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彼らは集う《弐》

 二人でしばらく三ヶ月間のことを話していたら、アルフォンスがじっと自分を見ていることにセルグは気付いた。


「どうした? アル」

「ねぇセルグ、服の模様を変えた?」


 相手の変化に気付いたのは、セルグだけではなかった。

 二人とも長旅に備えて服を新調したのだが、セルグは今回も武闘家の証が描かれた服を着ていた。しかし、以前とその模様が微妙に違っていたのだ。


「おう。よく気付いたな。……昇級したんだよ、四位まで」

「えっ、本当!? 凄いね、おめでとう!」

「……ん、ありがとうな」

「そっかー、セルグも一人前なんだね。もしかして昇級しないんじゃないかと……」


 あれ?


(え、四位? おいおい嘘だろちょっと待てぇええ!!)


 階級の表し方は『武闘神』などと言った職ごとの呼称と、『四位』などの位がある。位ならば上からの順位を示すのだ。即ちそれは――。


「ちょ、飛び級!? 武闘家って七位からでしょ? 一人前どころか、一気に見習いから四階級特進で中級じゃん!」

「その言い方やめろよ、何か殉職みたいじゃねぇか」

「けど凄いよ! セルグ、本当におめでとう!」

「まあ、力が欲しかったからな……。だから、昇級試験を受けることにしたんだ」


 その言い振りに、セルグは自分自身では昇級に納得していないのだと気付いた。

 やはりスードで思ったように、セルグは己を戒めることで責を負おうとしているらしい。


「……気術の達人の獣王様に会いに行くんだしさ。セルグの階級、絶対に役立つよ!」


(そのために、力を得てくれたんだよね。ごめんねセルグ。ありがとう)


「――そうだよな。うん、さっさと俺がこの位に恥じない強さを持ちゃあいいんだしな!」


 幼い頃、迷わず欲したように。あの衝動が蘇ったのだ。

 ただ、力が欲しい、と。


「セルグは間違いなく力になれるよ。みんなの力にね」

「……おう」

「あ、それと階級のことだけどさ、ちゃんと認めてもらった階級なんだから。あんまり気にしちゃ駄目だと思うな」

「そうだな。尽力して下さったお師匠に失礼だよな。よし、もうこの話はナシだ。他の奴等には内緒で頼む」

「うん!」


 背後からセルグが近づいてきた時、何故、少しも分からなかったのか。その理由が今、はっきりと分かった。

 変わったのだ。セルグは変わった。成長、とは少し違う。セルグは力、権力とでもいうべきものに、良くも悪くも屈した。

 その『力』を認めたセルグは、二度と『強さ』に夢見ることはないだろう。


「そう言えばさ、四位なら前に武闘大会の決勝で闘った人の階級だよね?」

「おう。あれは公式な大会だったからな、勝てたことが今回の昇級にかなり影響したぜ」

「そっか、やっぱり上位の人に勝つって凄いんだね」

「あれは自分でも良くやったと思ってる。まあ二人の……、おっ!」

「?」

「リューンとローザンだ!」


 セルグが後ろを振り返ると、確かに並んで歩く二人の姿があった。以前の自分と同じく、初めての王都に感銘を受けているようだ。

 ただ、二人はまだこちらに気付いていない。


(凄いな……。自分に気が向けられてなくても分かるんだ)


 覇気は放たれるモノ。殺気は向けられるモノ。

 生来の才能があれば、こうしたモノには訓練せずとも反応出来るという。

 しかし自分に向かっていないモノを察知するには、相当な訓練――そして相応の才能が必要だとエルネストは言っていた。


「もしかしてあいつら、シェルマスから一緒に来たのか?」

「きっとそうだよ。ローザンだけだと移動が大変だし。けど、何で?」

「いや、あの組み合わせって珍しいなと……」


 確かに。言われてみればそうだ。

 仲が悪いわけではないが、相性とでもいうのだろうか。のんびり屋のリューンとハキハキしたローザン。二人でいるところを見たことはない。


「精霊陣を使っても……。七日はかかるよね。少しは二人の距離も縮まったかなぁ?」

「なあアル、その言い方って何か……」

「?」


 何がセルグの気に障ったのか分からず、訊ねようとしたとき、リューンがこちらに気付いた。ローザンに呼びかけ、こちらを指差している。


(ま、後でいっか!)


