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【ハイドレン・ユーレック・レイテッドSIDE】

本編、番外編で同じ文章を使っているところがあります。

同じシーンを違う視線でみた結果ですので、ご承知下さい。

【ハイドレン・ユーレック・レイテッドSIDE】


私の名前はハイドレン・ユーレック・レイテッド。7歳の時に、ナイザリア皇国のアウイン伯爵家から自立や婿入りが必要な三男の自分を、母親の兄であるレイテッド公爵が養子として引き取ってくれた。

公爵家の養子となれるなんて物凄い幸運な事だと、兄達や親にも言い含められたけれど、とても不安だった。ドキドキしながら大きなお屋敷に入ると、金色の緩やかな巻毛に、深い海の様な紺碧の瞳を持った、最高級のお人形の様に可愛い女の子が大人の間から顔を覗かせて「ウィステリアです」と小さな声を掛けてきた。あれが私の初恋だったと思う。


「ウィステリアは我が家の宝でな、少し前に誘拐されかけて家族以外の男が近づくと怖がる様になってしまった。小さな子供であれば少し話せる様なので、親戚の中の年の近い子供の中で一番落ち着いて優秀なお前を迎えた。いいか、全力でウィステリアを守れ。出来なければ家に戻す、わかったな」


初めて挨拶をした時にレイテッド前公爵と公爵夫妻は、一番最初に私の役割を説明して来た。この先皇太子妃か皇子妃となるであろうウィステリアを最優先に考え守り続けろ、優秀な人材であればレイテッド公爵の後継にしてやる、といった感じに。前公爵は母の実の父なので、私と血の繋がった祖父なのだけれど、息子の産んだたった1人の可愛い孫とは区別されていた。

そんな事を言われなくても、一目で彼女に心を奪われた私はウィステリアを大切に守ろうと決めていた。

天使の様なウィステリアに出会えた事は嬉しかったけれど、荷物整理中に家族と別れた寂しさを実感した。それまでずっと末っ子として可愛がられていたから。そんな時に、ウィステリアがメイドと部屋を訪ねて来てくれて「お兄様よろしくね」とその小さな手で作ったと言うクッキーをくれた。自分の居場所を強く感じた瞬間だった。


ナイザリア皇国で王家にも同等と言われる程の最大の権力を持つレイテッド家の前公爵は、前皇王が体を壊し他国から侵略を受けた時も、一番攻撃の激しい最前線に立ちつつ他の戦線とも常にやり取りを続けて撃退した鬼神将軍として名高い。元公爵は鬼神将軍の長男で、武術や戦術の才能は受け継がなかったけれど治政とその献策に優れ元皇王の側近として活躍している。公爵夫人はかつてナイザリアに侵略して来たシャグディラ帝国の王女で、優しく平和主義で政略結婚以来両国は友好関係が保たれており公爵家全体から大切にされ領民にも慕われている。

そんなレイテッド家のお姫様であるウィステリアは、家族や使用人からも愛されて、誰に対しても天使の様に優しく誠実な令嬢だったけれど、誘拐未遂事件をずっと引きずっていて、誰とも婚約をしないと公言していて前公爵と公爵夫妻は心を痛めていた。


レイテッド家に入って直ぐ、私にとって大きな仕事を任された。公爵夫人の部屋に呼ばれて、ウィスと一緒に王妃様のお茶会に出る事とその注意点を聞く。


「とても大切な事だけどウィスには秘密にして欲しいの。王妃様のお茶会は皇子2人、特に第一皇子の婚約者を選ぶ為のものよ。既に王妃様からウィスを妃に欲しいと言われているのだけれど、ウィスにその気が全く無いでしょう?王族や高位貴族は出来るだけ早いうちに婚約をして、夫の国や領地の事や身分に合わせたマナーを学ぶのだけれど、今のウィスには難しいと思っているの。これは前公爵も公爵も同じ考えよ」

私は黙って頷いた。

「王妃様には誘拐未遂事件もあったからウィスには無理だと伝えてあるし、他の令嬢が選ばれても文句は言わないとお約束しているから、ハイドレンはウィスが困った事になりそうなら助けてあげて。秘密裏に婚約をお断りしていても、公爵令嬢が王妃様主催のお茶会に出なければウィスの瑕疵になってしまうのよ。わかるかしら?」

頷く。

「常にウィスの近くにいて、皇子様達やその他の令息が近付いて来て、挨拶だけで済まなくなりそうなら失礼にならない様に話を切り上げて退出して欲しいの。王妃様に最初の挨拶をして直ぐに退出してはダメよ。お茶会には参加した形を取らないといけないの」

「お任せ下さい。誘拐未遂の事は話しても宜しいのでしょうか?」

「はっきりと言ってはダメよ。未遂でも辱めを受けたのではないかと、悪い噂を立てようとする下品な者達も少なからずいますもの。怖い目にあったのは事実なので、それは構わないわ。良い事?ウィスの品位が傷つかない様に、ウィスの負担にならない様にお願いするわ」

お茶会の後、疲れてしまったウィスは熱を出してしまって、私は前公爵から強く叱責された。守れなかったので当然だと思って叱責を受けていた所に、真っ赤な顔をしたウィスが熱があるにも関わらず私を庇いに来てくれた。辛そうなウィスに早く休んで欲しいと思いながらも、私の為に懸命になってくれている小さな守護天使の可愛らしい姿をずっと見ていたいと思った。


