いざ進め《弐》
アルフォンスたちは一の間に、予定より少し遅れて集合した。そこで全員の調子を確認してから、朝食を用意してくれている大広間に向かうつもりなのだ。
昨夜、覚悟を決めたアルフォンスは、みんなに話そうとぐるりと顔を見回し、あることに気がついた。ラルフとローザンの様子が、どこかおかしい。
セルグとリネアもどことなく雰囲気は違うが、その理由は推測がつく。だが、ローザンたちの理由がわからない。
(昨日は普通だったのになぁ……)
獣界に行く緊張感だろうか。
――いや、それは違う。ローザンもラルフも、瞳に怯えはない。あるとすれば、それは困惑――。
「なあ、そろそろ行こうぜ。もう朝飯できてるだろうし」
「……そうね。さっさと行きましょ」
場の雰囲気に気づいたのか、セルグが悪い流れを断ち切るようにして立ち上がった。ローザンも続いて立ち上がりかけたが、隣りにいたニーナがそれを引き止めた。
「あっ、あの! ちょっと待って下さい」
「え、ええ。どうしたの、ニーナ?」
「えーと、その、アルフォンスさんが……」
「えっ、あ、うん! そう! そうなんだ、ちょっと、話が、あって……」
ドクン、とアルフォンスの心臓が跳ねた。
――みんなの視線が集まっている。もう逃げ場はない。
アルフォンスは、自分を心配そうに見つめるニーナを見た。それから服の下にある首飾りを、ぎゅっと握り締める。
「話が……あるんだ」
真っ直ぐ前を見据えたアルフォンスの瞳は、春の空のように澄んでいた。その瞳に、全員が魅入られる。
(まさか、アル)
一人、リネアは息をのんだ。まさか、言うつもりなのか。今、この場で。
まだ、隠していられるのに。まだ、今まで通りでいられるのに――。
「アル!」
「――大丈夫だよ、リネア」
ぶつかり合った視線に、リネアはその先を言う事が出来なくなった。
立ち向かうことを決めたアルフォンスを、ただ見つめる。
アルフォンスは首飾りを取り出して、みんなに見せるようにして言った。
「あのね。この、首飾りのことなんだ。僕も、賢者様から聞いて初めて知ったんだけどさ」
「? それ、お守りとか言ってなかったか?」
「うん。僕にとってはね。でも、それだけじゃなかったんだ。あのさ、セルグ、覚えてる? ローザンと出逢った時、天幕で話したこと」
「お、おう。えーと、魔物が増えてきたとか、その、禁忌の子の事とかだろ。それと、人王の……」
そこで、セルグの言葉は勢いを失った。
全てを理解したのではない。だが、自分の言葉に真実の一片があると――気が付いていた。
「ア、ル……?」
セルグが、何とも頼りなさげな声で呼ぶ。これは現実か。お前は真実か、と。
「この首飾りの石は、界王石なんだ。僕は知らなかった。でも、知った。だから逃げない。僕は――」
アルフォンスは一度、目を瞑る。そして、すぅ、と息を吸い込み、静かに目を開いて言葉を続ける。
「――僕は、人王の血族なんだ」
淡々と、アルフォンスは言った。アルフォンス自身でも信じられないくらい、落ち着いて言えていた。
だが、予想だにしなかった事実に、セルグたちは、言葉を失っていた。何を言っていいのか、何を言えばいいのか、何も分からないようだった。
ただ、なぜかリューンだけはあまり驚いた様子はなかった。
「ええと、リューンは、その、驚かない……の?」
「はいー。その石を見た時から、薄々、界王石ではないかと思っていたんですよー。界王石以外はどんな石であれ、必ず特殊力がありますからねぇ」
「そ、そうだったんだ」
「それに……。姉からも、言われていたんですよー。リネアのこともですが、アル、貴方は……。貴方は、人王の血族だろうと」
「そっか。ティティスさんには、分かってたんだ」
ティティスは感知が得意な上、人のオーラを見る力がある。リネアの特殊力の偏りと特異なオーラから、禁忌の子と推測することは容易なはず。
そしてリネアのオーラと自分に、共通点を感じとったならば――。
「もちろん、推測の域を出ませんでしたがねぇ。ですが他にも気になるところはありましたし、私としては驚きより、ようやく納得がいった、という感じですよー」
