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転生冥皇の神話無双~冥府神ハーデス、異世界転生する~  作者: 夜宮鋭次朗
第一章 学園崩壊
8/8

冥皇、一蹴する/少年、勝利する


「ぐっはああああ!?」


 黒い衝撃波を受けて、ペルセウスの体が何メートルも吹っ飛ぶ。

 ただでさえレイジからボコボコにされた体は、すっかり土と泥に汚れ切っていた。

 しかしそれも気にならないほどの動揺を露わに、ペルセウスは喚き散らす。


「ど、どうなっているんだ!? なんで【石化】も【透明化】も全く通じない!? 英雄の力が効かないなんて、不敬罪で万死に値するぞ! 邪神の名を騙る狂人めがぁ!」


 最初に『英雄の僕が邪神を退治してやる!』などと息巻いた威勢はどこへやら。

 この隔絶空間に引き込まれてから三分足らずの時間で、すっかりペルセウスは恐怖に震え上がっていた。

 なにせ、英雄の力がことごとく兜の男――ハーデスには通じないが故に。


「なんでもなにも、貴様が弱いだけだ。英雄の力とやらも、満足に使いこなせていない。その情けない体たらくで、よくも彼のペルセウスを名乗れたものだ」


 児戯に等しいやり取りの中、ハーデスはペルセウスの力の正体を把握した。


 姿を消し去る透明化の兜。死してなお視た者を石化させるゴルゴーンの首。前者は英雄ペルセウスが神から授かった武具で、後者はゴルゴーン退治の戦利品だ。英雄ペルセウスが有していたそれらの力を、このペルセウスは異能として行使できるらしい。


 英雄ペルセウスに由来する能力なら、他に空を翔ける力もあるはずだが……おそらくこのペルセウスは、英雄ペルセウスの力を十全には引き出せていないのだろう。


 特に、透明化の兜はかつてハーデスが授けた代物だ。だから力を如何に引き出せていないか、よくわかる。目に見えないだけで、足音は聞こえるし匂いもする。ましてや、実体が残って触れられるとは酷い劣化ぶりだ。


 ――尤も、ハーデスが英雄ペルセウスに貸し与えたのは、《ハーデスの兜》の力を極々一端だけ付与した複製品なのだが。


「クソクソクソ! そもそもいきなり現れて、一体なんの真似だ!? 貴様まさか、あの下賤な平民の仲間なのか!?」

「ただの通りすがりだ。なに、愚かな神どもの大人げなさが見ていられなくてな。子供同士の喧嘩で、自分の子にだけ魔剣を持たせるような暴挙。貴様に英雄の力など、過ぎた玩具だ。だからその不当なる力、没収させてもらう」


 ハーデスに、このままペルセウスを叩きのめすつもりはなかった。

 そうするだけなら人間アロウンの力でも十分だが、それではレイジの決闘に水を差してしまう。だから先に決闘に水を差した、英雄の力をペルセウスから取り上げるのみ。


 ここまでのやり取りにしても、軽く衝撃波で撫ぜただけだ。それでも多少ダメージはあったかもしれないが、英雄の力で散々レイジを痛めつけたのだからおあいこだろう。


「妄想の世界に酔った戯言ばかり並べて……薄汚い闇の走狗ごときが、神に選ばれた僕に向かって何様のつもりだ! 許さない、許さないぞ! こうなったら、最後の手段だ! 神の力を見せてやる!」


 金切り声で叫びながらペルセウスが懐から取り出したのは、兵士の格好をした人形。

 それを地面に叩きつけ、癇癪でも起こしたかと思いきや、人形が見る見る巨大化を始めたではないか。

 一人でに動き出した人形が立ち上がると、その背丈は十メートル超えだった。


「ハハハハハハハハ! 見たか! これぞ神の偉大なる姿を模した巨人鉄騎タイタンだ! 選ばれた者だけが神から与えられる贈り物! 貴様ら虫けらを踏み潰す無敵の兵士なのさ! さあ、神の鉄槌を受けて潰れろおおおお!」


 巨人が頭上から、鉄塊の拳をハーデスに落としてくる。

 対して、ハーデスは親指・人差し指・中指の三本を頭上に掲げた。

 震動が大気に響き、大地に亀裂が走る。


 そして――巨人の拳は、ハーデスの三本指で受け止められていた。


「……!? ……!? ……!?」

「この程度の大きさで《タイタン》とは、誇張にも程がある。ただの《タロス》ではないか。英雄たちの手で打倒された青銅人形ごときが、私の相手になるとでも? せめて大きさをこの五倍から十倍にすることだ」


