【メリーナ・ライアットSIDE】
ヒロイン、リアン・ルトールの義姉メリーナ・ライアットのお話。
本編ではちょろちょろ出て来たメリーナは、ヒロインが「自由だひゃっふー!」になった最後の藁だったりします。最後の藁は本来ラクダを潰すのですが、鋼メンタルさんはご機嫌逃亡した訳で。
古来より意地悪義姉さんはバッドエンドが王道ですが…。
【メリーナ・ライアットSIDE】
私はメリーナ・ライアット。ナイザリア皇国の男爵令嬢。
貴族の中で男爵は一番地位が低い。一応下に騎士と準男爵があるけど、どちらも一代限りだし、平民からの成り上がりだから正しい貴族じゃ無い。私は地位が低くても、代々貴族のお嬢様なの。必ず、もっと高い地位に登ってやるんだから。
貴族の子供は15歳でみんなナイザリア学園に入学する。貴族なら殆どみんな持っている魔力を持っていない私を心配して、母様が父様に何とかして欲しいと頼んだら、とんでもない事が起こった。
父様は下女に手を出していた。しかも私と同じ歳の娘が出来ていた。その娘が普通の貴族よりも物凄く強い魔力を持っているとかで、家に引き取って私と一緒にナイザリア学園に入学させると言い出した。
私も母様も反対したけど、父様がこう言ったので我慢した。「魔力の高い平民の奨学生は学費と生活費と補助金と必要な物品が支給される」と。確かに儲かっている商人の子供でも無い限り、高い魔術の参考書や授業で使う道具や学園で貴族とある程度付き合うお金は出せない。学園で行われるパーティーには最低限でもドレスと靴とアクセサリーとお化粧品がいる。
そのお金を母様や私が使って良い。しかも、平民で奨学生に慣れるくらい優秀だから、学園内で魔力持ちの侍女として私に仕えさせる。
そこまで言うなら我慢する事にした。平民のくせに高い魔力持ちとか生意気だけど、お金も貰えるし、領地も無い文官の男爵家だから今まで私につけて貰えなかった侍女にしていじめてやれば気分も良い。
やって来た平民はリアン・ルトールという名前で、ピンクの髪にピンクの目をした、愛想笑いも出来ない役立たずだった。
それなりに働くけど、気が利かないし、命令しても返事もしない。
叩いても抓っても無表情。ポットのお湯を掛けた時は苦しそうな顔をして気分がスッとしたけど、父様に怒られた。お湯を掛けた事を怒られたんじゃ無くて、跡が残る様な罰は与えるなって。魔力のある平民を引き取って、国からお金を貰っているのに虐げているのがわかったら父様の立場が悪くなるし、私がやったのがわかったら将来結婚出来なくなるって。
仕方が無いから水を掛けたり、濡れたモップで拭いてあげたりした。
引き取って暫くしたら、何と王家に次ぐ実力で大金持ちのレイテッド公爵家のウィステリア・ユーレック・レイテッドに公爵家で行われるお茶会に誘われた。家も家具も食器も全部豪華で、優秀な侍従がいっぱいいて、紅茶もお菓子も高級品で大感激した。お菓子の中に、ウィステリアお嬢様の作ったケーキもあったけど、公爵令嬢なのに料理をするなんて貧乏くさい趣味だと思った。ちゃんと立場がわかってるから言わないけど。
かっこいい義兄のハイドレン様を紹介して欲しいと言ったら、今度は平民ピンクも連れて来いって命令された。ハイドレン様を連れて来たらって言ったけど、第一皇子のお仕事をしている事も多いから難しいんだって。ケチで意地悪。絶対命令なんか聞かない。大体平民ピンクに公爵家なんて絶対ありえないし。
何回も平民ピンクを連れて来いって偉そうに命令するくせに「平民出身だからといって差別するのはよくありません」なんて、笑顔で言う。だったら私に命令するなって思う。男爵令嬢ならちょっと機嫌をとって、美味しい物を食べさせてお土産を持たせたら言う事聞かせられるって思ってるんだとしたら、公爵令嬢のくせにバカだと思う。
魔力が高い平民ピンクを取り巻きにして、自分が差別をしない優しい素敵な令嬢とでも思われたいのかも。魔力が高い取り巻きは役に立つだろうし。
ナイザリア学園には学生寮があって、父様は貴族のお友達を増やした方が良いから寮に入れって言われたけど、侍女をつけるのは無理だっていうから自宅通学にした。平民ピンクは学生だから寮で侍女として仕事をさせられないんだって。本当に役立たずよね。
