第9話 ロリコン増える
ウルとジェスチャーでやり取りをしていたノアが振り返ると、先程の少女の姿は既に無かった。
「何なんじゃ、あ奴は? いきなり現れて名乗りもせずに消えおって!」
憤慨しているノアの胸元に、チカが飛び込んで来る。
「ノアお姉ちゃーん‼︎ 助けに来てくれてありがとう‼︎」
「う、うむ。無事でなによりじゃ」
(フッフッフッ。これで当面の宿の心配は……」
ノアがニヤケていると、明らかに怒っている表情のウルが、禍々しいオーラを放ちながらゆっくりとノアの頭の上に降り立った。
「お、おう。お主も無事じゃったか? よ、良かった良かった。ハ、ハハハハハハ」
『良かった良かった……じゃなああああーいっ‼︎』
ノアの髪の毛を爪でガッシリ掴んだウルが、その場で高速回転をする。
《ウルズトルネード》である。
「いだああああー‼︎ や、やめろ‼︎ ハゲる! ハゲるううー‼︎」
きっちり制裁を受けたノアが、チカを連れて猛堕将のアジトを後にする。
ノアがチカを肩車し、チカの頭の上にウルが乗っかり、まるでトーテムポールのような形で宿屋に帰って来たノア達。
宿屋に入る時、入り口のドア枠に激突して落下したウルを、チカが慌てて拾いに行ったのは言うまでもない。
「ママー‼︎ パパー‼︎」
「チカちゃん‼︎」
「おお‼︎ チカ‼︎」
号泣しながら強く抱きしめ合うチカと両親。
そして落ち着いた頃、改めてノアに礼を言うチカの両親。
「ノアさん! 娘を助けて頂き、本当にありがとうございました!」
「猛堕将にさらわれたと知った時、内心もうダメかと諦めかけていました。本当に。本当にありがとうございました!」
両親の心からの感謝により、ノアのJPが一気に140まで上がった。
「余は、ただ宿代の為にやっただけじゃ」
「勿論お約束通り、この先何日泊まって頂いても、宿代は全て無料にさせて頂きます!」
「そうか。ならばそれで良い」
(JPも思いの外溜まったしのう。こちらとしては良い事尽くめじゃわい)
「今日は疲れたからもう休ませてもらいたいんじゃが、いいかの?」
「ハイ! 勿論です! ノアさんには当宿屋の最高ランクの部屋をご用意させて頂きます!」
「最高ランクじゃと⁉︎ では料理も美味いのかの?」
「勿論でございます。さあ、どうぞこちらへ」
チカの父親に案内されて、部屋へ行くノア。
残った冒険者達が、ノアに感心していた。
「凄い! 人質を救出して猛堕将まで壊滅させたってのに、まるで偉ぶる様子も無い」
「本当なら、もっと大金を要求しても全然おかしくない事をやったのに」
「あの若さであれ程の強さと謙虚さを併せ持つなんて、これはもう未来の勇者確定だな!」
部屋に案内され豪華な食事を頂いた後、ベッドに横たわったノアがある事を思い出す。
「あ、しまった!」
『どうした?』
「あの娘の事を冒険者共に聞くのを忘れておったわい」
『ああ、あの少女か。まあ、明日でいいんじゃないか?』
「そうじゃのう。別に慌てる事でも無いしのう。しかしじゃ」
『ホッ?』
「あの娘、かなりの強さじゃと思うが、本当に貴様の仲間では無いのか?」
『知らんと言っただろう。全然会った事も無い』
「まあ、貴様の仲間で無いのなら、命を狙われる事も無いじゃろう。もう寝るぞい」
『ああ……今日は良くやった。ノア……』
小声で囁くウルだったが、既にノアは深い眠りに落ちていた。
「うるさいぞ、ウル……ムニャムニャ……」
ウルの言葉に、寝言で返すノア。
『フッ……あと汗臭いから、寝る前にはちゃんと風呂に入れよ?』
「貴様だって獣臭いじゃろ……ムニャムニャ……」
『ムカッ』
頭に怒りマークが付いたウルが、ノアの耳に優しく噛みつき、ゆっくりと身体を回転させる。
「いだ……いだ……いだいいいいー」
《ウルズデスロール》優しいバージョンである。
翌朝、食堂に降りてくるノア達。
「昨日、ナマケモノが耳にぶら下がって離れない夢を見たんじゃが、貴様何かしたのか?」
『疲れてたんだろ?』
食堂に行くと、また冒険者達が騒いでいた。
「回復したから出かけられたんじゃないのか?」
「いやしかし、ずっと意識不明だったんだろ? いくら目が覚めたからって黙って出て行くか?」
「じゃあまた誰かに誘拐されたのか?」
(何じゃ? 余は昨日にタイムリープでもしたのか?)
