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転生冥皇の神話無双~冥府神ハーデス、異世界転生する~  作者: 夜宮鋭次朗
第一章 学園崩壊
2/8

少年、目覚める


 冥府の神ハーデス。


 彼は《チキュウ》という星に伝わる神話に於いて、死者の世界たる冥府を支配していた神だ。善良な魂は楽園エリュシオンに導き、罪深き魂は奈落タルタロスに落とす。生前の行いに報いた死後の裁定を下す、厳正にして冷淡ながら寛容さも秘めた死者の王。


 彼を始めとするオリュンポスの神々は、人間の進歩と反比例するようにして力を失い、後に新天地を求めて異世界へと渡った。


 そこはまだ文明も発達しておらず、《チキュウ》で言う石器時代辺りの未発達な世界。神の概念はなく、人間は精霊を自然の象徴として崇拝しながら暮らしていた。

 そして、新たな世界に対する行動方針で、神々の意見が真っ二つに割れる。


 神々の繁栄を永遠とするべく、人間を徹底的に支配しようとするゼウス。

 人間の自由と可能性を尊重し、悪戯に人間を弄ぶ真似を良しとしないハーデス。


 二人を旗頭とした二つの派閥に分かれ、両者は熾烈な戦争に突入。

 ハーデスはゼウスを打倒するが自らも力尽き、その存在は魂まで完全に消滅した。


 ――はずだった。





「アロウーン! アロウンやーい! 父さんと釣りに行こう!」

「あ、ごめん父さん。俺、大事な用事があるような、ないようなアレなんで」

「そんなぁぁ! 息子が最近私に冷たいぃぃぃぃ!」


 誘いをすげなく断られた父の、哀愁漂う嘆きの叫びが村に木霊する。

 若干の申し訳なさを覚えながらも、「これが反抗期か、反抗期なのかああああ!」と全身で悲しみを表現する父を背に、息子のアロウンは走り出した。


 舗装されていない、土を盛っただけの道なりに進めば、潮風の香りが鼻孔をくすぐる。

 ここ、アロウンの生まれ故郷は海辺に面した漁村だ。国の税が厳しく決して裕福ではないが、豊かな海の恵みに支えられて、村人は皆逞しく生活している。


 小舟で漁へと漕ぎ出す男たち。浜辺で貝を取ったり、家事に勤しむ女たち。網や釣り針といった、仕事道具の製作に励む老人たち。それを横目に元気よく走り回る子供たち。

 そんな村の暮らしを道すがら眺めるアロウンの目には、なにやら子供らしからぬ老婆心が窺えた。


「うむ。古き良き、というのはこういう感慨なのかもな。それにしても父さん、か。どうにも据わりが悪いというか、違和感を拭えないというか。なにせ、前の父親には生まれてすぐ丸呑みにされたからなあ……。前世の俺――ハーデスは」


 年齢不相応に大人びた、静かで落ち着きのある声で呟く。

 そう――なにを隠そうアロウンは、冥府の神ハーデスの生まれ変わりなのだ。

 どういうわけか彼は死の間際で願った通り、本当に人として転生を果たしたのである。


 ちなみに星の巡りから計算したところ、死後千年ほどの年月が経過している模様。

 転生の原因は全くの不明だ。人間アロウンとして生まれてから十二年の時間をかけてハーデスとしての前世を思い出したが、答えを教えてくれる者はいない。


 それに正直なところ、自分が神であるという実感がアロウンは今一つ持てずにいた。

 あくまで十二年の月日で培われた、《人間アロウン》の人格が自分の主体というか。

 冥府の神ハーデスとしての記憶は、非常に臨場感の高い絵物語のような認識だった。


 なんなら神云々は全て、単なる自分の空想ではないかという説まである。だとしたら、この年齢特有の痛々しさにちょっと泣きそう。


 ……しかし、空想では片づけられない確固たる理由もいくつか存在した。

 アロウンが只人にあらず、なにか超常の存在だということを示す確かな証拠が。


「さて、ひとまずここら辺でいいか」


 しばらく走ってやって来たのは、人目につかない海岸の一角。


 崖下で危ないため、大人からは近づかないよう常々言い聞かせられていた。ここなら人目を忍ぶには絶好の場所だ。何気にここは眺めも良く、澄んだ海の眺めは絶景のはずなのだが――アロウンはどうにも海が好きになれない。


 愚弟二号、もとい海神ポセイドンのことを思い出してしまうからだろう。

 同じ理由で、愚弟一号ことゼウスを思い出させる雷も嫌いだ。

 気を取り直し、アロウンは深呼吸しながら意識を集中する。


「すぅぅぅぅ」


 まず自分の外側、外界に満ちた『力の流れ』を認識。

 かつて自分がいた世界……《チキュウ》の人間たちの言葉を借りるなら《マナ》と呼ばれる類の、神秘の源泉となるエネルギーだ。《チキュウ》ではすっかり枯渇寸前となったソレが、この世界には潤沢に満ちている。