役立たずだけど、いないよりマシだった平民ピンクは家からいなくなるし、学園でこき使ってやろうとしてもやたらと逃げ足が早い。
入学してから周りに魔力の高い義妹がいると羨ましがられたけど、私が魔力無して平民の義妹に劣るとバカにしてくる連中もいた。義妹って言っても、下女の娘なんだし父様は成績優秀だったらライアットの名前を名乗らせてやるって言ったけど未だにあいつはルトールのまま。所詮使い捨ての下僕に過ぎない。
平民あがりに首席を許したせいで、私以外の令嬢も親に文句を言われたと言ってくる。あいつが首席なのは私のせいじゃ無いし、悪いのは公爵令嬢のくせに首席の座を守れなかったレイテッドだと思う。ちょっとそんな事を匂わせたら、文句を言ってた令嬢達も、レイテッドを悪く言い始めた。
元々、レイテッドは公爵令嬢だから人気のある皇子達や、宰相や騎士団の息子達にチヤホヤされて、そのくせ誰とも婚約しない嫌な女って事で女生徒から人気が無かった。だってそうでしょ?皇子達が通う学園で、建前は平等なんだから、仲良くなって婚約者になれたらってみんな思っているのに、全員と仲がいいんだもん。ちょっと近づくだけでもハイドレン様に追い払われるし。
最悪公爵令嬢だから、王子達と仲が良くても仕方が無いけど婚約者を決めないせいで、みんな手が出せなくて困ってる。上位貴族なんだから婚約者を決めないでふらふらしてないで欲しい。義兄のハイドレン様も「自分は養子だし過去に誘拐されかけた義妹はとても繊細だから守らないといけない」って言って親達の婚約の申し込みを片っ端から断っている。政略結婚もしない、婿も決めない、義兄も縛ってる。本当に何様のつもりなのかしら。公爵令嬢様?
私達、不満を持つ令嬢仲間で平民ピンクに嫌がらせをした。相変わらず無表情だけど、仲間として何かやるっていうのは楽しい。
偉そうに王立図書館に出入りしたり、先生達に褒められたりして生意気だし、私の命令は聞かない。挙句、魔法授業のナクレイ先生を味方につけて「魔力が無くても出来る勉強はあるよ」とか嫌味ったらしいお説教をされた。
貴族に生まれて魔力が無いなんてほぼ詰んでるし。あの平民ピンクが玉の輿に乗るか、王国の権威ある仕事に就けば、縁を欲しがる貴族から私に婚約の申し込みがある筈。先生を使って嫌味を伝えてる暇があったら、私の奴隷としてもっと役に立つ事をして欲しい。
一年生も後ちょっとで終わる時期に、教員室に呼び出されてとんでも無い事を言われた。「ライアット嬢、君の成績では進級出来ない。留年を覚悟しておくように」ですって。
ふざけないで欲しい。私は普通に授業を受けていたし、魔力が無いんだから、魔法基礎とか魔法の応用とかの成績をよくする事が出来る訳がないじゃない。先生達は「魔力無しでも基礎学問を修めて、知識を高める事は出来る」とか言うんだけど、自分では出来ない事を覚えても意味が無いじゃない。私が入学する前に父様が言ったのは「今なら皇子が二人と、宰相の息子と、騎士団長の息子が在籍している。私の可愛いリーナならすぐ仲良くなって、大切にされるに違いない」って事と「魔力だけは高いリアンが一緒だから注目されて婚約もどんどん申し込まれる筈だぞ」って事。
先生は何にもわかっていない。それと、仲良くなろうにも、あの男好き公爵令嬢が、ぜーんぶ独占しちゃってるんだから。大体、入学前にはお茶会に招待とかしてくれたのに、学園内で話しかけても全然相手にしてくれないし、留年の事を話そうと近寄ったらハイドレン卿に追い払われるし。本当に嫌な女よね。
皇子達がチヤホヤしてるから、取り巻きじゃ無い貴族令息も、男好き令嬢を押し退けて主席を守っている平民ピンクの義姉の立場の私に対する当たりが良く無い。だって、皇子達の下の立場だもんね。
留年と脅されたのと、平民ピンクが逃げまくるのと、男好き令嬢のせいで、気分が悪い。
中庭の噴水に石を投げていたら、女生徒の憧れの一人、宰相の息子のジェダル・シュラトン・カレリス卿が私に声をかけて来た。
