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彼らは集う《壱》

 アイルで仲間と別れてから一月半。ルゴルス村に帰ったアルフォンスは、修行のため神殿に籠もっていた。全ての始まりである剣が眠っていた、あの神殿だ。

 神殿を修行場所として選んだのはエルネストだ。周囲に人気がないため、雑念にとらわれない。そんな最適の場所として。

 神殿には祭りの夜に入った奥の間以外にも部屋はたくさんあって、三月を過ごすのに不自由はなかった。

 そうしてアルフォンスはエルネストの指導の下、着々と力をつけていた。


「エルネスト様、今日もよろしくお願いします!」

「では、気術の復習からじゃ。やってみなさい」

「はい!」


 アルフォンスは正式な職の指導を受けたことはないが、それでもエルネストは一流の指導者だと確信していた。

 エルネストは老齢だが、決して無駄な動きをしない。そのため同じ修行内容をこなしても、大抵はアルフォンスが先に音をあげ手しまう始末だ。そして与えられる的確な指導は、アルフォンスの不安を優しく拭いさってくれた。

 また剣術以外にも、基礎のみだが、特殊力と気術の扱いも指導してくれた。それは剣術に応用することはもちろん、鋭敏になったアルフォンスの感覚を生かすために必要なものであった。


「よし、ではそこまでにしようかの。休憩を挟んで、剣術の稽古に移る」

「はい!」


 あの日、賢者に村へ送り届けてもらった後。アルフォンスはルデイックを孤児院に向かわせ、一人でエルネストのもとに走った。話したいことがとにかく沢山あったのだ。

 再会したエルネストはアルフォンスの成長を素直に喜んでくれたが、同時に謝罪もした。


「何も力になってやれなくて済まなかった」


 と。しかし、アルフォンスはさらに続く謝罪を遮り、笑顔で言ったのだ。


「何も知らなかったから、たくさん驚いて、たくさん楽しめました」


 ーーその言葉に、隠者エルネストは落涙した。

 そうして迎えた、神殿での初めての夜。エルネストは自分が知る限り、アルフォンスの両親のことを沢山話してくれた。


「父親であるテオは、儂の弟子じゃった。お主に良く似た、真っ直ぐな瞳の青年じゃった――」


 今から二十年ほど前のこと。一人の旅の剣士と、出掛け先の町で出会った。

 青年の名は、テオドール・ロッテカルド。快活で優しい、とても人から好かれる青年だった。

 親を亡くしたために家を失い、居場所がなくなったから旅をしている、と青年は言った。そんな悲しい生い立ちだというのに、青年は世を悲観するどころか楽しんでいた。旅は楽しい。新しい発見ばかりだ、と。

 青年はエルネストの剣士の階級を知ると、迷わず弟子入りを志願してきた。エルネストは一年も組合の用事でルゴルスに戻れないため、暇潰しも兼ねて引き受けた。もちろん、指導に手抜きはしなかったが。


「一年の修行の後、テオは一人前の位を得た。その報せをもって、一度は別れたんじゃ」


 数年後、ルゴルスにふらりとテオドールがやってきた。アスケイル王から許可が下り、獣界に渡れると報告するために。

 テオドールはいつの間にか、剣士を修めるほどの実力者となっていたのだ。

 そして一泊だけ教会に宿をとると、獣界に向かうため、テオドールはジーパへと旅立っていった。


「そして次に再会した時は……。お主を抱いて、瀕死の重症を負っておったのじゃ」

「……」

「外傷だけでなく、気力も特殊力も……、身体の内側からボロボロじゃった。それでも命尽きるまで、お主のことを案じておった」

「……!」

「この子は自分と人王の子だ、生まれたことは誰も知らない。どうか匿ってくれ、と」


 もう、堪えることなど出来なかった。父の死を改めて思い描き、アルフォンスはぶわりと、涙を溢れさせた。


「治癒は、シャルーラン殿と協力しても間に合わなくての……。テオは亡くなった。儂はシャルーラン殿と相談して、お主をこの村で育てることにしたのじゃ」


 ――涙が、止まらない。

 父さんは僕を愛してくれていた。エルネスト様も父さんごと、僕を想ってくれていた。

 恐らく他の世界、界王の間にも渡っただろう。ならば自分は、親子二代で同じ道を歩むというわけだ。


(見ててね、父さん)


 何も思い出を築けなかったけど、同じ道を歩むから。父さんが見たものや感じたことを、自分も確かめるから!


