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転生冥皇の神話無双~冥府神ハーデス、異世界転生する~  作者: 夜宮鋭次朗
第一章 学園崩壊
3/8

少年、出会う


 魔法を使えることが発覚した結果、《神の寵児》などと呼ばれるようになって三年後。

 成長したアロウンは故郷から遠く離れた王都で、豪奢な門の前に立っていた。


「ここが《スパルトイ学園》……神に選ばれた子らを戦士に育て上げる学び舎、か」


 スパルトイ、という名にはハーデスの記憶で聞き覚えがあった。確か元々は、大地に巻かれた竜の歯から生まれた戦士たちと、その血筋を引く一族を指す名だ。

 偶然の一致、はまずありえない。なにせ、学園の名前だけではないのだ。


 王都の名がオリンピア。王国の名がゼウス。他にも主だった地名や組織名の多くが、前世でハーデスたち神々と関わりのある単語ばかりに由来していた。誰が名付けたかなど、火を見るよりも明らかだろう。


「うわぁ。入りたくない」


 この門を潜れるだけでも大層な名誉らしいが、一歩も足を踏み入れたくない。

 ないが、ハーデスの記憶と力を持つ者として避けては通れない道だ。


 三年の間にできる限りの準備はした。山に籠もっての修行で神の力を引き出し、人間アロウンの肉体に馴染ませた。また神の力抜きでも戦えるよう、人間としての地力も研鑽を重ねてきた。山には《魔物》も生息していたので実戦経験も多少は積んである。


 覚悟を決めたアロウンは非常に重たい足を上げ、学園の中へと踏み込む。

 荘厳な雰囲気の学舎はハーデスの故郷、古代ギリシャを思い出させる建築様式だった。流石に神殿というほどではないが、少年少女の学び舎にしては仰々しい。


「さて、儀式を行う場はどこかなっと」


 村長から貰った案内状を片手に、とりあえず通路の奥へ進む。

 どうもふるいにかけるほど『神に選ばれた子』とやらの数は多くないらしく、いわゆる入学試験の類はなかった。代わりに『儀式』で魔力の属性を測り、同時に魔力の有無で本当に選ばれた者であるかを確かめるそうだ。


 アロウンがここ三年間で調べた限り、魔力はこの世界の誰にでも備わっているモノなのだが……なんとなく想像はつく。


「オイ、見ろよ」

「やだ、下民じゃない」

「あの汚らわしい黒髪黒目」

「邪神の血――」

「穢れた下等人種――」

「学園長はなにを考えて――」


 同じ新入生と思しき、通路を同じ方向へ進む少年少女たちの囁き声。

 嫌悪、忌避、嘲弄、聞こえよがしな声量がまた卑しい陰口だ。

 しかし、アロウンには全く堪えない。黒髪黒目が疎まれるなど、《チキュウ》では人間の創作でありがちな設定。この程度は予測済みだった。


 とはいえ、酷く煩わしい。神経が焦げつくように苛立ちが募る。

 冥府の神ハーデスの記憶と力を持っていたところで、人格の主体は人間アロウン。

 外見相応の、生まれて十年と少ししか生きていない子供だ。


 ――こんなくだらない連中、その気になれば皆殺しにしてやれるのに。

 なまじ力があるだけに、短絡的な衝動がふつふつと煮えてくるのを感じた。


 それを努めて押さえ込みながら、ますます気分が沈む。明るい学園生活が全く見えてこない。これでは青春ラブコメなど夢のまた夢か。

 尤も、『彼女』以外の誰かと恋ができるとも思えないのだが。


 そんなことを考えながらアロウンは歩き続け、気づけば通路が中庭を横切る場所へ差しかかり……。



「――――っ」



 呼吸が、止まった。


 中庭にそびえ立つ大樹の下に、少女が一人。

 若葉色の瞳と、肩にかかる長さの桜色の髪。

 顔立ちは儚げながら、表情と眼差しには利発で活発な印象を強く受ける。

 ピンと背筋を伸ばした佇まいは、芯の強さを感じさせた。


 初めて見る顔だ。見覚えなど全くない。

 しかし、わかる。

 魂の奥底に宿る《神核》が、ハーデスの記憶が叫んでいるのだ。

 自分が彼女を見間違えるはずがないと、痛ましいほど切実に。


「ペルセポネ」


 それは、冥府の女王を指し示す名前。

 冥府の神ハーデスが愛した、いや今も愛し続けている伴侶に他ならない。

 そのペルセポネの魂を、神核の波動を彼女から感じるのだ。


 泣き出したくなるほどの懐かしさと愛しさが、胸の奥から溢れ出しそうになる。

 ……が、その感傷に冷や水を浴びせるかのごとく、汚い怒声が耳に入った。


「断るだと? 私を飾る花として、隣に侍る栄誉を与えてやろうというのだぞ! 跪いて感謝に咽び泣くのが当然の態度だろうが! それを断るなど、この私が誰かわかっていての狼藉「あなたが何者かなんて興味もないわ」なっ!?」


 少女以外が目に入らず気づくのが遅れたが、少女は数人の男に取り囲まれていた。


 代表らしき人物は、如何にも高慢ちきな貴族といった感じの金髪男。一応は美形の部類に入るだろう顔だが、人を見下した嫌な目つきだ。逞しい体格の配下を背後に従え、数で少女を威圧している辺りに性根の卑しさが丸見えだった。