「リアン・ルトールの義姉、メリーナ・ライアット嬢、君の力を三年生のある尊いお方が借りたいとおっしゃっているが、協力する気はあるかい?」
蕩けるような微笑みを浮かべたジェダル卿のお願いを、私がきかない筈が無いじゃない。大体、ジェダル卿が『三年生の尊いお方』っていうんだから、それは第一皇子殿下しかいない。どんな協力だってやるに決まってる。
頷いた私に渡されたのは、ピンクの宝石の付いたヘアクリップで、これを髪に付けるとピンク色の髪に見えるようになると言う。
「ピンクなんて気持ち悪いんですけれど」
「私も邪魔な色だと思っているよ。我々の申し出を断ったり、可愛いウィスの事を拒んで悩ませる様な、ね」
皇子達からも平民ピンクは嫌われていた。だけど、何の落ち度も無い奨学生に強く出れば、貴族としての立場が悪くなる。だからあいつの振りをして、冬休みに学園に訪れる男好き令嬢を階段から突き落として欲しい、っていう危ないお願いをされて、さすがの私も怖くなった。
平民ピンクなら、階段から突き落としそうが、罰を与えようが、全然平気だけど、公爵の令嬢にやったら死罪になってしまう。
「大丈夫、外せば直ぐに元に戻るし、私と殿下以外この事を知らないんだから。それに直ぐ助けられる位置にウェザンを誘導しておくよ」
「え?トリカ殿下やレイテッド様は?レイテッド嬢を助けるアルフェカ様にも内緒にするんですか?」
「彼らは事情を知っていて、知らない振りが出来る性格じゃないからね。私達二人だけでは信憑性が薄いから、証人としての彼らは重要だ。勿論、ウィザンだけで無く近くに近衛騎士も配置する。階段の下で目撃する様にするし、ピンクの髪を持つ者は少なくとも王都ではただ一人だ。ライアット嬢は疑われない」
「私が頑張ってそれをやったら、何が貰えるんですか?」
「そうだね、尊いお方の依頼だから、破格のお礼を期待していて良いよ。君は男爵家の一人娘なんだよね。高位貴族と縁を取り持つのも難しく無いし、側妃として支える事も無いとは言えないよね。何にしても君の協力次第だよ」
私は言われた日、言われた場所、言われた時間にしっかりと役目をこなした。
計画は大成功で、きちんと後ろ姿を見せてから逃げた私は、近くの空き教室に逃げ込んでヘアクリップを外した。直ぐにおかしなピンク色の髪が綺麗な緑色に戻る。調査の名目でやって来たジェダル卿にこっそり逃がしてもらった。とりあえずのお礼という事で、金貨がいっぱい入った袋も貰ったので、帰って直ぐ母様と最高級のカフェに行った。そこで秘密の事情を話すと「ヘアクリップは預かるから慌てずにゆっくり恩を売りなさい」とアドバイスされた。
その後、皇子達のグループに入れてもらえると思ったのに、レイテッドには嫌な顔をされるし、皇子達には脅されるし、ジェダル卿からはその後何も接触が無いから私は直接文句を言ってやった。
「皇子様達の為に、あいつを罠に嵌めてやったのに何で仲間外れにするのよ!」
次の瞬間、私はアルフェカ様に取り押さえられた。もがいていると、ジェダル卿がリューカ殿下とちょっと話してから私の側に来て、アルフェカ様に解放をしてもらって、そのまま学園の会議室に連れて行かれた。
「ライアット令嬢、もう少し我慢してくれないか?」
「どうしてですか?ジェダル卿は私にちゃんとお礼を約束してくれたのに、何もしてくれないし、グループにも入れてくれないなんて酷いです」
「良く考えて欲しい。今、例の事件があって君の義理の妹が疑われているのに、急に君が私たちに接近して来たらみんなが疑うだろう。それに、皇子達に近づく女生徒は嫉妬されやすいんだ。男爵令嬢の君が今近づいたら、どんな目に合うかわかるだろ。あの女がこのままただ処分されたら君の立場だって危ない。色々と用意に時間がかかるんだ」
「確かに…、そう…、ですね。でも約束は…」
「約束は守るよ。卒業式まで待ってくれないか?私たち三年生は学園からはいなくなるけれど、王都で会えるのだし、何があっても君のやってくれた事は忘れないから、安心して待っていて欲しい」
「わかりました。我慢します」
やった!