「実はな、院長のローラには真実を話しておる。何せテオが形振り構わずにやって来たからなぁ、大騒ぎじゃったんじゃ」


 涙を流し続けるアルフォンスに手巾を差し出して、エルネストは窓の外に浮かぶ月を見上げた。


「ローラはお主を他の子供と区別せず、健やかに育て上げた。いやはや、子育てなんぞしたことのないジジイには何よりじゃ」


 茶目っ気たっぷりに言うエルネストに、アルフォンスは思わず笑ってしまった。

 自分を気遣ってくれているのが分かり、とても嬉しかった。


「父さんは……。何で死んだんですか? ……やっぱり、誰かに殺されたんですか?」

「……それを知ってどうする? アルフォンスよ」


 未だ止まらない涙のために顔を赤く腫らしながら、アルフォンスは尋ねた。


「……。どうも、しません。ただ、怖いから、知りたいんです」

「怖い?」

「はい。このままじゃ、恨んでしまう。何もかも、みんなみんな憎んでしまう……!」


 リネアを傷つけたように、幻影族やその仲間なのか。それとも、他にいるのか。

 知ったことで、相手には確実に恨みを抱くだろう。けれど、その対象だけに真っ直ぐ、迷わずにぶつけられる。恨みも、怒りも、何もかも。


「だから、知りたいんです」

「……。良かろう」


 エルネストは席を立つと、備え付けられていた本棚から一冊の本を持ってきた。かなり古いものだ。

 標題は――『世史』。


「あれ? 神官様、この本の表題、間違ってませんか? 『界』が抜けてますよ」

「いいや、間違っておらんよ。『世史』とはこの世の歴史。つまり、全世界を指したものじゃ」

「そんなものが……! けど、何でそれを今……?」

「これは国の興りなどではなく、代々の界王やその血族について記したものじゃ」


 パラパラと中を捲り、目的の頁を見つけたのだろう。エルネストはそれをアルフォンスに差し出してきた。


「『界王について』……?」


 古い羊皮紙に記された文字を、アルフォンスはゆっくりと指でなぞり始めた。


『人王は金色の髪と浅葱色の瞳、紋様は鎖骨中央にもつ』


 人王について書かれた項を見つけ、アルフォンスの指がとまった。無意識のうちに手で自分の髪を撫で付ける。


(……母さんの色)


 続きには『金の髪は民ももつ色である』とあった。


(――そうか、金の髪だけじゃ判別がつかないんだ)


 もし自分の髪が人族にない特殊な色だったら、リネアのように術で変化させなければならなかっただろう。運良く他の証、瞳の色や紋様を持たずに生まれたため、周囲にバレなかったのだ。

 アルフォンスはさらに文の続きをなぞった。


『人王は礎となる存在であり、四つ全ての特殊力を兼ね備える』


(……?)


 内容は以前に賢者から聞いたものと同じだ。ただ、この書きぶりに何か違和感を覚えた。

 しかしその違和感の正体がわかるはずもなく、アルフォンスは続きをなぞり続ける。


『要である人界は、他世界の歪みを正す場でもある。そのため人王は――』


(……っ!!)


 その先を目にした途端、余りの衝撃で手に力が入り、もう少しで頁を破ってしまうところだった。

 こんなに古い本でエルネストの持ち物なのだ、貴重なものに決まっている。そんなお仕着せの理由で理性を総動員しなければ、破り捨ててやりたいという思いを抑えきれなかった。


「『人王は――この世が歪みし時、その身をもって歪みを正す役目を負う。それは本人ではなく、界王の間が時を判断する』……わかるか? アルフォンス」

「……母さんは、この通りになったんですね」

「そうじゃ。そしてテオの話では、界王の間が『異物』としてテオを排除にかかった、と」

「異物……?!」

「……つまり、誰かがテオに手を下したわけではない。……テオは歪みに飲み込まれた、とでも言うべきかの」


 ボロオロになったテオドールに『誰にやられた』と聞いた時、彼は泣きながら答えたのだ。


『誰でもない。俺は血族じゃなかったから、弾かれたんです。あいつと……離れるしかなかった』


 と。


「界王の間が弾いた? 何ですかそれは!?」

「……儂はシャルーラン殿と、ある予測をたてた」

「エルネスト様!」

「聞くのじゃ、アルフォンス!」


 初めて声をあらげたエルネストに、アルフォンスは驚いて怒りも吹っ飛んでしまった。


「……何、ですか。予測って」

「何故、全ては『分類』されるのか。何故『界王』が在り、その血族は絶大な力を持つのか。それをな、儂とシャルーラン殿は常々話しておった」


 代々の賢者と隠者が、この世の最大の謎と位置づけてきた命題だ。

 答えを知り得るのは『始まりの時』から、『世史』を始めとして全てを書き記している魔王のみ。

 人王が『世界の礎』ならば、魔王は『知識の礎』。しかし、魔王は決して全てを明らかにすることはなかった。シャルーランに決死の覚悟で我が子を託した、親友と認め合う当代魔王でさえ。


「テオの言葉、禁忌の子……。様々な事柄を総合して、行き着いた答えは一つじゃ。……この世は『生まれた』のではなく、『創られた』のじゃと」

「創られ、た……?」


 神様に? いいや、違う。そんな子供騙しな答えが待っているわけがない。


「あまりにも整然とした世に……。疑問を持ったことはなかったか? アルフォンスよ」


 エルネストの問いに、アルフォンスは頭がこんがらがって、何も答えられなかった。


(……僕はカミサマを恨むしかないのか)


