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オートマータ

『さぁ、彼の言葉が本当かどうか見てやろう。

 彼がどう終わるか検べてやろう。

 義人が神の子ならば神は彼を受け入れ、

 その敵の手から彼を救うだろう。』


 ──ソロモンの知恵 2章17-18節


 ◇


 月が雲で厚く覆われた夜。寂れたネオンがあった。その名をバー『夜烏(よがらす)』。

 しっとりとしたジャズが流れる店内。


「羽村、しばらく身を隠せ」

 グラスを磨きつつ、蝶ネクタイのマスターがトレンチコートの男、羽村に声をかける。


市ヶ谷の連中(じえいたい)がお前のことを嗅ぎまわっている」

 羽村は無言で琥珀色のグラスを揺らした。


「堪らんよ」


 羽村はグラスを一気に呷ると、万札を置き、席を立つ。


「迷惑をかける」


 ドアのベル一つ、羽村は夜の街に消えて行く。


 ◇


 ドアのベルを耳にした、その数秒後の出来事である。

 羽村は金色の眼をした男を目にしていた。

 羽村と男の手が、

 それぞれの懐に伸びたその瞬間──。


 タタタタ! タタタタタ!


 羽村と男を、機関銃が掃射する。

 羽村は頭を低くし、男は電柱の陰に隠れた。

 現れたのは第三の男。こちらもどこかで見た風貌。熊本の工場で。そして、ここ曽良場の地下で。

 シールズ社。その人の皮を被った機械人形(アンドロイド)自動小銃(マシンガン)を手に打ちまくる。羽村はアーミーナイフで弾丸を弾き、金の眼の化け物は両腕を剣に変えて第三の男に襲い掛かる。化け物の剣が男の胴を貫き、化け物自身も銃弾を体に数発浴びていた。羽村はアーミーナイフを手に男に躍りかかっては、引きずり倒し、首筋にナイフを叩きこむ。男の両眼(カメラアイ)は一周回って停止した。

 羽村はナイフを抜くや、後ろを振り向いて、次の敵に切りかかる。金の眼の化け物は腕から伸びた剣を打ち合わせ、羽村のナイフを受け止める。そのさなか、相手は口を開いてはこう言った。

 

「ミスタ、羽村」


 羽村は金色の眼の化け物が口をきいたことに驚くも、油断なくナイフをさらに押し込む。


「私たちは分かり合える。共通の敵がいる」


 と、化け物は動かなくなった人形を一瞥し、剣をでナイフを弾きつつ、金色の眼で羽村を射る。


「シールズ社、か」と羽村がこぼし、

「そうだ。彼らはアセンションを企んでいる」と化け物は繋いだ。

 二人はどちらからともなく、武器を収めた。


 ◇


 バー『夜烏』。二人の男がカウンターで隣り合わせになっていた。


「これがシールズ社の正体だ」


 金の眼の男がカセットデッキ(ウォークマン)の再生ボタンを押す。すると、力強く自信に満ちた男の声が小型スピーカー(イヤホン)から流れ出す。


『己の目的は人類の存続、進化だ。外の世界から来るバケモノにも負けぬ様、人という種を強くさせねばならぬのだ! 人による人のための進化! それこそが己の理想世界である!』


 と、テープを止めた。


「このテープをどこから?」羽村が問えば、

「蛇の道は蛇、とだけ言っておこう。『将軍』を自称する男の肉声だ」

 金の眼の男は静かに言葉を選ぶ。

 羽村は顎で次の言葉を促すと、

「シールズ社は人為的な人の革新を目指し、芸能界に伝道師を送り込んでは強引に人類の進化、世界の次元上昇(アセンション)を企んでいる」


次元上昇(アセンション)……」呟く羽村。


「成功すれば未曽有の大災害が起こるに違いない。そうなってはだれにも止められない。どうか羽村、彼らを阻止するために、君の力を貸してほしい」と、市ヶ谷の命令を受けたという、金の眼の男は言う。

「羽村、答えを聞かせて欲しい」言葉を続けた男の眼が、黄金色に光った。




 やがて男は去り、羽村だけが残される。

 マスターが静かに琥珀色の酒を勧める。羽村は黙って一口、苦い酒を口に含んだ。


 ◇


 テレビで爽やかな男が、荘厳な音楽と供に囁いている。

 霊界の案内人、天界のメッセンジャーを自称する、海江田祐樹(かいえだゆうき)という男だ。精悍な顔立ちをした、二枚目俳優としても活躍しているこの男は、聞けば今度、曽良場市で講演会を予定しているという。


