2ヶ月目2 〜金魚のフンに紙を渡す係
ムジカさんはとにかく音楽に貪欲で、舞踏会で歌った歌謡曲はもちろん(さすがにJーPOPとは教えられないし無難にそうした)、私がフルートで吹く吹奏楽曲もドンドンせがんだ。現実世界でもずっと吹いてなかったのが懐かしくて、私も喜んで演奏しまくる
主に午後が音楽の時間で、見張りにマーガレットかマーサはいるけど、ほぼ毎日音楽室に篭りっぱなし。すると出現ヤキモチジェイド。体に悪いと外に連れ出された。
ホムルとカイトを護衛に、ジェイドと村に行く。この前、正式にうちの子になれたお祝いをしたら泣かれた。結構長いこと微妙な立場だったらしい。ずっと兄王子達よりジェイドの方が好きで、味方になりたくて、でも王宮に報告もしなくちゃいけなくて。だから本当にうれしい、ってカイトが泣きながら語ってくれる横で、ホムルが静かに涙をこぼしながら頷いてる。なんか既視感を覚えながらうれしくて私も泣く。ジェイドは多分照れてたと思う。
そして孤児院で赤青に会う。名前考えました。赤改め、「ノトス」。青改め、「エウロス」。ちょっと名前負けか。まあ将来に期待しよう。
チーム名は……まてよ、親組織から考えよう。守護獣戦隊。戦隊はイタいので下部に組織に譲るとして。守護獣戦団。数人で団はないな。三銃士、四獣士、ジェイドも入れたら五だし、一応紫の人にも声掛けたし、数字は止めよう。銃士隊、獣士隊。守護獣士隊?なんかダサいな。護衛騎士なんだから守護獣騎士。座りがイマイチ。神の森と領主を守るんだから神官か。いや勝手に神官はまずい。でも地方公務員だから官吏でいいんじゃない?決まった!
「君らを守護獣騎士官レインボーの下部組織に任命しよう。今日から君達は……えーと風、じゃ属性が微妙だから、ウインド!戦隊ウインドの一員だ!」と宣言した。ついでに後二人メンバーが増えたら「ボレアス」と「ゼファー」って名前を付けるように言う。
あれ、ポカンだ。後ろを振り返るとホムルがいる。「私何か変なこと言った?」と聞くと「いえ。」と答える。また考える最中ガン見しちゃったかな。「じゃあホムルはレインボーの一員として、彼らウインドを指導してね。」と言って散歩に行く。
あ、そういえば緑髪になってから二人に初めて会ったんだった。そりゃビビるわ。今日も調査団スタイルでフードしてるけどね。この緑もね~……プルートと言うよりネプチューン?もうちょい黒っぽい方が平たい顔には合うと思うんだよね。クロロフィル増量でなんとかならないですか、鳥さん?
ジェイドはお仕事中。そして私には常にムジカさんが付いてくる。「いつ鼻歌でも歌われるかわかりませんから。」らしい。でも今日は村で待ち合わせしている人がいるとのこと。前に村で見たことある麦藁色の髪の人だ。ムジカさんの部下の楽団員で、書いた楽譜を受け取り、新しい紙を渡す係らしい。この村に親戚が住んでるそうだ。
楽器は何か聞いたらサックスだって。いいね~。楽器持ち歩いてるって言うから吹いてもらった。ここの音楽は基本クラシックなんだよね。ジャズとか覚えてくれないかなと思ってると、ご指導すれば頑張って覚えるってさ。館にこれ以上人は増やせないしどうやって教えようか。さっきと同じ考えるポーズで固まってると、取り合えず帰らせて、私が王都に行く許可を取れれば、楽団員一遍に教えられるしそっちのがいいってムジカさんに言われた。
この人、スヌーさんはすぐにでも教えて欲しそうだけど、音を聞き付けてやって来たジェイドに、王都に戻るよう言われて悔しそうに唇を噛む。芸術家は貪欲だな。珍しく薄い茶色だし、名前の響きがちょっと違うと思ったら隣の国の人なんだって。お兄さんがこの村に住んでるらしい。
取り合えずムジカさんにジャズを教えた。これが難しい。私もしがない弱小吹奏楽部員だっただけだし。私でも弾けるしつじの曲を普通とジャズっぽく二回弾いてみる。なんとなくしか伝わらない。とりあえずこの国に元々ある曲を、勝手にジャズアレンジしてもらう計画は断念、後回し。まずは私の知ってるジャズ曲を教えて、ムジカさんに Don't think、swing!してもらおう。
今日も今日とて音楽室。ここ、土足厳禁にしてもらった。室内ではふんわりゆるふわロングスカートなので、あぐらもバレません。ムジカさんは床座りは辛いらしく、もっぱらピアノ椅子。マーサもマーガレットも座ってくれない。立って見てるだけ。これ人の無駄遣いでは?
