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ちょっと夢を見て欲しいのよ

「佳奈?そっか、じゃあ・・・」

言いかけて詩乃は先を続けなかった。

水崎も続きを期待していたようだったけれど、何も言わない。

「それで、東雲詩乃シノノメシノっていう人に会いに行けって言われて」

シノノメ?

誰それ?

詩乃?

ハテナマークがたくさん浮かんだぞ。

詩乃の名字は杉橋だったと思うんだけど。

「2-7に行って、詩乃さんいますかって聞けばわかるって」

人違いだった、とかじゃないよな。

でもさっき、わたしのことを西風沙織と言ったことといい、自称シノノメ、という可能性もあるな。

なんのために?

誰得で?

「そっか。佳奈は元気にしてる?」

青木佳奈といえば、去年同じクラスだった。

確か秋の初めぐらいに病気で休みがちになってて、結局冬に入った頃には入院してたはず。

詳しい病名とか知らないけど。

「はい。もう大丈夫だよって伝えて欲しいって言われました」

その時、頼んでいたホットコーヒーが来た。

横を見ると詩乃は長靴型のグラスに入ったクリームソーダを注文していた。

詩乃の表情からは何故この雰囲気でクリームソーダなのか意図を掴むことは出来なかった。

「佳奈は長い間学校を休んでいたから、もう一度1年をやることになっちゃったんだね。でもそれで良かったかも」

「良かった?」

「うん。水崎・・・」

言いかけて詩乃は、ううん、と言い直した。

「愛理香は佳奈と何処まで話した?佳奈と同じ夢を見るんでしょう?」

なんで名前で言い直した?

さっきから突っ込みしたい所だらけだぞ。

「夢の話をしただけです。青木さんと同じ夢を」

詩乃はクリームソーダのスプーンで制した。

「佳奈、って呼んであげて」

「佳奈さん、ですか?どうして?」

「それが終わらせるためのルールだから。名字では呼ばない、それがルール」

わたしは、そろそろ心の中で面倒になってきたので、いちいち突っ込まないことにした。

その時、詩乃は絶対に電波だと思っていた。

「わかりました。佳奈、さんと話していた時、最近同じ夢を見るんだよねって話をして。それで佳奈さんが、どんな夢?って聞くので・・・」

水崎の顔に一瞬、嫌悪感のような恐怖感のような表情が見えた気がした。

「話さなくていいよ、愛理香。佳奈と同じ夢なら聞かなくてもわかる。怖い夢、なのよね?」

うん、と水崎が頷く。

「でも、まだ現実でそれを見たりはしてないわね?」

「現実?」

鸚鵡返しに水崎は聞き返した。

「起きている時に、っていう意味だよ」

「あの夢が現実になったら怖すぎますって。ないです、ないです」

「それならまだ簡単な処置で済みそうね。今から時間ある?無ければ今度でもいいけど、出来るだけ早い方がいいのだけれど」

不安そうな顔で水崎は詩乃を見ていた。

「時間、はありますけど・・・」

「スムーズに行けば2時間くらいで全て解決出来る。それで今晩からはあの夢から開放される。もちろん佳奈みたいになることもない」

「佳奈さん、みたいに?」

「あれ?聞いてない?佳奈のこと」

「同じ夢だってことしか聞いてないです。あの、あれって一体何なんですか?放っておくと危険なんですか?ゆ、幽霊とかそういうやつなんですか?霊の仕業なんですか?」

正直に言って、なんか安っぽいドラマとかなんかみたいだった。

宗教の勧誘に聞こえなくも無い。

うん、確かに学校でこんな話はしたくないかも。

水崎、あんた正しいわ。

それにしても霊の仕業とは。一体、どんな夢を見てるっていうんだろう。

わたしも怖い夢は見るけど、それが心霊現象だとは思わない。

夢は夢であって現実世界とは別のものだ。

「詳しい説明をするには時間がたくさん必要だし、愛理香の場合は簡単に終わらせそうだから出来ればさっさと済ませたいのだけど・・・」

不安そうな水崎の顔を見て詩乃は溜め息をついた。

「まあ、心霊現象と思ってくれてもいいよ。実際、そういうのに近いと思うし。でも解決方法っていうのは、お払いとかそういうのじゃないから。安心していい」

そこでクリームソーダのアイスを一口食べると詩乃は続けた。

「ちょっとシノが愛理香の夢の中へ行って、そこから抜け出す手伝いをするだけだよ」

はあ?どうやって?

夢の中へ入る?

それは水崎も同じ感想だったようだ。

明らかに不審そうな顔で見てくる。

いや、わたしの方を見られても困るんだけど。

何も知らないし。

「愛理香、これからシノの部屋に来て。ちょっと夢を見て欲しいのよ」

いろいろと聞きたいことはあったのだけど、詩乃はわたしの方を見ることさえしなかった。


コメダを出る頃には雨も止んでいて、愛理香は不安そうに詩乃の後ろを歩いていた。

詩乃は自分の家はすぐそこだから、と言うと黙って歩いていた。

駅前といってもそんなに大きな建物も多くは無く、夕暮れ時の薄暗さがそのまま街を暗闇に誘っていくくらいの寂しさで。

一言で言えば郊外の、ということになるのだけど、

それも発展していく途中の明るさではなく、

衰退へ向かう方の寂しさが漂う。

廃業してシャッターを閉ざしたままの商店や、

何年も塗り替えていないままの古い看板。

黄色っぽい蛍光灯の街灯。

帰宅時間だったから人通りこそ少なくはなかったけれど、

天気の悪さも手伝って皆、下を向いて歩いていく。

詩乃は駅に向かって歩いていた。

わたしは自転車を押しながら二人の後ろを付いていく。

「ねえ、詩乃。電車に乗るの?」

わたし、お金あんまり持ってないんだけど。

さっきのコメダは愛理香が支払ってくれたから、いいんだけど、

一人暮らしでバイトもしてないから、

生活費で結構ギリなんだけど。

電車賃くらい払えなくもないけど、

なんのために行くのかわかんないのに、

いつまでも付き合ってるのも意味分からない。

「乗らない」

詩乃は振り返らずに言った。

「シノの家、駅の向こうだから」

「あ、そうなの」

ほっとしたような、帰る口実を逃したような。


駅前で線路を渡る方法は二つある。

大きく迂回して踏み切りを渡る方法。

もうひとつは駅の中を抜けて向こうへ出る方法。


一応古いけど駅ビルがあって、急行も止まる駅だから乗降客もそれなりにはいるし、新しく出来た空中通路で向こうへ行くことが出来る。

階段は長いけどね。

それに自転車も通れないから置いていかなくちゃ。


だけど詩乃は階段には向かわなかった。

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