1日目 〜立ち位置を探ってダイブ
朝か……昼か。とにかく明るい。そして身体がダルい。民族性なのか、個人の能力なのか、「久しく」の為なのか、明け方まで眠らせてもらえなかった。
が、嫌悪感はない。優しかった。これでも24歳。それなりに経験はある。無理矢理というわけでもなく、嫌がれば多分やめてくれた。そういう気遣いのある振る舞いだったと思う。終わりは見えなかったが。
しかし流されてしまった感は否めない。避妊とかどうなってるのか。異世界(暫定)だけに、魔法でパパッ、だといいな。そういえば途中、ベトベトのドロドロだった覚えがあるけど、今はサラサラだ。やはり魔法か。そうであって欲しい。
寝返りを打つと男性がいた。気配なかったけど??めっちゃこっち見てるし。
まあいい。確か体当たりの色仕掛けと思われていたはずだ。この場合、さっさと服を着て出て行けと言われるのではないか。でも服はない。多分出て行く先もない。どうしよう。やっと現実味がでてくる。
今までは、ふわふわした気持ちのいい夢の中にいる気分だったけど、この先はそうもいくまい。あ~沈黙が怖い。どうするかな。向こうから何か言ってきてくれないか。
「君は誰だい?」
ですよね。私も聞きたいです。明らかに顔立ちが日本人じゃない。男性は灰色の髪に緑の目のイカツめの欧米系の青年。異世界転移じゃなくて、単に海外にテレポートっていう可能性もありかな。そもそも、即、異世界とか考えるなんてWEB小説の読みすぎだ。……さて、どうやって確かめよう。
「舞美です。」
とりあえず下の名前だけ名乗ってみる。
「マイ……ミィ?私はジェイドだ。」
横文字の名前に流暢な日本語。うーん……まだだ。まだ確定じゃない。
「私を追い出さないんですか?」
「思惑を持って近づいたにしては、昼までただ寝てただけだったしね。君みたいな歳の子がこういうことをするのは、何か事情があってのことだろうと思って、起きるのを待ってたんだ。」
歳……。あれか。日本人若く見えますってやつだ。なら抱いちゃダメでしょうよ。でもなんか憎めないんだよな~。私、ほだされたのか。惚れっぽくはないと思うけど、最初の直感は大事。私は長らくお友達してた人とは今更付き合えないタイプ。だって友達にどの面下げて甘えるの?
「君は天蓋から落ちてきたように見えたけど、潜む場所なんてなかったよね。それまで気配もしなかったけど、君は気配を消すことはできなそうだし。どうやったの?この国には転移魔法を使える者はいないはずだよ。」
はい来た!魔法いただきました!異世界だよ。魔法があるなら別の世界から来たっていうトンデモ話も信じてもらえるかも。それに確か、目付とか間諜とか言ってた。なんか苦労してそうだし、起きるのを待ってるとか辛抱強そうだ。よし、話そう!
結果、信じてもらえた。そして試しに避妊魔法、こっそり使ってみたらできたっぽい。伊達に幼少時からアニメを見ていない。イメージ大事。型を習ってないから逆になんでも応用できるようだ。浄化か除去か。ふわっとしたイメージで幅を持たせるために、むしろ得意じゃない英語で「リムーブ」と言ってお腹の中の子種を消去してみた。上手くいっていてくれ。
英語は翻訳されないようで、呪文に聞こえたらしい。ここでは基本、呪文も詠唱もないようだ。ジェイド以外に聞かれたら危ないので気をつけよう。
服をもらって寝室から出る。どこから持って来たんだこの服。ふむ、寝てる間にメイドさんが持ってきたらしい。……うーん、考えまい。居間みたいなところにご飯の用意がある。いつの間に?……いや、考えまい。姫抱っこされて運ばれていることもだ。
立っているのは執事っぽい人、メイドとメイド長っぽいおばさま。ドアの前に護衛騎士っぽい人二人。っていうか、なんだ騎士のあの頭。真っ赤の髪と真っ青の髪。ビジュアル系?これも異世界あるあるだろうけど、ズラっぽくないのにあの色は、実際見るとインパクトあるな。
いたたまれない思いをしながら(多分)お昼ご飯をいただく。お祈りとか作法とかはうるさくないようだ。ところでジェイドは私のこと、この人達になんて説明したんだろ。口を出させないほどのお偉いさんなのか。
むむっ……よし。ものを知らない体でいこう。異世界人としても、若めの見た目にしても、平たい顔族の外国人としても、無知で不自然じゃないだろう。
「一緒に食べないの?皆さんはジェイドの家族ではないの?」
執事が言うには使用人は席を共にしないそうだ。うん、知ってた。しかしあえてカブせていく。
「余った食事は下げ渡すのですか?」
何かのアニメで見たし、下働きとかにあげたりしないのかな。多過ぎるし、祝いかってくらい昼にしては豪華だ。しかし、残念ながらこのテーブルから下げたらゴミになるそうだ。もったいない。