私がレイテッド家に入った時にウィステリア専属の従僕として鍛えられているミアラスという銀髪に紫の目をした9歳の子供がいた。寡黙で冷静でいつも冷たい表情をしている。子供と言っても当然その時の私も7歳の子供だったから、二歳の差はとても大きくて、何をやっても追いつけなくて焦る。

ミアラスは平民で商人の息子だったのだけど、器用で物覚えも良くて頭も切れる上に、武術の訓練もしていた。

私も公爵の養子として、文武どちらも最高と言って良い家庭教師をつけて貰っていたが、貴族の子供の私と従僕のミアラスだったら、当然ミアラスの方が短い時間で習得しなくてはいけない事が多くなる。それを、いつも無表情であっさり身につけていく。


「ミアラス、ウィスの面倒は僕が見るから呼ばれても自分の仕事や訓練を優先させて構わないよ」

「ハイドレン様、お気遣いありがとうございます」

「レン兄様、ミアラス、お茶にしましょう。美味しいお菓子をお母様にいただいたの。2人とも座って」

「お嬢様、私は同席する訳には参りませんので、ハイドレン様とどうぞ」

「えー、ミアラスも一緒に、ね?お願い」

「大変申し訳ありませんが、私が同席致しますと、他の者も困ってしまいますのでご容赦下さい」

「お兄様、ウィス、3人でお茶を飲みたいの」

「我儘を言ってはダメだよ。仕事をしている人を困らせてはいけない」


何かの折につけミアラスを誘い、毎回断られてはがっかりする。ウィスがミアラスをとても気に入っているのははっきりわかるが、従僕が主人と同じテーブルに着く事は余程の事がない限り不可能だし、前公爵達は絶対許さないだろう。

毎回お兄様からも頼んでと言われても無理だとしか言えず、その度に悲しい表情をされるので辛い。どうしてここまでミアラスに拘るのかわからないけれど、誘拐未遂事件の時助けられたと聞くし、ウィスの気持ちを否定する様な事を言って嫌われる様な事になったら後悔で済む様な事では無いだろう。


ウィスが7歳になった時、寵臣の奥方を集めた王妃様主催の宮廷サロンのおもてなし用のお菓子を頼まれた。

魔力を込めた輝石を使った調理道具を開発し、珍しいお菓子を作ったウィスは王妃様に可愛がられる様になったが、王妃様や夫人に連れられて来た令息令嬢達に近付かれると、やはりいつも通り私の後ろに隠れていた。

ウィスには聞こえなかった様だが「公爵のお嬢さんなのにまだ婚約者が決まっていないのですって」「王妃様のお気に入りなのに皇子との婚約は無いのかしら」といった話もされていた。


王妃様のサロンの後、王妃様に呼ばれて王宮に行く以外は、ウィスは家で過ごしていた。

本人には知らせていなかったが、複数の専門的なガヴァネスから、王妃教育の基礎であるナイザリアの歴史や地理や地方の状況や他国との関係、淑女教育のマナーやダンス、読み書きや計算等の時間も増えていった。

暗記系が苦手な代わりに潜在魔力がとても強く、そちらの訓練はとても熱心だった。自分の魔力を料理用のエネルギーとして使っている時が一番楽しそうで、見ていてこちらも嬉しくなって来る。


交遊無しの期間はウィスが10歳で終了した。本来ならもっと早くに行う筈の婚約をギリギリ15歳のデビュタンツ前までには決めて、相手の家に合わせた学習するという義母の提案が通ったから。

頑なに婚約者を決めないウィスに、無理強いはしないがウィスと交流したがっていた皇子達の訪問を受け入れる様になった。

以来リューカ殿下とトリカ殿下が結構な頻度でレイテッド家に顔を出す様になり2人について宰相令息のジェダル卿と騎士団長令息のヴェザン卿も通って来た。


「ウィステリア嬢、王宮でデビュタンツ前の令息や令嬢が集まる茶会が行われるんだが、参加しないか?」

「うぃすてりあ嬢、お父様がね、僕に大きいけどもっふもふで可愛い犬を買ってくれたんだよ。見においでよ」

「宰相の父から他国の美しい地図をたくさんいただいたのだけど、興味があるだろうか?」

「騎士見習いの練習試合が行われるのだけれど、子供向けのイベントや屋台が出るんだ。良かったら一緒に行かないか?」


皇子、公爵令息、伯爵令息の彼らからはウィスへの好意が感じられた。ウィスにはそれがわからないみたいで「暇だからと言って家に来なくても良いのに」と、彼らが来ると出来るだけ私の後ろに隠れようとする。私を信用してくれている気持ちと、一生懸命隠れようとする姿が愛らしい。


皇子達の訪問が無い日には、お菓子作りのアイデアを商品化してレイテッド家出資のベーカリーやカフェの運営を始め、皇子達以外の貴族の令嬢達との交友が無い事を心配している前公爵や公爵夫妻が、趣味から交遊に繋げられないかと検討してた。