 セルグも苦笑いしただけだったし、きっとまた変なことを言ってしまっただけだろう。

 アルフォンスは質問を中断し、二人に駆け寄った。まずは感動の再会を果たさなければ。


「アル、セルグ! 早めに会えて良かったわ。リューンに迷子探しの時みたく、術を使ってもらおうかと思ってたのよ」

「迷子って……。僕ですかやっぱり」

「あら、他に誰が?」

「……いませんすいません」

「ははっ、お前ら相変わらずだな」

「ですねぇ。二人もお元気そうで何よりですよー」


 合流した二人によると、やはりシェルマスから精霊陣で一緒に来たという。


「あたし一人なら、来るだけで一月かかっちゃうわ!」

「そりゃ大変だな」

「シェルマスで別れる直前、リューンが言ってくれたのよ。だから一番近い陣で待ち合わせしたの」

「陣は自由に使用出来ませんからねぇ。えー、ニーナはチルト派が契約を結んでいますから、大丈夫でしょう」


 となれば、残るは。


(あっ、けどラルフのこと、リューンたちは知らないんだ)


 だから『ニーナは』なんだよな。

 そこで八人目の仲間を紹介しようかと思ったが、アルフォンスは思い止まった。


(そうだ、三人にびっくりしてもらお!)


 この様子だとセルグは忘れていそうだし――。

 アルフォンスは小さな悪戯を思いつき、再会の時まで口を閉ざしておくことにした。

 セルグによれば、王都内に他のみんなの気配はないらしい。アルフォンスもリネアたちの界王力をひっそりと探ってみたが、セルグの言う通り、付近には感じられない。ただ、確証は無いが。


(けどセルグがリネアの気配を感知失敗、ってことはあり得ないよなぁ)


 むしろ海の向こうでも正確に感知出来そうだ。


「えー、ニーナは陣を使った後、組合を頼って移動するでしょうしー。となれば……西門からですかねぇ」


 アスクガーデンには三つの門がある。東西と南のそれぞれ、丁の字に大通りがぶつかる造りなのだ。

 北には王宮があり、その背後には峻険な山々が天然の要塞となってそびえている。アルフォンスたちは現在、中心の道である南門から入って歩いていた。


「じゃあセルグ、しっかり探してね!」

「へいへい」


 俺は探知機じゃねーよ、などとボヤきながらも、セルグは周囲にきちんと気を配っているようだった。

 気術は攻撃、回復、防御、感知の四種に気を使い分ける。その中で、セルグは感知が一番得意だったが、今まで基礎以上の訓練はしていなかったらしい。

 今はしっかりと修行を積んだため、今まで以上に感覚が鋭敏になっているのだ。

 一行は、西門に向かって王都をぶらぶらと観光していたが、ふとセルグが既知の気を察したらしく、雑踏に目を向けた。


「お、ニーナが来たぜ」


 その姿は初め、人波に紛れて見えなかったが、すぐにこちらに駆け寄ってきた。

 笑顔で駆けてくるニーナ。その手には、見慣れない杖が握られていた。


「お久しぶりです! あの、私、昇級審査に合格しました!」

「本当に? おめでとう!」

「やったじゃない、ニーナ」

「はい! チルト派では、一人前の位から杖を持つことが許されるんです」


 嬉しそうに、尚且つ誇らしげに掲げるその杖は、リネアのものとかなり作りが違った。

 全体的に長細い十字の形をしているが、その交差部分を環が囲っている。特殊石は杖の先端ではなくその中央、十字の交差部分に嵌め込まれていた。


「この法石で私の力も強化出来ますし、これで少しはみなさんのお役に立てると思います!」

「ふふ。そうね、期待してるわよ、ニーナ」

「はい!」


 お役に立てる。その言葉を聞いて、アルフォンスはあの砂漠での出来事を思い出した。

 己の無力さを嘆いていた少女。自分は役立たずだと卑下していた。


(ニーナ……)


