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いざ進め《参》

 見送りに来てくれて人々の中には、もちろんパティやカイル、隊商の面々もいた。

 セルグはそのうちの何人かに、直接別れの挨拶を述べる。その中にはブラッドと顔立ちの似ている男性もいたので、あれがレナード家当主なのだろう。

 その人たちとの挨拶をセルグが終えたのを確認して、ブラッドが一行に声をかけてきた。


「では参りましょう」

「はい!」


 さようなら、また来て下さい、お元気で。

 方々から、別れを惜しむ声が発せられる。


「――兄さんっ!!」


 その中で、カイルは別れの悲しみを我慢出来なかったのか、ぼろぼろ涙を零しながら兄を呼んだ。

 行かないで。傍にいて。

 本当はそう叫びたい。だけど、それは出来ない。兄の旅立ちの邪魔なんて。


「やくそくっ、約束、したからね!」


 だから、あの至福のひとときを思い出しながら叫ぶ。


「――おう! 必ず守る!」


 セルグはそんな弟に向け、精一杯の笑顔をみせた。感極まって、セルグも泣き出してしまいそうだ。

 こうして一同に見送られ、アルフォンスたちはレナード家を後にしようとした――その時。

 セルグが、ポツリと呟いた。


「誰だあいつ」

「?」


 本当に小さな声だった。すぐ近くにいなかったら、絶対に聞き取れなかっただろう。実際、本当にそう言ったのかどうかも怪しいくらいなのだ。


「親父」

「ん、どうした?」


 先ほどまでの感極まった様子が嘘のように、セルグの表情は引き締まっていた。だが、ブラッドは何も気づいていないようだ。

 セルグの変化に何かを感じ取ったのか、気配に敏いリネアとラルフは、セルグの言動に注意を払っている。それとなく周囲の様子も窺っているようだ。

 セルグは引き続き、小さな声でブラッドに尋ねた。


「本家からの人手は?」

「いや、ないぞ。いつも……」


 そこまでで十分だった。ブラッドの言葉を遮り、セルグが吠えた。


「じゃあ、てめぇは何者だ!!」


 そう叫ぶや否や、セルグは庭の石を拾い上げ、庭木に向かって投げた。ただの小石が矢のように放たれ、胴回りくらいはありそうな見事な枝を、一撃でへし折った。ドサリと音を立てて枝が地に落ちる。


「おい……!?」


 ブラッドが慌てたようにセルグに駆け寄った。

 だが、セルグは制止の声など聞いていなかった。いや、すでに次の行動――不審者の確保に動いていたため、耳に入らなかったのだ。

 ブラッドがセルグを押しとどめようとした時には、もうセルグは木の根もとに移動していた。

 見送りに来ていた人々がこの事態に仰天し、ざわざわと騒ぎ始める。それも当然だろう。だが、そんなことはお構いなしに、セルグは木の幹を殴りつけた。

 がっしりと地中深くに根を張った巨木だ、そう簡単に倒れはしない。しかし、枝葉が嵐にもまれたかのように音をたてて揺れる。


「!」


 アルフォンスは、それを見つけた。

 騒ぎの原因、不審者、セルグが警戒していた相手。それは木の上にいた。

 葉が茂っているから確認しづらいが、確かにそこに人がいた。気配も断っていて、一見して分かるものではない。しかしセルグの攻撃に動揺したのか、僅かに気が揺れた。それでアルフォンスも気づけたのだ。


「ブラッドさん、これぐらいは勘弁してね!」

「え、な、何を……!?」


 次に動いたのは、以外にもローザンだった。こちらは気ではなく、特殊力で察知したのだろう。愛用の扇に霊力を注ぎ込み、一閃する。


「ヴェダ・セーナ!!」


 呪文とともに、轟々と強風が吹き荒れた。いや、あの木の周辺だけを『通り抜け』た。豊かに青々と茂っていた葉も、これにはたまらず空を舞う。

 身を隠す場所がなくなった相手は一足で宙に待った。黒、いや紺色の装束。顔も布で覆い、表情はうかがいしれない。体格からして、成人男性だろう。

 彼は何とも身軽な動きで、人々やセルグとは反対方向、屋敷の塀まで飛び上がったのである。


「待て!」


 ロイが叫んだ。逃げられてしまうと思ったのだろう。

 だが、アルフォンスたちは慌てず、けれど急いでそちらに駆けていった。アルフォンスたちからは、セルグと同時に退路を断つために動いたその人物が、よく確認できたからだ。


「動くな」


 ピタリ、とラルフが背後から男の喉元に刃を突き付けた。男は塀から飛び降りようとしたのだろうが、身動きが取れない。反撃を試みようにも、足もとにはセルグが控えているし、遠方からはリネアが照準を合わせている。少しでも動こうものなら、たちまち強力な魔法が放たれるだろう。