他にも、便利な文房具や料理やお菓子に使う道具を考え、私やミアラスが専門家に頼んで実物を作ったりもした。


ーーーーーー


15歳になってナイザリア学園に入学した。リューカ殿下、ジェダル卿、ヴェザン卿と同級生になった私は、4人で生徒会と呼ばれる生徒の取りまとめ組織に入った。とは言え、生徒会の上級生より一番地位が高いリューカ殿下の入学で、引き継ぎ後の上級生は役員として残ってはいるものの、実質リューカ殿下の運営となった。

入学にあたって公爵からは『次代の朝臣として認められる事』『ウィステリアが安心して入学出来る下地を作っておく事』を考えて動く様にと言われた。


昼間いない私に今まで頼んでいた事をウィスはミアラスに頼む様になった。ウィスのやっている事は公爵家の護衛がほぼ抑えていて、安心はしているが頼られないのは少し寂しい。

ウィスは人探しを始めていた。とても珍しいピンクの髪と瞳をした同じ歳のリアン・ルトールという男爵の庶子。調べた所、かなり大変な生い立ちで10歳から魔法学園に見習い生徒として4年弱在籍していた。

抜きん出た魔力を持ち雑務をこなしながら真面目に学んでいたルトール嬢は、宮廷魔術師でありナイザリア学園の講師もしているナクレイ卿のお気に入り。ライアット男爵家に引き取られて魔法学園退学時はナクレイ卿が抗議したとか。引き取られてもライアットではなくルトールという母方の姓を名乗っているのも、魔力の高い庶子を駒にする目論見だと思われる。


ウィスがルトール嬢を家に招待した所、やって来たのは正妻の娘メリーナ嬢で「貴族教育を受けていない義妹を公爵家に出せない」という主張で、呼ばれる度に堂々と1人でやって来る。

「ウィステリア様ずっと仲良くして下さいね」とか「ハイドレン様、入学したら色々教えて下さい。そうだ、デビュタンツの時エスコートしていただけません?」と爵位を無視した事を言い出す始末。

やたらとルトール嬢を気に入っているウィスが止めなければ、ライアット家は潰されていたと思う。


ーーーーーー


ウィスの入学式の一週間前、私たちは学園の学生寮のアプローチに立っていた。春の花が咲き、ウィスの美しい金髪が風に揺れる。

「私達は誰を待っているのかな?」

「今日こそルトール嬢と会いますの」

「学園に入学してからでも良いだろう?」

「いいえ、今日はイベントがありますから」

「イベント?」

「ええと、入寮というイベントですわお兄様」

暫く待っていたがルトール嬢には会えず、裏口を確認しに行ったミアラスが戻って来て「既に部屋に入っている様子です」と報告を受けた。


入学式も同じ様に講堂前で待機した。ウィスが望むのならルトール嬢を待つのは構わないのだけれど、ここまで会えないのは何故だろう。ウィスと同じ歳のトリカ皇子がやって来て、ウィスの魔力テスト首席入学のお祝いをいただいていると、ライアット男爵令嬢ハズレの方のメリーナ嬢が来て、馴れ馴れしく話掛けて来たので適当にあしらっているうちに開式時間前になった為、講堂に入った。

生徒会役員は壇上に席があるので講堂を見渡すと、一番後ろにピンク色の髪がちらりと見えた。初めてルトール嬢を目視出来たが、遠目でよくわからない。閉会後に声を掛けてウィスとの時間を作って貰おうと思い、閉会後直ぐピンクの髪が見えた所に向かうと既に姿は無く、講堂の出入り口から全速力で走っていくピンクの後ろ姿を確認出来た。


ーーーーーー


ウィスの入学から半年と少し、遂にルトール嬢を教室で捕まえる事が出来た。前後の出入り口に私とトリカ皇子、魔力も運動能力も高いルトール嬢と言えどもう逃げられないだろう。


「ルトール嬢、お時間よろしいかしら?」

「何でしょうか、レイテッド様」


義姉や心無い女生徒に嫌がらせを受けていると生徒会に通報があるルトール嬢は、イメージしていた大人しく消極的な感じは無く、顔立ちは可愛らしいのに大人びた眼差しとキリッとした口元、背筋を伸ばし手には難しい古書を抱えしっかりした声で返事をして来た。

やっと話が出来ると安心した次の瞬間、


「あいきゃんふらい!」


彼女は魔法の光に体を包み、三階の教室の窓から飛び出した!

慌てて窓から下を見ると、この状況を想定していたのか待ち受けていたらしいミアラスが、何事も無かった様に立っている彼女と話していて、こちらに向かって「ご案内します」と合図して来た。


「私、窓から逃げられちゃう程嫌われているのかしら…」

「そんな事無いよ!王族の僕もいたから驚いて飛び出しちゃったんじゃ無い?それでも失礼だけどね、挨拶もちゃんと出来ないなんてさ!」

「トリカ殿下、ありがとうございます」

「トルって呼んでよ、同級生になってもう長いんだから、ね?」

「ではトル」


トリカ殿下が頬を染めて嬉しそうにする。ウィスは異性から自分に向けられた好意や愛情に疎い。正確に言うと、自分は愛されない人間だと思っている様子がある。この勘違いは出会って以来ずっと続いていて私自身も思い切って「愛しています」とか「大切にします」と伝えたけれど「私も家族を愛しているわ」とか「いつも大切にして貰っているわ」と返されてしまっている。

