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《 紫の影の憂鬱 》

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 今回の任務は憂鬱だ。任務が楽しかったことなどなかったが、今回は特に気分が悪い。子供の誘拐だ。しかもただの子供ではない、第三王子の婚約者。いや、式は挙げたので妻になるのか。長く男色だと言われていた第三王子が子供を妻にしたと聞いた時には、女性が怖いのをごまかす為に、抗えない子供を生け贄にしたのかと思い、嫌悪した。


 ところが任務前の偵察の為に忍び込んだ時に目にしたものは、予想と逆だった。仲睦まじく寄り添う様はどう見ても相思相愛で、少女もそれほど幼くは見えなかった。一人でいる時にはまるで愛玩人形かのように表情もなく佇んでいる。それが王子が側にくると途端に花がほころぶような笑顔になる。むしろ少女を魔の手から救う気持ちでいた私は、この二人を引き離した後に送り届ける先を思うと更に陰鬱な気分になった。


 私は王家に仕える影。偵察、暗殺、裏の仕事なら何でも請け負う組織の一員だ。今回の依頼主は第二王子。王太子はまだ決まっていないので第三王子への牽制のつもりか、自身に子供が無いため黒髪の少女に産ませるつもりなのか。どちらにしても胸くそが悪い。抗えない我が身を怨むが仕事だ。


 第三王子が王都に足止めされている間に決行する。護衛は四人。油断は出来ない。手の者を大量に投入して少女と護衛を引き離した。予想外に馬丁が居たため助けを呼べない程度に足止めしたが、死にはしないだろう。だが意外なことに少女は馬丁の男に縋り付こうとした。血縁関係でもあるのか。報告では異国の迷子のはずだ。では実はこの男と恋仲なのか。襲撃が始まった時から手足が震えているようだったが、男が倒れてからは立っていられない程で、呼吸まで乱れている。この館には他に該当する人物がいない以上この少女が標的で間違いないだろう。詮索はやめて撤収する。足止めもそう長くは続くまい。無傷で戻るものがいるかどうか……


 意識を失わせ抱えて運ぶ。手荒な真似をする気には全くならなかった。所定の場所で指示があるまで世話するのも私の役目だ。仮にも王子妃を男に世話させるとは、第二王子がこの少女を丁重に扱うつもりが無いことが分かる。全く不憫だ。


 翌日朝になっても少女は目を覚まさなかった。何度か呼吸の有無を確認したほどだ。午後、第二王子が来る前に侍女が身支度を整えさせに来たが、身じろぎもしなかったようだ。


 やってきた第二王子は少女が目を覚まさないのを見ると、下衆なことにそのままコトに及ぼうとした。その時、ぱっと目を見開いて声無き悲鳴を上げるやいなや、第二王子が弾き飛ばされた。どうやら結界の類が発動したようだ。余り一般には知られていないが、魔具などによって見えない壁を作りだすものだと聞いたことがある。王子にどういうことだと詰め寄られたのでそのように説明した。


 解除出来ないと悟ると、保護したと言って適当に第三王子側に恩を売って来るように命令される。元より様子見程度のつもりで、こんな子供には興味が無いそうだ。彼の命令の為に何人が命を落としたのだろう。恩を売るも何も、こちらから罪を自白するようなものだ。これは私も終わりかもしれない。そうは言っても捨て置くことは出来ない。他の者に任せては少女がどんな目に合わされるかわかったものではない。


 この黒装束のまま、怯えさせず意思疎通が図れるだろうか。ベッドに座ったまま、凍りついたように動かない少女には目を向けず窓を開く。すると外から青い小鳥が入ってきて、私の肩に止まった。普段気配を消すか殺気を出すかしているので、生き物にこうして触れらるのは初めてだ。ふと顔が緩む。少女がこちらに顔を向けると、鳥が飛び立ちその手に止まった。鳥と話すような素振りをした後、少女が私の目をひたと見た。


 途端何かが背を駆け上がった。何故自分を攫った人間をそのような真っ直ぐな目で見られるのか。混乱で私が誰だかわかっていないのかもしれない。


「あの後ポールはどうなりましたか?」


「……死ぬような怪我ではありません。今頃は起き上がっているでしょう。」


「あなたはさっきの人の命令でこのようなことをしたのですね?私を害する様子はなかったと、小鳥さんが教えてくれました。このまま私をジェイドのところに帰してもらえますか?」