「で、誰だてめぇは。返答次第によっちゃあ、ただじゃおかねぇぞ」

「……」


 ラルフが刃を突き付けたまま、セルグが足元から男を睨みつけた。セルグは家が危険にさらされたためか、武闘大会の時よりももっと恐ろしい、純粋な怒りを放っていた。

 男はしばし無言だったが、ラルフが僅かに刃を引いたことで動きを見せた。ほんの少し裂かれた首元から、つう、と赤い血が流れ落ちる。


「ラルフ!」


 アルフォンスの制止とともに、男は諸手を挙げた。降参の意だろう。未だ警戒を解かないラルフが刃を首筋に当てたままではあったが。


「……これほどとは、恐れ入った」


 ぼそりと、男が呟いた。何のことだとセルグが問おうとすると、その前に、とラルフが覆面をはぎとる。

 男は、年は四十半ばくらいだろうか。目じりに皺が見え、幾許か髪に白いものが混じっているが、その鋭い眼光は精力的であり、年老いている、などといった表現は相応しくない。

 しかも、こうした不逞を働く人物には似つかわしくない、何とも品の良い顔立ちをしていた。こんな出会いでなければ、どこぞの高貴な武人だと言われたほうがよっぽど納得できる。


「……誰だ、あんた」


 同じことをセルグも思ったのだろう。男を問い詰める声の勢いが、随分と失せた。


「まず、謝罪させていただきたい。私の力不足ゆえ、騒ぎを起こし、ご迷惑をかけてしまった」


 男がセルグをじっと見据える。この時になって、ようやく追いついてきたロイやアルフォンスたちが、グルリとセルグを取り囲む形で集合する。


「名は明かせない。が、私は天子様の影を務める者だ。秘密裏にあなた方を護衛せよ、との任を承ったのだ」


 男のその言葉に、辺りには一気にどよめきが広がる。セルグも仰天したようだ。


「ん、な……!?」

「ああ、疑わしいのは最も。証拠はここに」


 そう言って男は襟元をくつろげた。そこで示されたのは、心臓の真上に彫られた花の紋様だった。

 あれはアルフォンスも見た記憶がある。内裏の中や若宮さまの衣装、借りた馬の馬具。ということは、あれは皇族の紋章だろう。


(あっちゃー……)


 まずいだろ、コレ。

 相手がどんな身分なのかは、アルフォンスには分からない。だが、この場の様子では『影』とは敬うべき存在なのだろう。証拠も確からしい。ラルフも警戒はしたままだったが、身元が保障されたことで刃は納めた。

 帝がつけてくれた護衛を攻撃したこともまずい。だけど、それより心配なのは……。

 アルフォンスはクルリと振り返る。そこで見たものは、予想通りのモノだった。


(うん、やっぱり見事に固まってる……)


 セルグだ。カチンコチンに固まっている。今頃、頭の中はどうなっているのだろう。もしかして、土下座でもしちゃうのかな――。

 アルフォンスが生温かい目で見守りながらそう思ったとき、セルグが動いた。

 だが、土下座などではない。塀の上に飛び上がり、何と男に詰め寄ったのだ。


「それが本当なら……俺はアンタを許すことは出来ない」


 周囲のざわめきが一層強まっていく。影に何てことを、といった声も聞こえる。

 だが、ブラッドや本家当主は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。それでアルフォンスたちはピンときた。

 扉だ。

 ジーパ国内を護衛するというなら、扉まで付いてくることになる。しかし、正確な場所は扉守りだけが伝えていく秘密であり、帝であっても、それを知らせるわけにはいかない。そうブラッドが言っていた。

 一行の旅の目的、行き先を帝は知っているのだ。その上で『護衛』をつけた、帝の真意とは――。


「……天子様の御命令だ」

「――!」


 男が固い声で言う。セルグは何と言って返せばいいのか分からず、言葉に詰まる。いくら扉守りとしての自覚が芽生えようと、その立場を理解しきってはいない。『天子様』を盾にされたら終わりだ。

 このまま押し切られるかもしれない、そう思った時、ブラッドがセルグに助力した。


「レナード山は我らの土地。例え天子様御自らがいらっしゃろうと、我らの聖域は不可侵。これは神代よりの約定です」


 弟に続いて、兄の本家当主が言い放つ。


「彼らの旅立ちに関してのご報告は私どもが行いますゆえ、どうぞお任せ下さいますよう。護衛が必要かは……もうお分かりでしょう」


 真意が何であれ、扉には行かせない。

 ずっと支え合ってきた扉守りが、この時も声を揃えて言った。男は両家当主の意見まで覆すことは出来なかったのか、ほんの僅か、顔をしかめた。


「……御内意でも」

「如何なる場合も」


 男は苦し紛れに言ったものの、本家当主に一刀両断される。事情を知らない周囲の人間は、このやり取りに目を白黒させている。御内意――帝の望みを、こうも見事に斬って捨てたのだから。