何れにしても、ウィスに皇太子妃や王妃になる可能性がある限り私の気持ちは叶わない。


複雑な気持ちで生徒会ラウンジでルトール嬢を迎えた。

ミアラスが案内して来たルトール嬢は1人、対してこちらはリューカ皇子、トリカ皇子、ウィス、ジェダル卿、ウェザン卿と私の6人。


「ナイザリア学園一年、リアン・ルトールが皆様にご挨拶申し上げます」


カーテシーを身につけていないのか、それでも臆する事なく深々と頭を下げるルトール嬢。


「一年生の首席、ルトール嬢だね。学園では皆平等だから硬くならず顔を上げてくれないかな」

「座ってお茶を飲んでいかないか?僕らは君に危害を加えるつもりはないよ、安心して」


リューカ殿下とトリカ殿下が言葉をかけると、彼女はゆっくり頭を上げた。オドオドした所もなく、視線もしっかりしている。

「私、ずっとリアン嬢と親しくしたかったのだけど、貴女いつも1人で行動されているし、休み時間もどこかに行かれているでしょう?一度ゆっくりお話したいと思っていましたのよ。入学後は試験で主席を取られて、実技も素晴らしいし、今は国立図書館で手伝いをされているそうですわね。ご自分の時間はきちんと取れてます?学園で困っている事などありませんの?」

「褒めていただきありがとうございます。学べる機会を頂けまして、満足しております」

「国立図書館は私の管轄になっているのだけれどね、古書の修復の腕を職員が褒めていたよ。やらなくてはいけない事だけれど急ぎではないと後回しにしてしまう事だからね、私からも礼を言わせて貰おう。今後もよろしく頼みたい。必要な事は私が許可しよう」

「光栄です。貴重な書物に触れる機会をいただいており、是非続けさせていただきたいと思っております」

「騎士団団長アルフェカ家の長男、ヴェザンだ。ミアラスとハイドレンからの追跡を振り切り体術や肉体強化魔法にも優れていると聞いている。騎士団では高貴な女性を守る女性騎士が不足している。文官系を目指していると思うが、武官の道も考えてくれると父も喜ぶ。わからない事や興味があれば俺を訪ねてくれ」

「ヴェザン、騎士団に誘うのは待って欲しい。私はジェダル・シェラトン・カレリス。父は宰相のカレリス公爵です。ルトール嬢の成績と修復した本、古い歴史と政治の分類とまとめを見せて貰いました。こういう地味な仕事を研究を出来る方は後世の為にも必要です。よろしければ父に紹介して卒業後、文官として勤めてくれると嬉しいな」

「官職以外の就職ですが、レイテッド公爵家では私や妹と同世代の秘書官を探しておりますので、よろしければご検討ください。ウィスも喜びます。他にもウィスが考えた物を売る商会も常に人不足です。こちらも高待遇で従業員を募集しています」


次々と話しかける私達の話をきちんと聞いている様だ。目線をずっと合わせるのは失礼だという事はわかっている様で、やや下方に外しつつも顔は話している相手に向け、真剣な表情をしている。


「うふふ、嫌ですわ皆様。今日はリアン嬢と私が仲良くしたくて来ていただいたのですよ。いくらリアン嬢が可愛らしくて優秀なお嬢さんでも、私より先にお約束しては悲しいですわ」


ルトール嬢にお茶のおかわりやお菓子を勧めるが、反応が薄い。

私達が提案した高待遇も、全く響いていない様だ。


「ね?リアン嬢」


ウィスの呼び掛けに、はっとした様子で口を開いた。


「大変申し訳無いのですが、私は平民ですし、卒業後も母と2人で暮らす分働いていかないといけないので、空き時間がありません。レイテッド様と比べますと、努力しないと今の成績を維持出来ませんので余裕が無いのです。大変光栄なお話ですがお気持ちだけ受け取らせて下さい」

「ではでは、我が家で働きません?そうすれば毎日一緒にいられますわ。図書館の本は学園帰りにお借りになったり、ミアラスが代わりに取りに行ったり出来ますもの。卒業後もお兄様の言う様に秘書官として働いていただけますわ。リアン嬢みたいに優秀な方なら我が家の養女になって本当の姉妹にもなれます。ね、素敵でしょう」

「失礼を申し上げますが、私には母がおります。それに秘書になるつもりはありませんので心苦しいのですが辞退させていただきます」


ばんっ!