どこから返答すれば良いのか、鳥と……いや余計な詮索はやめよう。


「ご案内は出来ますが、お加減はいかがですか?何か飲み物をお持ちしましょうか?」


「ここは王都ですか?この建物にあなた以外の人はいますか?よければここにうちのものを迎えに寄越して下さい。そして無人にしてくだされば、あなたと接触したことは忘れましょう。私が鳥と話したことも忘れてもらえますか?」


 何故、この少女はこんな目にあって微笑みながら冷静に話せるのだろう。誘拐したのが私と分かった上で立場を思いやってくれるのだろう。まずは影に潜む部下に目で指示を送る。そしてどうしても知りたいことを尋ねてみる。


「一つお伺いします。ポールという人はあなたにとってどういう存在なのですか?」


「職業は庭師兼馬丁ですが、同じ家に住む家族ですよ。」


「……理解出来ませんが納得はしました。その家族を傷付けた私の立場を慮って下さるのはなぜですか?」


「あなたのような目をしている人間を少なくとも二人知っています。あなたと同じような立場の人も二人。だからでしょうか。私はあなたに罪を犯させた者を憎みます。許しません。あなたは本来はいい人間だと小鳥さんが言っていますし、あなたの紫の目は綺麗です。」


 思わず目を押さえた。この少女は紫が禁忌の色だと知らないのだろうか。自身が見たこともない黒い瞳だから気にならないのだろうか。


「あなたがもし転職したくなったら、うちへ来ませんか?その忍……衣装も検分させてもらいたいです。」


「転、職、ですか?私は仕事を辞めたり変えたりできる立場にありません。」


「そうですか。……不自由で詰まらないですね。」


この人は何を言っているんだろう。そんな当たり前なこと、不自由とは、一体……


「どうぞもう行ってください。恐らく、しばらく結界が保つでしょう。見張りが必要ならば影に潜んでくださっても構いませんが、ここで私が何をしていても見ない振りをしてください。」


「お約束は出来ませんが、善処します。」


「ふふっ、役人の常套句ですわね。ではご機嫌よう。」



 そう言うともうこちらを見なくなった。残っていた部下も怪訝な顔をしていたが、出て行かせる。ショックでおかしくなってしまったのかもしれない。気配を消して、物陰から見守っていると、突然鳥と歌い出した。


 ……メリーとはあの伝説の影のことだろうか。そのうち、別の曲を歌い出したので思わず顔を見ると滝のように涙をこぼしていた。殴りそうだ、と力強く歌っている割りに、あの人形の無表情で泣いている。駆け寄って慰めたい気持ちを堪える。傷付いていることは十分に伝わってきた。なんと苦渋に満ちた仕事なのか。早く迎えが来て欲しいと思う反面、存分に泣かせてやりたい気もする。しかしそんな私の矮小な気持ちなど、取るに足りないということがすぐにわかった。


「マイっ!!」


 第三王子が入ってくるや否や、歌う以外微動だにしなかった少女がベッドから飛び出し抱き着いた。顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。胸を鷲掴みにされたような気持ちで見ているとゾッとした。


「……報告を。」


 伝説の影は第三王子の執事として潜入していたのか。誘拐から今までの少女の様子と、頬に手を触れられたところで結界が発動したことを報告する。


「ふむ、結界。……なんですか?」


先程の歌を思い出したことがバレてしまったようだ。


「しつじの歌を……」


「全く……」


 なるほど。あの歌はこうなることを知っていて止めなかったメリーに対しての意趣返しで、殴りたいという意味だったのか。彼女は人形の様でも少女でもなく、聡明な女性であるようだ。それを子供の様に泣かせることができるのが、ジェイド様だけだということなのだ。


 私はこの時にした、彼女の家族を大事にする性質と、状況を見据えた判断力の話を、後々まで後悔することになる。ジェイド様がこちらに目を向けた。目礼する。いることに気付かれていたのか。彼もまた、噂とは随分違う存在の様だ。




 屋敷を出て、この後にする本来の飼い主への報告を思うと、さっさと転職とやらをしてみたくなる。全く憂鬱なことだ。





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