 男は眉間に皺を寄せると、もう一度、諸手を挙げた。諦めた、ということなのだろう。


「私が姿を見せた時点で、完璧な任務遂行は不可能。ならば、ここで退いても変わりはありますまい。ただし、そちらから報告はして頂こう」

「それも約定の内でありますれば」


 当然だ、といった風な本家当主の態度に、男は何を思ったのか片方の眉を上げた。


「……。さて、というわけだ。そろそろ刃を納めていただけるか」


 え、と思ってアルフォンスはラルフを見た。先ほど、首の刃は取り払ったはずだ。リネアももう杖は構えていない。

 だが、男の言葉にラルフは無言のまま、ゆっくりと左手を引いた。そこには先ほどよりも小さな、しかし殺傷能力は十分にありそうな刃が握られていた。ラルフは右手で目立つ場所、首筋に刃を当てながら、左手でもう一つの刃を隠し持って男の背中に向けていたのだ。それはラルフは今の今まで、いや、今も男への警戒を解いていない、ということ。


(ラルフ……)


 確かに、あの男は侵入者だ。そして、セルグたち扉守りの決まりごとを裏から探り、暴こうとした。それでも、他人に何一つ危害は加えていない。

 もし事情を説明せず、そのまま逃げようとしていたら――。ラルフは迷わず刃を男に突きたてていただろう。

 アルフォンスは、初めてラルフに対する恐怖を覚えた。砂漠で殺されそうになった時でも、こんな気持ちは知らなかった。まだ数日だけど仲間になって、親しくなって、互いを知った。だからこそ感じる、未知という、距離という恐怖だった。


「此度は天子様の格別の御厚情、まことに有難く存じまする。されど、古よりの約定を違う事は出来ませぬゆえ。――影の御方、今宵は当家でゆるりと休まれよ」


 当主の威厳に満ちた声に、周囲のざわめきがようやくピタリとやんだ。何が起きているのかさっぱりわからなくて混乱していたのだろうが、とにかく影の対面を保った本家当主のこの言葉に、一応の落ち着きを取り戻したらしい。

 アルフォンスはそう思ったのだが、それは言葉の表面しか読み取れていない。言葉の裏には『天子様の命令といえど、無理なものは無理だ。扉には行かないというなら、証拠に一晩、この家にとどまれ』という本家当主の意思があった。

 男はその意図を察したのだろう、渋々ながらうなずいた。


「……そうさせて頂こう」

「承りました。おい、お前たち、ただちにお迎えのご用意を!」

「――は、はい!」


 近くにいた使用人たちに、本家当主が声をかける。使用人たちは急な展開に驚いたようで、泡を食ったようにその場を去っていった。他の使用人も数名、慌てて後を追いかけていく。


「では、ご案内いたしましょう。どうぞこちらへ」


 本家当主の手招きに従い、男は塀から飛び降りた。男が人々の輪に加わったのを確認し、ようやくラルフとセルグも降りて一行に合流した。


「ブラッド!」


 くるりと本家当主がこちらを向く。


「何だ、兄上」

「客人たちを頼んだぞ」

「……ああ」


 そう言い残すと、本家当主はその他の面々を引き連れ、屋敷の中に入っていった。カイルを筆頭に分家の面々は、ちらちらとこちらを見、何か言いたそうだったが、本家当主の命令には逆らえず、一緒に引き上げて行った。

 やがてその場に一行とブラッドだけになると、ブラッドが大きなため息をついた。


「お、親父?」


 セルグが慌てて駆け寄る。やっぱり、あれだけの大騒ぎを起こしてしまったのには、どこか引け目を感じていたのだろう。せめて、他にやり方はあったのでは、と。

 だが、セルグがブラッドに近づくと、ブラッドは急に大笑いし始めた。


「ははははは! まったく、お前と言うやつは……! ガキの頃からちっとも成長してねぇじゃねぇか。図体ばかりでかくなりやがって」

「な……」

「突っ込む前によく考えろ、この馬鹿息子! 十年前もそうだ。今回は……向こうは敵じゃねぇし、お前にはこんな立派な仲間がいた。だから無事だったんだ。おい、分かってんのか?」

「う……」


 父親からの真っ当なお説教に、セルグはたじたじだ。アルフォンスも含め、仲間内からはそんなセルグの様子にくすくすと忍び笑いが漏れる。


「まあ、そうだな。図体以外も成長したよ。武闘家として、きちんと修行してたんだな。お前が木の根元まで一瞬で移動したとき、何が起きたのかすぐには理解できなかった。……やるじゃねぇか」

「……ああ。うん、頑張ったよ。俺だって」

「そうだな。……扉守りのことで、もう一つだけ、話してなかったことがある。まあ、そのうち知ることでもあるんだが……」


 ブラッドの口調が、随分と疲労感を漂わせる。この場面で話すことなのだ、あの男と関係がある話なのだろう。セルグは勿論のこと、アルフォンスたちも一言も聞き逃すまいと耳をそばだてた。

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