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駅向こうの地下道

「ちょっと、通路、こっち」

わたしは詩乃を呼び止めたつもりだったけれど、どんどん先へ歩いていってしまった。

わたしは仕方なしに付いていく。

水崎も付いて来ていた。

駅を取り越して裏道のような方へ向かう。

「ここ。こっちの方が近い」

詩乃が指差す方を見ると、裏道の先の方に薄暗い地下道が見えた。

「こんなのあったんだ・・・」

「空中通路が出来る前は、こっちの道しか無かった。電車通学の愛理香や、高校に入ってから引っ越してきた沙織は知らないかもしれないけど」

まあ、あんまり駅の向こう側へ行く機会ってないからね。

特にこんななにもない街だと、わざわざ行く必要ってないし。

どうしても行く必要がある時も駅の傍を通ることさえ稀なわけだし。

ふと愛理香の方を見ると、薄暗い街灯のせいか少し顔が青ざめているように見えた。

うん、わかるよ、その気持ち。

だって、薄暗くて汚くて怖い感じだもん。

その時、駅から発車したらしい電車が、その地下道の上をゆっくりと、でも重量感のある音を立てて通っていった。

それは時を止めるくらいに大きな音で、

その瞬間、

地下道の中は話し声さえ通らないほどの轟音に満たされているのだろうと想像がついた。

地下への入り口から反響を伴って車輪がレールと喧嘩しているのかというくらいの音量で聞こえてきたからだ。

「いくよ」

詩乃は躊躇わずに轟音の残る地下道へ降りていく。

いちおう、自転車も通れるくらいの幅があって、レールのすぐ下くらいの高さまで坂道になっていた。

愛理香と目を合わせたけれど、仕方ないから二人で続く。

地下道の中は少しだけひんやりとしているように感じる。

雨のせいだけじゃないのかもしれない。

薄暗くて見にくいけれど、脇の小さな溝は勢いよく水が流れていた。

電車の行ってしまった後の地下道は、静かだった。

妙に自分たちの足音が響く。

薄暗い蛍光灯が10メートルぐらいに一個づつ付いているけれど、やっと道が分かる程度。

わたしたち以外に通っている人もいない。

水の音、靴の響き。

思ったよりも長い。

狭いから余計にそう感じてしまう。誰も口を聞かなかった。


詩乃の家というのはマンションだった。

5階建てくらいのやつ。

駅前という立地条件の良さで割と新しそう。

「東雲さん、おうちの人とか、急に行っても大丈夫なんですか?」

詩乃は愛理香を振り返った。

「名字は駄目だから。詩乃って呼んで」

はっとして愛理香は口に手を当てた。

詩乃は溜め息をつく。

「もちろん、そのために本当の名字を言ってないわけなんだけど」

本当の名字を言ったらどうなるというんだ?とわたしは思った。

電波だよ、本当に。

でなきゃ中二病。

詩乃は、ガラケーを取り出すと何処かへ電話をし始めた。

そういえば、コメダでも一度電話していたな。

誰か来るのかな。

「先に上がってましょう。シノ、一人暮らしだから。遠慮いらない」

エレベーターも新品の匂いがした。


そっか、こんな街でも新築マンションって建つんだ。

てか一人暮らしだと?

家は金持ちなのか?

娘を一人暮らしさせるのに贅沢させすぎだよ。

入り口なんかエントランスで暗証番号ロック付きのインターホン付きだったぞ。


5階でエレベーターが停まると、部屋へ案内された。

なんとなく予想はしていたけれど、ワンルームとかではなかった。

うちなんか入ってすぐに風呂とトイレの6畳ワンルームなんだけど。

なにこれ、同じ高校生なわけ?

「お邪魔します・・・」

愛理香は靴をしっかり揃えて廊下を進んでいった。

リビングも広かった。

ここ、家族向けマンションじゃん。

ひょっとして、あれかな、家族は旅行中とか?

って一瞬思ったけど、リビングの中に入ってすぐにその予想は消えた。


だって、なんもないんだもん。

テレビさえなくて無駄に広いフローリングに小さなテーブルが一個だけ。

その前にクッションが4つ。

窓側に小さな本棚、というかカラーボックス。

いくつかの本とか入ってる。

「詩乃、生活感がまるでないんだけど」

「そう?ベッドとか、他の部屋に置いてるし。ここはあんまり使わなくて」

贅沢なのか、無駄なのかわからないけど、なんかちょっとイラっとした。

インターホンのチャイムが鳴って、詩乃が出た。


うん、開けるから上がってきて、

と詩乃が答えるとしばらくして、チャイムが鳴った。

玄関へ詩乃が出迎えに行く。

「やあ、初めまして」

そう言いながら入ってきたのはスーツをさらっと着こなした男だった。

長身でイケメンっぽい感じ。いや、誰これ?お兄さん?

