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ファミレスでおごってもらう

駐車場に北島が立っていた。

LEDの照明が点いていて明るい雰囲気のマンションの駐車場だった。

「沙織さん。立ち話もおかしいですし、何か食べに行きませんか?実は夕食がまだなんですよ」

「え、けどお金あんまりないし」

わたしは普段と違いすぎの状況に戸惑っていた。

いや、そうじゃないのかな。

なんだろ、なんか緊張する。

「払わせたりしませんから」

笑いながら北島は答えた。

「それに近くのファミレスに行くつもりですし。歩いて行ってもいいんですが、どうします?僕は仕事帰りで疲れていますから、出来れば車で行きたいんですが」

え、信用していいのかな、このシチュエーション。

なんかこう妖しい気がするような。

「歩きますか。15分くらいですからね」

「あ、はい」

仕方なさそうに北島は歩き出す。

わたしは、ちょっと待ってください、と言うと自転車を取りに行った。

「あの、北島さん」

自転車を押しながら声を掛ける。

「なんですか?」

前を歩きながら振り返りもしなかった。

「詩乃の恋人なんですか?」

北島が立ち止まった、と思ったら笑い出した。

「まさか。そんなわけないでしょう。彼女、まだ16歳ですよ?」

わたしは、いやでも、そんなのわかんないし、と思った。

「詩乃は、患者ですよ。医者だって言ったでしょ。うちの病院は総合ですが、私の担当は睡眠障害と精神病理です。彼女はね、睡眠時の障害があるんですよ。とても興味深い症例で。とはいってもあんまり応用の効かない話なので、うちの先生方は新人だった私に回してきましてね。もう6年になります」

「詩乃、病気なの?」

「病気っていうわけじゃないんですよ。いや、病気なのかな。最初はナルコレプシーで来たんですけど、私は違うって思ってます。ナルコレプシーっていうのは、居眠り病ともいって、昼間突然寝てしまうような症状が出るんですけど。夜、金縛りに遭うとか、いわゆる心霊現象的な体験をするような夢をみるっていう症状もあるんです」

北島は振り返ってわたしを見た。

あ、意味わかってる?ていう確認か。

ちょっとなんかわからないのだけど、妙にドキってするのはなんでだろう。

「詩乃の父親っていうのは、結構有名な会社の役員をしてましてね。

わかりやすく言うとお金持ちなんです。

娘が昼間、突然意識を失う、

夜に怖い夢を見たと言って泣き出す。

家族も疲れる。

それでうちの病院に入院することになって、まあ、いろいろ検査をしたんですけど、異常は見つからなくて」

わたしはどう返事をしたらいいのか考えていたら、北島は続けた。

「当時は10歳でしたからね。あんまり薬物治療に頼りすぎるのもどうかとも思いましたし、

ナルコレプシーだからっていう先入観もいけないかなって思ったりもしまして。あ、この病気だっていう特徴とか、判断基準ていうのがあるんですけど、必ずしもぴったり当てはまるわけでもないような気がしたんですよ。新人だったから経験が少なくて迷っていたっていうのが本当のところかもしれないですけど」

「昼間に寝てしまうのって、要するに夜にきちんと眠れないからっていう単純な理由であることもケースとしてはあるんですよ。当たり前の話ですが。病気の人は治療しなきゃいけないけど、そうじゃないかもしれない。でも、詩乃の場合、聞けば聞くほどナルコレプシーの症状なんですよ。金縛りも、睡眠時の幻覚も。でも遺伝子検査までしたけど、肝心のところで決定的な結果が出ない。ひょっとしたら心理学的な立場から解決する方がいいかもしれない。なのでそっちもやっていた私のところへね、まあ、押し付けられたんです。新人でしたから。面倒をみておけ、ってね」

