目覚めない夢(4)
「一つ目の部屋は和室。庭が見える。二つ目は空っぽの洋室。カレンダーだけ残ってる。三つ目は、わかんない。何か怖いものがある」
愛理香は思い出すような仕草をした。そしてぎゅっと目をつぶった。
「あった、と思います。一緒なのかどうかはわかりませんけど」
「え?」
わたしは思わず聞き返した。いや、そんな馬鹿な。あれはわたしが小さい頃から見続けている悪夢で・・・
「沙織、言いたいことはわかる。別の空き家なんじゃないかって思ってるんだよね?」
「う、うん」
「でも、まあ、こう考えて欲しいな。よくわからないけれど、時間系列的に意味不明なことになるかもだけど、沙織の悪夢も佳奈に始まった、この悪夢の一部なんだとしたら」
「つまり、わたしも本当は佳奈と同じ悪夢を見ているだけだった?」
リコは首を振って否定した。
「そうじゃなくてさ。この悪夢は膨張しているんだよ」
「膨張?」
愛理香とわたしは同時に聞き返していた。思わず見詰め合ってしまう。
「そう。いろんな人の悪夢を吸収して膨張している。どこの段階でかわからないけれど、沙織の悪夢も取り込まれた」
リコは続けた。
「そう考えるとドアを開けた先が支離滅裂なつながり方をしているのにも説明がつく。もともと違う悪夢が繋がってしまっているわけだから」
「どうしてそんなことに」
「詩乃、だろうね。他人の悪夢を持ち去ることが出来るのは、今のところ詩乃しか知らない。他に同じような能力の人間がいるのかもしれないけれど、意図的にそんなことをやっているのは詩乃以外に知らない。詩乃は集めた悪夢は消え去っていくものだと考えていたのかな?」
先週の木曜日に北島に聞いた話を思い出そうとした。
詩乃は同じ悪夢を繰り返しは見ない。
佳奈の悪夢を除いては。
「詩乃本人がどう考えていたのかはわからないけど・・・」
「なんにしても、詩乃は膨大な数の悪夢を一人で集めてしまった。そこへ佳奈がおかしな悪夢を持ち込んできた。佳奈には心当たりの無い悪夢で、それは他のクラスメートにも伝染していくものだった」
「詩乃は佳奈の夢を以前から知っていた、と言ったことがあるみたいだって」
「ひょっとしたら、この悪夢を作り出したのが詩乃自身かもしれないよ。莫大な負のエネルギーのような悪夢が自らの意思で動き出してしまっているのかも」
いや、なにそれ。
ちょっと気持ち悪いんだけど。
「他に知っていることはない?沙織」
佳奈に聞いた話を思い出せる限り話した。詩乃が連れ出したクラスメートが夜中の交通事故の原因になったかもしれない話。佳奈を助け出した時の話。詩乃は自分だけの時にも、その悪夢を見ているらしいこと。そこで見知らぬ人を見かけているらしいこと。
「こういう理屈じゃない話はさ。仮説を立てるときに常識に囚われちゃってはいけないんだよ。常識で考えようとしてもうまく説明なんか出来っこないんだからさ。すごく単純にさ、知っている事実に矛盾しない仮説をたてなくちゃいけないんだ」
そういうとリコはわたしたち二人を順番に見た。
「時系列で行くと、佳奈が一番古いのかな。詩乃と出会う前に見始めている。でも詩乃も佳奈と出会う前から知っているようだった。だから最初のきっかけになる悪夢が佳奈のものだったのか、詩乃の集めた悪夢だったのかはわからない。これは後で考えよう。佳奈を悪夢から連れ出したとき、出た先は学校の教室だった。そこにはクラスメートの姿があったんだよね?」
うん、とわたしは頷いた。
「そこに沙織もいた。沙織は悪夢から出てきた佳奈と詩乃を目撃した記憶はある?」
「ない。そんな噂も聞いたことが無いと思う」
「それって、つまりそのころの悪夢には現実世界に影響を及ぼすほどの力はなかったということになるよね」
「でも、その後、クラスメートのうち何人かは悪夢を見るようになったんだよ?」
「あ、うん。でも現実世界で目撃されるような影響力はなかったって言いたかったんだ」
「佳奈は詩乃に出会う前にデパートのエレベーターで手足の無い死体を見たって言ってたけど」
「そうなんだ。けど、それを見たのは佳奈だけだよね、たぶん」
「うん」
「重要なのは、悪夢に関わっていない人間に影響を及ぼしているかどうか、だと思うんだ」
「それってどういうこと?」
「12月、遠藤サツキはエレベーターに閉じ込めれてる。わたしが聞きに行ったんだから間違いない。詩乃はその1週間前にサツキに会っている。そこで悪夢から脱出させてる。この時に関係ない人に目撃されていたかどうかはわからない。ショッピングモールなんて人が多すぎて突然現れたとしても、そのことに誰も気がつかないかもしれない」
「そんなはずないよ。何処へ出てきても見た人がいないなんてことは・・・」