待ちに待った卒業式、平民ピンクは生徒全員の前でリューカ殿下に退学処分を言い渡された!
何だかレイテッドが騒いでいるけど、平民ピンクは逃げていった。後は私があのグループに入れて貰える!
上機嫌で家に帰ると、父様がお城に呼ばれていなかったから、母様と卒業式の話をした。母様も嬉しそうにしていた。
なのに、お城から帰って来た父様は私達をいきなり怒鳴りつけて来た。
「陛下から直々に叱責を受けたぞ!リアンはナイザリア学園全生徒の中で一番優秀だと教師全員に認められている上に、栄誉講師の宮廷魔術師ナクレイ卿が10歳から目を掛けている大切な生徒だったのに、他国に留学させないといけなくなったとな!」
「そんなの私知らないもん。あいつがレイテッド令嬢に嫌がらせをするのがいけないのよ!」
「そうですよ、あれを退学させたのはリューカ殿下だそうですわ。リーナは関係無いでしょう」
「メリーナ、お前は留年処分を受けた上に、リアンに嫌がらせを続けていたそうだな。ナクレイ卿から相談された陛下が、近衛騎士に調べさせていたそうだ」
「リーナ、貴女留年してしまったの?可哀想に」
「だって、私魔力が無いのに、無理ばっかり言うんだもの。それにあいつが首席なんて生意気だってみんな言ってたわ」
「騎士の報告によれば、リアンはレイテッド公爵令嬢に一切嫌がらせをしていなかったし、学園で襲ったという事件も証人もしっかりしていて無実だと証明された。リアンの留学が決定して謁見の間に集まって来た宮廷魔術師達や国立図書館館長達も落胆して、私の立場は全く無かったぞ!」
「良いじゃ無いですか、他国で活躍すれば我が家の為にもなるし、近くにいない分鬱陶しくありませんわ」
「わかっているのか?ライアット家がナイザリア学園の首席を虐げ、奨学金や援助金を着服し、本来なら弱い立場の義妹を守るべき義姉が学園内で堂々と差別を行なっていると陛下がお怒りなのだぞ!」
「「えっ⁉︎」」
「リアンに使うべき金を、男爵家で好き勝手に使ったので王家の監査役が来て清算、返却をしないといけない。直ぐに返却出来なかったら爵位の取上げもあるそうだ。お前達の装飾品も金に変える」
「嫌よ!図書館で働いてたあいつが返せば良いじゃない!あいつが貰ったお金なんだから!」
「そうですわ!大体あなたが下女の子を家に入れる代わりに、好きに使って良いと言われたのよ!あなただって、王立図書館からの報償金を好き勝手に使っていたでしょう!何で貰ったお金を返さないといけないのよ!」
「それで王家が納得する訳ないだろう!爵位が無くなったらお前達もただの平民になるんだぞ!」
そんな…。何なの?あの平民ピンク、何でこんな目に合わないといけないのよ!何であいつが原因でひどい目に合わないといけないのよ!
慌ててジェダル卿のタウンハウスに向かったけど、まだ学園にいるって言われた挙句、何故か捕まってカレリス公爵家の客間に押し込められた。出ようとするとメイドが「どの様な結果であっても決して部屋を出さない様にと言われています。部屋を出るのであれば命の保証は致しません」と、脅して来る。何でよ!