 しかし少女はまるで恐れを見せず、毅然とした態度で卑劣な脅迫を一蹴する。


「私は物言わぬ花とは違う。誰の隣で咲くかなんて、自分で決めるわ。あなたみたいに女性を装飾品扱いするような男なんて、金銀財宝を積まれたってお断りよ!」


 春野に咲く花のように愛らしき顔が、凍てつく吹雪の圧を発する。

 そこにさえ、冥府の女王として君臨した頃の面影が窺えるようで。


「貴様ぁ、女の分際で私に恥をかかせるかああああ!」


 一瞬気圧されるも、逆上した金髪男が拳を振り上げる。

 その拳が雷を纏うのを見て、アロウンの中にまたも懐かしい感情が喚起された。

 ただしそれは、少女に対するものとは正反対の感情。


 ドス黒い衝動に突き動かされるまま、アロウンは地を蹴って二人の間に飛び込んだ。

 突然、瞬きの間に現れたアロウンに拳を軽く受け止められ、金髪男は狼狽する。


「な、なんだ貴様!? 卑しい下賤の生まれの分際で、神の中でも最も偉大な雷神に選ばれた私に歯向かうか! その不敬、万死に値する……!?」

「花は摘み取るものでなく愛でるもの。踏みつけるのではなく慈しむもの。その違いもわからないようなヤツが、彼女に気安く触れるな。――殺すぞ」


 我ながら、なんとも安い脅し文句だ。

 しかし半ば無意識に漏れ出したハーデスの神気が、呪詛にも等しい言霊を込める。

 金髪男たちには、アロウンの影が巨人のごとく膨れ上がって見えたことだろう。


「はっ、かひゅ、かぺ……っ」


 結果、金髪男たちは口から泡を噴いて失神する。

 特に眼前で冥府の神の威圧を受けた金髪男は、生気がごっそりと抜き取られた。金髪が白髪に染まり、全身が痩せこけ、数秒で老人としか思えない風貌に変わり果てる。


 しかし、呼吸と鼓動まで止まっているのには流石にアロウンも焦った。


「うわー!? ちょ、威圧だけで魂抜けるとか、うわー!」


 この後、必死に心臓マッサージした。

 かろうじて金髪男たちは息を吹き返し、通りかかった教師たちの手で運ばれていく。


「なんだ、あいつら。下民の威嚇なんかで気絶したっていうのか?」

「なにそれ、幻滅なんですけど」


 幸い、威圧の範囲は無意識に押さえ込めていたらしい。傍観していた生徒たちは神気を認識できなかった様子だ。それでも肉体はただならぬものを感じ取ったと見えて、好き勝手言いながらも顔色からは血の気が引いている。


 しかし威嚇だけで魂を抜くとは、流石は冥府の神ということか。

 やはり、軽々しく扱っていいような力ではない。そう改めて自分に戒めていると、背後から声をかけられる。


「ありがとう、と言うべきかしら?」

「……いや。こちらこそ、余計な手助けだったか?」

「まあ、自力でどうにかした自信はありますけど。助けられたことに変わりはないから、ありがとね」


 振り返れば、少女は気の強い微笑みをこちらに投げかけている。

 直接殺気を向けなかったとはいえ、彼女も間近でハーデスの神気を感じ取ったはず。

 しかしアロウンを過剰に恐れたり、黒髪黒目に対して嫌悪や嘲笑の目を向ける様子もなかった。……逆に、それ以上のなにか特別な反応も見せない。


 ――ああ。やはりそうか、と静かに絶望する。

 アロウンは悟ってしまった。彼女に、ペルセポネとしての記憶はないことを。

 力と共に記憶も奥底で眠る、限りなく別人に近い存在なのだと。


 ――いいや、それでいいのだろう。そうアロウンは自分に言い聞かせる。

 ハーデスとの婚姻は、ペルセポネの望んだものではなかった。地上から冥府にさらい、彼女の意思と無関係に女王の座へ据えたのだ。後に彼女はハーデスを受け入れてくれたが、生まれ変わってまで彼女を縛りつける権利があるはずもない。


 それに自分は、ハーデスであってハーデスにあらず。今は人間アロウンなのだ。

 前世の因縁を持ち出して迫ろうなど、図々しいにも程がある。


「それじゃあ、俺はこれで……」


 彼女は今生こそ、自由に恋をして好きになった相手と添い遂げるべきなのだ。

 大人しく彼女の前から消えようと、アロウンは未練を振り払うように踵を返す。


「待って!」


 そのまま走り出しかけたアロウンの手を、少女が掴んだ。

 少女自身、自分の行動に驚いたように目を瞬かせる。しかしすぐに表情を切り替えると、どこか強かな笑みが浮かんだ。


「さっきみたいに絡まれるの、初めてじゃないの。君、とっても強いみたいだし、よかったらエスコートして頂けませんか?」

「いや、その、俺も下心があって助けに入ったとは、考えないのか?」

「あるの? 下心」

「…………………………………………否定は、できない」


 誤魔化すこともできず、羞恥で顔が熱くなる。

 アロウンが若干涙目でプルプル震えていると、少女が思わずといった様子で噴き出した。

 いよいよ泣きたくなるアロウンに、少女は「ごめんごめん」と謝りながら言う。


「君ってば正直というか、不器用というか。うん、とにかく悪い人じゃないのはよくわかったわ。さっきの失礼な人たちとは大違いだって。だから、そうね。まずは友達から、どうかな? 今後の進展は君次第ってことで」


 毒入りの果実にも似た提案と共に、差し出される手。

 なんという酷な提案だろうか。してはいけない期待を持たせる、罪作りな笑顔。


 ああ、それでも……。


「わたしはコルネリア=スプリングフィールド。君の名前は?」

「俺は、アロウン。ただのアロウンだ」

「アロウンね。これから、どうぞよろしく」

「ああ。よろし、く」


 ――もしも。

 ――もしも、ただの人間であるアロウンとして、ただの人間である彼女と、また最初から関係を始めることが許されるなら。


 祈るような想いを胸に、アロウンはコルネリアの手を握り返した。



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