「目撃者がいる可能性は高いけど、同時に異変に気付く可能性が低いんだよ。誰も他人の行動に気を配ってなんかないから。急に現れたとしても、そのこと自体に気づけないんだよ。だから、そこは置いとこう。ただしエレベーターは故障続きなのは確か。そのエレベーターは佳奈が死体を見た場所でもあるんよ。影響なのかもしれない」
リコは続ける。
「1月末には、悪夢から出てくる詩乃と男子を目撃したドライバーがハンドル操作を誤って事故死している。つまり確実に悪夢は現実世界で目撃されている」
「でもその後はなんにも無かったんでしょ?」
「そうでもないんだよ、沙織。知ってるでしょ?最近、怪談ブームだってこと。なんかね、最近多いんだよ。消える少女とかって言う噂。元々わたしが怪談にはまったのも、それなんだ」
「うそ、それ本当?でも佳奈はその後は悪夢の件で北島から連絡はないみたいだった」
「たぶん、サツキとかも連絡したりしてたんじゃないかな。無理に嫌がる佳奈を使う必要が無くなっただけなんじゃないかな」
「そっか。もう佳奈だけが悪夢の体験者ってわけじゃないんだもんね」
「それでさっきの話に戻るけど、消える少女の目撃例ってのがすごく多いんだ。だいたい去年の年末から始まっていて、少女が一人のこともあるし、二人のこともある。少女と男子のカップルだっていう話もあった。場所もバラバラ。時間もバラバラ。だからわたしは心霊現象と言うよりも、この街で流行っている都市伝説なのかって考えてた。いくつかの場所には実際に行った。というのも、その目撃後に怪現象が起きている場所があったからなんだ」
「怪現象?」
「まあ、話だけ聞くと笑っちゃうようなものもあるんだけど。何かに引っ張られるような感じがするとか。例えば学校の図書室。ここは3月に少女が消えたのが目撃されてる。午後遅く。下校直前。その後、図書室の一番奥の棚に怪談が出来た。本を選んでいると、何かが引っ張る。振り向いても誰もいない」
愛理香が顔を上げた。
「その話、聞いたことあります」
「うん、けっこう有名な話だよね。でも、そんな噂、それより以前には全然なかった。新学期が始まってから広まった話なんだ」
それから、とリコは続けた。
「笑えない話もある。下三雲団地って知ってる?結構古くからの団地なんだけど、あそこで飛び降り自殺が今年に入ってから4件起きてる。4件目の後、屋上は完全に立ち入り禁止になってその後は起きていないんだけど」
ネットのニュースで見た記憶があった。近くだったから読んだだけなんだけど。
4件も起きているのか。
「去年の年末にその団地の屋上で突然現れる二人の少女が直後に消えたという目撃例があった。下三雲団地の屋上はさ、住民の憩いの場として開放されていたんだ。一日中屋上で時間を潰す老人とかいたりしてたんだ。その後、空中に現れる手、という怪談が出始めた。飛び降りが続いたから出来た噂だと思っていたけど。実は逆なんじゃないかと思えてきた」
「どういうこと?」
「本当に空中へ引っ張られる出来事があったのかもしれないってこと。飛び降り自殺なんじゃなくて、引っ張られて転落したのかもしれないってこと。それに最初の飛び降りは自殺じゃなかったっぽいし」
リコはそこまで話すと愛理香のほうを向いた。
「愛理香がここの地下道へ出た翌日、駅では人身事故が起きた」
愛理香は、はっと息を吸ったかと思った途端、硬直した。
「愛理香、あんた、引っ張ったよね?」
え?いま、リコなんて言った?
引っ張った?
愛理香は答えなかった。
ただ目を見開いたままリコを見ていた。
「責めたりはしない。詩乃の手だと思ったのかもしれないし。そうじゃなくても誰かに助けて欲しかった、それだけだよね?」
愛理香は早い呼吸でリコを見続けていた。
「その右手の血、どこでつけた?」
リコがそう言った途端、カンカンカンと踏み切りの音が聞こえ始めた。
わたしは音のした方を見た。
列車の音が聞こえ始めていた。
それと同時に人のざわめきが聞こえ始めた。
「やばい、立って、二人とも」
リコが叫ぶと、わたしたちを引っ張って立ち上がらせた。
そっちの端のほうへ移動して、と叫ぶ。
リコは素早く動いて愛理香の左手とわたしのわたしの右手を掴んだ。
ぎゅっと強く掴んでいた。
ざわめきが大きくなった。
それまで薄暗かったプラットフォームに光が差してくる。
昼間のような明るさだった。踏み切りの音はさらに大きくなり、列車の音が響いてくる。構内のアナウンスが聞こえ始めた。
突如として電車が現れ、同時にたくさんの人が現れた。
わたしたちはプラットフォームの隅にいた。
何人かの乗客が、こちらを向いて驚いた顔をしていた。
「絶対、手を離さないで」
リコが叫んだ。




