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彼らは集う《肆》

『フレデリック、頼みがある』


 そう開口一番に言った賢者に、十年以上も付き合ってきた数少ない友人――アスケイル王フレデリックは絶句した。

 『頼み』なんて言葉を、まさか天上天下唯我独尊のこの男が言うなど、思いもよらなかったのである。夢かと思い、こっそり手の甲をつねってしまった位だ。


『な、何だ。今日はどんな無理難題をふっかけに……』

『魔精石が必要だ。特上で、大きさは短槍の刃に加工出来るだけ』

『んなっ……!』


 魔精石と聖精石。魔力と法力を吸収して昇華する、世にも珍しい対なる特殊石だ。

 通常の特殊石でも高価なのに、滅多に産出しないこの二つは十倍以上の値がする。しかも質も大きさも揃った物となれば、年に一つか二つ、見つかればいいほうだ。

 そんな石を買うとなれば、賢者への贈りものであれ、流石のアスケイル王とて、その権力だけで押し通せるものではない。国家予算の内、かなりの額を注ぎ込む。そのため、また大臣たちと一悶着起こすことになるだろう。


『何だ今更、魔精石なんて――』


 お前に必要ないだろう。そう言おうとして、フレデリックは気がついた。


(――待て。もしかして使うのは、この傲岸不遜野郎じゃないのか?)


『……。リネアか』

『……。そうだ。昨晩、魔物が異常行動を起こしただろう。……目覚めたんだ』


 乾ききった賢者の声音に、フレデリックは一人の少女に想いを馳せた。

 出会いは、二年前。僅か六歳だというのに、その少女の瞳には、すでに王たる者の輝きが宿っていた。

 ――この少女は、やがてシャルーランさえ超える存在。

 頬の紋様が示す真実や抑えきれない強大な魔力よりも、この俺様野郎が親代わりになって少女を育てているということよりも。その強い輝きはフレデリックの心を捉えた。

 初めて――。この目の前の男が執着した、初めての相手。戸惑いなく、偽りなく『愛しい』という想いを告げられる、たった一人の。


『わかった。用意してやる。ただしそれだけの条件となれば、金だけの話ではなくなる。……そうだな。五年、待て。人界で最高の石を用意してやる』

『……。すまない』

『謝るな、気色悪い。どうせならリネアを連れてこい。あの子は最高の目の保養になる』

『……ふ。まあこれだけの買い物だ。リネアもお前に懐いているし、近いうちに挨拶に越させよう』

『よし。ああ、それともう一つ。その時リネアを撫でたりしても文句言うなよ。仕返しも禁止。これが条件だ。どうだ? とりあえず、間に合わせの石もすぐに用意してやる』

『……。約束は出来んが、努力はする』

『ははっ、お前にしちゃあ最大の譲歩だな。よし、アスケイル王国第百二十代国王、フレデリック・ロム・アスケイルが成約しよう。いいな、シャルーラン』

『――ああ』



「――こうして五年後、まあ、今から三年前だな。その石を届けたんだ。いやぁー、あの時のお前は随分としおらしくて可愛いかったぞ、リネア」

「……」

「ははっ、お前の泣き顔なんてそうそう見れな……」

「話は以上ですか、陛下」


 というより、それ以上言うな。

 リネアから駄々漏れの殺気は、間違いなくそう言っていた。


「ふふっ。ねぇリネア、賢者様がリネアを溺愛しているのは今更だし……。小さい頃は泣くのも仕方がないじゃない。そんなに嫌がるほどの話じゃないと思うんだけど」

「……。話し手が、問題なんだ」


 ――ああ、そうだね。

 全員が思わず口に出してそうになったが、それは何とか思い留まった。


「私は当事者だ。詳細を知っているのは当然だろう。お前が嫌がると思って、小さい頃の他の可愛らしい話はしないでやったというのに……」

「……陛下」

「リ、リネアさんっ!」


 思わずニーナがしがみついたが、そうでもしなければ本当にリネアはアスケイル王に一発入れていたかもしれない。

 それほどリネアは爆発寸前の『それ以上言うな』オーラを纏っていたのだった。


「なんだ、からかわれて怒るなんてお前もまだまだだな。可愛らしいが、少しはあの俺様野郎の図太さを見習え。少しだけな」

「……っ」


 見事にリネアを手玉にとるアスケイル王に、アルフォンスは心中で盛大な拍手を送った。だって凄い。凄すぎる。


(リネアが怒りと羞恥で顔を赤くしているのを見る日がくるなんて……!)