 ――自分に出来ることを頑張る。それが『役に立つ』第一歩。

 僕も君も、それに気付けた。だからもう、誰かと自分を比べるなんてしない。

 アルフォンスはこっそりと、笑みを浮かべた。


「さて、後は賢者様御一行ね」

「もう日は高くなりましたが……。いつ頃来られるのでしょう。私、てっきり最後になってしまったかと」

「せめて日が昇ってるうちに来て欲しいよな」

「えー、リネアも居ますし、それは大丈夫でしょう。……きっと」


 一段下がったリューンの語尾に、一行の周囲だけズン、と空気が重くなった。

 だって賢者様は『賢者様』だが、間違いなく『俺様』なのだ。しかも人として何かを逸した具合に。これは疑いようのない事実だ。

 一方のリネアは、多少は傍若無人なところがあるが、あくまでも常識の範囲内だ。

 これは絶対的な違いだった。


「リネアの良心に頼るしかない……よね?」

「……だな」

「ま、まあ、大丈夫でしょ。クレアもしっかりしてそうだし」

「そうだね。――あっ、そうだ! ねぇ、暇だしさ、武闘大会の会場に行ってみない?」

「そうそう。試合場は空中に浮いてるんだぜ」

「おや、それは珍しい。是非とも拝見したいですねー」

「じゃ、行ってみましょ!」


 一行が会場に行くと、そこでは今日も別の大会を開催していた。入り口はあの時と同様に開放されていて、気軽に入場できた。


「へえ、あれね。凄いじゃない」


 今日も空中に浮遊するあの足場は、決して不安定ではないが、落ちる恐怖心が隙を生む。

 経験者のアルフォンスとしては、二度と上がりたくない場所だ。


「あんな重そうなの浮かべるなんて、ここの術者は大変ね。魔力と妖力よね」

「ですねぇ。あれはお見事の一言ですよー」


 一行が眺める中、試合は順調に進んでいく。今回は珍事が起こらずに済みそうだ。


「そう言えば、スードでもそんな風に言ってたよね」


 まだ真実という光が、暗黒の雲に覆われていた時。あの時、ラルフは躊躇なく自分たちを葬ろうとしていた。

 そこで妖力を駆使するラルフに対し、リューンは密かに呪文詠唱を成功させ、その力を削いだのだ。『もう妖力で武器強化は出来ない』と言って。


「だけどさ、解んないだよねー。それなら幻影族は何で人を操れるの?」

「うーん……。そもそも魔力と妖力は物質、法力と霊力は生命に作用しやすいとされています。なので、あえて言うなら、妖力よりも幻影族の特性……ですかねー」

「特性?」

「あ、それって人族以外が持つと言う、特別な力ですよね?」

「ふうん? 初めて聞いたな」

「他世界と交流がない今は、噂の域を出ないでしょうねぇ。ですが、私の職で交流は必須ですしー」


 ふふ、と笑ったリューンは『特性』について簡単に説明してくれた。

 特性とは民ごとに、特徴――髪や瞳の色、宿す特殊力といった絶対の違い――と同じくバラバラらしい。

 しかし、特性が特徴に含まれない理由がある。それは絶対的な違いではない、と言う点だ。


「そうですねぇ……。例えば、シェーマスでもルマの一族は、特に霊力が高いことで有名です。ですがローザン、決して霊力が高いとは言えない方も生まれるのではー?」

「ええ、そりゃあね」

「こういった『高確率で起こる出来事』、これが特性ですかねぇ。特性が一つ、他世界の民は必ずありますからー」

「だけど全員が出来るわけじゃないし、宿す特殊力とは関係ない、ってこと?」

「ええ、ほとんどは」

「じゃあ少しは関係あるんだな。ったく、本当に特殊力はややこしいぜ」

「そのややこしい力を率先して研究してる職が、魔法使いよ。リネアはあの魔力がなくても、魔法使いは天職よね」

「言えてる! クルツァータでも本を山のように読んでたしね」

「リネアさんは探求心と知識欲が旺盛ですものね」


 暫く一行が歓談していると、大きな銅鑼の音が鳴り響いた。試合場に目を移せば、勝敗が決したようだ。


「いやー、あの時はびっくりしたよホントに」


 続く審判の勝利宣言。重なる。あの時と。


「あー……。短気は損気、だよな。うん。気をつける」

「うーわ、あんたに一番似合わないわよ、その格言」

「るっせ!」

「ほら、まただよセル……ん?」


 アルフォンスは何かを感じ、会場の外を振り返った。

 ――ああ、近い。


「賢者様たちだ!」

「では一度、会場の外に出ましょうか」


 空から突然、人が現れたら騒ぎになる。そう思って一行は会場を出たのだが、そこで見たものとは――。


「あれ? ラルフ!」


 何故かリネアたちと一緒に訪れた、ラルフの姿だった。