「お待たせしたね、ライアット嬢。お迎えに行く手間が省けたよ。息子から聞いたよ、随分と無茶をさせてしまったね。代わりにお礼をさせて貰おうと思ってね。領地の一つを任せている私の叔父が、若い妻を欲しがっていてね、是非ライアット嬢に行って欲しいんだ。当然受けてくれるだろう?」
「えっ⁉︎何でですか?ジェダル卿は殿下の側妃も約束してくれたのに!」
「息子は本当に約束したのかな?断定する様な話し方はしていないと思うよ?」
「そんなの覚えていません!」
「そうか。でもね、君が叔父の妻になってくれれば、君を守ってあげられるんだよ」
「嫌です!じゃあ、殿下は諦めるから、ジェダル卿と結婚します」
「無理だね。ライアット嬢を次期宰相として目を掛けられているジェダルと結婚出来る程の能力が無いから。それに、ジェダルも今回ミスを犯したせいで陛下から厳しく叱責されているからね、これ以上悪い理由をつけたく無いんだよ。残念だな、叔父と結婚出来ないのなら、このまま家に返す訳にはいかないな」
カレリス宰相の顔がどんどん怖くなっていく。でも、カレリス宰相の叔父なんて、そんなお爺さん嫌!どうしたら良いの?どうしたら…。あ!ヘアクリップ!
「カレリス宰相!私、私、ジェダル様があいつを罠に嵌めた証拠を持っています!」
「ふーん、ジェダルもまだまだだなあ。でも知っているかい?国からの補助金を着服したライアット家に監査と家探しが直ぐにでも行われるよ。その証拠はちゃんと君の家に残されるのかな。宰相の私が息子の失敗の証拠をそのままにしておくと思うっているのかな。君だって自分で納得してやったんだろう?君だけ無事とかありえないよね」
「あっ…」
「息子が堂々とやってしまった失敗は消せないけどね、せめて我が家の傷が小さくなる様にするんだよ。残念だな、君が提案を受け入れてくれなくて。後は家の使用人に付き合って貰うよ」
「あっ!ま、待って!待って下さい!」
「君は信用出来ないからね。今直ぐ私の部下と領地に向かってくれるなら最後のチャンスをあげられるけど」
「わ…かりました」
何が悪かったのよ。私は何も悪く無いのに。
到着したカレリス公爵領の一つは物凄く田舎で、宰相の叔父の家は山の中腹にあって一人じゃ町にも出られない場所にあった。そんなとこにエロジジイと年寄りの使用人達と護衛と見張りを兼ねたおじさんが一人。
おじさんに泣きついて逃して欲しいと頼んだら、ババアの使用人に定規で叩かれた。反抗すると食事を減らされるし、エロジジイに文句を言ったら「あまり無茶を言うのなら埋めても構わないと甥に言われている」ととんでもない事を言われた。もう、早く死んじゃえば良いのに!
半年程して、カレリス公爵から手紙が届いた。贅沢に慣れていた父様と母様は補助金の返却が出来ない上び借金を膨らませて、爵位は返上、残っていた財産を清算して足りなかった分は夫婦で強制労働になるらしい。私の帰る所が無くなってしまった。少なくとも、エロジジイが生きている限りは、田舎で平穏に暮らせるって書いてあるけど、じゃあ逆に死んだらどうなるのよ!
全部あいつが悪いんだから…。そうだ、あいつが悪いんだから、あいつに責任を取らせれば良いじゃない!