 口をパクパク開閉して絶句するペルセウスに、ハーデスは期待外れに嘆息する。

 そもそも《タイタン》とは、ハーデスたちの親世代に当たる『巨神』を指す名の一つ。

 その巨躯は山脈、ときに大陸にすら匹敵する規模だ。こんな粗末な人形と一緒くたにするなど、侮辱とすら言っていい。


「神の力を標榜するなら、これくらいはやってもらおうか。

 ――【ぷち・ダークネビュラ】」


 ハーデスの掌中で、暗黒が渦を巻く。

 小さな小さな暗黒星雲は、やがて渦の勢いを増して嵐に変じた。


 引力の嵐が巨人を呑み込む。全身にかかるあらゆる方向への力で、巨人の体はバラバラに引き千切られ、金属片の一欠けらも残さず磨り潰されていった。


 ペルセウスは目の前で起こったことが受け入れられず、うわ言を呟く。


「そんな。そんなっ。嘘だ。これは悪い夢だ。こんなこと、あっていいはずが」

「それでは、没収させてもらうぞ。貴様の英雄の力をな」

「うぐ!?」


 音もなく眼前に現れたハーデスが、ペルセウスの腹に手を添える。

 衝撃波がペルセウスの体を突き抜け、その背中から光の塊が飛び出した。

 ハーデスが手に取ると、光の塊は水晶のような球体になる。


 球体の内部には光の点がいくつか浮かんでおり、その並びは丁度チキュウの夜空に輝く「ペルセウス座」と同じだった。


「やはり、《守護英霊》とは星座に封じていた力のことか。愚弟め、こんなモノまでこちら側の世界に持ち込んでいたとはな」


 かつてギリシャ神話の神々は、英雄たちをその死後、天上の星座に召し上げた。

 しかしそれは、なにも哀悼や功績を称える意図だけではない。


 英雄たちの優れた強さ、容姿、栄光と波乱に満ちた生涯……それら全てを力の結晶に変えて、星座に紐付けた封印で保管したのだ。いつか、なにかしら自分たちのために利用しようという打算があって。