トリカ皇子がテーブルを叩く。


「リアン・ルトール、さっきから聞いていれば好意的な話を断ってばかりじゃないか!わざわざ平民上がりの君をウィスが気遣って優しくしているのに何故受け入れないんだ?」


トリカ皇子が激昂した時もルトール嬢は目を伏せたものの平然としていて、リューカ殿下の取りなしとウィスの困った顔で話が終わった。


「では今日はここまでにしますわ。次は昼食を一緒にとりましょう」


席を立ったルトール嬢が「では失礼します」とドアに向かったその時、


「リアン嬢、最後に一つ質問させていただけるかしら?」

「はい?」

「テンセイシャってわかるかしら?」

「テイセンショ?ですか?存じ上げませんが?何か新しい書物でしょうか?」

「ではヤクソクノアルカナは?」

「ええと、先の言葉も存じませんが、そちらも書物関係ですか?国立図書館に半年程通っておりますが、該当の図書や資料は無いかと思います。私の勉強不足で知らないだけの可能性もありますので、ナクレイ先生に聞いてみます。それともレイテッド様が直接お問い合わせなさいますか?」


突然、意味のわからない事をルトール嬢に聞くウィス。質問されたルトール嬢は驚いた様子で答えている。


「知らないのなら良いの、自分で調べてみるわね。さっきのお話し真剣に考えてくれると嬉しいわ。それ以外でもいつでも声を掛けて下さいね。そうだ、ケーキはお好きかしら?美味しいケーキ屋さんを知っているの」

「ケーキ屋ならウィスがレシピを考えた店が一番だな」

「あれはアイデアを出しただけで、シェフの腕が良いのですわ。ではミアラス、リアン嬢を送って差し上げて」


会話の主役がウィスに戻り、ルトール嬢は部屋から去っていった。

ウィスは何かはっきりした目的があってルトール嬢と懇意になろうとしている。義兄として側にいるのに、ウィスに相談して貰えない自分に少し傷付き、凛としたルトール嬢の姿が印象に残った。


ーーーーーー


ウィスの授業を見かける度、ピンク色のルトール嬢が目に入って来た。校庭で初級攻撃魔法の授業をしている2人に、自分の授業の合間に目をやる。ウィスが派手な爆煙魔法で標的を壊すのと対照的に、ルトール嬢は細く光る針の様な魔法で標的を撃ち抜いている。標的にもよるがルトール嬢の方が消費魔力が少なく相手に気取られにくいだろう。

休み時間や放課後たまに見かけるルトール嬢は、いつも本を抱えて高速で移動している。かなりの頻度で窓から飛び出したり、木を伝って教室に入ったりと、生徒会としては許せない行動ではあるが首席の平民に対して嫌がらせをする生徒も多数おり見て見ぬ振りをする形を取っている。

そんなルトール嬢をミアラスが追いかけていたり、待ち伏せしたりしている。ウィスがルトール嬢の動向を調べさせているのだが、報告を受けても不安そうな表情のまま、ミアラスと仲良くなって取られるかもと私に相談して来たりと止めた方が気分も楽になると言ってもきかないのだから困る。

こうしてみると、ウィスは常に周囲の目や評価を気にしていて、ルトール嬢は自分のやりたい事を人に迷惑にならない様に突き詰めてやっていると、行動も対照的だ。


ーーーーーー


初冬。ナイザリア学園の武術大会が開催された。普段、強い魔力と術が賞賛されやすい学園で、数少ない武術の得意な生徒が実力を示せる機会だ。

レイテッド家の養子として文武両道を目指す私は当選参加して、闘技場でヴェザンと雑談しながら貴賓席でリューカ殿下とトリカ殿下に挟まれて時々こちらに手を振るウィスに手を振り返す。

集合時間終わり頃目立つ武器も持たないルトール嬢が入って来た。

「あの女、参加するのか?」

ヴェザンが呟き、他の参加者も動揺している。毎年武術大会に出る女生徒はほぼ0人で多くても3人程度。将軍家の令嬢や騎士団に親を持つ令嬢が、腕試し程度に出て1試合だけして終わるのが通例になっている。

準々決勝の相手がしっかり勝ち進んできたらしいルトール嬢だった。やはり武器は見当たらない。攻撃魔法は禁止されているので、匕首や暗器の可能性がある。

対戦者への挨拶の前に、貴賓席に細剣(レイピア)を捧げる。ウィスが何やら口を動かしている。恐らく怪我をさせない様にと言っているのだろう。


「ルトール嬢、女性に剣を向けるのは本意ではありませんが、試合ですので失礼します。それから、愛する妹の申し出を断った事、後悔していただきます」

「はあ」


私の言葉に頼りない返事をするルトール嬢。手を握ったり開いたりしている。

試合開始と同時に一気に距離を詰め右から左に凪いだが飛び上がって避けられた。レイピアの勢いそのままに真後ろを向いて左上から右下に切り込む、剣先が下がった瞬間、胸に衝撃を受け蹈鞴を踏んで戦闘エリア内に踏みとどまった。

次の瞬間、体当たりを喰らって場外に押し出される。

まさか、と思った時には既に遅かった。武術の素人である女性の複数身体強化と強化した素手攻撃の組み合わせ。日々訓練している自分が負かされるのは悔しいけれど純粋に面白いと思った。

その後ルトール嬢は、ヴェザンとの準決勝の試合前に魔力切れでリタイア宣言、決勝で勝利を得て優勝したにも関わらず「納得がいかない!」と憤るヴェザンに愚痴を聞かされた。


ーーーーーー


冬休み。相変わらずルトール嬢を公爵邸に誘って断られたウィスは、それでもまだ仲良くしたいと言い続けている。仲良くなれば安心だと謎の思い込みに囚われている様だ。

冬休み中に生徒会による卒業式の催しの打ち合わせをしてなくてはならない。殿下達と待ち合わせをして学園の玄関ホールに入ると、先にお茶の用意をすると言って入っていったウィスが吹き抜け階段の踊り場でバランスを崩して、下に落ちて来た。