私はあいつに手紙を書いた。けれどあいつはもう私の手の届かない所にいるって返事が来た。学園のお友達みんなに助けて欲しいって手紙を書いた。返事が無かったり、あっても犯罪者なので縁を切ると書かれていたり、義妹に酷い事をした人間が助けて貰えると思うなという、蔑み貶し嘲りばかり。私がお友達だと思っていた相手はみんな、その場で調子良くやっていただけだったと気がついた。
私の周りに私の事を考えてくれる人は誰もいないんだ。言われた通りに過ごしていれば少なくとも衣食住には困らないけど、屋敷の人間はみんな気分によって私に罰を与えて来る。昨日は大丈夫だった事も今日はダメだったり、朝から晩まで下女の仕事をさせられたり。
私があいつを、ううん、義妹をもっとよく見ていれば、もっと話をすればこんな事は無かったのかも知れない。あの子は、強い魔力を持っていてその上努力してて、私達が嫌がらせや暴力を振るっても相手にして来なかった。辛くても、大切な物を持っていたからだ。
私もここで諦めない。少なくとも自分で自分の事が出来る様に。今出来る事は、令嬢の最低限の嗜みの刺繍位だから。
年も変わって、ある日小さな馬車が屋敷の前に停まった。
部屋の窓から見ていると、体のしっかりした男性が2人と母様位の女性が1人降りて来て、屋敷に入って来たみたいだった。
来客がある時に出ていくと、罰があるので部屋で静かにしているとメイドが私を呼びに来た。ついて行くと一階のパーラーに3人のお客様とエロジジイと屋敷の執事とハウスキーパーが集まっていた。
「メリーナ嬢、お迎えにあがりました」
「リーナ、お前が残りたければ残っていいんだぞ」
「どこにお連れするかは伝えられませんがお手紙をお預かりしています」
「リーナ、こいつらはお前を殺すつもりだぞ!」
うるさいエロジジイを無視して何も書いていない封筒を開けると便箋とハンカチが一枚ずつ入っていた。
【自分で頑張ろうというのなら】
書いてあったのはたったそれだけ。綺麗で整った読みやすい字。続いてハンカチを広げると、端に子供の手のぐちゃぐちゃの花の刺繍。
思い出した。義妹が初めて家に来た時「貴族になれて嬉しいでしょ?」と当然だと思って聞いたら、義妹は「嬉しくない」と言って泣きそうな顔をした。だからびっくりして、私が昼間刺繍したハンカチを押し付けた。それを母様に言ったら「汚い娘にハンカチをあげるなんてリーナはとっても優しい子だけど、調子にのるからもう何もあげてはダメよ」と言われて、使用人にも最下級の下女扱いされてる義妹を見て、それから……。
私は馬車に乗った。エロジジイ達はお迎えの人達が抑えてくれた。義妹がどういう方法で私をここから出してくれたのかはわからないけど、同乗の女性からは「着いたところに落ち着き余計な事を話さなければ、今後は狙われません」と言われた。
銅鉱山がメインの田舎の街に着いて、小さな家に案内された。小さな庭に井戸がついていて、メインルームには刺繍の為のハンカチと道具がいっぱい用意してあった。たくさんの布もある。生活用の道具一式、大きな薬箱が一つ。
「布小物を買い取ってくれる店があります。貴方がここで頑張ってやっていけるのであれば、ここでご両親を待つ事が出来ます。ご両親は今、鉱山の坑夫と雑役婦として働いています。借財人ですので、敷地から出てくる事は出来ませんが、差し入れは出来ますし、数年後には出て来られるかと思います。それから、この家は鉱山の関係者に貸し出している借家で、一年分の家賃は払ってありますが、来年からは貴方が役所に直接払わないといけません。格安ですので真面目に働き、贅沢しなければ貴方が払える金額だと思われますがどうしますか?」
私はぐっと両手を握りしめた。あいつ、やってくれるじゃない!我儘で怠け者で意地悪な私が、騙されて駒にされてゴミ扱いされて、このままで終わらせる訳ないじゃない!破滅なんかしてやらない!
「ここで暮らします。手紙の相手に伝えて下さい。難しいと思うけど、やってみる、と。それから悪かったと思ってるけど、あの時はそう思ってなかったから謝ると嘘になるから謝らない。私もダメだったけど、一番悪いのは父だと思うから殴っておくって」
私は私に出来る最高のカーテシーをした。女性は小さく微笑むと男性達と去って行った。
本当に、義妹って腹が立つ女よね。勉強も魔法も仕事も武術も出来て、私も忘れてたハンカチの借りを返して来たって訳ね。
あ、でも、お友達だと思ってた子が言っていたっけ。「ねえご存知?あの平民、貴族の嗜みは全然出来ないんですって。刺繍が出来なくてマナーの先生に叱責されてたのを、魔術の先生に庇ってもらったそうですわ。ほんと贔屓が酷いですわ」って。
全く、エロジジイから助けてくれた事にお礼は言わないわよ。貴方の苦手な刺繍や裁縫で、大変な今を切り抜けてやるんだからね。助けたのを悔しがっても遅いんだから。
バッドエンドにしかけたんですよ。最後一家離散とか、全滅とか、暗殺とか。
でも罪と罰って余りにも差があると嫌じゃ無いですか。なので、一家には今までしていなかった苦労していただこうと。鋼メンタルさんは「借りは返すし、後は自分で何とかしてね」とやったら後はすっぱり気にしないタイプですから。ええ。