 両親を、仲間を傷つけた元凶は『創成主』。ああ、もう何が何やらだ。


「魔王様に会ったら……。教えて貰えますか? カミサマのこと」

「それはわからぬ。しかし、ご息女がおられる。可能性はあるじゃろう」

「そっか、リネアは次代の魔王様……ですか?」

「界王に子息がおる時は、代を譲るのが常じゃからな。但し、今回は特別じゃ。どうなるかは見当もつかん」

「……。わかりました。ありがとうございました、エルネスト様」


 ようやく止まった涙を拭い、アルフォンスは立ち上がった。


「僕、馬鹿に生まれて良かったと思います。リネアやリューンみたいに頭が良かったら大変でした」

「アルフォンス?」

「話が大きすぎるんです。全部をきちんと考えると、頭がおかしくなりそうなくらい。だから……」


 アルフォンスは手に持つ『世史』を見つめた。

 もしかしたら、偽りが書かれているかもしれない。そんな馬鹿げた夢を見てしまう本を。


「だから、余計なことは考えないまま、このまま進もうと思います。父さんたちのことは……。もっともっと、色んなことを知ってから判断します」


 小難しいことを聞くのはここまで。頭を使うのは自分の役目ではない。

 ――だけど、いつかは直面する事態だ。

 だから一つ一つ、経験しながら知っていきたい。今までのように、ゆっくりと体に染み渡らせながら。


「そうすれば、何か……。何て言うのかな。自分自身で納得しながら得た知識の上で判断出来るから……。きっと何を聞かれても、その答えには自信が持てると思うんです」


 真っ赤に泣き腫らした顔で、アルフォンスはすっきりとしたカオで笑った。新たな、旅立ちを迎えるために。




 そうして今、アルフォンスは重厚感の溢れる扉が開いていくのを見つめていた。

 初めてこの地を訪れた時の感動は、今も胸に残っている。朝日を浴びて輝く、この古の王都を守護する城壁。


(僕が一番乗りかな?)


 さあ、みんなは今、どこにいるんだろう。

 朝一番でアスクガーデンに入都したアルフォンスはそこまで考えて、はたと気がついた。


(細かい集合場所と時間、決めてない!)


 何となく朝一でやって来たのだが……。

 何てこった。いくら気術の稽古を積んだとはいえ、基礎の基礎だけだ。セルグやリネアように、人の気配を読むことは出来ない。


(……。うん、セルグたちが僕を見つけてくれるよ!)


 アルフォンスは早々に探すのを諦め、二度目の王都観光に勤しむことにした。

 日の出から少し経ち、まだ人通りが少ないが、流石は王都だ。すでに多くの店が店を開いていた。


「すいません、これ下さい!」

「毎度あり。今日最初のお客さんだ、おまけしときますよ」

「わ、ありがとうございます」


 湯気の立つ暖かな食事を、アルフォンスは掻き込むように空きっ腹に納めた。アスケイル伝統の麺料理で、さっぱりした野菜の汁が絶品だ。

 最後の一滴まで味わって一息ついたところで、果物をかじりながら次の店を目指した。


(こんな食い倒れ、獣界に行ったら出来ないしね!)


 心残りは少しでもないほうがいい。……と、アルフォンスは自分自身に言い訳してみた。

 だが暫くして、誰かが自分をつけているような気がしてきた。次第にそれは確信に変わる。


(どうしよう、セルグたちかな)


 それが最高。せめてスリとかでありますように。そりゃ、嬉しくはないが。


(幻影族……とかはあり得ないよね?)


 もしそうなら最悪だ。一人で太刀打ち出来る自信などない。

 埒が明かないし、振り向いてみるか……。そうアルフォンスが考えた時、背後の人物が動いた。

 ――間に合わない。


(――!!)


 体を置いてきぼりにして、思考、恐怖だけが駆け巡る。

 反応が間に合わず、首を締め上げられる。振り返った視線の先には――。


「久しぶり! 元気そうだなアル!」

「……セルグ!?」


 自分を背後から羽交い締めにしたのは、セルグだった。


「こっそり近づいてやろうと思ったのによぉ。気付いたろ、お前」

「何だセルグだったのかぁ~。ああびっくりした」

「ははっ、感動の再会だろ? ……それよりお前、何か変わったな」

「へ?」


 羽交い締めにしていた手を離し、セルグは前に回って改めてアルフォンスを眺めた。


「何つーか……。大人になった、って言うのか? いいカオになったぜ、アル」


 セルグは思った。

 かつてアスクガーデンに滞在していた頃のアルフォンスは、よく不安そうなカオをしていた。

 しかもその不安の原因は『自分自身』。どんなに親しくなろうと、決して他人には解決出来ないことだった。

 そのため話を聞いてやるしか出来なかったのだが、その回数も旅を続けるにつれ、少なくなっていった。

 そして今、その不安は微塵も感じさせない。


(何か得たんだな。自分を信じるために必要なモノを)


 自分も負けていられない。

 セルグは改めて、気を引き締めたのだった。

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