「お久しぶりです。此度は私も旅を共にさせていただくことになりました」

「あら、知らなかったわ。先に報せてくれれば良かったのに」

「これでスードでは、お二人も仲間が増えたことになりますね」


 思わぬ人物の思わぬ登場に、セルグがビシ、と音を立てて固まった。

 それを知ってか知らずか――いや、ローザンは確実にわかって無視している。笑顔がにやけて、わざとらしい。

 ただ、ラルフのことはみんな問題なく受け入れてくれたので、アルフォンスは一安心した。

 ――残る問題は。


「あー……。セルグ、セル……グ?」

「短気は損気短気は損気短気は損気短気は損気短気は損気短気は……」

「……」


 何かブツブツ呟いていると思えば、セルグは『短気は損気』をまるで呪文のように唱えていた。

 ……いっそ哀れだ。


(まあ仕方ない、か)


 三月振りに想い人と再会したと思ったら、何故か隣には予想外の男性の姿が。しかも一度は負けた相手だ。

 ローザンたちのように『仲良く』というのは、すぐには無理な話なのだろう。

 シャルーランは全員がいることを確認すると、人混みを嫌ったのか、挨拶も半ばで王都を離れていった。


「アルフォンス殿」


 セルグに何も言えずに立ち尽くしているとき、呼び掛けに振り返ると、ラルフがいた。


「あ、久しぶり。さっきはびっくりしたよ。賢者様たちと一緒に来るなんて」

「アーサー様と賢者様はあれ以来、連絡を取り合うようになりまして。その時に賢者様からお声をかけて頂きました」

「そっか、ラルフは精霊陣もないし、移動はローザンより大変だもんね」

「はい。ですが賢者様のご都合とのことで、一月前アスケイルに入国致しました」

「……。え?」


 一月前にアスケイルに?


(……まさかその間、ずっと賢者の塔に居たんじゃ……。それっていわゆる『一つ屋根の下』ってヤツじゃんか!)


 なんとなくだが、これは賢者様からセルグへの『挑戦』な気がする。何かとセルグが気にすることを仕掛け、その上でリネアへの対応を見る気なのだろう。

 ……ほら、だって早速反応してるしさ。


「おい、ちょっと聞きたいんだが……」

「はい、何でしょう」


 聴力も抜群に優れているセルグは、しっかりラルフの話を聞いていたらしい。目を游がせながらも、何とか平静を保ってこちらにやって来た。


「お前、一月……。アスケイルのどこに居たんだ?」

「? 無論、賢者様方とご一緒に塔で生活しておりましたが」


 何でこんな質問をするんだろう、といった顔のラルフ(当然だ)の前で、セルグはしばし固まった。

これでもかと言うくらい、見事にカッチカッチに。

 こんなことをしていると、みんなもこちらの様子が気りなり始めたらしい。他のみんなと話していたリネアが声をかけてきた。


「セルグ、どうした?」


 悔しさや羨ましさや妬ましさや羨ましさや、そんなのが色々ない交ぜになってるんだよ、リネア。

 ――そう言えたらどんなに楽だろう。


「い、いや。何でもねぇ……っ!」

「?」


 どう見たって何でも『ある』のだが、リネアはリネアなので、それには気づかないようだった。


「……。ねぇセルグ、ついでにもう一つ、追い打ちかけてやりましょうか?」

「何だよ、ここまで来たらそう簡単にはへこたれねぇぞ」

「あら、よく言ったわね。だ・け・ど。――リネア、修士になったんですって」

「「……はっ?」」


 セルグだけでなく、アルフォンスの声も重なった。


「修士!? リネア、ついに一位になったんだね! おめでとう!」

「ああ、――もう気にすることを止めたんだ」


 すでに五年前の時点で、修士になる条件は揃えていた。しかし幼くして修士になれば、否応なく人目につく。それは避けたかった。

 けれど、位という『力』は必要だった。だから準修士の位は得たのだ。


「この頬の紋様……。最上級の魔法使いなら、その意味を知っている。けれど、もうバレてもいいと思った」


 ――みんなが受け入れてくれるから。


「最、上級……。凄ぇな、本当に凄ぇよリネア。うん、オメデトウ……」

「ああ、ありがとうセルグ。セルグも昇級したんだな」

「お、おう」


 四階級特進は、素直に嬉しい部分もあったのだろう。それを越える偉業を成し遂げたリネアを前に、セルグはしょぼくれていた。

 そんなセルグを半ば引きずるようにしながら、アルフォンスたちは王宮へと向かって歩き出した。

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