 ゼウスたちは《守護英霊》と称したこれを植え付けることで、自分が気に入った人間をインスタントに英雄へ仕立て上げているようだ。


 全く、つまらない真似をしてくれる。

 こんな粗末なだけの贋作に、一体なんの価値があるというのか。


「こ、この尋常ならざる力。まさか、貴様は本物の邪神……!?」


 英雄の力を奪われたことより、自分の理解を超えたハーデスの存在に対する恐怖が勝ったらしい。歯をカチカチと鳴らしながら、ペルセウスは問いかけてきた。

 ハーデスはしばし考えた後、こう訂正を返す。


「違うな。最早、この身は神にあらず。私は愚かな神を下し、悪しき神話を打ち砕く者。故に、我が名をこう呼ぶがいい――《冥皇ハーデス》とな」


 ハーデスが手をかざすと、ペルセウスの姿は一瞬で消える。

 隔絶空間から、元の現実世界に送り返したのだ。


「さて。それでは、決闘の決着を見届けるとするか。……勝てよ、レイジ」


 ハーデスとして手出しをするのはここまで。後はレイジ次第だ。





 黒衣を解いて人間の姿に戻り、現実世界に帰還。

《兜》を仕舞い直したアロウンは、何食わぬ顔で時間の流れを再開させた。


「――はっ! え? え?」


 我に返ったペルセウスが困惑した顔で首を巡らす。

 そこは学園の訓練場。周囲には観衆、目の前にはボロボロのレイジ。

 まるで何事もなかったかのような周囲の様子に、夢でも見ていたような気分だろう。


 しかし夢ではない証拠に、ペルセウスからは英雄ペルセウスの力が失われていた。


「なんで!? なんで!?」

「なにやってるんだペルセウスー!」

「さっさとトドメを刺してしまえ!」


 取り乱しかけたペルセウスだが、観衆からの野次で踏み留まる。下手に狼狽して、もし英雄の力を失ったと知られれば、これまでの地位を失う危険があった。


 それに……と、立っているのがやっとの様子のレイジを見て嗤う。

 押せば倒れそうな有様だ。もう英雄の力はおろか、魔力を使うまでもない。

 英雄の力については後回し。今はとにかく、この邪魔者を始末してしまおう。


 ――大方、そんな風に考えているのだろう。


「ミス・ワイルドハントに寄りつく害虫め! これで終わりだああああ!」


 ペルセウスは渾身の力でレイジに殴りかかる。

 英雄の力を失ったことで肉体も一回り縮んでいたが、それでも大神ゼウスの血が通った肉体だ。満身創痍の平民を殴り倒すなど造作もない。そのはずだった。


 しかし、レイジは片手でペルセウスの拳を受け止めた。そればかりか腕を捻り上げられ、振り解くこともできずにペルセウスが驚愕の声を上げる。


「ば、馬鹿な!? そのボロボロになった体のどこに、こんな力が……!」

「確かに、体はボロボロ、だ。アロウンから教わった、この魔術ってヤツは、どうにも構築に集中力が、必要、でな。眩暈はするわ、頭ガンガン痛むわ、こんな状態じゃ、まともに魔術は、使えねえ」


 途切れ途切れに喋りながら、レイジの瞳が折れない闘志でギラリと輝く。


「だがなあ……! こいつの便利なところは、あらかじめ物に書き込んだ術式なら、魔力を流すだけで使えるってことだ。これなら、集中もクソもねえよ!」


 いつの間にか、制服の下からレイジの体が光を発している。目を凝らせば、散々殴られて千切れた制服の隙間に、皮膚に爪かなにかで直に刻んだルーンが見えた。レイジは窮地に陥ったときの備えとして、あらかじめ自分の肉体に魔法陣を刻んでいたのだ。


 そして血のルーンが刻む術式を読み解き、アロウンは感嘆の吐息を漏らす。


「どうなってるの? あの体じゃ、いくら【強化】を使ったところで……」

「そうだ。どれだけ腕力や防御を強化したところで、ああも傷ついた体じゃそもそも動けない。だからあいつは――『体力』を強化したんだ。体を動かすためのエネルギー、活力を魔術で無理やり生産した。肉体の破壊を引き換えにして……!」


《チキュウ》ではオートファジーとも呼ばれる、栄養飢餓などに陥った生物の肉体が自らの体細胞を分解することで、一時的なエネルギー生産を行う現象。


 それを、レイジは魔術で強制的に引き起こしたのだ。


「アロウン、そんな危険な魔術まで彼に教えていたの!?」


 コレーの咎める視線に、しかしアロウンは首を横に振った。


「いいや、違う。確かに俺が今まで教えたルーンで、あの術式は組み立てられる。でも、誓ってあんな術式は教えていない。レイジは俺に頼ることなく、自力で新しい術式を発見したんだ! 副作用の検証もできてないだろうに、全く無茶をやってくれる!」


 教え子の体を心配するべきだとわかっていながら、アロウンはできなかった。

 感動と昂揚で心が熱く打ち震え、喝采を上げたい気持ちで胸が一杯なのだ。


「他人から与えられた枠組みに縛られることなく、誰かが勝手に定めた限界の壁を突破し、未知の荒野に新しい世界を切り拓いていく……そうだ、それでこそだ!」


 それこそが、神々すら打ち負かした人間の力。

 それこそが、神々にも想像のつかない彼方へ至る人間の可能性。


 神から餌を恵んでもらう生活に、満足してしまうような輩には理解できまい。

 なんのためにレイジがこうまで抗うのか。なにがレイジをこれほど不屈足らしめているのか。なぜ神に選ばれてもいない者に、神に選ばれた者が敗北しようとしているのか。自らの意思で選び取り、自らの手で勝ち取る者の強さと偉大さがわかるまい。


 ペルセウスの目に、レイジは得体の知れぬ怪物のごとく映っていることだろう。

 しかし、それは間違いだ。


「あ、悪魔……!」

「違うな。これこそが――人間だ!」

「うぅぅらああああああああ!」


 雄々しい咆哮と共に、レイジの猛反撃が開始される。

 満身創痍の体が繰り出すとは信じ難い、凄まじい勢いの連打。ペルセウスは回避も防御もままならない。英雄の力を失った体は全身を血達磨にしながら、地面から足を浮かしたまま右へ左へと跳ね跳んだ。


