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転生冥皇の神話無双~冥府神ハーデス、異世界転生する~  作者: 夜宮鋭次朗
第一章 学園崩壊
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少年、教授する


 まずは、少年レイジがアロウンの生徒一号となった経緯について語ろう。


 レイジはアロウンやコレーと同じ新入生で、灰髪黒目のために周囲から目をつけられていた。黒は邪神ハーデスを象徴する色とされ、髪や瞳が黒いだけで迫害の対象。特に黒髪黒目の血筋は、邪神に与する穢れた一族として下民呼ばわりだ。 


 髪や瞳の一方だけが黒いレイジのような者も、平民の中では最底辺に扱われる。

 儀式で圧倒的な力を見せつけ、今は遠巻きに敵視されているアロウンと違い、平民らしく魔力で敵わないレイジは、神民生徒にとって格好のいじめ相手だ。


 レイジの性格が反骨精神の塊であることも災いし、同じ平民からも迷惑がられて、レイジを庇う者はいない。むしろ神民に媚びへつらう平民からも石を投げられる始末だ。


「――だがその一方で、四面楚歌の逆風にも決して屈しないレイジの気概に目をかける者もいた。二学年主席にして《猟兵姫》の異名を持つ才女、プラム=ワイルドハント。獣に勝る野生の才で魔物を屠る、美しき狩人……らしい」

「わたしも噂でなら聞いたことがあるわ。なんでもワイルドハント領には強大な魔物が生息する森があって、彼女は十年近くその森で生活してきたとか」

「ま、いかにも野生児って感じの、ちっとも神民らしくない女だよ。ついでに男の趣味も悪いときてやがる。なにが楽しくて、俺みたいなのに構うのやら」


 そうレイジがつっけんどんに言うように、プラムは随分とレイジを気に入ったそうで。

 今では毎日放課後に逢瀬……というには些か色気のない手合わせを重ねる仲とのこと。

 当然、それを快く思わない者も大勢出てくるわけで。


「ある上級神民の男子が、レイジにありもしない罪状をでっちあげて決闘を申し込んだんだ。一週間後の決闘に負ければ、家の権力でレイジは退学どころか牢獄送り。噂じゃ、レイジの処遇を盾に脅してミス・ワイルドハントに関係を迫ろうとしているとか」

「なにそれ、最低じゃない! ……それじゃあレイジくんは、ミス・ワイルドハントを守るために決闘を受けたの?」

「なんでそうなんだよ? 俺はただ、自分が売られた喧嘩を買い叩いただけだっての。人を見下したクソムカつく神民様をぶちのめしたいだけだ。いいか、変な勘繰りなんてするんじゃねえぞ? プラムのことなんか、俺には少しも関係ないんだからなっ」


 けっ、と唾を吐き捨てながらも、そっぽを向く顔は赤くなっていた。

 この見事な、不良系主人公のお手本みたいなツンデレっぷりである。

 きっとプラムも、雨の中で捨て犬を抱きしめる姿なんか見ちゃったりして、そのギャップにハートをやられたに違いない。


「ま、俺としてもその上級神民とやらの思い通りにさせるのは面白くない。レイジは力が手に入る、俺は上級神民が俺の魔術で這いつくばる様を拝める。完璧な利害の一致、疑問の余地もない五分五分の取り引きで、魔術を教えている次第だ」

「そうだ。こいつはあくまで取り引き、利害の一致による一時的な協力関係なんだからな。仲良しこよしなんてする気はねえから勘違いすんなよ。……だけどよ。本当にこんな、妙ちくりんな文字を刻むだけで魔術が使えるのか?」


 やだ、この男ども面倒くさい――と言わんばかりな、サラッと席を並べて魔術講座に参加しているコレーの呆れ顔は無視しつつ、レイジが疑問の声を上げた。


 レイジの手元には、びっしりと隙間なく文字が書き取りされた、植物繊維製のパルプ紙。ただし書き写されてあるのは、こちらの世界の標準語とは大きく毛色の異なる記号だ。文字というより、落書きじみた絵のようにも見えるだろう。


「その《ルーン文字》は、ただの記号じゃない。魔術の女神ヘカテーの力で、この世の森羅万象に紐付けられた刻印だ。だから、たとえばこうして【火】を意味するルーンに魔力を流すと――」


 アロウンが適当な白紙にルーンを書き込み、魔力を流す。

 すると紙に火が付き、あっという間に燃え上がってから霧散した。


 レイジもコレーも、半信半疑だった目を驚愕で真ん丸にする。

 それを見てアロウンは笑いを堪えつつ続けた。


「こんな具合に、ルーンに応じた現象を世界から引き出すことが可能だ。このルーンを使って《術式》を組み立て、円の中で一個の《魔法陣》として完結させる。そうやって世界の理を、手のひらで紡ぎ現出する技術……これが《魔術》だ」


 元々、ルーンというのは《チキュウ》でハーデスたちとは別の神話にて用いられた魔術の概念だ。しかし名前を借りただけで、こちらのルーンは別物である。


 こちらのルーンは極東の島国ニホンが使う、『漢字』の原型となった『象形文字』をベースに採用している。


 物の形を表す象形文字が、世界の事象と紐付ける記号として相性が良かったこと。そして漢字の組み合わせで熟語を作る形式が、術式の構築と上手く噛み合ったこと。以上の点から、人間へ普及するのに便利だったことが理由だ。


