繰り返す悪夢
なんだか信じられない話だった。
詩乃の悪夢の話も、
とんでもなくお金持ちっぽい話も両方とも。
とりあえず信じろって言う方が無理がある。
「北島さんは信じてるんですか?詩乃の、その能力っていうか・・・」
「医師という職業的には、信じるかどうかではないんです。患者のために何が出来るかを考えた結果として最善の方法だったとは信じていますが。学者としては・・・まあ、分析の価値はないでしょう。あえて言えばテレパシーの研究ということになってしまいますから。それはちょっと異端過ぎるでしょう。いくらやっても評価を受けることは有り得ない。歴史が証明してくれますよ」
そう言うと意味深に笑った。
「それよりも、肝心なことを説明しなくちゃいけないんですが」
わたしは北島を見つめた。
「今、詩乃は愛理香さんの夢の中にいます」
そうだった。今も詩乃は悪夢と戦っているのかもしれない。
「先ほど、ほとんどの場合、詩乃は悪夢を繰り返し見ないと言いましたけど、愛理香さんの悪夢については、どうやら違っているようなんです」
「悪夢にうなされるようになったんですか?」
「詳しい話は明日にでも詩乃本人から聞いてください。私の本業は医者ですから。夢の内容を説明するのは本人からの方がいいでしょう。ただ長いトンネルに入っていく夢だそうです。トンネルの先は迷宮になっているとか」
北島はドリンクのグラスが空になっていることに気がついて、わたしのグラスも一緒に持つと席を立った。
微妙にお預けをくらった犬みたいな気持ちになった。
コーラとジンジャーエールのドリンクを持って北島が帰ってくる。
「さて、続きです。詩乃は愛理香さんの夢に入るのは今日が初めてです」
うん、だって昼間に初めて会ったんだし。
「けれど、同じ夢にはもう既に何度も入っているんです」
は?いや意味わからないけど。
「つまり、詩乃は同じ悪夢をみる人に出会ったことがあるということです。何度か、ね。だから詩乃は今度も躊躇わずに夢に入った。入る前から、その夢の内容を知っているんです。抜け出す方法も」
「それって、つまり?よくわからないんですけど」
「通常、夢というのは本人の無意識下の願望や不安を誇張するように現れると言われています。個人的な意識で生み出されるものなので、他人と同じ夢をみるということは普通はないんです」
「え、でも、なんか本で読んだことありますよ。友達と同じ夢を見たとか、そういうの」
北島は頷く。
「そういう話はありますね。でも、同じ夢と言っても細部まで一緒と言うわけではないんです。例えば地震に遭う夢を見たとしても、仮にAさんが見た夢とBさんが見た夢では場所が違っていたり、出てくる人も違っていたりします。それは地震というキーワードが同じと言うだけでまったく同じ夢というわけではないんです」
「詩乃が何度も入っているという夢は、まったく同じなんですか?」
「同じ、ようですね」
「そういうことってよくあるんですか?」
「オカルト本の中にはそういう話がありますね。例えば同じ家に住んでいる家族が同時に火事の夢を見て、びっくりして飛び起きたら実際に火事になっていた、とか。これなんかは外的な要因が夢に影響した例として解釈することも可能ですね」
たぶん、わたしは意味がわからないって言う顔をしていたのだと思う。
「あ、経験ないですか?トイレに行く夢を見て起きたら、本当にトイレに行きたかったとか。スキー場にいる夢を見ていて起きたら、実際に布団をかぶっていなくてすごく寒かったとか」
「つまり、なにかの異常を感じてるから、それが夢になった?」
「なかなか飲み込みが早いですね。その通りです。他にも、これは本当にオカルト本の事例なので私の専門分野では全く無いのですが、心霊現象が起きるとされている家に住んでいた家族が、同じ幽霊の夢を見たなんて話もあります」
「それは、何が原因なんですか?」
「さあ。専門分野ではないって言ったでしょ。でも無理に説明すれば無意識下において、恐怖を煽る要因のイメージが同じだったのではないでしょうか。例えば、家の何処かにある染みの模様が夢に出てくる幽霊にそっくりだ、とか」
「いずれにしても、同じ夢であると言っていても、それは誇張された言い方であって、細部まで全く一緒なんていう事例は無いんです。少なくとも私が聞き取りした事例では、今回のものを除けば1例もなかった」
頭が痛くなってきた気がする。
「そろそろ本題なんですが・・・」
北島はわたしの顔を覗き込んだ。
「実は同じ悪夢を見たのは、青木佳奈さんと同じクラスメートだった人達なんです」
「え、ちょっとわたしも去年、同じクラスだったんですけど」
ちょっと、というかかなり焦った。
さっきまで他人の話と思っていたのだけど、突然に自分の話だったことがわかったというか。
「知っています。詩乃は沙織さんも同じ夢を見てる可能性があると言っていました。だから彼女はあなたを連れ出して、私に説明させる機会を作ったんです」
北島はわたしの反応を見ているように思えた。
「沙織さん、繰り返し見る悪夢はありませんか?」