コスモコネクト
「主よ、わたしたちの神よ、
あなたこそ、
栄光と誉と力を受けるにふさわしい方。
あなたは万物を造られ、
御心によって万物は存在し、
また創造されたからです。」
──ヨハネ黙示録 4章11節
◇
星降る夜に、地上にも瞬く星一つ。バー『夜烏』。ネオン蝶とは無縁の場所だ。
男が目を落とす週刊誌に躍るのは、センセーショナルな文字の羅列である。
『福岡県県知事選候補倉部洋介謎の事故死』『倉部氏、「宇宙の絆」に出資か』『「宇宙の絆」、海江田祐樹氏亡き今、後釜を巡って内輪揉めか!?』
「底が読めんな」
男は琥珀色のグラスを揺らす。男は煙草を取り出し咥える。
蝶ネクタイのマスターが、グラスを磨く手を止めて、トレンチコート姿の男の煙草に火をつけた。
「羽村。『宇宙の絆』だが、関わるのは止めておけ」
男、羽村は煙草を深く吸い、紫煙を吐き出す。
「一度始めた仕事だ」
灰皿に煙草を押し付けると、羽村は琥珀色のグラスを空けてカウンターに万札を置いた。
◇
羽村のポケベルが鳴る。
コールは、市ヶ谷。
羽村はV8エンジンに火を入れ、車を発進させると、先程の二つの電話を思い出す。
『──アルファか』
市ヶ谷にも通したコールサインでそう呼ばれると、
『──シールズ社は久住に拠点を持っている。「宇宙の絆」と言う団体が隠れ蓑だ──』
久住。それは九州にある観光地だ。
秋になると紅葉も美しいこの高原で、人類の進化を目指しアセンションを企む組織があると言う。
『──はい、こちら江戸川探偵事務所──羽村!?』
馴染みの相手に、シールズ社の火遊びの事を聞けば、やはり制止の声が返ってくる。
『「宇宙の絆」ってあなた──危険よ羽村、現代表織安庄司は佐世保とのパイプも持っている! 止めて羽村、お願いだから!』
叫ぶ女を黙らせようと、こんな事を口にした。
「カラスを寄越せ」
高速道路を車が走る。羽村はしっとりとしたジャズを流しつつ、ハンドルに手を置いた。
◇
夕日の大観峰に車を止めた羽村は赤く焼ける草原を見つめる。羽村の煙草も赤に融けた。日が落ちて、駐車場にやって来たマイクロバスから裕福ななりの男女らが降りてくる。彼らは何もない草原に乗り出した。羽村は車から降り、彼らの明かりを頼りに彼らをつける。羽村の右手は、トレンチコートの闇に消えていた。
星の夜、羽村は連中と離れて、様子を注意深く見守る。
彼らは大草原の中に夜中に輪となって、ハミングしながら繋いだ手を上に下にを繰り返し、宇宙意思との交信を試みているらしい。事の真偽は羽村にはよくわからなかったが、彼らの情熱だけは理解できるような気がした。
羽村はなお、彼らを注意深く見守る。
儀式が始まり、三十分ほど経過したころだろうか。一人の男の挙動がおかしい。
男は上半身を激しく前後に揺れ動かし、くの字に折れては、逆くの字に折れる。
髪を振り乱すその男に明確な変化が起きたのは、次の瞬間だった。
男の目から怪光線が迸る。青、赤、黄と変色するその色彩は、誰がどう見ても異常である。
しかし、集団は半ばトランス状態となっているのか、誰も男を振り払おうとはしない。
久住の夜闇を怪光線が切り裂く。羽村のコートも、男の怪光線に焼かれた。
羽村はアーミーナイフを取り出して男の元に走る。そして背後を取り、男の首に手を回して喉を掻き切った。
硬い感触。肉と骨を両断する感触だ。
男の放つ怪光線は止まり、輪の中心を男は見詰め始めた。
輪の中心に、光が集まり始める。
姿がおぼろげながらに現れる。馬。そしてそれに跨る人。
ハミングの音色が最高潮に達したとき、奇跡は起こった。
馬に跨り、右手に二匹の大蛇を携えた、蛇の尾を持つ獅子人が現れたのである。
人々は歓喜した。宇宙意思を呼び寄せたと思っているのだ。
──汝らを宇宙意思と繋げよう。
その陽炎のような存在は口を開く。
同時に、その存在によって強制的に宇宙と接続された人々の頭に、恐慌の渦が襲った。
人々は意味をなさない悲鳴を上げて、耳から血を吹いては倒れ行く。
そして、喉を切り裂かれた機械人形のみが残った。
陽炎が揺らめき、機械人形と重なる。
それは羽村と目が合う。
──汝の望みは、叶えぬ。
羽村はアーミーナイフを構えなおすと、呼吸を整え、聖句を唱える。
「父と子と聖霊の聖名において──」
指で十字を切れば、
「──エイメン!」と一振りの長剣、アゾット剣が現れる。
蛇の尾が払われた。羽村は跳んで、それと距離を詰める。右手の蛇が羽村に牙を剥けば、羽村は剣で打ち払う。馬の蹄が羽村の胸を強かに打ち付け、咽る羽村に獅子の左の手刀が伸びる。羽村の胸から血が舞った。
羽村は伸びきった手刀を腋に抱えると、引き抜きざま刀で獅子の喉を打つ。
獅子の喉に大穴が開き、悪魔は最期に、
──あのお方の望みは我が望み。
言うなり、ボッと火が付き燃え上がる。機械人形も火に包まれて、草原に火柱が上がった。
羽村はその炎に照らされて、さながら悪鬼のようである。
──その時、人々の中で一人だけ動く影がある。
「悪魔……悪魔め! 我々の前に舞い降りたハイヤーセルフを消した、お前こそ悪魔そのものだ!!」
羽村はその男、『宇宙の絆』代表、織安庄司を振り返る。
「見よ、開かれた門が天にある。
聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、
全能者たる神、主。
かつておられ、今おられ、やがて来られる方。
主よ、我に御使いを遣わし給え」
羽村が紡ぐ聖句が終わると、織安庄司の背後で光が膨れ上がる。
白き汚れなき純白の翼をもったそれは、織安庄司の姿を包み込み、その手にした剣で、その胸を貫いた。
織安庄司の胸からスパークが上がり、大ガラスが現れては、織安庄司の目を抉る。
それの頭からは機械の目が覗いた。
織安庄司が人でなかったことに羽村が舌打ちし、剣で頭頂から切り降ろすと、それは左右に分かれて地に伏した。
大ガラスが駐車場までの道を指し示す。
羽村は煙草を取り出すと火をつけた。
一息吹かすと、胸に手を当てては大観峰の大草原に血の跡を残しつつ歩き出す。
◇
星の夜、今夜も地上にネオンが瞬く。バー『夜烏』で、黒い男が今日も傷ついた羽根を休める。
男は琥珀色のグラスを揺らし、今日もしっとりとしたジャズに聴き入っていた。