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その夢から覚めてはいけない(完結)

リコが首を振る。

「例え愛理香が、ここで誰かを殺してしまったのだとしても、戻らなきゃいけないんだ」

愛理香の制服の袖についた血痕。それが意味するのは、つまり・・・

愛理香の顔が少しづつ恐怖に変わっていく。

「いや、いや。目覚めなくていい。もうわたしは目覚めなくてもいい」

詩乃がもう一方の腕に触れた。

愛理香は両側から抱えられるようにして立っていた。

「そう、だったの・・・」

詩乃が愛理香を悲しそうな目で見つめた。愛理香は首を振る。何かを否定しようとして首を振る。

「愛理香、シノと一緒に帰ろう」

愛理香は抵抗するように首を振り続けていた。

リコは詩乃を睨んだ。

「何を見たんだ、詩乃?」

詩乃は少し迷って言った。

「愛理香、何度も電車に飛び込んだ。魂だけの愛理香は、何度飛び込んでも同じだった。目が覚めることもないし、死ぬことも無い。愛理香はそれでも何度も同じことを繰り返した」

愛理香の顔が恐怖でいっぱいになっていく。

「愛理香には特急しか見えていなかった。この駅に止まる電車は見えなかった。ここは中途半端な覚醒状態だから。愛理香がそう願わなければ決して見ることが出来ないの。ここから出るというイメージは、愛理香には見えてなかった。本当の本当には愛理香は目覚めたくなかったんだね。現実に戻りたくなかったんだね。目覚める方法なんて簡単なことなのに」

「そんなこと、ない。わたしだって目覚めたかった。夢から出たかったのに」

詩乃は愛理香に微笑みかけた。

「うん。わかるよ。そうかもしれない。シノには簡単でも愛理香やみんなには簡単じゃないかも。目覚めようとして特急に飛び込むのは勇気がいったでしょ。方法は間違っていたけど、ひょっとしたらそれでも目覚めることが出来たかも。うん。そうかもしれない」

愛理香は詩乃を見つめ続けた。

「ごめんね、愛理香。もっと早く見つけてあげられれば、こんな事にならなかったよね」

愛理香はじっと詩乃の顔を見ていた。

ふと目の端が光ったような気がした。

愛理香は泣いているのかもしれない。

「何度目かに特急に飛び込んだとき、確かに現実に繋がった。そうだよね、愛理香。成功してたのかもしれない。目覚めることが出来たのかも。でも、その時、愛理香が飛び込もうとした姿が現実でも現れたんだね」