北島は首をすくめるような仕草をすると、またこちらを振り返った。

やっぱりドキっとする。

「あの、詩乃も怖い夢を見ていたんですか?」

何か聞かなくちゃ、と思っただけだった。

「そう怖い夢をみていました。でも10歳の詩乃はね、こう言ったんです。これはシノの夢じゃないってね」

「自分の夢じゃない?」



「そうなんです。誰かの夢の中に引き込まれるんだ、って言うんですよ。そんな馬鹿な話あるわけ無いって思ってたんですがね」

「何かあったんですか?」

「あったんですよ、それが。

専門が睡眠の病棟でしたからね、他の患者ももちろんいたんですよ。それでね、初めて来院した患者がね、ある時、こう言ったんですよ。隣で寝ている子供が夢に出てきた、あの子が私の悪夢を連れて行った、と」

「なんですか、その話」

「睡眠の障害を診るために、病院のベッドで寝てもらうことはよくあるんです。睡眠時に何が起こっているかを診るんです。その患者にもそうしてもらった時なんです。もちろん最初は私だって相手にしませんでしたよ。睡眠障害の中には精神障害が原因っていう患者もいますし。会ったことが無いと言われたって隔離しているわけじゃないですから。何処かで見かけたんだろうって思いますよ。でも、何度も同じことを言われたんですよ、違う患者さんに。あんまり何度もあるとね、私だって、もしかしたらって、理性じゃない部分では考えますから」

あ、着きました、と言ってファミレスを指差した。

「それにね、詩乃に悪夢を連れて行ってもらったという患者がね・・・」

わたしは駐輪場へ自転車を置くと入り口の扉に手をかけた。

「その人達、理由も無いのに、何故か症状が改善し始めるんですよ・・・」

その夜に食べたのがチキンだったのか、それとも違ったのか思い出すことが出来ない。

たぶん何か食べた。

それは確か。

北島の話は奇怪だった。

詩乃は他人の悪夢に入ることが出来る。

悪夢は詩乃に付いていく。

「じゃあ、詩乃はどうなるんですか。悪夢をたくさん抱え込んで、それで詩乃は・・・」

「何処かで詩乃は引き取った悪夢を開放しているのか、それとも消滅させているのか、それはわからない。けどほとんどの場合、詩乃は同じ夢を見ることは無いんです。どんなひどい悪夢でも、それに何度もうなされたりはしない。自分でもわからないと言ってますよ。でも私は不安なんですよ。いくら彼女が大丈夫だと言ってもね。それに、同じ夢を見ないとはいえ、悪夢の巣窟のような精神病棟にいたのでは、いずれ詩乃の自我は崩壊しますから。私は彼女の父親に詩乃のために出来ることを伝えました。

説得できるだけの事例を揃えてからね。それが医者としてあまりに荒唐無稽なデータだとわかってはいましたけれど」

「どうしたんですか?」

「最初に詩乃に悪夢を見せたのはね、父親だったんですよ」

え?どういうこと?

「父親は、うちの病棟の患者だったんです。夢見が悪くて通院していたんです。ストレス性でしたけど。

詩乃が最初に家で見始めた悪夢は父親のそれだった。彼女は父親の悪夢をどうにかして取り去りたいと思っていたんですかね?もちろん無意識下でしょうけど。いずれにしても病院に居続けるわけにも、家にも戻れなかった」

「それってつまり、お父さんと離れて暮らすってことですか?」

「そうです。だから詩乃は一人暮らしをしているんですよ。

気付きましたか?あのマンション、4階以上には詩乃以外には誰も住んでいないんですよ」

「それって・・・」

めちゃ金持ちなんじゃ、と思った。

買い占めてるってことだよね?

「詩乃は近くに他の人がいるとちゃんと眠ることが出来ないですから。おおよそデータから安全範囲を割り出しました。上下には1階分。水平方向には約30メートル。詩乃が他人の夢に入ってしまう最大値です。結論的に、最上階の部屋で階下に住人がいないこと。また同じフロアにも人がいないこと。近くに同じくらいの高層住宅が無いこと。それで詩乃の父親は娘にあのマンションに住まわせているってわけなんです」

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