『心配するな。昨日助けた少女はちゃんと居る』
その少女チカが、ノアに気が付き駆け寄って来る。
「あ! ノアお姉ちゃん、ウルちゃん! おはよう!」
「うむ」
「ホー!」
まるで手を挙げるように、左の翼を上げて挨拶するウル。
チカに事情を聞くノア。
「何やら騒がしいようじゃが、何かあったのか?」
「うん、それがね。魔道士のナオ様が病院から居なくなったんだって」
「ホッ⁉︎」
魔道士のナオとは、クラフトと同じ勇者パーティーのひとりである。
ノアールとの最終決戦の最中、瀕死状態だったナオは転移魔法でこの街まで戻り何とか一命を取り留めたが、それからずっと昏睡状態であった。
『ナオ、意識が戻ったのか? いや、ならば何故俺に会いに来ない?』
(いや、今の貴様を見ても気付かんじゃろ?)
『ホッ⁉︎』
そうだった‼︎ という表情のウル。
「ナオーッ‼︎」
そこへ勢いよくドアを開けて入って来たのは、クラフトであった。
「ノアお姉ちゃん、何で隠れてるの?」
クラフトの姿を見たノアが、反射的に物陰に隠れていた。
「いや、身体が勝手にの……」
「ナオーッ‼︎ 居ねぇのかー⁉︎ 居ないなら居ないって言えー‼︎」
(言うかっ!)
宿屋の中を見回しながら叫ぶクラフト。
「相変わらず騒がしい人ですね。自分ならここに居ますよ」
そう言いながら入って来たのは推定年齢25歳程の、クラフトに負けず劣らず良い体格の金髪の青年だった。
「ナオー‼︎」
「やめてください、暑苦しい」
喜んで抱きつこうとしたクラフトを、サラリとかわすナオ。
「ヘヘッ! 相変わらず照れ屋だなー。でも良かったぜ! 元気になったんだな!」
「ええ。お陰様でね」
クラフトに冷たく返事を返したナオが、物陰に隠れていたノアを見つけて近付いて行く。
『ホッ。元気そうで良かった』
(し、しかし何故奴はこっちに来るんじゃ? この姿で奴に会うのは初めての筈じゃ!)
『ああ、それは……』
「はじめまして。あなたがノアさん、ですね?」
ウルが答える前に、ナオがノアに話しかける。
「そ、そうじゃ……そ、そうニャン! はじめましてニャン! 私がノアニャン! この子はウルだニャン!」
慌ててすっかり忘れていた猫かぶりモードを発動させるノア。
「ノアさんにウルちゃん、ですか……もしよろしければ、自分と握手をしていただけませんか?」
「べべ、別に構わないニャン」
ジッとノアを見つめながら握手をするナオ。
「フフッ。ノアさん、とても可愛いですね。ありがとうございました。ではまた」
嬉しそうな表情で去って行くナオ。
(な、何なんじゃ、あ奴は? 正体がバレたのかと思って焦ったぞい?)
『いや、単純にお前と握手がしたかっただけだろう』
(何故そう言い切れるのじゃ?)
『何故なら奴は……』
(奴は? ってこのやり取り前にもやったぞ? まさか?)
『奴も極度のロリコンだからだ!』
(やはり貴様のパーティー、ロリコンしかおらんじゃろ!)
柊菜緒さんとは関係ございません。