北島俊一キタジマシュンイチです。医者をしてます。よろしく」

さわやかな笑顔をするやつだ。


あんまり記憶の中にこのタイプの大人はいない。

つまりあれだ。生活圏が違うような気がした。

医者で見た目もいいとか反則な感じがする。

何これ?

詩乃の恋人?

「シュンイチは、シノの担当医なの。臨床心理学と睡眠精神医学」

詩乃は、座ったらとクッションを差し出した。

北島はクッションを断ると何も無い床に胡坐で座る。

わたしたちも同じように座る。

「愛理香には夢を見てもらわなきゃいけないから、呼んだの」

「どういうこと?」

「いきなり寝てって言っても、眠れないでしょ?」

まあ、それはそうだろう。

それはコメダを出るときから疑問だった。

「だから眠る手助けをしてもらうの。軽い睡眠薬の処方」

「睡眠薬・・・」

愛理香が不安そうにつぶやいた。

「あ、大丈夫ですよ。睡眠導入剤みたいなもので、効き目はかなり一時的なので」

「それに、シノも何度も飲んでるから、安全」

「でも、寝たからって、あの夢を見るとは限らないし・・・・」

北島が詩乃の方を確認するように見た。

「絶対に見るわ。保証する」

北島は頷く。

「もちろん、強制は誰もしません。愛理香さん、でしたっけ?嫌だと思うのなら今からでも止めた方がいいですよ。

不快な夢を見るのですし、

薬は安全ですけど、気持ち的に抵抗もあるでしょう。

でも、詩乃は本当にあなたの悪夢を取り去ってくれる。

もう二度とあれに関わらなくても良くなるんです。

試してみてもいいんじゃないかな?」

北島は愛理香をしっかりと見つめた。

不思議と信頼してもいいような気がしてくる男だ、と思った。

本物の医者なんだろうな、きっと。

詩乃との関係はわからないままだが。

愛理香は迷っているようだったけれど、

詩乃を見て、

北島を見て、

それからわたしを見て、

下を向いた。

「わかりました。あの夢を見なくなるのなら・・・」

愛理香がつぶやくように言って、

北島が頷く。

「そうですか。では簡単に説明します。

これから向こうの部屋のベッドへ移動します。

制服のままでも構いませんが、寝苦しいと感じるなら着替えてもらっても構いません。

詩乃のジャージがあります」

「いえ、このままでいいです」

「じゃあ、薬はこれです」

北島は革の鞄からプラスチックのケースに入った錠剤を取り出した。

白い小さな錠剤。

「薬を飲んだら、そのまま遠慮せずにベッドへ寝転んでください。

すぐに眠くなります。

何も考えないで静かに。

私は、このまま部屋を出ます。

鍵はオートロックですから。

詩乃が隣のベッドへ入ります。

後は詩乃に任せていきます」

「え?帰るの?」

思わずわたしは北島の顔を見た。

「当たり前ですよ。こんな未成年の女子ばかりの部屋で、しかも眠っている間、ずっと待っているなんてね、誤解を招きますし。皆さんが薬を飲む前に出て行きますよ」

「ていうか、わたしも飲むの?その薬」

「沙織、あなたは今じゃなくていい。待ってて」

「いや、それも困るし・・・」

わたしは北島を見た。

「じゃあ、帰りますか?えっと、お名前は?沙織さんでしたっけ?」

「シュンイチ、沙織にシノの代わりに説明して欲しい」

北島はやれやれという顔をした。

「わかりました。詩乃には逆らえませんね」

そう言うと北島は立ち上がった。

「先に下に行ってます」

北島が部屋を出て行くと詩乃は愛理香に向き直った。

「じゃあ、始めましょう」

愛理香が頷く。

「沙織、付き合ってくれてありがとう。また明日、学校でね」

「う、うん」

わたしは立ち上がり、もう一度愛理香を見た。

愛理香は何も言わず手渡された錠剤を見ていた。

わたしは、何がなんだかわからないままだったけれど、そっと部屋を出た。

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