 出会ったときから振り回されっぱなしの自分には、多分永遠に無理なことだろうけど。

 次にアルフォンスは視線を右隣に向け、その幸せそうな頭の男をどうしようかと考え、何だかやるせない気持ちになった。

 多分リネアのマル秘話を聞いて、その頃の様子に想いを馳せているのだろう。


「セルグ……」

「そうだよなあ、今もあんな可愛いし、小さい頃ってマジで天使みたいなんだろうなあ……。あー、一回でいいから見てみてぇ……」


 前言撤回。『幸せそう』じゃない。そんな程度は軽く飛び越えて、この男は今、確実に悦に入っている。


(いや異論はないけど、端から見たらただの変態だろ今のセルグ!)


 気持ちは分かる。同じ男だ、痛いほど分かる。だけど、ね?


「いてっ!」

「あ」


 アルフォンスが今回も一発入れてやろうと思って足を動かした時、セルグは別の一発によって覚醒した。鈍い音がしたと思ったら、頭を押さえて呻いている。


「どうした? セルグ君」

「あら、何でもありませんわ、陛下。ちょっとこの阿呆の頭に虫がいたのを取ろうとして、手が滑ってしまったんです」


 おほほ、と扇で口元を隠しながらローザンはわざとらしく笑った。

 どうやらアルフォンスと同じようにセルグに呆れ、これまた同じように一発入れてやろう、と思ったらしい。


「ローザンさん、その、かなり凄い音がしたんですけど……」

「気のせい気のせい。ねーセルグ?」

「て、めぇええっ。鍛えた武闘家じゃなきゃあ、下手すりゃ昇天してるぞ今の!」

「あら、ならセルグは鍛えてるし、問題ないってことよね」

「いや、そうだけど……って違うだろ!」

「何も違わないわよ、結局は問題ないんだから。陛下、お騒がせしてすみませんでした」

「いやいや、気にしていないよ。それにしても、ルマの女性は強くて美しいな。アスケイルの民とはまた一味違うね」


 少し涙目のままのセルグを放って、王はローザンを遠慮なく口説き始めた。

 ただ、ローザンは見事にかわしているが。


「ちっくしょう……」

「あはははは、悦に浸ってたセルグがいけないんだよ」

「あのなぁ、俺は――!」

「セルグ、大丈夫か?」

「うっ」


 これぞ正に怪我の光明。呻くほど痛がったセルグを心配して、リネアが声をかけてきたのだ。


「も、勿論大丈夫だ。コブくらいはできるだろうけどな」

「そうか。頭は油断すると大変なことになる。何か異常を感じたら、すぐに言ってくれ」

「おう」


(……あー、お花が飛んでるよセルグの周り……)


 もしかして殴られた痛みなんて、この嬉しさで全部吹っ飛んだんじゃなかろうが。

 それくらい、セルグは満開の笑顔だった。


「アルフォンス君、アルフォンス君」

「へ? ……あ、クレア」


 幸せそうなセルグの邪魔はすまい、と数歩下がった時、アルフォンスにクレアが声をかけてきた。


「セルグ君ってリネアのこと、愛してくれているのね」

「まあ、見ての通りだよ。リネア以外には一目でわかるくらい一直線」

「そう。……良かった」


 何とも言えない、優しい表情で微笑むクレアを見て、本当にリネアを慈しんでいるのだな、と思った。


「セルグ君は、大きな人ね。数限りない障害も……何も気にせず、リネアだけを見てくれている」

「……うん。あのね、アレは出会った時からなんだよ。いやぁ~、あの硬直具合は見事だったなぁ」

「まあ、一目惚れなの? ふふ、まるで物語みたいね」

「いや、リネアがお姫様なのはいいけど……。セルグは、ちょっと」

「あら。主役がお姫様と王子様である必要はないと思うわ。物語に必要なのは、困難も物ともせずに愛を貫くか否か。それだけよ」

「愛、を……?」


 クレアの言葉に、アルフォンスは返答できずにいた。愛という言葉が気恥ずかしいと思ったのもあるが、その『物語』はどのような流れなのか、それがひどく気になってしまったからだ。


「家族愛とか、友愛とか、その形は様々でしょうけど。私はそう思うわ」

「……。そう、だね。ただ、やっぱりセルグは主役をはれる気がしないんだけどさ……」

「あらあら。そうね、この物語の主役はアルフォンス君だものね」

「え?」

「これから先、界王の血族であるために起こる問題が、必ず出てくるわ。だからリネアのこと、よろしくね。私も力になりますから」

「……。うん」


 はぐらかされた気がしたが――。アルフォンスは素直に頷いた。

 クレアは暗に『血族の問題で困ったら自分を頼れ』と言ってくれたからだ。


「さて、話が長くなってしまったな」


 ローザンは落とせないと諦めたのか、アスケイル王が話を打ち切った。


「こちらの準備は万端だ。さあ、方陣の間に案内しよう」


 アスケイル王を先導に、一行は王宮の北西にある離宮へやってきた。


「これは……。転移方陣を敷くには素晴らしい環境ですねぇ」

「だろう? そのためだけに造られた宮だ。そうでなくては意味がない」


 リューンが感嘆の声を漏らした宮は、静寂に包まれていた。まるでこの会話の音さえも吸い込んでしまいそうな、無音の空間。

 王宮の中心部も決して騒々しいわけではなかったが、ここは別世界のように静寂に満ちていた。生命の鼓動が何一つ感じられないのだ。周囲には草木さえなく、白く美しい小石が敷き詰められている。

