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《 ある楽団員の反骨 》



 今日は第三王子妃が練習の視察に来る。最近王妃が離宮に引っ込み、第二王子が謹慎中だから、楽団の出番が滅法少ない。最初見た時は、あんな子供をいい年した王子が取り合うなんて馬鹿なんじゃないかと思った。それに王子妃のせいで、結果出番が減っていい迷惑だと思った。



 でもあの舞踏会で聞いた月の女神様に捧げる歌は凄かった。あの歌謡曲とかいうのは何なんだろう。呼ばれなくてもみんな演奏を放っぽり出して窓に駆け寄った。あいつ、スヌーは上手いことテラスに出やがったが、そうじゃなくてもホールはシーンと静かになってて、歌が良く聞こえた。



 第三王子についてったムジカが送って来る楽譜にみんな興奮して取り組むが、分からないところが多過ぎる。それを王子妃、マイミィ様が実際吹いて教えてくれた。楽器は高価だ。だから普通、吹けても一種類の楽器と、できてもピアノや打楽器くらいだ。ましてや金管と木管ではマウスピースが違う。それなのにマイミィ様はトロンボーンでもクラリネットでも吹く。何故かピアノはあまり弾けない。子供の頃、国の学校で一通りの管楽器はやったが、ピアノの教師に付いて習ったことはないらしい。分からない。それだけの楽器を揃えられる財力があるのに。


 マイミィ様の知る合奏曲は弦楽器が出てこないものが多い。逆に弦はソロ曲が多い。必然的に分かれて練習することになる。俺はサックスだ。スヌーの奴も。何故か奴はマイミィ様から特別な曲を習っている。だが楽譜通りに吹くしか能がない奴は覚えが悪いようだ。その点俺は即興は得意だ。合奏では先走るな、合わせろと叱られるが、独奏には定評がある。だから何でスヌーなんだ。納得いかない。こっそり話を聞きつづける。なんとかスヌーに理解させようと説明しているが、この国の言葉が得意ではないのか音楽用語があまり出て来ない。



「なんかこう、バンと入るんじゃなくて、滑り込むようにというか。音も丁寧置いて行くんじゃなくて遠くからポイポイッと投げるみたいというか。う~ん……なんて言えばいいんだろう。」



 そう言って奴の手を取り、手の平にパンと手を合わせたり、指先からそっと乗せたりして違いを説明している。仕舞いには奴の楽器を取って代わりに吹き出した。こいつ!!王子妃に媚び売りたくてわざと分からない振りをしてんじゃないだろうな。全然理解しない奴に、困ったマイミィ様が周りを見回す。



「俺、聞いてました。分かります!」



 どうだよ、こんなもんだぜ。マイミィ様も、そうそう!と喜んでる。へっ!スヌーの奴、悔しそうに唇を噛んでやがる。ムジカも「彼はこういうのは得意なんですよ。」と後押ししてくれる。ピアノのところに一緒に行ってジャズとやらの楽譜を渡される。ムジカやマイミィ様と簡単に譜面を読んでいく。やった!これで俺も専属になってムジカみたいに連れていって貰えるだろう!



 必死にさらっているとトロンボーンとトランペット、ピアノが弾ける打楽器担当が連れてこられた。なんだ、一人じゃなかったか。まあいいや。顔触れを見る限り、他の堅苦しい楽団員より自由にやれそうだ。落とされないよう時間の限り練習する。信じられないことに誰が指揮をするでもなく、俺たちが好きなように演奏し、しかもこの旋律はこっちの楽器がいいと思えば相談して書き換えてもいいそうだ。仕舞いには楽譜を見ないでその場の即興でドンドン変えていっていいらしい。楽師同士の真剣勝負だそうだ。よくわからないが、型にハマった演奏に飽き飽きしていた俺達は楽しんだ。



 次の日、それなりに一曲合わせた俺達を、マイミィ様は崖から突き落とした。



「じゃあそれで街の酒場に行って、小銭を稼いで来て下さい。できれば色っぽい歌手のお姉さんでも勧誘してきてね。」


「……」



 小銭?色っぽい?お前子供とはいえ王子妃だろ?言うことに欠いて稼いで来い?酒場で?どんなところか知ってるのかよ?!異国人でも楽器をいくつも習えるお嬢様だったんじゃないのかよ?――不満に思ってるのは俺だけじゃなかったようだ。王子妃は、不穏な空気の俺達を意にも介さず言い放った。



「あなたは自分の練習もせずスヌーへの指導を盗み聞きしてチャンスを勝ち取ったんだよね?いいよ、そういう弱肉強食精神。もしかして専属になれると思ってた?盗み聞きはもっとちゃんとしなきゃ。モノに成らなきゃ、あなた達の後ろにも手ぐすね引いて待ってる人はいるんだよ。私がもたらした楽譜の代金、体で払って下さいね!」


「……」



 俺達は顔を見合わせる。この人……誰?




 その日から俺達は街に出た。がさつではあるが楽器を持てる家で生まれ育った俺達は、飛び込みで日銭を稼ぐようなことには縁がなかった。最初こそムジカさんが付いて来たが、演奏自体を断られたり、ヤジやモノが降って来ることもあった。ピアノがない店では樽を棒で叩いてリズムを取る。


 それでもやっぱ俺達は、ピシッとした楽団員よりこっちが向いてたみたいだ。そう高くない一定金額以上の稼ぎは、山分けしていいらしい。楽団員としての基本給も出てる。最高だ!マイミィ様ご要望の色っぽい歌手も紹介した。彼女も、ある程度のことを教わったら、一緒に好きに歌っていいらしい。彼女が入って更に稼ぎは増えた。


 そしてなんと!歌謡曲に次ぐ新しい曲種の披露として、王の前で演奏することになった。月の女神様に捧げる演奏を担当する。マイミィ様に習った、女神様の身許に飛んで行きたいという曲だ。歌うは我等が酒場の歌姫、ディーバだ!この名前は、マイミィ様の国ではそのまま「歌姫」という意味らしく、その偶然に驚いていた。運命だそうだ。俺達にとってもジャズは運命。街での修業の成果を見せ、体で返す時が来た。この思いを音に込めるぜ!!



 



 

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