愛理香の顔が恐怖に引きつる。

リコがつぶやくように言った。

「目覚めの瞬間に現実世界でもその姿が観測される・・・」

あ、と思った。

高架の下の道路の事件。悪夢から出た瞬間に現れる・・・

「それで、その人は愛理香を助けようとしたんだね、きっと」

愛理香の目から涙が溢れた。

「だけど、わたしは、わたしは・・・」

愛理香はその人を殺した。

愛理香を助けようとした見知らぬ人。

それは愛理香が実態ではないことに気がついてはいなかった。


現実には、まるで特急へ飛び込むかのように見えていたかもしれないけれど、その人は確かに愛理香の腕を掴んでいた。

「見知らぬ人かもしれない。でも、その人は愛理香に生きていて欲しかった。だから、愛理香はもう目覚めなくちゃ」

泣き出した愛理香を詩乃がそっと抱きしめた。

リコは愛理香から手を離すとこちらを振り返った。

「さあ、もうそろそろ始発の時間。シノと一緒に帰ろう」

わたしは時計を見上げた。

駅の時計は確かに5時半くらいを示していた。

構内にアナウンスが流れ始める。


電車の音が近づいてくる。

リコはそっと二人の傍を離れるとこちらへ歩いてきた。

「沙織、とりあえず見送ろうか」

リコはわたしの手に触れると優しくそう言った。

「うん」

本当のところは、一緒に目覚めてしまいたかったけれど・・・

始発電車がホームに入ってくる。

それはあまりに普通な景色だった。


ドアが開く。


薄い影のような人が別のドアから電車に乗り込むのが見えたような気がした。

あれは現実の世界の人なのかも、とわたしは思う。

それはつまり、現実の世界の人からもわたしの姿は見えているのかも。

 詩乃と愛理香は始発電車に乗り込んでいった。ゆっくりと動き出す電車をわたしとリコは見送る。


電車はホーム出たあたりでゆっくりを薄れていき、そして消えた。


--------------------------------------------------------



あれから数日経っていた。



相変わらず鬱陶しい雨が降っていた。じめじめした空気が重苦しくのしかかる。

教室の窓から見える空は不安なくらいに黒く渦巻いていた。


あの後、わたしとリコは詩乃の部屋で目覚めた。

詩乃の助けは必要なかった。

リコと手を繋いだまま、ただ一言、そろそろ目を覚まそうかと、それだけ言うと、わたしとリコは自然に目を覚ましていた。

それは不思議だったけれど、何故か当たり前のような気がした。



何も変わらない日常だった。

詩乃は相変わらず大人しい。教室の会話の輪に入ろうともしない。



一昨日、リコから駅の地下道で行方不明だった「腕」が発見されたと聞いた。

それは奇妙すぎて新聞にも載らなかった。

ただ、リコがあまりに何度も駅を訪れて取材みたいなことを駅員にまでしていたから・・・駅員に人に教えてもらった情報なのだと言っていた。


あの日、あの悪夢に引きずり込まれた時。

あれはあの腕の持ち主の意思だったのだろうか。

あの人のことは何もわからないままだった。

どんな人だったのか全然わからない。

けれども、悪い人ではないような気がする。


あれはとても怖かったけれど、愛理香を助け出すにはわたしたちを引っ張らなくてはならなかったのかもしれない。



それでも、何も解決していない、とわたしは思った。



確かに愛理香は病院で目を覚ました。翌日には退院した。佳奈からは、愛理香が今日から登校してくる予定だと聞いていた。


いや、何も変わらないわけではない。

何でかと言うと、あれ以来、わたしは眠りにつく度に体外離脱するようになっていたから・・・


それはリコも同じだ。


自分の意思でそれが出来るし、自分の意思で帰ってこられる。

詩乃みたいに自由にワープみたいなことは出来ないけれど・・・。

それでもわたしは、しばらくはそれをし続けたいと思っている。



まだ解決していないことはたくさんある。

そもそもあの悪夢だって存在し続けているわけだし。


そう、あの悪夢には簡単に入ることが出来る。

夢の中で何処かの扉を開く時、そこはあの悪夢に繋がっている。


詩乃が集めたのかもしれない広大な悪夢の世界への扉はどこにでも開いていた。

それは現実の世界のすぐ傍に口を開いたままだった。


わたしには何も出来ないけれど・・・


リコは相変わらず怪談を聞かせようとする。

でも少し違うのは、彼女の怪談が真実味を帯びてきたことだ。

リコは昨日、こう言った。

「夢の世界は覚醒レベルによって違うんだよ」

現実の世界の見え方は、その人の心の感じ方で違って見えるってことだ。普通に生活していても、同じ景色でも、そういうことはあるのだから。リコは、幽霊の見える階層をみつけようとしているらしい。



わたしは、夢の中でリコに言われたことが気になっていた。

あの悪夢の中に、わたしの見続けていた廃屋が確かにあった。

そこにはわたしの誕生日の日付のカレンダーがあった。

あの悪夢はわたしを求めている、とリコが言った言葉がひっかかっていた。


それに、詩乃も最初に言っていたし。


あの悪夢を終わらせられるのかはわからない。

そもそも一つの世界のようになりつつあるものを簡単に壊せるとか、封じ込められるとか無理っぽいし。


でも、あの悪夢が存在し続けることが、現実世界にいい影響を与えるとも思えない。

愛理香のときみたいに、だれか関係ない人を巻き込んでしまうかもしれない。


わたしと詩乃とリコで、なんとかしなくちゃ、って思う。

ま、わたしには何にも出来ないけどさ。

きっと詩乃とリコがなんとかしてくれるんじゃいかって、ちょっと、というかだいぶ思っているんだけど・・・

最後までお読みいただきありがとうございました。

一度、これで完結いたしますが続編、短編などを書く予定でいます。


また機会があればよろしくおねがいいたします。

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