 それに離宮は通常、木の渡り廊下で王宮と結ばれているが、この宮だけはわざわざ地面に降り、敷石を渡った。それもこの宮だけ『遮断』されているという証拠だろう。


「入りたまえ」


 宮の入り口で王がそう告げる。すると、何と扉が独りでに開いたではないか!


(ええーっ!?)


 何かの術か、とアルフォンスは思ったのだが、一歩宮の中に入った途端、さらに驚くことになった。


(ひ、人がいる……!!?)


 まさか、嘘だろ。

 アルフォンスはなまじ気配を読む術を鍛えただけに、全く分からなかったのは、かなり落ち込む事態だ。と言うかヘコむ。

 扉を開けたのは、間違いなく扉の側に控えていた人たちだ。彼らは一様に布を目深に被り、床まで届く長衣を身に纏っている。


「どうかなさいましたか?」

「あ、ラルフ。ラルフはこの人たちの気配を読めた? 僕、全然わからなくて……」

「ああ、はい。私はわざと抑えている気配には、特に敏感ですので。お二人も同様でしょう」


 ラルフの視線を辿ると、確かに気配に敏いセルグとリネアは驚いていないようだ。


「どうぞこちらへ」


 そこにドキリとするくらい、か細い声が聞こえた。

 その声は、宮仕えの一人が発したらしい。背丈からして男性だろう、その人が奥に案内するような仕草をした。


「ついてきたまえ。この奧がジーパへの方陣の間だ」


 壁に揺らめく灯火が、幻惑的な雰囲気を醸し出す。

 到着した部屋には、精霊陣そっくりの方陣が床に描かれていた。四方には術者だろう、この宮に仕える人の中でも、特に強い霊力を持った人たちが控えている。


「どうぞ、陣の中へ」

「はい」


 男性に導かれ、アルフォンスたちは方陣の中に足を踏み入れた。

 何度も精霊陣を使っているから、転移方陣への恐怖はない。けれど、この陣の先、ジーパには――。


(扉が、あるんだ)


「さて、ではここでお別れだな」


 アスケイル王の言葉に、アルフォンスはハッとして振り向いた。


「向こうでも方陣の中は、まだアスケイル領だ。いわゆる飛び地だな。まぁ、上手く使え」


 何かあっても、守ってやるぞ、と。王はその思いを言葉に託した。


「全員、無事に生きて帰って来い。――それが陣を使うための条件だ」


 こんな間際になって、王はそんな――易しくない、優しい条件を出した。

 本当は飲むべきじゃない。未来の約束なんて出来やしないから。だけど、こんなにも優しい束縛だ。だから、喜んで受け入れる。


「――はい!」

「うむ、いい返事だ。そうだ、リネア。お前に言っておくことがある」

「……はい」

「人界に帰って来たら、必ず顔をだせ。シャルーランのとこより先にだぞ」

「……」


 王に何を言われたのか、リネアは咄嗟に判断が出来なかったらしい。珍しく、ぽかんとした顔を見せた。


「お前の帰りを待っている人間は、お前が思う以上にいるんだ。いいな?」

「……! はい、陛下。必ず」


 思わず零れそうになった涙をこらえ、リネアは王に頭を下げた。

 まるでもう二度と会えぬ今生の別れのように、深く、ゆっくりと。溢れ出す感謝の念を示すために。


「――陣を作動させよ!」


 王はリネアを愛おしそうに見つめながら、術者たちに合図を出した。その合図とともに、陣に莫大な霊力が注ぎ込まれ始める。陣の中と外を区切る境界線が、一気に眩しい光を放ち出す。


「転移!」


 術者の掛け声とともに、アルフォンスたちは王の目の前から姿を消した。


「帰って、来いよ……」


 ポツリと、王が零した。

 ――愛しき我が娘。私はそう思っていると、教えてやるから。

 やがて激しい光が収まると、アルフォンスたちはアスケイルに良く似た――けれど、違う場所にいた。

 深く頭を垂れ、一人の女官が一行を出迎える。


「お待ちしておりました。ジーパに、ようこそ」

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