠から起きて部屋から出て来たリアン嬢に「大丈夫ですか?」と声を掛けられた後だった。

結局、婚姻届は2人で出しに行き、先ずは手を繋ぐところからと微笑むリアン嬢に見惚れてしまったり、リアン嬢がサザンアルトの王立学園と図書館に通い始めて生き生きとした表情になって生活に慣れた辺りから、休日に2人でデートに出掛けられる様になり、彼女が私の名前に様をつけなくなった。


一度ナイザリアからレイテッドの令息と令嬢が来訪して、勝手な言い分を話して来たけれど、私もリアン嬢も思った事、思っていた事を伝える事が出来た。少なくとも、もう、レイテッドからの干渉を受ける事は無い筈だし、あってもどうとも思わないだろう。私達は他国の準男爵夫婦であって、それ以上でもそれ以下でも無い。


「私、ナイザリア学園で会ったミアの事を好ましいと思っていましたが、いつそうなったかわからないけど、大切な好きな人になっていたみたいです」


図書館での仕事帰り、迎えに行った私の隣を歩くリアンは色白の肌を紅く上気させ薄紅色の瞳で真っ直ぐ前を向きながら、私の手をギュッと握って小さな声で呟いた。

瞬間、私はその場で座り込んでしまい、空いている方の手で笑みが止まらない口元を押さえる。視線を上げれば眉根を寄せ、口を尖らせたリアンが心配そうな顔で私を覗き込んでいる。


「結婚式をしませんか?順番が逆になってしまいましたが、お母様もお呼びして」

「え、ええと、ええと。では、ミアのご家族のお墓を作りませんか?」

「は?」

「サザンアルトの教会で結婚式をするのなら、ナイザリアからこちらに来ていただけると良いかな?と思って」


ーーーーーー


教会の前で私達はナイザリアからの馬車が近付いて来るのを見て大きく手を振る。ノックスや商会の店員達、サザンアルトのリアンの同級生達、王立図書館の職員達、多くの人が私達を祝福する為に、教会の庭に集まってくれている。


「リアン!」

「リアン君!アルフェカ君!」


馬車からリアンのお母様とナクレイ先生が降りて来た。2人ともリアンに飛びついて、彼女の手は両方塞がってしまう。少し悔しいが、これから先ずっとリアンの手をとり、支え合っていくのは私だから笑顔で尊敬する2人に挨拶をした。


私に新しい家族が出来た。

妻と義母と仲間と。大切な人達と無理に笑う事も無く、悲しい思い出も胸に残して、新しい喜びを素直に感じながら、ここからの毎日を積み重ねていこうと思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