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第三話 魔王様は混乱している

 その日は、魔族の国には珍しくとてもよく晴れていたと思う。

 思う、というのは何しろ、俺の記憶が混乱しているせいだ。

 小さな、俺に比べたら本当に小さな、少女だった。

 人族に伝わる真っ白な民族衣装に身を包み、顔をあげたところにあったのは白い瞳。白い髪。まっすぐで豊かな綺麗な長い髪だ。白い肌は磨き上げられた陶器か、降ったばかりの雪のように白く、唇だけが紅で染めたのか赤い。


「バラデュール王国第十三王女、カンタレラ・エリザベート・ラ・フォル・バラデュールと申します」


 声は、美しい声で人を惑わす歌を歌うというセイレーンもかくやと思えるほどの、美しくやわらかく聞こえる高めの声だった。しゃんと背筋を伸ばし、まっすぐに俺を見る。


「わたくし、目が見えませんの。どうかご無礼をお(ゆる)しください」


 ふわっと笑った。姫とはこういうものなのか、と思う。見えていないはずなのに、正確に俺をとらえている。


「カンタレラだと?」


「毒姫か」


「盟約のために厄介払いをするとは、なんと狡猾な人族め」


 ざわざわと周りの侍従や魔貴族たちが騒ぎ始める。

 毒姫カンタレラ。その毒を受けたものは歌うように震え、息絶えるという甘き毒。

 送られてくるという姫君の素性を調べなかったわけではない。王家も持て余しているという毒姫が、ここへ送られてくるという話は聞いていた。だが、その見た目のなんと儚いことか。

 俺などが触れたら、それだけで壊れてしまうのではないか。


「うむ。我こそが、魔王エドムンド・アグアド・フィゲーラスである」


 俺が名を名乗れば、びりびりとその声が大広間の中に反響しざわめきだっていた魔族はみな口を閉ざした。魔力が声にこもる。威圧の意味も含めて。

 しかし、たおやかで儚げである彼女は膝を落とすこともなく、まっすぐに立って俺を見ていた。何も移さないその瞳で、俺を。

 白い装束がふわりと揺れた。見惚れるほどに美しい。


「王の命により、魔王陛下の元に嫁ぐために参りました」


 頭を垂れると、長い白い髪がさらりと前にこぼれた。見えていないとは思えないほど、優雅な仕草で礼をする。


「そうか。では、メイド長にそなたの部屋を案内させよう」


 ちらりと横に控えていたメイド長ルイシーナに目配せをすると、そそと彼女は姫君の傍に立つ。


「貴女がメイド長ですか? では、お願いします」


 す、と彼女の美しい手が差し出される。見えない彼女にとって、この城の中はまるで迷宮のようなものだろう。メイド長はその仕草に眉ひとつ動かさずに、その手をとって下がっていった。

 一先(ひとま)ずの謁見が済んだ後、貴族たちを退出させ詰めていた息を吐く。

 空が青い。

 この魔国にあって、空がこんなに晴れることはまずない。


「陛下」


「どうかしたか? ヴィレ」


 先代魔王が健在だった頃からの側近、ヴィレメインが俺に声をかける。


「顔がにやけてますよ」


「そうか?」


 表情を変えないように努力はしていたつもりだったのだが、どうやらこの幼馴染には分かってしまったらしい。眉間に皺が寄っている。(ドラゴン)族の雌のとがった顔立ちは凛々しく女性のファンも多いという。そろそろ身を固めてもいいんじゃないかと思っているが、本人にはあまりその気はないそうだ。


「口元がゆるんでいらっしゃいました」


「そうか。気を付ける」


 目元は特に一つ目で大きいために、気を付けてはいるが口元はどうにも気が抜ける。


「美しい姫君でしたね」


「あれが毒姫と噂される王女殿下とはな」


「いくつか本日中に目を通していただきたい書類がございますが、そちらが終わったら姫君の元に顔を出されてもかまいませんよ」


 どうやら、俺がそわそわしているのはバレていたらしい。目を細め、どこか上に立ったような顔をして竜の顔をして俺を見る。書類仕事がしやすいからと、体を小型化する魔術を使っているが、本来の姿は俺よりも大きな体躯を持つ青い鱗の竜だ。


「……恩に着る」


「まぁ、ひとつ忠告をさせていただけるのなら、女性にはあんまり押してばかりではいけませんよ?」


「? 心にとめておこう」


 それがどういう意味なのかはよく分からないが、忠告だというのなら大人しく聞き入れようと思う。何せ、ご令嬢方と俺が話をする機会はほとんどない。この身に纏う瘴気によって、ほとんどのご令嬢たちは俺に近づくことも出来ないからだ。


(毒姫だから、だけではないな)


 俺の威圧を受けてなお、立っていたあの胆力は称賛に値する。

 話を聞いてみたい。彼女が今、ここに立っているまでの物語を。

 俺は執務室へと歩く道すがら、彼女と何の話をしようかと考えていた。


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