「ムジカさんの知り合いに、同じくらい耳が良くて楽譜が書ける女の子いないの?」
「おります。娘です。」
「今はお母さんとお留守番?」
「いえ、妻はおりません。娘は王宮で見習い仕事をしています。」
「その子とムジカさん交換しようよ。」
「なんという酷いお言葉!!この楽園から追い出すのですか?」
「だってムジカさんといると見張りの侍女の無駄遣いでしょ。女の子なら見張りいらないし。それに楽譜の紙はタダだけど、書いた楽譜は売ってるの?お金を領地に収めてる?ムジカさんの食い扶持は王宮から予算が出てても、無駄遣い中の侍女の本来すべき仕事を代わりにこなす人件費は出てないでしょ?」
「なんと……幼い見た目にそぐわない聡明さ!」
「そういうのいらないから真面目に考えよう。取り合えず楽譜を売るか、演奏して稼ぐか、娘を呼んでください。ジェイドにも話さなくちゃ。」
夕飯のお迎えに来たジェイドに話すと、もちろん大賛成。ムジカさんを帰らせようとする。慌てるムジカさん。
「じゃあさ……執事になったらいいんじゃない?壁際に控えてるのって執事も、鼻歌待ちのムジカさんも同じでしょ。」
「名案だな。メリーは家令も兼務してるようなものだし。クロールに引き継ぐにしても一旦専念するといい。なんなら王宮に帰ってもいいぞ。」
「ジェイドさま!困ります。」
こちらに近寄るメリー。
「やだ、止まって。こっちに来ないで!」
思わず出た言葉に凍る空気。マズい。メリーの目が鋭い。ごまかせ、理由を搾り出すんだ……
「靴を脱がなきゃ絨毯に来ちゃダメだよ。」
「……これは失礼致しました。ジェイド様が私につれないことをおっしゃるのでつい慌ててしまいました。仰せの通りにムジカ氏に執事業を叩き込んだ後、家令に専念致しますので、追い払うのだけはご勘弁下さい。」
そう言って絨毯に手を付けると魔力を一気に流し込んできた。体中がぞっとした。多分ランタンを付けるような漠然とした魔力を大量に床沿いに流したんだ。以前、同じ方法でクロールが探査を使えそうだが、教えることを自重したのを思い出す。つまり床に座った私とジェイドをサーチした??怖い。でも魔法の発動に気付くのはチートレベルをバラすようなものだ。どうしよう。すると後ろから床面を風がびゅーっと走って行き、メリーの開けた窓から出て行った。
「靴の汚れはこのように清掃致しました。どうぞご容赦ください。この館は人手不足です。ムジカ氏にはこのような清掃のコツも覚えていただきます。」
ジェイドと顔を見合わせる。気付いたよね?風でごまかした?私達も取り繕わなくちゃ。
「俺達が退室してから清掃してほしかったがな。」
「メリーさんは私が勝手に土足厳禁にしたから怒ったの?怖かったよ。特に目が、ひつじみたいに横に細くなって光ってすごく怖かったよ。」
「マイ……顔色が悪い。すまないが食事は適当に部屋に運んでくれ。行こう。」
ジェイドに抱き上げて運んでくれもらう。今は本当にちょっと立てないかも。足が、痺れた訳じゃなくて震える。勝手にサーチされた気持ち悪さもだけど、隠れた思惑から何かが始まる様な感じがして怖すぎる。
「どう考える?」
「メリーは腹立ち紛れに意味のないことはしないでしょ?前にクロールの大量の魔力を使えば探査ができるかもって話をしたの覚えてる?」
「影響を考えて封印した魔法だな。それをメリーが使えるのか?魔法に秀でているとは思わないが。」
「使い方より感じ方っていうか、自分の魔力で満たした空間に、別の魔力があれば気付くんじゃない?必要なのは業じゃなくて、大量の魔力と考え方。クロの親だし、灰色髪だし可能性はあるよね。」
「問題は何のためにか……誘拐の時、結界を張ったよな。その時ネックレスの力だとあの影の者に教えたのか?」
「ネックレスの結界とは言ってないけど、効果の持続は自分の意思じゃなくて、もうしばらくは保つでしょうみたいな言い方をしたと思う。あと、メリーが紫の人と話してたの見た?」
「紫?あそこにいた影のことか?マイが誘拐されている間、そう酷い目には合わせていないことを説明されたとはメリーが言っていたが……兄上が頬に手を触れたら結界が発動したので大事には至っていないと。ではメリーは結界を発動させた魔具が何かを探ったということか。」
「そうとは言い切れないけど可能性はあるね。あとは……私が人外の何かじゃないか調べたとか?」
「ネックレスであれば母上の魔力が入っているから探査に掛かったかもしれない。あの時は自力で結界を発動したんだろ?」
「多分、紫の人が私には酷いことしなかったから、発動する切っ掛けがなかったんじゃない?キモい第二王子にほっぺを触られたとしても、即危機とは言えないだろうし。」
「ちなみに妖精かどうかは探査で分かるのか?」
「分かるかどうか分からない。……逆に、人であるってことは分かるのかもね?」
ちょっと気持ち悪いけど、現状は様子見ということで、ネックレスはいつも付けておくことにする。ムジカさんの娘が来るのだけが楽しみだ。