にこにこと、いつも通りに微笑むリューン。
その穏やかな微笑みが、アルフォンスにはたまらなく嬉しかった。『いつも通り』の微笑みが、何よりも。
「……なるほど、ね。あたしも、何か変だな、と思ったことはあったのよ。あれは界王力だったのね」
「へへ。あの、ね。それで、みんなにお願いがあるんだ。僕は血族だけど、アルフォンスだからさ。新しい事実が加わっても、何も変わってない。だから……」
今までと変わらずにいて。
そう言おうとしたが、喉まで出掛かった言葉が出ない。アルフォンスは、きゅ、と拳を握った。
もし断られてしまったら……。その恐怖で、思わず身が竦む。そんな怯えを察したのか、ニーナがそっと手を添えてくれた。
その時、ずっと押し黙っていたセルグが、すっ、と近づいてきた。アルフォンスは気づいて顔を上げたが、その瞬間、額に強烈な痛みが走った。
「~~っ!?」
あまりの痛さに、思わずうずくまる。強烈なデコピンを食らったのだ。
「あのな。当たり前だろ。俺らは『魂をともにする仲間』なんだぜ。そう言ったの……お前じゃねぇか」
まだ涙目で額をさすりながら、アルフォンスはセルグを見つめた。
まるで武闘大会前夜のような――。二つしか違わないのに。そう思った、あの優しい瞳。
「私も。まだ驚いているのは確かですが……。アルフォンス殿が何者であろうと、今まで通り、お側にいます」
「……うん」
今度こそ本当に、涙が零れ落ちた。
セルグとラルフの言葉。当然だからこそ、ありがとうもごめんも言わない。
一方、セルグはセルグで、アスケイルでの引っ掛かりが解けてすっきりしていた。
あの時、アスケイル王はアルフォンスの真実に驚いたのだろう。それをリネアが制して、クレアを隠れ蓑にした。その証拠こそ、あの書類の順序だ。
(とにかく、隠さずに話してくれてよかったぜ)
賢者に聞いたという事は、真実を知ったのは修業を始める前だろう。と言う事は、落ち着いて話せる機会は、今しかなかったという事になる。
その機会を逃さずに、逃げずに、話してくれた。
――怖かったはずだ。自分が、他者と異なる存在だと認めることが。
リネアのように、他人に疎まれるわけではない。むしろ、歓迎される存在だ。それでも、それまでの『自分』が消える感覚は、とてつもなく恐ろしいはず。
だからこそ、話してくれたことが嬉しい。仲間を、自分を信じてくれたことが。
「僕の話は、これで終わり。――さ、行こう!」
アルフォンスはそういうと、涙を拭って立ち上がった。他の面々も、アルフォンスに続いて部屋を後にする。
その時にはもう、先ほどの微妙な空気は、跡形もなく消え去っていた。
一行は昨日と同じく、大広間でブラッドたちと賑やかに朝食をとった。が、食事を終えたところで、ブラッドが不意に口を開いた。
「――さて。皆様に、お伝えするべきことがございます」
「?」
急にあらたまって、どうしたのだろう。アルフォンスたちは、不思議そうにブラッドを見つめた。
だがブラッドの言葉を合図にしたかのように、部屋にいた隊商の面々は次々に退室していく。パティも同様だ。
賑わっていた広間は、打って変わって静まりかえり、ブラッドと一行だけが取り残された。
「すでに聞き及んでいましょうが、レナード家は古よりこの地を治める一族でございます。神代の時より、我らはここに在るのです」
ブラッドの言葉の意図が読み取れずに、アルフォンスたちはうろたえる。ただ、セルグだけは居住まいを正し、真っ直ぐブラッドを見つめていた。
「我らは守り人。扉守りの一族にございます。あなた方は扉をくぐるに相応しい方々とお見受けいたしました。私が責任を持って獣界に繋がる扉までお連れ致しましょう」
言い終えると同時に、ブラッドは深々と礼をした。
アルフォンスたちは、この言葉に呆然とする。
特に、本日二度目となるローザンたちは、いっそ悟りの境地に似たものを覚えるほどに。
(…………もう何があっても驚かないわよっ!)