 次に、アロウンは自分の内側へと意識を沈めた。湖の底を探るように、深く深く。

 そこは、外界より摂取したマナから体内で生成される《魔力》の海。

 その海底に等しい深さまで達したとき。アロウンは自分の奥底で、恒星のごとき熱量を秘めたエネルギーの塊に触れた。


《神核》――神を神足らしめる霊的な核、つまり冥府の神ハーデスの魂だ。

 ここにハーデスとしての記憶と、神の力が宿っている。

 そう、単に前世の記憶があるだけではない。アロウンは神の力まで引き継いだのだ。


 しかし、この大いなる力の感覚すら、自分の妄想に過ぎない可能性がまだある。

 だからアロウンは目に見える形で、神の力の具現化を試みることにした。


「はぁぁぁぁ……!」


《神核》の中に意識の手を突っ込み、「あるもの」を引き出そうとする。

 確かな手応えを感じ、引き上げるために意識を一層集中。

 やがてアロウンの手から漆黒の【闇】が溢れ、形を成していく。


 空が軋み、大地が震え、海が荒れ狂い、世界が恐怖するかのごとく悲鳴を上げた。

 ただそこに在るだけで世界を萎縮させるほどの力。

 まさしく神の力が、この手に顕現する。


「でき、た」


 アロウンの手には、今の背丈には合わないサイズの《兜》が収まっていた。


 全体は鋭角的な造形だが、正面は黒水晶のようにツルリとした鏡面。その鏡面を縁どるように、ギリシャ文字の『Ω』を象った金の装飾が施されてある。自分で言うのもなんだが、如何にも創作の英雄譚で魔王が被っていそうな意匠。


 間違いない。これは冥府の神ハーデスの《神器》――神の武具の一つ、人間が《隠れ兜》とも呼んだ《ハーデスの兜》だ。


 やはり前世の記憶も神の力も、紛れもない現実。

 確かな証明を手にし、恐怖と昂揚でアロウンの胸は震えた。


「アロウン! そんなところでなにをしている!?」


 ビクリッ、と反射的に《兜》を自らの内へと仕舞い直す。

 振り返れば、父が血相を変えてこちらに駆け寄ってくるところだった。


「さっきの凄い地震をお前も感じただろう! そんなところにいたら崖が崩れて――!」

「父さん!」


 崩れたのは、アロウンでなく父の頭上の崖だった。

 人間などひとたまりもない大きさの落石が、父に降り注ぐ。


 アロウンは咄嗟に手をかざし、魔力を練り上げた。魔力はアロウンの意志を外界のマナに伝え、マナはアロウンの意志に従い、不可視の力場を発生させた。


 結果として、落石は空中で静止する。父に当たる寸前の、際どい位置だった。


「父さん、今のうちに早く!」

「あ、ああ!」


 父が落石の下から離れたところで力を解除し、落石が遅れて地面を揺らした。

 ホッとアロウンが安堵したのも束の間、父が目を皿のようにしたまま詰め寄ってくる。


「アロウン。お前、今のは……」

「あの、えっと、その」


 アロウンは狼狽し、父と目を合わせられずに俯いた。

 背中で隠れて《兜》は見られなかったはずだが、今の力は誤魔化しようがない。


 そもそも、今の時代に魔力の概念は通じるのだろうか。少なくとも、村で《魔術》の類を扱う者は一人も見たことがない。人間は未知を恐れ、得体が知れないモノは排除したがる生き物だ。今の力で、父の自分を見る目が変わったら……。


 ハーデスの記憶から蘇るのは、我が子に地位を奪われるという予言を恐れる余り、生まれたばかりの自分を丸呑みにした父クロノスの憎悪に満ちた目。

 こちらに手を伸ばす今の父に前世の父が重なり、アロウンはギュッと目を瞑る。


 そして、


「凄いぞアロウン! お前、《魔法》が使えるようになったのか! まさか、この村に《神の寵児》が生まれたとは! アロウン、お前は偉大なる神に選ばれたんだよ!」


 満面の笑顔を浮かべた父に抱え上げられた。

 父は子供のようにはしゃいでいて、そこに憎しみや恐れなど全くない。

 前世では未経験の親子らしい触れ合いに、アロウンはくすぐったくも温かな感覚で胸が満たされるのを感じた。


 が、同時にどうしても無視できない単語が父の発した言葉にはあった。


 ――神の、寵児? 選ばれた? 偉大なる、神に?

 ――どうしよう。物凄く嫌な予感しかしない。


 なにか巨大な流れ、運命という歯車に巻き込まれたかのような。

 どうか錯覚であってくれと、喜ぶ父を余所に硬い顔で願わずにはいられない。


 ……当然、アロウンの願いは叶わず。神の記憶と力など持って生まれたアロウンが、何事もない平凡な人生を送れるはずもないのであった。



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