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《 ジェイドの独白 》



 俺は色のない世界に住んでいた。マイミィからすると鮮やか過ぎる色合いの国らしいが、俺がそれを感じられるようになったのは、マイミィがベッドに降ってきてからだ。



 幼い頃の鮮やかな色彩の記憶は、親子三人での庭の茶会だ。黒髪の母親の離宮には花が溢れていた。母親は自慢の息子で王の歓心を買う為に、王は国に役立つ人材か見極める為に、俺に笑みを向け上辺だけでも和やか時が流れていた。王は定期的に訪れていて、捨ておかれた訳ではない。母親にとっては王が全てで、俺を見てはいなかったが邪険にされた訳ではない。思えばあの頃は不幸ではなかった。


 終わりが訪れたのは、母親が死んだ時だ。兄二人に早々に見切りをつけた王の様子に、気付いた王妃が即座に刺客を送ってきた。その場は事なきを得たがこれで終わりではないだろう。まだ俺が魔法の教育を受ける前であったのが幸いだった。乳兄弟のクロールを参考にして漠然とした魔力でライトをつけ、得意げに風で濡れた王の服を乾かしてやった。だが決してそれ以外のことをしなかった。



 そうするうちに俺は、メリーとその家族を目付に、今の領主館に送られた。メリーは王の裏の側近だ。落胆させれば人知れず殺されるだろう。マーサは王妃から報告を指示されていたが、元は母の元で俺の乳母をやっていた人間だ。心情的には王妃寄りではないだろう。多分あの初夜の料理もマーサの仕業だ。マーガレットはマーサの子飼い。クロールとブランシュは、メリーから巧みに情報収集されている以上、気を緩めてはいけない。向こうも親から親しくし過ぎず弁えるように教育されていたらしい。



 数年して、ホムルとカイトが送られてきた。知恵の回るようになった兄達が監視・報告の為に送り込んできたのだ。側に付く彼らの目を欺ければ、思い通りの報告をさせることができる。


 出過ぎず、劣らず。見目のいい彼ら護衛を常に連れ、女を徹底的に排除して、後継ぎの不安を持たせた。それでも定期的に毒や刺客に襲われた。どういう指示を受けているのか、護衛も使用人もそのまま俺を死なせることはしなかった。温かい関係を期待し、落胆しの繰り返しだった。成人するころには誰にも心を許さない、表面上は穏やかで優しい領主が出来上がっていた。マイミィが言うところの胡散臭い笑みを常にたたえて。




 ずっと見続けていた夢がある。あの茶会の彩りの庭が、突然灰色の砂に覆われる夢だ。花壇だけではなく、見渡す限り一面の砂で、俺は懸命に花壇を掘り起こそうとしている。掘っても掘っても砂が流れる。魔法の水で流すことも、風で飛ばすこともできず、ただ乾燥した砂が掘った穴に流れていくばかり。それでも毎回掘り続けた。幸せの色を見る為に。目が覚めてから、「もう止めてくれっ!!」と叫んでも、何度でも繰り返されるばかりだった。


 ある日の視察で森に出た。湖よりは小さい、木の生えた中島が手前岸近くにある泉に目を惹かれた。馬に水をやる為と言ってなんとか時間を取る。すると雲間から光が差して中島の木の根元にあたった。ただそれだけのことから目が離せなくて脳裏に焼き付いた。


 その日から灰色の砂の夢の合間に、泉の夢を見るようになった。目に痛い程の緑に埋もれ、ただ何もせず泉を眺める夢だ。目が覚めた時、乾いた砂に潤いがもたらされた様な気分になった。その記憶があった為、マイミィの出現を言い繕うのに、森の妖精という言葉が出てきたようだ。


 いい案だと思った。身分ある娘では王妃の気に障る。他国の間者と思われれば消されてしまう。最初から平民を愛したと主張するよりは、それを隠す為に妖精だと言い張る方が、より恋に溺れた愚か者に見えるだろう。のちに、マイミィの存在は、そのような思惑を吹き飛ばしてしまうのだが……。




 あの日、いつも通り眠りに就くことを憂鬱に思っていた俺は、何の前触れもなく人の気配がしたのを刺客かと思った。しかしその挙動はそれを否定している。では久方振りに送り込まれたその筋の女かとも考えたがそういう素振りもない。その時唐突に、あの泉で天から差した光が思い浮かび、なぜだか彼女こそがあの夢で示されていたものだと思い至った。


 近づくと驚いたことに黒髪だった。裸であり、見慣れぬ容貌であることも天から遣わされたものの証拠であるように思った。ところがその顔を見ると見慣れた瞳がそこにあった。薄暗くはあるが、色は恐らくこの国にはない黒目。見慣れているのは色ではなく、その疲れ切り諦めた様な、マイミィが言うところの死んだ魚の目。長年鏡で見慣れたそれがそこにあった。息を呑む。あの庭が、幸せが……灰色の砂が吹き飛んで彩りの花々が戻った気がした。



 ずっと探し続けていた花をやっと掘り当てた!真に俺に、今度こそ俺だけに……背を向けられない愛情を手に入れた!マイミィからすればいい迷惑かもしれないが、愛おしい気持ちが溢れ返り、優しく抱き寄せた。少しの抵抗の後、身を委ねられた。その瞳に、諦めはあれども嫌悪がないか、慎重に見定める。やっと手に入れたのだ。失うことはできない。そんなことになれば次はもう、一面の砂の中でただ立ち尽くすことになるだろう。


 表情の乏しいマイミィの頬に手を添えて笑みを向けると、じっと見詰められた後、優しくニコリと微笑まれた。手に入れた!俺だけの!……そこからはもう止まらなかった。傷んだ喉に、ひび割れた唇に、蜂蜜を流したように染み渡る。焼け付くような甘さに理性も焼き切れた。