 最後に右ストレートが顔面に叩き込まれ、ペルセウスは縦に回転しながら宙を舞う。

 数秒滞空した後地面に落下し、観衆が覗き込むと白目を剥いて失神していた。

 愕然と顎を開いた審判に代わって、アロウンが宣言する。


「勝者、レイジ!」

「「「う、うおおおおおおおお!」」」


 歓声を爆発させたのは、ほとんどが平民や下民の生徒だ。


 誰もが多かれ少なかれ神民に虐げられ、苦渋を味わい、どうせ逆らっても敵わないと諦めていた者たち。レイジのやられようを嗤っていた者も中にはいるだろう。


 しかしレイジは諦めずに戦い抜き、その行動と結果で示したのだ。選ばれなかった者でも、選ばれた者に打ち勝てるのだと。それはまさに英雄が成し遂げた偉業のごとく輝いて、彼らの心を動かした。


 そして、観衆から飛び出しレイジの下へ歩み寄る少女が一人。

 癖が強く毛先の跳ねた銀髪に、燃えるような紅眼。そして獣の攻撃的な威圧感。

 彼女こそ、《猟兵姫》プラム=ワイルドハントだろう。


「レイジ」

「よお……見てた、か? 俺、強くなった、だろ? でも、こんなもんじゃ、ねえぞ。すげえ先生に、教え、受けてるから、よ。もっともっと、強くなるから。守られっ放しじゃなくて、俺も、プラムを守ってやれる、ように。だから、ずっと、一緒に……」


 意識が朦朧としているせいか、普段なら決して明かさないであろう言葉がレイジの口から零れる。彼がここまでボロボロになろうとも折れなかった、戦う意志の源。それはひとえに、大切な人に相応しく在るためだったのだ。


 ついに力尽きて倒れかかるレイジを、プラムが優しく抱き止める。


「うん、ずっと一緒」


 大切で大切で堪らないという、慈しみと親愛に満ちた微笑み。

 これを前にして、異論を挟める者などおらず、神民生徒たちも黙りこくる。

 ただ一人、取り巻きによって意識を取り戻したペルセウスを除いて。


「む、無効だああああ! これは間違いだ、不正なんだよ! そいつはインチキを使った、だからそいつの反則負けだ! 邪神が、邪神が僕の力を奪って! そいつは邪神の手先、闇に魂を売った人間のクズなんだ! だから――ひきぃ!?」


 引きつった声を上げてペルセウスが再度失神、さらに失禁で股間を濡らした。

 プラムが指向性の殺気をぶつけ、暗示にも近い眼光でペルセウスを黙らせたのだ。


 そうとは気づかない神民生徒たちの、ペルセウスを見る目が冷ややかなものになる。

 邪神云々の荒唐無稽な言葉も、平民に負けたショックから妄言を吐いたと思われたのだろう。すっかり愛想を尽かした様子で、ペルセウスを放り出し解散してしまう。


 プラムに至っては、ペルセウスの末路になど欠片の興味もない様子だ。

 腕の中のレイジだけを見つめ、ひたすらに愛おしそうな眼差しを注いでいる。


「好き。だーい好き」


 頬に唇を落とし、プラムは何度も眠るレイジに頬をすり寄せた。

 この様子を見るに、どうやら二人は学園に入学する以前からの付き合いらしい。


 他の平民生徒と比べてレイジの身体能力が飛び抜けて高かった理由も、これでなんとなく想像がついた。《猟兵姫》と同じ魔境育ちだとすれば、納得の強さだ。


「よかったわね」

「まあな」


 少し涙ぐんでいるコレーに、アロウンも同意する。


 彼女の前で少々口を滑らせてしまった気がするが、追及してくる様子はない。神気を発した時点で次元がズレを起こし、失言はコレーの耳に届かなかったのか。しかしどこに《七星神》の目があるかもわからない中で、少し軽率な行動だったかもしれない。


 アロウンが安堵と共に気を引き締め直そうとした、そのときだ。


「――!?」


 突如として、周りの光景が再び荒野に変わった。

 しかし、これはアロウンの意思ではない。


「俺が、隔絶空間に引き込まれた? 一体誰が……!?」


 背後に気配を感じて振り返る。

 そこには、アロウンに対して平伏する黒衣の集団がいた。


 黒髪黒目の者が多く、しかし他にも大勢、神民らしき者も混ざっている。中には黒衣で体が隠れているものの、明らかに人間ではないシルエットの者までいた。


「永い間、貴方様をお待ちしておりました。我らが王、ハーデス様」


 先頭の黒フードで顔を隠した女性が、厳かな口調でアロウンをそう呼ぶ。

 酷く覚えのある気配に、アロウンは目を見開いた。


「お前は――」

「時は満ちました。さあ、今こそ世界征服のときです!」




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