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転生冥皇の神話無双~冥府神ハーデス、異世界転生する~  作者: 夜宮鋭次朗
序章 神話終焉
1/8

冥府神、死す


 白と黒、光と闇のモノトーンが天地を分かつ。

 それは世界の終わりか、あるいは始まりか。まさしく神話の光景だった。

 天より降り注ぐ雷光が地を割り、地より燃え上がる黒炎が天を灼く。


《神》――星と接続した、星の代弁者たる高次元生命。

 世界を構成する自然や、人々の創り出す概念と一体になることで、それらを司り支配する権能を得た超越者。……そして「元いた世界」では、その地位から失墜した者たち。


 異界より降り立った神同士の激突で世界が、それこそ星の全域に渡って震えていた。


「おお、神よ」

「どうか、どうかご無事で……」


 荒れ狂う海の中、木の葉のように頼りなく浮かぶ小島で。

 人々が一心に両手を合わせて祈りを捧げる。


 雷輝く空ではなく、黒炎燃える水平線を見つめながら。

 神の救いではなく、神の無事を祈って。


 中でも、他の人々と明らかに異なる存在感を放つ黒衣の女性は、見ていて痛ましくなるほど懸命に祈っていた。無事に、夫が帰ってきますようにと。


「ハーデス――」


 そして……戦いは決した。


 空に目も眩む、太陽が弾けたのかと見紛うほどの爆発が巻き起こる。

 天を余さず覆っていた雷雲が消し飛び、星々に彩られた夜空が露わに。

 星の震えも鎮まり、痛いほどの静寂が大地に満ちた。


「~~~~~~~~ッ!」


 空の上から、人が落ちてくる。


 彫刻を思わせる端正な顔に白髭を蓄えた壮年の、しかし老いをまるで感じさせない屈強な体つきの男だ。金の装飾を添えた白い装束で身を包んだ姿は、元いた世界の万人が思い描く《大いなる神》のイメージそのままと言っていい。

 しかし、大いなる神は地に堕した。


 隕石じみた勢いで大地に激突し、周囲に土煙と震動が広がる。

 先程までの、世界を丸ごと揺らす激震に比べればささやかなものだったが。


「……げほっ、うぐぐ、ぐぅぅぅぅ」


 普通の人間、いや翼を持たぬ生物では助かりようのない高度からの落下。

 しかし神たる男に落下でのダメージはない。ないが、最初から男は満身創痍だった。


 陥没した地面より這い上がった体は傷だらけで、白い装束も自身の血で赤黒く汚れている。四肢に力は入らず息も絶え絶えの、神とは思えぬ死に体だ。


「――無様だな、ゼウス。我が愚弟よ」


 地を這う神の前に、暗闇を引き連れてもう一人の《神》が現れる。


 兜で顔を、黒衣とマントで全身を覆い隠した、正体の窺い知れない影。

 ややくぐもった声音は、丁度頭上に広がる夜空のように静かで穏やか。それでいて聞く者に襲いかかる重圧は、その夜空に押し潰される錯覚を喚起させた。


 ゼウスと呼ばれた神も、地に伏す今は例外でいられない。

 そのことへの耐え難い屈辱に身を震わせながら、ゼウスは叫んだ。


「なぜだ、なぜ今になって私の邪魔をするのだ! 我々神によって管理される、正しき世界を取り戻せたというのに! 答えろ! 我が兄――ハーデス!」


 ゼウスとハーデス。

()()()()()()」に生きる大多数の人間たちにとっては聞き覚えのない名だ。

 それも当然、彼らは別世界からやってきた神なのだから。


 彼らが今立つ場所とは異なる次元、異なる宇宙の、《チキュウ》と呼ばれる惑星。

 彼らはかつてそこで《神》と崇められ、しかし信仰の衰退と共に力を失った。

 そして新天地を求め、次元を超えてこちらの世界に降り立ったのだ。


「なぜだと? 少しは自分の行いを振り返ってから物を言え。原住の、この世界で崇拝される精霊たちを次々と虐殺し、自分に従わない人間や都合の悪い人間も虐殺した。挙句に年齢を問わず、既婚者まで見境なく、あらゆる手段で女性に手を出して……貴様、神話の時代から何一つ進歩してないではないか?」

「神である我々の偉大さを示し、神の偉大さが理解できぬ愚か者どもを裁き、私の偉大にして神聖なる種を人間どもに恵んでやった! それの一体なにが悪い!?」


 全く悪びれる様子がない、心の底から本気でそう思っている顔と口調。

 あまりにあんまりな、そして何百年単位の昔から変わらない弟の物言いに、ハーデスは長々と重いため息を吐いた。

 その反応が気に食わなかったか、ゼウスは一層声を荒げる。


「お前も《地球》で散々見ただろうが! 我ら神に対する崇拝と畏敬の念を忘れ、好き勝手に星を貪る人間どもの増長と堕落を! 我々神が支配し導いてやらねば、人間など畜生にも劣る下等な存在なのだ! 同じ過ちをこの世界で繰り返してはならん! 今度こそ我々神による、正しき世界を築かなければ! それがなぜわからん!?」