 次の朝、まだマイミィが寝ているうちに、マーサに女ものの服を頼む。まだ起きられないだろうから昼食を二人分。マーサはうるさいことは言わなかったが、メリーに素性を問われたので森で拾ってきたとおざなりに説明して追い払う。あの日から自由な時間ができれば泉に行っていたし、最近は時間が取れず夜に出ていたので、とりあえずは信じたようだ。口裏を合わせを頼まなくてはいけない。


 彼女がどこから来たのか、何のために来たのかは、自分勝手に納得していたので聞くつもりもなかった。しかし、それはそれで不信感を抱かせるかもしれないと思い、詰問にならない程度に聞いてみた。もたらされた説明は驚くべきことだったが、すぐには帰れないと思われる点において暗い喜びを感じた。



 マイミィはあの微笑みが夢だったかのように終始無表情だったが、聡明で誘導せずとも意図通り動いてくれた。いや、驚くべき言動で周囲を驚嘆させたが、結果的には意図通りになった。身分の上下を考慮しない言動と淑女らしからぬ行動が、その幼い容貌を助長して、周囲から俺に幼女趣味の謗りを向けた。だがそれすらも色々と都合がよかった。


 しかしマイミィは危険な存在だった。黒目黒髪というあらゆる意味で目を付けられるべき容姿である上に、魔法の才能がありすぎた。動物と意志疎通を図ることができた。水に溶ける様に泳いだ。神に捧げられる程の歌の才能があった。鳥にでもならない限り、見えないはずの角度からの絵を書いた。これではマイミィを次期王妃にする為、王宮が動きかねない程だ。



 俺の手の中で、俺だけのマイミィでいてくれればいいのに、彼女は俺の手から飛び出していってしまう。本当は手放してやった方がマイミィの為になるのかもしれない。でもそれはできなかった。やっと手に入れたのだ。


 その上マイミィは、自身が花になってくれたのみならず、花壇以外の俺の世界にも色をくれた。俺には全く思い付かない方法で。……まるで、ひたすら花壇の砂だけを手で掘っていた俺に対して、一面の砂を吹き飛ばした挙げ句、その砂を固めて家を作り、その中に一人ずつ家族を入れるかのように。


 幼い頃から期待しては諦めていた温もりは、彼女によってもたらされた。砂に埋もれていただけで、それはそこにあったのだ。護衛達は、村や王侯貴族らに、森の守護獣の化身と認識されれば、真実でなかろうとその役割を演じることになる。この領主館に居続けることになるだろう。王宮からの首ひもが切れれば家族になれる。それ以前にマイミィにすっかり手懐けられて、忠犬のようになっていたが。



 ある日マイミィは、不安に駆られたらしくジタバタしだした。可愛い勘違いだ。俺にマイミィ以外の女などいるはずもない。彼女がやりたいであろう段取りは理解できたので、手助けしながら俺もこの時、マイミィをいかに逃がさないようにするかを思案し計画した。


 時折マイミィは何かを考え込むことがある。突然別の世界に落とされたのだから当然だが、故郷との別離自体はあまり気にしていないようだ。帰りたいという素振りを見せたことはない。しかしずっと何かを我慢しているような顔をしているのが気になっていた。それが張り詰めた弓のようにキリキリと絞られ始めたのが孤児院から戻った日だ。追い立てられるように次々と提案し、実行してはぼんやりする。あの日何があったのか。もしやあの少年に心を移したのか。不安に駆られたが聞くことはできなかった。



 次々と驚きの魔法を編み出すマイミィがどんどん遠くに行ってしまうような気がした。あの寝台の帳の中で溜まらず抱きしめた。お互いの出方を伺うような甘くない抱擁の途中、ふと、かけたい言葉が思い浮かんだ。下手をすると咎めているように聞こえてしまうかもしれない。欲しい言葉だった場合だけ耳が拾うような小さな声で囁いた。


 そうか、お前はずっと泣きたかったんだな。ずっと頑張り過ぎて糸が切れそうになっていたのか。初めて会った時の瞳の理由はそこにあったのか。……日に日に増していくマイミィを好きだという俺の想いに、ついにお前は答えてくれた。好きだと言ってくれたお前を、もう張り詰めさせたりはしないよう甘やかそう。辛い時も楽しい時も、共に分かち合い支え合えばいいのだ。



 何とか結婚に持ち込んで、せめて兄達に奪われることだけは避けたいと準備したら、またとんでもない事態になった。神の養い子だと?一度俺に遣わしてくれたのだからもう関わらないでほしい。祭壇の前でマイミィに天からの光が差した時、返さない、奪わないでくれと叫びそうになった。


 だがマイミィの世界の結婚の作法はとても素晴らしかった。白いドレスのことは雑談のうちにそれとなく聞いていたので用意してあったが、あの誓いはいい。素晴らしかった。俺だけのものだと見せつけてやった。




 これから正式な結婚の手続きをしなければならない。マイミィのことをメリーがどう評価し、王に報告をするのかも警戒しなくてはならない。正直王位には興味はないが、マイミィを失うくらいなら何にでもなってやる。しかし王妃と兄達に対抗する力を蓄え、王にいいように使われないようにする為には準備が、時間が必要だ。


 マイミィが天から遣わされてから1週間。乾いた俺を蜂蜜のような甘くてとろける潤いで満たし、灰色の世界から救ってくれた、黒目黒髪で眩い緑の森の妖精は、絶対に俺のこの温もりの家から逃さない。奪われてなるものか!







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