「「「「「危ない!」」」」」


一番最初に動いたヴェザンがウィスを抱きとめることが出来て擦り傷で済んだが、踊り場の上にピンク色に靡く髪をみんなが目撃していた。


「あの女だ!ピンクの髪が見えた!」

「ヴェザン、ハイドレン、リアン・ルトールを捕らえよ!私の近衛騎士は全員ついて行け!」

「僕の近衛兵は残ってついて来て。兄さん早く救護室に!」


この後ルトール嬢を寮の裏庭で確保したのだけれど、彼女の不在証明をする使用人が多数おり、我々もピンク色の髪しか見ていないの追調査する事になった。

ヴェザンやトリカ殿下はルトール嬢がウィスに嫉妬していると考えている様だが、嫉妬どころかウィスに興味が無い様にしか見えない。犯人を正しく特定する必要がある。

何れにしてもウィスに危害を加えた者を許す訳にはいかない。公爵に事情を話してレイテッド家から多くの調査員を出して貰った結果、ウィスに反抗し心配をかけるルトール嬢を排除する為にリューカ殿下とジェダルが行った計略だった事が判明した。彼らは自分達が罠にはめておいて、ルトール嬢を糾弾していたのだ。

リューカ殿下は普段ウィスに好意を伝えている。それなのにウィスが大怪我では済まない可能性もあった計略を用いた。未だ王家からウィスをリューカ殿下とトリカ殿下の何れかの妃にと望まれている現状で。


「この事は誰にも言わない様に」

「今後どうしたらよろしいでしょうか」

「ウィスの為と言うなら平民あがりの男爵庶子如き放っておくべきだ。第一、その娘は宮廷魔術師のナクレイ卿のお気に入りで、王立図書館の難解な古文書を翻訳出来ると有名だぞ。皇王も今まで判読出来なかった皇国の歴史がわかると期待しておる。普段落ち着いているリューカ殿下とは思えぬな」

「父上、リューカ殿下は王妃様から婚約者の不在をずっと責められております。ウィスとの婚約をずっと願われておられましたから、ウィスが一番気にしている者を排除して、殿下を見て欲しかったのではないでしょうか?」

「だとしても、国の為になる者を、可愛いウィスを怪我までさせて排除させるのは間違っておる。断れないとはいえカレリスの息子も同罪だ。婚約申し込みは絶対に受けない様にせよ」

「わかりました」

「後は実行犯の男爵の小娘だが、陛下とナクレイ卿が動くだろうな。ウィスに手を掛けた事は許せないが、擦り傷でもあったしここは王家の顔を立てよう」


結局、リューカ殿下は王太子という立場で、優しくて無邪気で純真なウィスは王家に匹敵する権力を持つレイテッド公爵家の溺愛される一人娘、王宮での妃教育は行われていないが教育済みの側室を迎えれば済む話で、地位が盤石になる為の令嬢を当然手に入れたいだろう。

ウィスはリューカ殿下の婚約の申し入れを延々断り続け誰とも婚約していない。もしトリカ殿下と婚約したら、トリカ殿下を王太子に持ち上げようと画策する貴族達もいるだろう。もし対立した時にウィスがトリカ殿下の婚約者なら、レイテッドはトリカ殿下の勢力になる。敵になるかも知れない、好意を悪気無く踏みにじり続ける令嬢、それが王太子から見たウィステリアだ。

陛下は皇国の歴史研究に興味があってルトール嬢を評価している。しかし、現実主義なリューカ殿下は生産性の無い研究を無駄で、それを行なっている者は排除した方がいいと考える。

結果、後継者問題も関わり思い通りにならないウィスを怖がらせ、邪魔なルトール嬢を排除して、落ち着いてレイテッド公爵令嬢を手に入れる行動が取れる様になる計略が実行されたというのが真相では無いだろうか。

まさか、レイテッド家がリューカ殿下からの婚姻申し込みを受けない様になるとは思っていなかったのだろうけれど。


ジェダルもウィスに好意を持っている様だけれど、将来宰相の地位を継ぎ支えるべきリューカ殿下が画策したのなら拒否権は無い。懸命に計算して策を実行したのだろう。宰相から陛下がルトール嬢を気に入っているのは聞いているだろうから、容疑が晴れそうな状況で直ぐに追及を緩めたのだと思うけれど、この先も苦労をしなくてはならない。


ふと、ルトール嬢を捕まえた時の事を思い出した。焚き火で料理をしていたと言い、王太子という絶対的な存在がいても不在証明を申し立てに来た寮の管理人、使用人全員に信用され、私の謝罪をあっさり受け入れ、ウィスの願いを聞けば良いのにという言葉をあっさり流す。信念を曲げない事は難しく尊い。


ーーーーーー


「ルトール嬢には、レイテッド公爵令嬢に対する無礼な態度や、危害を加えた疑いがあり、このまま学園に置いておく訳にはいかないと言うのが生徒会の結論だ。優秀な成績を収めていて勿体無いとは思うが、退学処分とさせてもらう。来年度からは文官としての仕事を国から与えるように考えよう。わかったな?」