 羽村はテレビをそのままにして、アーミーナイフを取り出すと流しに向かう。


『祈りは必ず天に通じます』

 熱のこもる男の声。静まり返るスタジオ。音楽だけが流れる。


 羽村はその声を、背中で受ける。


『さぁ、皆さん祈りましょう!!』

 男は絶叫する。スピーカーが震えた。


 羽村は岩塩とオリーブ油を取り出し、それらをナイフにふりかける。


『願いましょう! 思うがままに、望みのままに!!』

 テレビの中の男は、両手を振り回しては、視聴者にこれでもかと訴えかけていた。


 羽村は男の声など聞こえないかのごとく、ただ、油で濡れたアーミーナイフを前にして呟く。


「父と子と、聖霊の聖名において──エイメン」


 祈りは、テレビから流れてくる、万雷の拍手の音に溶け込むように消えた。


 ◇


 それから数日後の曽良場市天神(てんじん)町、市民文化会館。

 日は西に傾き、影は赤く伸びている。羽村は海江田の話を聞こうと集まった大勢の人々から発せられる異様な熱気を避けるかのように、会館の裏口に回っていた。

 そして彼は、立木の陰から裏口の扉の前に黒のスーツの、どこかで()()()()()顔立ちの男が一人、立っているのを見る。羽村はアーミーナイフを抜いた。夕日に赤く照り返る白刃。羽村はそれを逆手に持つと、男に向かって真っすぐに歩いてゆく。

 男が羽村に顔を向けた途端、羽村は容赦なく柄を鼻っ面に叩きつける。異様な手ごたえ、破れる被膜と飛び散る火花。

 男の右手が懐のナイフに伸びる。閃く凶刃、受ける羽村。同時に羽村は男の胸に肘を入れ、男のナイフを持つ手を蹴り上げる。体勢を崩す男の首を光る刃が首を薙ぎ、再び火花とオイルが爆ぜた。きりきり舞いする男の顔に、何度もナイフを叩きこんでは、男、機械人形の動きを止める。

 羽村は男を茂みに隠すと、サングラスをかけて裏口の扉を開けた。


 ◇


 万来の客、客席を民衆が埋め尽くしている。海江田の声が、照明を絞った会場に朗々と響く。


『私たち人間は新たなステージに立たねばなりません』


 わずかに流れるドライアイスの煙とともに、照らされる白い照明。


『私たちは常日頃から他人に対して妬み、奪い、隙あらば我先に行こうとしています』


 一人、照明に浮かび上がったその男は聴衆に穏やかに語りかける。


『それではダメなのです。もっと我々はお互いのことを考え、協調し、助け合ってこそ──』


 聞き手は魂を抜かれたように、ただただ彼を見つめて聞き入っていた。


 そこに轟く一発の乾いた銃声。

 海江田は胸を撃たれ、わずかによろめく。観衆から悲鳴と戸惑いの声が上がった。


『人間と言えるのです。我々人間は、お互いのことを理解しあえる。分かち合える。そういう──』


 しかし、海江田は何事もなかったかのように姿勢を正し、話し続ける。

 またも銃声。今度は二発。それは頭を、左胸を撃ち抜いた。海江田の頭から火花が飛ぶ。


『素晴らしい存在なのです。みなさん、私は間違ったことを言っているでしょうか』


 赤い機械の眼と、機械の顎を剥き出しにしながら、海江田祐樹は話し続ける。


「ロボットよ、あの人、人間じゃないわ──!」


 誰かが言った。気のせいか、その金切り声は江戸川のそれに似ていた。

 途端、会場を叫び声が支配した。

 みんなが雪崩を打って、我先にと助けを求めて走り出し、出口へと殺到する。


『私が間違っているとするならば、人間は滅びるほかありません──』


 海江田の声が、民衆の背中に投げかけられる。

 ステージに立つ海江田に、舞台袖の暗がりから染み出すように現れ近づく、サングラスをかけた黒のトレンチコートの男がいた。



「どんな場合も、人間は生きるさ」



 ふり返る男にサングラスを外しながら羽村はそう答え、アーミーナイフを構えて聖句を唱える。


「父と子と聖霊の聖名において──」


 指で十字を切れば、


「──エイメン!」と一振りの長剣、アゾット剣(サイコソード)が現れる。


 羽村は今もマイクを握り続ける機械人形の頭上へと、剣を振り下ろしては二つに断ち割った。

 火花とオイルを散らして、分かたれるヒトガタ。それは()()と倒れた。

 海江田祐樹の野望はここに潰えたのである。


 ◇


『集団幻覚!? 消えた俳優、海江田祐樹の真相に迫る!』『演出か!? 曽良場市講演中に起こったテロ事件!?』


 カウンターに投げ置かれた雑誌に躍る、これらの見出し。


 『スターダスト』の流れるバー『夜烏』で、一人の男が静かに夜を過ごす。マスターが今、空いた羽村のグラスに、そっとウィスキーを注いでは渡した。

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