今なら、自分が実は精霊王の隠し子でした、とか言われても平然としていられる気がする。
「扉は我が一族の案内なくしては、決して辿りつけません。帝にも場所を秘していますし、何重にも特殊な術を施しているのです」
そう言ってブラッドは言葉を切った。ゆっくりとアルフォンスたちを見回し、にこりと笑う。
「驚かれましたか?」
どこか悪戯めいた、けれど威厳に満ちた笑みだ。その笑顔に、アルフォンスたちも釣られて笑ってしまう。
「そりゃあ……。驚きましたよ」
「はい。隊商の皆さんが出ていかれた時は、どうされたのかと」
「そうね。私もこの扉は初めてだし、こういう試しも初めてだわ」
「その髪色……。あなた様は、天王様の血族ですな」
「ええ。血族は、試しを受けませんから」
サラリ。クレアの髪が、微かに揺れた。
クレアはいい機会だわ、と言って扉のことを話し始めた。
「界王力と扉守りの力は、扉の鍵となるわ。ただ、界王の間に続く扉には扉守りがいないの。その血族でなければ開けられないのよ」
そのクレアの言葉を引き継ぐようにして、ブラッドが言った。
「……我が一族では男子にのみ受け継がれ、かつ、発現するのは三人という制約がございます。現在は兄である当主、私、――そしてセルグです」
「……!?」
その言葉に最も驚いたのは、誰であろう、渦中のセルグであった。
界王力のことは知らなかったが、そんなものか、と納得した。
だが、昨夜が全てではなかった、という事実。まさか自分に力が発現しているなんて――。
(しかも、男子のみ三人ってことは……)
扉守りの力は、本家が継いでいるとばかり思っていた。だが、この先、本家に力は発現しない。
分家当主を決めるとき、伯父がブラッドを押し通せたのは、分家の候補が生まれたばかりの赤ん坊だったからだ。
その赤ん坊は今、本家跡取りになっている。伯父が養子に迎えたのだ。分家当主が本家跡取りに――。その『栄誉』に、口をはさめる者はいなかった。
彼はとても優秀で、領主には申し分ない。だが、分家の生まれである彼には、扉守りの力が継承されていない。伯父には実子もいるが、二人とも女だ。
(親父……)
家に戻れと、一度も言わなかった。扉守りの力を失う危険性を孕んでいたのに。
本家も分家も、昔なら側室を侍らせ、新たに男子を産ませればよかった。だが今は皇族以外、一夫一妻制だ。
カイルのことも冗談混じりに紹介したが、その誕生の経緯だって、本家から圧力がかかったはずだ。もし伯父が亡くなれば、力を継承しているのはブラッドとセルグに限られてしまうのだから。
「扉守りの力、どうぞ御存分にお使い下さい」
そう言って再び礼をしたブラッドを、セルグはどこか遠くから眺めるように見ていた。
親父は、やはり偉大だ。それだけを思いながら。
やがてブラッドの話が終わると、予定を話し合い、一時間後に出発することに決まった。
「では、また後程」
ブラッドが一礼して退室する。すると、広間の空気は一気に緩んだ。知らず知らずのうちに、みんな緊張していたのだ。
「なんか……。なんか、凄い興奮してきた! ジーパに来てから凄いことばっかりだよね!」
「そうですね。今なら……運命という言葉が、信じられる気がします」
ラルフの言葉に、一同が頷いた。ここまでお膳立てされている道のりは、そうとでも思わなければ素直に認められないものだった。
その後、一旦部屋に戻ってブラッドから呼ばれるのを待っていると、カイルが別れの挨拶をしにやってきた。だが、兄弟で別れを惜しむ間もなく、すぐにブラッドがやってきた。
「皆様、ご用意が――ああ、カイルもいたのか」
そう言ったブラッドは、わずかに顔をしかめた。実の息子とは言え、うかつに扉のことを言えないのだ。
「うん! ねぇ父さん、俺も兄さんたちを見送りに行きたい。いいでしょう?」
カイルは許可は下りるのは当然、という様子で言った。ブラッドが一行を途中まで見送る、という話を聞いたのだろう。一行は山を越えて隣県へ行く、という設定なのだ。
だが、ブラッドはきっぱりと言い放った。
「いや、駄目だ。今回は山を通る。本家の許可なき者は、立ち入ることは出来ん」
「そんなぁ……。ねぇ、じゃあ今から……」
「山への目的なく、山に立ち入るな。何度も言っているだろう」
幼い我が子には、非情とも思える言葉だった。カイルはブラッドの言葉を受け、今にも泣きそうになり、俯いたまま、微かに身体を震わせる。
「……今回は、門までの見送りで我慢しろ。パティもそうだろう」
母の名前が出て、カイルは顔を上げた。
ずっと兄のことを想っていた優しい母――。その母もここに残るのだ。
自分ばかり我が儘は言えない。何よりも、せっかく会えた――待ち望んだ兄の前で、駄々っ子のような、みっともない姿を晒したくない。
「わかった……」
ぐす、と小さく鼻を啜る音がした。
厳しいことを言ったブラッドも、そんな我慢強いカイルの頭を優しく撫でる。
「母さんのところに行っていろ。すぐ行くから、と」
「うん」
パタパタと足音をたてて、カイルは部屋を出ていった。その後ろ姿を確認し、ブラッドは溜め息混じりに言った。
「失礼致しました。何せ、真実は妻にも伏せていますので……」
「俺も山に入るな、って口酸っぱく言われてたけど……。こういうことだったんだな」
「ああ。力がある者のみ、十三になったら伝えるもんなんだ。お前も家にいたら、その時伝えてただろうな」
「そっか……」
「さて、参りましょう。山の中腹に特殊方陣がございます。まずはそこを目指して参ります」
そう言って、ブラッドは一行を促した。表玄関ではなく、山への道が続く裏口へと向かう。そこには一行を見送るため、大勢の人が集まっていた。