「いや、なんだそのありがちで使い古された暴論は。貴様、《日本》の《漫画》に影響されすぎだろう。そういうこと偉そうに言い出す神に限って、人間の強さの前に敗北するのがお約束の流れではないか」

「ウオォォイ! 色々と台無しになる発言はよさんかああああ!」


 こいつ死にかけのくせに元気だな、とギャンギャン喚く弟にハーデスは呆れる。

 なにやら緊迫の空気が弛緩してしまうが、ゼウスは間違いなく致命傷だった。

 肉体的な心臓のみならず、霊的な『核』も完全に破壊されている。こうなってしまえば神といえども死は免れない。存在が完全消滅して蘇生も不可能なはずだ。


「生憎と私は貴様ほど人間に失望していなければ、人間を無力だと見下してもいない。考えても見ろ――かつて神々が人間と近しく在った時代、人間があそこまで……良くも悪くも進化・進歩することを誰が予想できた? 人間が己の力だけで星の海に乗り出すなど、運命の三女神でさえ予知できなかったではないか」


 ハーデスは故郷とも呼ぶべき《チキュウ》の人間たちを想う。


 冥府を治めている間も、冥府の主でなくなった後も、愚かで醜い人間を数え切れないほど見てきた。しかし永い歴史の中で、尊く美しい人間の輝きも、また数え切れないほど見てきた。本に書き記されるような偉業だけでなく、日常のささやかな一瞬にも何度だって。


 それは、ゼウスも見てきたはずだろうに。なぜこうも相容れないのか。


「神々の手から離れた《地球》の人間たちは、数え切れない過ちを繰り返しながらも、あらゆる苦難を乗り越えて、神々が想像だにしなかった未来にたどり着いた。……確かに今、彼らの未来には破滅という暗雲が立ち込めている。しかし人間たちが今一度神の想像を上回り、未来を切り開くことができないと、どうして神に断言できようか」


 パンドラの箱は開け放たれ、あらゆる厄災と不幸が満ちた世界で。

 なおも希望を胸に立ち上がる、そんな人間の強さをハーデスは見たのだ。

 だからハーデスは、ゼウスが謳う「神が支配する正しき世界」を否定する。


「要するに、だ。私は人間の可能性というヤツが好きで、それを閉ざそうとする貴様のやり口を認めるつもりはない。人間を支配し弄ぶだけの神など、どこの世界にも不要なのだ。神々など創作の中で、威張るだけ威張って最後は人間に敗れたり、安易に美少女化させられたりする程度の扱いで丁度良い」

「ふざ、けるな。くだらぬ人間どものために、血を分けた兄弟である我らを滅ぼすというのか……っ。貴様なんかその人間どもの創作で、いつも悪役にされてるくせに! 正義の神である私にボコボコにされて、ピーピー泣き喚く外道で根暗な邪神のくせにぃぃ!」

「――うむ、くたばれ愚弟」

「な、ちょ、ギャアアアアアアア!」


 ハーデスが手をかざすと、暗黒の渦がゼウスを呑み込んだ。

 それは言わば引力の嵐であり乱気流。ゼウスの身体はあらゆる方向に捻じ切られ引き裂かれ、その身を構成する雷光の一片まで逃さず磨り潰す。


「おのれぇぇ、私の、私の異世界一億人ハーレム計画が、『チート大神ゼウス様の異世界ハーレム無双』がぁぁぁぁ……!」

「いや、最期の言葉がよりによってそれかよ」


 馬鹿すぎる発言を残して、ゼウスは消滅する。

 かつて神々の王とまで呼ばれた大神の最期にしては雑な扱いになったが……あの愚弟にはむしろ相応しいか。


 嘆息し、ふとハーデスは自身の手を見つめる。

 微細な亀裂が指先から全身に伝わり、肉体が崩壊を始めていた。


「こちらも限界、か。すまぬ、ペルセポネよ。帰るという約束は果たせない」


 実はハーデスも戦いの最中、とっくに霊的核を雷で穿たれていたのだ。

《兜》の力でどうにか魂を繋ぎ止めていたが、それもここまでらしい。

 ハーデスは夜空を見上げ、その下で生きる人間たちに向けて告げる。


「人の子らよ。貴様たちは自由だ、存分に生きるがいい。死は全ての生命に約束された終わり。たとえ果てに待つものが破滅であっても、力の限り生き抜く過程にこそ、貴様たちの価値と意義がある。願わくば貴様たちの未来に祝福を。いつか来る終わりに安らぎを」


 ――そして神にも輪廻が許されるなら、私も次は人として生きてみたいものだ。

 そんな呟きを残して、ハーデスは地上から消え去った。




 ハーデス様がカッコイイ主役の話が全く見つからないので、自分で書きました。

 とりあえず今週で8話分、漫画なら読み切り程度の長さまで投稿します。

 以降、続くかどうかは受け次第で。感想や評価、ブックマークを頂けますとモチベーションになるので、お気に召したらどうかよろしくお願いいたします。

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