私達の卒業式、リューカ殿下はルトール嬢の退学を発表した。彼女は退学を宣言された途端、許可をとって講堂を出て行った。

その後私達全員がウィスに婚約を申し込んだがショックが重なった為かウィスが倒れてしまった。

ウィスが気がついたのは翌日の夕方だった。側にいた私が一番最初に聞いた言葉が「ルトール嬢はどうなったの?どうして倒れた私の側にミアラスがいないの?」だった。

この後、ウィスは連続でショックを受ける羽目になる。

ルトール嬢は留学という形で隣国のサザンアルト王国へ。いつ帰って来るか不明。

レイテッド家に親の財産を取られたという形になってしまったミアラスは、以前よりサザンアルトで友人と商会を作り成功。叙爵され移り住み戻って来ない。

王妃様から呼ばれ皇子の愛妾の打診を断り、他の貴族との婚約も断った為、学園登校を禁止され蟄居を命じられる。

そして義母から私との婚約が決まった事を伝えられる。


泣いて嫌がられ断って欲しいと懇願された時、ウィスは私に全く興味が無いのだと絶望した。だとしても、私はウィスを大切に守る事を約束してレイテッド家の養子になったのだから私が断ることは出来ない。

義母はウィスには「お爺様の命令だから庇えない」と言うが、義母として懇願はもう聞けないと私に告げていた。

義母はシャグディラ帝国の王女でノブレスオブリージュを尊んでいる。王族は貴族に、貴族は平民に義務を持つ。侵略戦争の後、帝国の為に政略結婚に手をあげ、レイテッド公爵夫人になってからは領民がより豊かに暮らせる様にと帝国の見習うべき制度を取り入れる様、お爺様や義父上に進言する。そんな義母からすればウィスの婚約が決まらないせいで、王家や他の貴族に迷惑をかけている状況はありえないと。

正規の妃教育を受けていないウィスが、既に妃候補として教育を受けている令嬢達を押し退ける事は非常識であり、マナーを重んじる貴族からすれば長期に渡り複数の男性に囲まれていたウィスを受け入れるのは抵抗があり、受け入れる家は打算を持ち弱みのあるウィスを軽んじる事も出来る。


ーーーーーー


ウィスに頼まれてサザンアルトのミアラスを訪ねる事になった。

往路の馬車の中でずっと「ミアラスを連れ戻す」「私が一番ミアラスを理解している」「リアンがミアラスをとった」と言い続けていたウィスはミアラス・アルスハイム準男爵の商会の応接室で現実に直面した。

今までの行動と馬車での話を纏めれば、ウィスが結婚したかったのはミアラスしかいない。そのミアラスはルトール嬢改めアルスハイム夫人と結婚、サザンアルトの国民になっている。

アルスハイム卿に結婚を申し込むもにべも無く断られ、現実を淡々と突きつけられる。

それでもアルスハイム卿の話を受け入れないウィスにアルスハイム夫人が口を開いた。


「レイテッド嬢、一度お聞きになりましたよね『転生者か』と」

「転生者だから何なのですか?」

「確かに私には前世の記憶があります。レイテッド嬢は古文学をご存知ですか?古い文、散文等を研究する学問です。私の夢はその研究を続ける事。それをナイザリアで実現する為に頑張っておりました。どこに転生しても、誰に転生しても、結局古文学を研究する為の努力をしていた筈です。ゲームシナリオの生活をする必要はありません」」

「夢を叶えられない事はバッドエンドと同じです、実際シナリオ通りで無くても問題はありませんでした。レイテッド嬢も断罪されておられませんよね」

「ミアラスはキャラクターじゃありませんよ。この世界に生きて自分で考えて行動する人間です」


アルスハイム夫人の話には謎の単語が出て来たがウィスには通じているらしい。ただ単語は通じても、伝えたい事は伝わっていない様子だ。


「レイテッド卿、レイテッド嬢を連れて早くお帰り下さいませんか?感情だけで話されても困ります」

「すまない。わかっただろう、帰ろうウィス」

「嫌よ!ミアラスは私の物だわ!」

「レイテッド嬢、夫は物ではありません。人間です。転生者なら人は平等と考えられませんか?与えた、してあげた、考えてあげた、助けてあげる、全部上下関係の上の立場の言葉。在学中、何度も私は苦労はあっても幸せだと言ったのに、苦労しているから不幸だと決めつけた。「不幸だから助けてあげる」いつ助けて欲しいと言いましたか?」


退出を求められたにも関わらず、アルスハイム卿を『自分の物』と表現して、アルスハイム夫人が静かに怒っている事にも気がつかない。


「それに怖かったなら王都に留まらず領地に引っ込めば良かったのよ。貴女の家族はみんな貴女に甘い。絶対王都に行かないと言い張れば、無理やり連れ出したりはしなかった筈。ミアラスが好きだったのなら、彼と出会って直ぐ王都を離れるべきだった。領地でミアラスとゆっくり対等に話をすれば、話をきちんと聞いてくれた筈。私達が結婚したのも、二人で少しづつ話をしてお互いを理解したから、人と付き合うのは一方的に好意を押し付けるものじゃないでしょ?」