「ただし、ルーンはあくまで『鍵』だ。世界と繋がる扉を開けて、そこから力を引き出すには、まず鍵を差し込んで捻る力が要る。そのためにルーンをうろ覚えでなく、まず自分の頭にしっかり刻み込まなくちゃいけない。だから最初の一歩が書き取りなわけだ」

「ふーん……うお!?」


 なんとはなしに書き取りした紙へ魔力を流した結果、レイジは仰け反って驚いた。

 大して厚みがあるわけでもない薄紙が、突然ビシシッと直立。レイジが指先で弾くと、カッカッと紙切れにしては硬質な音が鳴った。


「なんだこりゃ、紙切れが板切れみたいに?」

「レイジにまず覚えさせたのは【強化】のルーンだ。その効果で紙の強度が上がったわけだな。同じルーンの重ねがけは、強化の倍率を上げる最も単純な方法だ。効率は良くないから、ちゃんとした術式を組むべきだがな」

「いや、紙切れなんか強化してどうしろってんだよ!?」

「いいえ! 凄いわよ、これ! だって、つまり武器にこのルーンを刻めば武器を強化できるってことよね? あ、でも刀身に彫り込んだりすると強度に問題が……」

「直接刻むのも一つの手ではある。だが効果を永続させる必要がないなら、【付与】を意味するルーンと繋げて一つの術式にしてしまえばいいんだ。こうやって二つのルーンを接続、力が循環するよう円で囲えば……ほら、これで【強化付与】の魔術が完成だ」


 紙に魔法陣を刻んで、魔力を流し込む。

 赤く光り輝く紙をレイジの右腕に当てると、赤光が右腕に移った。


「こいつは――」

「ほら、これで試し打ちして見ろ」


 やや不意打ち気味に、どこからともなく取り出した胴鎧を放る。

 レイジは虚を突かれながらも、反射的に慣れた動きで拳を繰り出した。

 結果、レイジの拳は鋼鉄製の胴鎧を苦もなく貫通する。


「な……!?」

「凄い! これが魔術の力なの!?」

「いいや、これはレイジの身体能力があってこその威力だな。元々の肉体が強靭だから、【強化】魔術の効果もより大きく表れている。……正直、俺もちょっとビックリだ」


 胴鎧を陥没させるまでの予測だったので、これはアロウンも驚かされた。

 いやはや、やはり人間は神の想定など軽く超えてくるということなのか。

 しかし覚え立てでこれなら、決闘までの成長には大いに期待できるだろう。


「とはいえ、実戦の最中にイチイチ手書きでルーンを刻むのは隙が多すぎる。だから感覚的な魔力操作だけで、魔法陣を構築する技術が必要だ。体内の魔力を引き出せる以上、魔力操作の感覚は問題ないな? 後は手を使わず、粘土細工で文字を作るイメージだ」

「いや、口で言うのは簡単だけどよっ。こいつはかなり繊細な作業じゃ……!」

「そうね。こんな事細かに魔力へ意識を向ける作業、初めての体験よ……!」


 魔術講座を次の段階へ進めたはいいが、二人の作業はなかなか難航している。


 感覚だけで魔力を操るなど、神ハーデスだった頃は呼吸と同じ感覚でやっていたし、人間に転生してからもその感覚を引き継いだアロウンには、なにが難しいのかサッパリだった。たぶん、口に出したら滅茶苦茶睨まれるので言わないが。


 代わりにちょっと助け舟を出すことにする。


「コレー、手を貸して」

「ひぁ!? ちょっと、後ろからそんな声で囁きかけないで――え? これは……」


 背後からコレーの両手に手を添え、アロウンは魔力の波長を合わせる。

 本来、他人と魔力の波長を合わせるのは非常に高度な技術だ。しかしアロウンはハーデスの記憶から、ペルセポネの生まれ変わりであるコレーの波長をよく知っていた。


 前世の関係を利用していることに後ろめたさを感じながらも、目的は果たす。


「俺の魔力を通じて、ルーンを構築する感覚が伝わっているはずだ。その感覚を、しっかり掴んで体に馴染ませるんだ。それさえできれば、そう難しい技術じゃない」

「う、うん。確かに、アロウンの魔力が、わたしの中を伝わってきて……」


 感動からか、手のひらで輝くルーンを見つめるコレーの瞳は熱っぽく潤んでいた。

 アロウンは不躾だと思いつつも、思わず横目で見惚れてしまう。

 ……その桃色な空気を隣で見せつけられ、レイジが渋い顔で呟いた。


「オイコラ、イチャつくなら余所でやれ余所で」

「い、イチャついてなんか「ぐふあ!」ないわよ!? 出会って一週間しか経ってない相手にどうこうなるほど、わたし軽い女じゃないから!」

「は? 出会って一週間? でも、そいつのあんたを見る目は――」

「そんなの、わたしが訊きたいわよ! 下心あるとか言った割に距離を感じるし、かと思えば物凄く自然に距離を詰めてくるし! もう、なんなのよ、この人ぉぉ……」

「あの、俺、なにか悪いことした?」


 見事な肘をもらった顎を擦りつつ、アロウンは困惑して首を捻る。

 結局、コレーは顔を赤くして怒るばかりで理由を話してはくれず。

 なんとなく疎外感を覚えて寂しくなるアロウンであった。



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