「では私たちはあちらで食後のお茶をいただきますので、座って食べてください。食器は足りますか?ドアの外にも誰かいますか?皆さん呼んであげてください。」
結局、ドアの外にもいた護衛が二人と、料理長とでこの屋敷に住んでる使用人は全員。さすがに下働きまでは呼べなかったが、観察する目的は果たした。外の騎士の頭は黒と白。極端だ。
離れた窓辺のティーテーブルでジェイドとお茶を飲む。紅茶だ。ああ、珈琲が飲みたい。防音の結界を張ってみる。呼んでも執事が来ないから防音は展開できたようだ。ジェイドに驚かれた。後で知ったことだが結界の概念がなかったとか。魔法とは、火とか水とかを気合いでドバっと出すものらしい。設定ゆるいな。ちなみに髪の色もおおよそ得意魔法に関係するらしい。
読唇されないように、口元を隠して内緒話がしたいと言ったら膝抱っこされた。やむを得ん。時間は有限だ。自分の役どころを確認する。
私は森で拾ってきた迷子だそうだ。なんでも、ジェイドは監視されて軟禁されているような状態で、それでもしょっちゅう抜け出して森に夜の散歩に行っているとか。一応周囲に迷子は信じてもらえたらしい。うーん。例え本当に森で見つけたとしても、夜の森に一人でいる(暫定)子供って怪し過ぎる。普通拾わないだろう。
使用人たちには12、3歳に思われているらしい。犯罪だろう……ちなみにジェイドには14、5歳に見えていたそうだ。裸だったし上方修正?実年齢との差に、お互いびっくりだ。まあ平安時代とかはそのぐらいでも結婚していたかな?ということにしておこう。ジェイドは二つ年上。私達はどちらもこの国では行き遅れの歳らしい。
気に入ったからそのまま側に置く、というのを監視たちにも黙認されたようだ。それでいいのか?高貴なお方とかお金持ちの坊ちゃんだったら、変な女に引っ掛からないようにこそ見張りがつくだろうに。不可解だ。
午後、手掛かりがないか探しに行くていで、一度森に行くことにする。いや、あるわけないけどさ。ジェイドの馬に相乗りする。乗る前に馬に翻訳が効くかどうか話しかけてみた。馬の言葉はわからないが、こちらの言うことはわかるようだ。そもそも人間の言葉を理解しているお利口さんなのだろう。YESはブルル、NOはヒーンで会話することにした。視線を感じて振り返ると、三人に凝視されている。マズい。動物としゃべるなんて異端だとか邪悪な力だとか言われるかも。
相乗り中は防音じゃなくて、会話が不鮮明になる魔法を試す。ジャミングと名づけたが、本来の意味とあっているかは不明。ググりたい。ついて来た赤と青の髪の護衛騎士とジェイドは気安くない。ジャミング必須。暑くも寒くもないが着せられた、ポンチョのようなもののフードを被って会話する。
ジェイドには兄が二人いて、それぞれの息のかかった赤と青が派遣されてきたらしい。目付か間者ってやつね。監視の方か。う~ん……あのお屋敷。使用人と同数の護衛騎士。漂うノーブルな雰囲気。テンプレでいうと、ジェイドは第三王子ってところか。厄介な。言われるまで気付かないことにしよう。
彼は昼行燈を気取っているようだ。私のことを森の妖精だと信じているように周囲に匂わせている。ありえん。しかし他国のスパイと思われるのも怖い。平民かマジものの妖精に成り切るか。どちらがいいかジェイドに確認すると、即答で妖精だった。よし、思い切ろう!
ジェイドお気に入りの泉に着く。魚がいる。水質には問題はないようだ。ババッと服を脱いでイケてるフォームで飛び込んでやった。一息で中島に上がるとノースリーブと短パンみたいな下着が濡れて張り付く。どうだ!普通の女じゃありえん所業だろう。
慌てて護衛に後ろを向かせようとするジェイドを内心笑いながら、妖精っぽくするなら無表情の方がいいかと考えてみる。それにクロールよりは平泳ぎのがいいか。わーわーうるさいので顔を出して泳いで戻る。風の魔法でジェイドが乾かしてくれた。
服を着せられ、ポンチョの上から更にジェイドのマントみたいなのをかけられる。そんなに密着しなくても!というくらいに抱えられ、馬で帰る。むしろ暑い。そういえばこの賢い馬はポラリスという。北極星?英語は翻訳されないらしくポラリスのまま。鼻の上に星っぽい模様があるが、偶然の一致か?
屋敷についたら姫抱っこで部屋まで連れて行かれる。メイド長に風呂に入れられそうになったが、断固拒否して自分で入る。シャワーも付いてるけどどういう仕組み?まあ便利でいいか。今日は、ジェイドの部屋で夕飯だそうだ。明日からは食堂。マナーが心配。破天荒な妖精キャラで行こう。抱えられてジェイドのベッドで寝る。長い一日だった。