「でも…。怖いし」

「怖かったのは可哀想だと思う。けれど、私は私の事でいっぱいいっぱい。貴女の気持ちまで考えていられない。実際、権力者に睨まれて追放された。けど、それまで積み上げた実績は報われた。貴女はこう思うかも知れない「でもリアンはヒロインだから」「だから?確かに、ヒロインだから魔力が優れていた、それで?もし私がウィステリアだったら、領地にこもって古文学を研究していたわ。その後は王都に行って、国立図書館で研究を続けた。さっきも言ったでしょ、怖いだろうが何だろうが、夢を叶える努力をしないで終わったらバッドエンドだって」

「アスハイム夫人、少々お言葉が過ぎるのでは?大体転生って何ですか?」

「レイテッド卿、私はレイテッド嬢のご希望通り、転生者としての立場で話しています。貴族のいない平民だけの世界の価値観で、です。転生について貴方に説明する義務は私にありません」


アルスハイム夫人とウィスが私のわからない事を話題にし、泣きながら夫人を罵倒しアルスハイム卿に縋り付いて懇願するウィスを、最後は引き離して帰途に着くしかなかった。


ーーーーーー


復路の馬車の中で、ウィスがぽつぽつと語った事は一概には信じられない話だったが、ウィスの中では真実であり今までの言動に辻褄があっていた。

ウィスは生まれる前に別の世界で生きていた記憶があり、その世界のゲームという物語の舞台がこのナイザリア皇国だった事。そのゲームではリアン・ルトールという主人公(ヒロイン)が6人の男性に出会って、恋をし愛し合って幸せなるという内容である事。その6人がリューク殿下、トリル殿下、ジェダル、ヴェザン、私、ミアラスだという事。主人公の邪魔をする悪役が我儘で傲慢で残忍なウィステリア・ユーレック・レイテッド公爵令嬢だという事。ゲームのウィステリアは主人公に酷い事をするので、ゲームの最後に投獄などの断罪を受ける事。


「ウィスは悪い令嬢では無いし、ルトール嬢に嫌がらせをしていないのだから、怖がる事必要は無かったのではないかな」

「だって、ヒロインが誰と結ばれてもゲームのウィステリアは最後に破滅するんだもの。だからリアンに頼んで助けて貰おうとしたのに、逃げて断ってずるいのよ。だから私が自分の思う様に出来なくて怖かったのに」

「男爵の庶子が公爵令嬢と仲良くなるのは難しいよ。ルトール嬢だってウィスに構わず好きな研究をしていただけなのだから、気にせず過ごせば良かったのだと思うけど」

「そんなのゲームに無かったもん。ゲームのウィステリアは絶対不幸になるんだから」

「私がウィスを守って不幸にならない様にする」

「レンは私を絶対幸せに出来ないもん!」


私ではウィスを絶対に幸せに出来ない。ずっと大切にして愛して来たウィスにぶつけられた言葉は残酷だった。

ふと、ルトール嬢だった頃のアルスハイム夫人を思い出す。自分の力で立って、目標の為に犠牲を払い、努力し続けていたルトール嬢。私は彼女に憧れて恋をしていたんだと思う。私の与えられた目標や目的と違い、自分で選んだ目標を追っていた彼女が眩しく羨ましく憧れて。

もし彼女を好きな自分に気が付いていたら彼女の隣にいられたのは私ではなかっただろうか。


「それは無いな」


私は泣き疲れて寝ているウィスの隣で小さく呟いた。

将来のわからない伯爵家から公爵家の養子になり、思惑はあったのかも知れないけれど笑顔で迎えてくれたウィスを守ろうと決めたのだから。

憧れは大切にしまっておく方が良い。時々思い出して眺めるのが良い。


ナイザリアに戻ると、リューカ殿下には王妃教育の済んだ侯爵令嬢が、ジェダルには外交に強い侯爵令嬢がそれぞれ婚約者に決まっていて、トルカ殿下は友好国のオスワルド聖公国に留学、ヴェザンは辺境警備軍に赴任していた。

ウィスがナイザリア学園を卒業後に結婚する事が決まり、初めは泣いたり暴れたりして私を拒否していたウィスだけれど、距離を取りつつ郊外に出掛けたり綺麗な絵の本を取り寄せたりお菓子の話をしたりして、ゆっくりとした時間を過ごす様にしているうちに、少しづつ近づいていける様になった。

結婚後も周りの言葉を気にせずある程度の距離を保って過ごしているうちにウィスが小さな笑みを浮かべる様になった。


この世界が物語なら、幸せな結婚をした2人はいつまでも幸せに暮らしました、で終わるけれど、現実は結婚の後も続く。だから私は、ウィスの笑顔が増えていく様に、子供の時に自分が立てた誓いを『ウィステリアを守る事』を続けていく。

まさかの15000字越え。

コピペもありますが、抜いたり足したり言葉を変えたりしています。

下書きは17000超えていたので、これでも削ったのです。しくしくしく。

ハイドレンは誠実で真面目でゲームだと一番選ばれない相手ではないかと…。

立場上、大人の事情に一番近い人物になりますです。

次はミアラスの予定です(予定は未定)。全体としては明るい感じ多めになる筈。

ナクレイ先生無双もあるかも、です。

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